アルベール・カミュの遺稿となった未完の自伝小説。「最初の人間」
アルベール・カミュの遺稿となった未完の自伝小説。「最初の人間」 ジッロ・ポンティコルヴォ監督の「アルジェの戦い」で描かれていたように、仏領アルジェリアでは独立運動が起きて、激しい紛争がありました。作家コルムリはフランスから帰郷して、アラブ人とフランス人の共営共存を提言しますが人種や文化の違いによる障壁は強大です。穏やかな地中海の風景は幼少の頃に見たものと同じですが、故郷の状況は変貌していました。独り暮らしの老母と過ごすうちに蘇えってくる思い出により共営共存が如何に難しい問題だったかと苦悩するコルムリ。アルジェリアの光と群青の海と共に、20年代へのフラッシュバックと50年代の現在を交差させながら、時代の変遷を描写。。。冒頭の大学の討論会での混乱は、56年にアルジェリアの首都で実行された休戦の訴えを彷彿とさせます。当時、現地での反応は冷淡で、カミュはそれ以後アルジェリア問題に口を閉ざしました。フランス軍による残虐行為や拷問が白日のもとに晒されると、多くの知識人が抗議する中でもカミュは沈黙したまま。。。「最初の人間」はアルベール・カミュの分身。彼の回想と配慮を通じて、その生い立ち、家族愛、紛争の地を肌感覚で知るからこそ沈黙した作家の姿勢が浮上してきます。コルムリを演じたのはジャック・ガンブラン、精悍にして繊細な風貌に魅了されます。アラブ人居住区の知人宅を訪問する様は、突き刺さるような鋭い視線を向けるアラブ人を怖れず、風にそよぐ葦のように謙虚で正直な生き方を物語り私に深い感銘を与えます。「ピエ・ノワール」と呼ばれるコルムリ・ファミリーはフランスからの定住者ですが、生活は貧しく、コルムリ以外の家族は文字を読むことが出来ません。そんな人々が置かれた昔は民族や宗教に関係なく遊び学ぶことが出来た自由で優しかった時代。愛情を注いでくれる母親、才能を見出してくれた恩師との出会い、厳格だった祖母も含めて全てが懐かしさで溢れています。少年時代を過ごした国の尊厳を心に刻み、コルムリはアラブ人でもフラン人でもなく、アルジェリア人であることを自覚します。アルベール・カミュが暴力を否定してから半世紀以上の歳月が流れても、世界に紛争が絶えることはありません。カミュがメッセージした共営共存の願い、弱者への共感や思いやり、テロリズムによる解決の否定から、国や民族に囚われない「最初の人間」が生まれてくると私は信じたい。