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2006.12.10
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児童擁護施設での生活がはじまった。
そこにはさまざまな事情から親と暮らせない子供が
生活していた。
そこにいる先生達が親がわりとなり、私達の面倒をみてくれる。
そこでは人見知りはするものの、徐々にしゃべるようになり
大人しいとはいえ普通の子供だった。

幼稚園には施設で同い年だったjちゃんと通う。
この間、幼稚園の通園ノートというのを押入れから
発見した。そこには先生のコメントが毎月のっていたので
みてみると、「もっと自分の思っていることを先生に教えてね。」
とか「最近はjちゃん以外の友達ともお話できるようになってきたね。」
とか書かれていた。
自分では覚えていないけど、少しは幼稚園でも話していたのかな。

小学校に上がってからも、学校では話さなかった。けれど一歩学校を
でると、施設の友達とよく遊びよくしゃべった。
学校はつまらなかったし、友達もいなかったけど寂しくなかった。
学校のあと施設に帰れば、何人もの子供と一緒に公園で毎日
遊んだし、いつも周りには誰かいてにぎやかな毎日だった。

夏休みや冬休みになるとおばあちゃんの家に帰った。
けれど、たまに帰る家でもほとんど話さなかったし
父親ともおばあちゃんを通して会話するというかんじだった。
また、おじいちゃんも無口で頑固な性格でテレビをみて笑い声を
すこしたてるだけで、おばあちゃんに「静かにさせろ!」というような
人で家に帰ってもちっとも楽しくなかった。早く施設に戻りたかった。

中学にあがると、ますます学校での自分と施設での自分の性格に
差が出来始めた。
それでも、特に寂しくなかったし頑張って友達を作ろうとも
しなかった。
けれど、やっぱり移動教室のとき一人で行動したり、なにか班を
きめたりするときは憂鬱だった。それでも特にいじめられることも
なく、ただ目立たないようにひっそりと毎日の生活を送るという感じだった。

中学の卒業式のとき、施設の先生にいわれた。
「高校生になったら、学校でも友達が出来るといいね。。。」
私も、できることならそうしたかった。
変われるならかわりたい。そう思い高校の入学式をまつ春休みの
ことだった。合格した高校から一本の電話がはいる。





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最終更新日  2006.12.10 16:32:24
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