|
|
|
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
│<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く |
この記事は、2つの記事を勝手にトラックバックしてみました。
トラックバック;参照元からこちらへのリンクを、こちら側で勝手に張ること。 相手からは、拒否されるかもしれません(笑)。 こちら側から参照元へのリンクは明示的に張る必要がありました(笑)。 ■かめおかゆみこさんの楽天日記 5/11 ■カウンセリングスタイルの December 29, 2003 ※本当は November 11, 2003 の記事にトラックバックしたかったのですが、 ※未サポート時点の記事らしく出来ませんでした。 ※「映画で学ぶ心理学!」のテーマを選択することにより他の記事が読めます。 ※とても気づきが多いです。 私自身は、プロフィールを見ていただければわかるように、 物理的なメガネを掛けている人間です(笑)。 メガネなしでは、物事がぼんやりとしか見れません。 釣りするときも、偏光グラスを掛けることにより、 海面のギラギラした反射光を押さえています。 だから、メガネを援護するわけではないのですが、 メガネなしでものを見ることが本当の姿を見ることだと思うことも間違いです。 コペルニクス的転回という言葉をご存知でしょうか? コペルニクス以前の人は、天動説でものを見ていたのですが コペルニクス以降の人は、地動説でものを見るようになったということです。 もっとも、運動は相対的なものですから、天動説でも説明できますが、 地動説のほうが全てをより論理的に・合理的に説明できるというだけなのですが。 直感的に正しく思えることであっても、より合理的な観念のメガネで見なければ、 不合理だということに気が付かないということです。 より合理的なメガネを発見すること、発明すること、それこそが創造だと思います。 そして、自分がどんな偏光グラスを掛けているのかを意識すること、あるいは意識できることは、とても大切なことです。 メガネは換えることが出来ます。 必要に応じて、より合理的なメガネに換えることが大切です。 そして、そのメガネで見えている世界こそ、今あるそれぞれの世界なのです。 そしてメガネよりもっと大切なのは、事実を直視しようとする意思かもしれません。
こんにちは。
トラックバックしていただき、ありがとうございます。 一つの記事を、多角的に見ることは、とても大切です。 私のつたない原稿を、引用していただいて、 そのおかげで、さらに広がりをもてることは、とてもうれしいです。 もちろん、私の原稿に書かれた「メガネ」が、 たぶんに、比ゆ的な意味を含んでいることは、 ご承知いただいたうえでの、引用と思いますし、 それをもとに指摘されている内容も、なるほどと思えます。 もう一つの引用記事の内容も、とても共感できるものでした。 あのなかにも書いたように、私は、 一つのものを一つのまま見ることができず(二つの像になってしまう)、 また、強度の遠視であったために、(このことは書きませんでしたが) 子ども時代は、14年間も、メガネをかけつづけていました。 09samaさんとはタイプがちがいますが、 メガネのない世界が、正しい世界とはいえない点では、 一致しているように思います。 私の場合は、整体によって、ある程度まで視力が回復し、 メガネをかけずに生活できるようになりました。、 像が二つ見えるのは変わりませんが、いまはそれを楽しんでいます。 メガネをかけている、いないに関わらず、 いま、自分が何を選択しているかを意識できているか、 まさに、そのことが大切なのだと思います。 あらためて、考える機会をいただき、ありがとうございます。(2004.05.19 16:03:45)
かめおかゆみこさん、ありがとうございます。
いつも何かしらの気づきをありがとうございます。 まさにフォーカスチェンジとは、新しいめがねを掛けて、今までとは違う見方をしてみることですね(笑)。 (2004.05.21 11:39:57) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
|