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ポンギーの日記 [全46件]

2012年5月17日楽天プロフィール Add to Google XML

イタリア風温野菜のサラダ  (44) 

 

marigoldhimawari-li3.jpg
 

 

今日も暑かったですね。 

フランスでの結婚式をUPする前に 初めてレシピを投稿してみました。

気に入っていただけるかわからないけど 

栄養満点のパセリを主に作ってみました

日本のパセリはヨーロッパのパセリと違って 

細胞が多いいために苦いのです。

せっかく栄養が豊富なのにもったいないですよね。

でも、ためしてガッテンでパセリの苦味を抜く方法を知って早速トライ。

イタリアンサラダと日本の食材を活かして温サラダにしてみました。

我が家では超人気。お口にあっていただけると嬉しいな~。

marigoldhimawari-ic4.jpg

イタリア風温野菜のサラダ
イタリア風温野菜のサラダ

料理名:イタリアンサラダ
作者:
ポンギー

■材料(4人分)
さくさく食べるオリーブオイル / 大スプーン4杯
塩 / 少々
きゅうり / 2本
トマト / 中2個
アボガド / 1個
パセリ / 1本
卵 / 2個
ますよねさんのひじき生ふりかけ / 大スプーン3杯

■レシピを考えた人のコメント
今まで飾りとしてしか思ってなかった鉄分やカルシウム豊富なパセリの苦味を消して無理なく食べちゃうイタリアン風サラダ。発育期のお子さんにも最適。

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最終更新日時 2012年5月18日 0時24分44秒
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2012年5月14日

夜行列車の旅(6) ローマ最後の日(5)  (54)

                      hahanohi-2009-ic1.gif昨日は母の日でした。

皆さんお母様達は沢山嬉しいことがありましたか~。

我が家はまだまだプレゼントの楽しみはないので、家族で映画を鑑に行ってきました。

その名も テルマエ・ロマエ。ローマが題材の漫画を映画化。面白かったです。

ローマ帝国 フォロ・ロマーノの世界でした。

好天にも恵まれ気持ち良く、お出かけ日和でしたね。もうすぐ金環日食でもあります。

で、今回がローマ散策 最後です。長々お付き合いくださりありがとうございました。

最後までよろしくで~す。

夜行列車の旅(6) ローマ(5)

2000年前から脱出。次に目指すはサンタ・マリア・イン・コスメディン教会。6世紀に創建され、8世紀、ローマ教皇バトリアヌス1世により拡張。12世紀にロマネスク様式の7層の鐘楼が建てられた。『真実の口』がある所と言ったほうがすぐに分かってもらえるかも。そう、『ローマの休日』ですね。オードリー・ヘップバーンが可愛かったです。

「真実の口」は、入口柱廊部の左奥に飾られており、1632年に外壁からほじくり出されたこの円形の石盤。かつては海神トリトンか川の神を彫り込んだ井戸又は下水道の蓋だったものを、教会建築時に石材として使ったのではと言われてはいる。それを説教で戒めの道具として利用したために:ローマの休日の映画では、ウソをつく人間がこの口に手を入れると抜けないという伝説をグレゴリーペックとオードリー・ヘップバーンがユーモアたっぷりに使ったために、一躍、ローマの一大観光スポットとなったのです。

このあたりはローマ時代、幹線道やテヴェレ川の水運を利用した市場として栄えた場所。その中心だったボッカ・デラ・ヴェリタ広場(真実の口広場)には、ローマでは最も古いヘラクレスに捧げられた円形神殿・ヴェスタ神殿が残っている。

2006 01 01_3552_edited-1.jpg               2006 01 01_3551_edited-1.jpg 

さて、同じく『ローマの休日』で有名になった場所。スペイン広場です。何故スペイン広場って呼ぶのか。それはかつて隣にスペイン大使館があったからだってӤä。 2006 01 01_3550_edited-1.jpg

 階段頂上?にあるのがトリニタ・ディ・モンティ教会。16世紀初頭から100年かけて完成。カトリック巡礼地の一つで前にあるオベリスクは法王ピウス6世が建てたもの。
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何故階段が多いのかって?それはここはかつて崖の上だったそうで、これでは大変だろうと137段の階段ができたらしいです。皆さんスペイン階段と呼んでいて、今ではベンチ替わり。でも飲食禁止で~す。汚れてしょうがないのですって。

最後に モーゼ像 で有名な教会 サン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ教会

この教会は5世紀に西ローマ帝国皇帝ヴァレンティアヌス3世の妻(東ローマ帝国皇帝テオドシウス2世と皇妃エウドチア・アウグスタの娘)であるエウドッシア・リチニアによって創設され15世紀に再建されたものです。

聖ピエロがエルサレムのマメルティーノの獄中につながれていた時の鎖を皇妃エウドチアがエルサレムへの旅の途中で信者からもらい受け、ローマにいる娘のエウドッシアへと送り、これを教皇レオ1世に献上したのです。1500年以上前の古い鎖。この伝説の鎖は今も主祭壇の下に納められ、毎年8月1日に信者に開帳されているのです。

 

2006 01 01_3374_edited-1.jpg

 

ミケランジェロの「モーゼ像」。1505年に法王ユリウス2世から依頼された時の法王ユリウス2世の廟墓は当初もっと壮大なプランでしたが、その途中で当の法王はサン・ピエトロ大聖堂の再建の方に興味が移り、結果的には墓全体としての計画は頓挫。実際に完成していたのは、依頼を受けてから8年後、このモーゼ像と2体の奴隷像のみで奴隷像はフィレンツェのアッカデミア美術館とパリのルーブル美術館にあります。

モーゼは偶像崇拝するイスラエルの民に激しく怒り、持っていた石板を投げつけて偶像を砕いた、と言われています。
この像はそのときの怒りに満ちたモーゼを表しているため、頭に2本の角が生えています

 

 

2006 01 01_3375_edited-1.jpg

 

これで訪問箇所は終了です。

ロマーノを出たときはお昼時。見学が終わり次の散策先に向かって歩いているとき、可愛い男の子が寄ってきました。首から胸に画板を広げてかけてます。年は5~6歳頃でしょうか。私の前に立ち、画板の上の紙を見せて『どれかを選べ』と言っています。どうも何やらメニューが書いてあるようす。でも、いらないので人さし指を立てて左右に振りましたХХ。でも、強引に画板を押し付けてきます狼

眉根が曇りました。友人が新婚旅行で私より少し先にここローマにも来たのですが。子供が寄ってきたら要注意。と聞いていたのです。そう、スリなんですよ。画板を押し付けて、下から手を伸ばしポシェットやカバンから財布やパスポートを取るのです。友人はその被害にあったのです。その時は『画板を上から思い切り叩くように。』と、現地警察から教わったようです。かわいそうでしたが、そうしました。その子はびっくりして逃げていきました。

まさか、私も同じ思いをするとは思いませんでした。あんな子供が・・・å。ショックですよねۤ。気が抜けないところだな~とその時は思いました。

でもね、帰りはフランスに戻るのでレオナルド・ダ・ヴィンチ空港までタクシーで行ったのです。時間があるかと運転手さんに聞かれ・・・返事にきゅうしてました。2度も続くと警戒心バンバンܤ。そうしたら、運転手さん、さっさと遠回りしてあるお家にたどり着いたのです。車を降りて、その家の塀に空いた穴から中を覗けというのですӤä。アハハ~勘弁~。いくらなんでも・・・と思っていたら、腕を引っ張ります。とうとう覗きをする羽目にܤ。外国まで来てなんで~~~。ですよね。

ところが、覗いてビツクリ。素敵な庭園が広がってました。花が咲き乱れ、石膏像が置かれ、様々な木が植えられてましたϡ

最後に素敵な風景を見て機中の家族へ~。この数ヶ月後、私は日本へ帰国しました。

なんで~~?それはね֥ϡ結婚準備のためで~すݤ

ティティは?

ティティは、主人が引き取ってくれたのです。日本に連れて帰りたかったのですが、母が喘息だったので猫はダメでした。泣く泣く諦めて・・・シャルルドゴールから飛び立ったのです。絶対また会える。少しの間我慢してね。待っててね。と、固く固く約束したのでした。

え~~フランスは?パリは?まだ見てないよ~って?

そうですね~。次から、載せま~す。フランスでの結婚式からで~す񤭥ϡ

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我が家の庭のツルアイスバーグの最初の一花が大きく開きました。




最終更新日時 2012年5月14日 17時18分29秒
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2012年5月6日

銀座柳まつり  (77)

gakuajisai090527-ic1.gif銀座柳まつり

皆さんはGWいかがお過ごしでしたか?

旅行に行かれた方、キャンプをされた方、映画を見たりしてゆっくり過ごされた方とそれぞれに楽しまれたことと思いま~す。

我が家?あはは~Ф我が家は子供の都合で予定は未定でパ~でした。

まずは息子。大学からボランティアに参加5月3日に出発。しかしあの豪雨。する予定の仕事もほとんど出来ず、なんと、温泉に浸ってӤä美味しいものを食べてۤのんびりドライブ気分で帰ってきました。今度は友人と温泉に浸りにだけ行くのだそうですѥ

さて、予定を未定にしてくれた張本人の娘は・・・高校の部活で銀座柳まつりに参加。東京の高校でブラスバンドとチアの両方揃っているところがなかなか無いそうで、毎年白羽の矢があたっているそうですӤä。4日は練習。5日が本番。土曜日は授業がある高校なので、これでGWは御陀仏と化したのでした。

主人がビデオ係、私が撮影係、息子は見物係Фで朝10時過ぎに出発。場所はここ有楽町の駅前の西銀座通り2006 01 01_3707_edited-1.jpg

まずはプランタンで昼食を。ゆっくり食べている時間はないのでバーガーを。私は梅ソースのバーガー、美味しかった~。

食事前にはまだチラホラだった人の波が、パレード出発20分前にプランタンを出たら・・・å凄い人。娘が歩く方は進行方向右側。プランタンは左側。横断歩道も渡れなくなっていて真っ青ۤ。一箇所作動している交差点を見つけて必死に走る。どうにか空いてる場所に飛び込んだ~~ޥ何故隙間があったかって?そこは下水の真上でした㤭Ф。少し脇によれてよかったですが・・・

銀座柳まつりは年に一度だけ西銀座通りを約1キロ歩行者天国にして開催されます。2006年東京都のシンボルロードとして柳が植樹され整備された記念に開催されたそうです。第6回目の今回のテーマは『明日へ』東日本大震災の被災地の復興と復興応援継続を願い、チャリティーや楽しいイベントが準備されていました。

娘は01番の交通安全 銀座ゴールデンパレードに参加。まずは警視庁・東京都吹奏楽連盟によるパレードです。白バイ赤い製服は女性Ӥä。青い製服が男性。非常にゆっくり運転しているのでかなりのテクニックだと思います。

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続くはバトントワラー。皆さんスラリとスタイル抜群。

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続くはブラスバンド。流石です。ピシッとしてますね~。めちゃくちゃ暑かったですよ。

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続くは警視庁騎馬隊。にこやかに手を振ってらして緊張がほぐれたり~。

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交通安全や犯罪撲滅の願いをかけての行進です。ピーポくん

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人々の『ープル』と警察の『リス』の頭文字をとって都民と警視庁の架け橋となることを願って『ピーポくん』と名付けられたそうです。ピーポくんには、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さん、妹、弟とファミリーがいるんですよܤϡ

都民の声を幅広く聞く為の大きな。社会全体の動きを素早くキャッチする為のアンテナ。社会の隅々まで見渡せる大きなを持ってるの。警視庁のシンボルマスコットです。昭和62年4月17日に誕生しました。今日も大活躍礭

ピーポくんと共に華を添えたのが『柳まつり』の垂れ幕を持つ子供たちと

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宮城広瀬高校のバトントワラーとブラスバンドの生徒たち

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復興の願いをかけて力強く行進していました。思わず『頑張れ~よく来たね~。』と、声をかけたくなりましたޥ

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キティちゃん・ペコちゃんも人力車に乗って応援です。

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さて、いよいよわが娘の高校の登場で~す。都内参加でトップバッターを行進です礭。先頭を行くのは3年生

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中盤から2年生。1年生はまだユニフォームが間に合わないので3年生と2年生のみ参加です。でもかなりの人数です。進行方向にある交差点でのストップの後再び歩き始めたところです

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 後ろに続くのが同じ高校のブラスバンド

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このあと、小・中・高校生の合同ブラスバンドもあったり、大学や楽団も参加されてました。かなりの参加団体数だったので、高所から見たらすごい迫力だったと思います。

いきなりの猛暑日。初夏というより夏。道路はアスファルトなので参加した方々は物凄く暑かったと思います。見学参加も道路の照返しで汗だく。でも、素敵な演奏とバトントワラー・チアガールズの華やかさ֥ϡで湧きに湧いてました。

この他にもたくさんのイベントがあります。詳しくはネットで見てね。ユーチューブにもUPされると思います。来年、GWに東京見物に来てくださる方がいらしたら、是非、5月5日は銀座へ足を伸ばしてみてください

 

 

 

 

 




最終更新日時 2012年5月8日 3時9分12秒
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2012年4月27日

夜行列車の旅(5) ローマ(4) コロッセオ  (48)

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 我が母校の中庭です。自然が溢れてます。常緑樹も多く季節ごとに見応え充分で~す。

 我が母校だけど、子供達の母校ともなりました。まずはです。

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 楓は秋の紅葉とばかり思っていたのでこの時期に赤い葉があるのは驚きでした。楓も種類によって様々な姿を見せてくれるのですね。

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 葉の間からこぼれる陽がハーモニーを奏でてました。

さて夜行列車の旅(5) ローマ(4) 

危機一髪事件にもメゲズ旅行を続行です。せっかく来たんだも~ん礭

 ホテルを出発。バルベニーニ駅の真ん前にあるバルベリー二広場。そこにあるトルトーネの噴水

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 イルカが支える貝殻の上に乗った半人半魚のトリトーネがほら貝から水を吹き出している。ベルニーニ作。

ヴェネツィア広場(Plaza Venezia)からコロッセオ(Colosseo)に向かってフォーリ・インペリアリ通り(Via del Fori imperiali)を行くことに。

ヴェネツィア広場の東側に建つサンタ・マリア・ディ・ロレート教会

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Chiesa di Santa Maria di Loreto 16世紀の教会で、15世紀のチャペルの<上>に建てられたのです。建設は1507年に基礎部分がアントニオ・ダ・サンガッロ・イル・ジョバネのち75年かけてドームとランタンまでジャコモデルデュカが完成させましたこれでお分かりだと思うのですが、この通りはムッソリーニが計画した制作道路の一つで、多くのローマ遺跡を埋めて造られたのです。

ローマの七丘の一つで最も高い丘、ローマの中心カンピドリオの丘(Campidoglio)頂上にはミケランジェロが設計したカンピドリオ広場(Piazza del Campidoglio)があり、建設史上初のバロック的広場と言われているのです。その丘に背を向けるようにそびえ立つヴィットーリオ・エマニュエーレ2世記念堂またの名、ウエディングケーキ・タイプライター・入れ歯等と呼ばれているのです。兎に角デカイの一言。

 

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バスで通りかかる瞬間に撮影した為、デカすぎてとても全景は写せなかったです。1870年にイタリアを統一したヴィットーリオ・エマニュエーレ2世の偉業を記念して1895年~1911年に建てられた白亜の記念堂。上には騎馬像と天使像がある。

そのままコロッセオに向かって進むとコンスタンティヌスの凱旋門に到着。312年のミルヴィオ橋での戦いでの勝利を記念し315年に建てられたもの帝政ローマ時代の凱旋門で最も大きいと言われ、フランスのエトワール凱旋門のモデルになりました。写真がなくてごめんなさい。時間がある方はネットにたくさん写真が載っているので検索してみてね

このすぐ隣にコロッセオ(Colosseo)があります

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コロセッオは古代ローマ帝国・フラウィウス朝の皇帝ウェスパシアヌスの時代75年に着工、その息子ティトウス帝の時代80年に使用されるようになった。と、言われてもピーンと来ないと思うのでちょっとチョー簡単に時代背景を・・・。

ウェスパシアヌスは、母方は老院議員の縁続き父方は平民でいわゆる貴族の出ではなく軍隊叩き上げで出世した人物。皇帝ネロによりユダヤ反乱討伐軍の指揮官に任命され現地に赴く。イェルサレム陥落直前に皇帝ネロが暗殺された。帝国が内乱に陥った中、ウェスパシアヌスは、東方各地の駐在軍や有力者達の支持を得て軍隊を借り内乱を収拾し70年ローマに帰還。ローマ最初の内乱を平定した人物である。

この、フラウィウス朝の皇帝が建設者であることからフラウィウス円形闘技場が本来の名前。火山灰を利用したコンクリートで出来ている。この円形が鉄骨を使ってないのに幾多の地震にも耐えられたゆえんであると力学的に言われている。ではなぜこんな姿に?

それは、中世時代523年に使用しなくなり無用の長物となってから、ここの建材がほかの建築物に流用されたからなのです。外壁を被っていた大理石は宮殿や教会の建設のために。バチカンのサン・ピエトロ大聖堂にも使用されています。では、何故残ったのか?

それは、迫害されたキリスト教徒がここで殉職、または見せしめのために殺害されたと伝承され、ここは聖地となり、ローマ教皇ベネディクトウス14世にコロッセオは神聖であるとして保存されるようになったのです。

直径188メートル 短径156メートル 高さ約50メートル 4万5千人を収容できた。天井部分は開放されているが、日よけ用に布を貼る設備があったそうで(まるで東京ドーム?)皇帝席には一日中、観客席にいても20分以上日光が当たらないように工夫がなされていたそうなӤä。初期は競技上に水を張り模擬海戦を上演、また、戦闘選手の入場のために人力エレベーターが使用されたそうです。1階はドーリア式・2階はイオニア式・3階はコリント式で建てられています。

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これも4枚重なっています。コロッセオの横、工事中なのがコンスタンティヌスの凱旋門。その続きカンピドリオの丘。そしてフォロ・ロマーノ。古代ローマの中心都市フォルム・ロマヌムの遺跡の事。一番右がトラヤヌス帝のフォロ。手前がインペリアリ通り。

フォロとは広場の意味。ロムルスとレムス兄弟がラテン人を率いてローマを建設したのは紀元前753年頃とされる。周囲の丘から流れ込む小川が合流し、増水したテヴェレ川で水没する沼地だった。それぞれの丘にあった村落が徐々に連合するにつれ、会合や階段の場として中立な丘が選ばれた。そこがここフォロ・ロマーノ。現在の輪郭になったのは、ガイウス・ユリウス・カエサルによる大改装の結果だそうな。カエサル暗殺後は初代ローマ皇帝アウグストゥスへと引き継がれた。西ローマ帝国が滅びた後、フォロ・ロマーノは完全に忘れ去られ土の下に埋もれた。ルネッサンス時代に古典建築が復興されるとローマ教皇ユリウス2世はローマ市外の再建を計画。古代建築の装飾を剥ぎ取って建築資材に宛てたのである。こうして古代遺跡が急速に消失していった。

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  トラヤヌス市場跡 実はアーチになっていてかなり巨大。商業施設・住宅・集会場を兼ねた施設。最近のマンションの一階がストアだったりするのと同じイメージ。これが2世紀初めに建てられた世界最古のショッピングセンターなのです。設計はアポドロス。当時は150もの食料品・花・毛皮などを扱う店舗や事務所が並んでいたのだそうな。高くそびえる塔は13世紀に建てられた戦士の塔でフォロとは違うものです。

 

fororomano01.jpgクーリア・ユリア_edited-1.jpg

 

一番右がクーリア・ユリア(元老院) シャークスピアのジュリアスシーザーで、ブルータス(マルクス・ユリウス・ブルートゥス)ら暗殺者がシーザー(ガイウス・ユリウス・カエサル)を暗殺する場面は世界的に有名ですが、カエサルが暗殺されたのがこのクーリアの前でした。シーザー最期の言葉として有名な『ブルータスお前もか』は既にカエサル最期の言葉として有名。だからシーザーはここだけラテン語で書いています。Et tu,Brute? と。tuはお前・あなたとして使われるのですがtuであるところがカエサルとブルートゥスの身内・親族・親友の様な近い関係が表されてます。

 

it68.jpgカエサルの焼き場後_edited-1.jpg

 

ここはカエサルが火葬に付された場所です。この石の裏側にありますが、未だに花が供えられてます。

いかがでしたか?約2000年前にタイムトラベルした御気分は?通り一本渡ればそこは2000年前です。ここに住んでたら、今頃どんなでしょう。せめて一ヶ月は住みたいな~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最終更新日時 2012年4月29日 6時19分42秒
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2012年4月19日

夜行列車の旅(4) ローマ(3)  (72)

 

2012 04 09_3411_edited-1.jpg

近所の木蓮 どんどん春が深まり花々が咲き始め 緑もかなり増えてきました。散歩がてら携帯で撮影したもので~す。

夜行列車の旅(4) ローマ(3)

素敵な家具に囲まれたホテルで元気に目覚め、外を覗くと良い天気。朝食を済ませて今日はバチカン市国へ。バスに揺られて到着すると、もう人で賑わっています。サン・ピエトロ寺院と広場に着きました。左に見える柱。4列のコロナートです。このドーリア式の円柱でサン・ピエトロ広場を囲っているのです。右にあるオベリスク。これは紀元前1世紀にエジプトのアレクサンドリアでローマ人によって建てられアウグストゥスに捧げられカリグラ帝によってネロの競技上に運ばれ、1586年シクストゥス5世教皇によりここに移されたのです。 2006 01 01_3540_edited-1.jpg

バチカン市国

あまりに大きすぎて、その当時のカメラにつけてるレンズでは収まらない。仕方ないのでパノラマっぽくだんだん右へ。3枚写真が重なっています。だから、ちょっとガタビシしてます。色も全くちがっちゃてま~すۤ全体の雰囲気だけ味わってみてくださいね~。 2006 01 01_3541_edited-1.jpg

柱廊の上に立つ140体の聖人達 

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ローマ・カトリック教会の首長の教皇がいらっしゃるところ。ローマ市内にある世界最小の独立国。国なんだからパスポートが必要かって?いえいえ、ここは国境がないのです。でも、教皇がいらっしゃるところですから。服装に規制があるようですよ。主な建物はサン・ピエトロ大聖堂とバチカン宮殿。サン・ピエトロ大聖堂は330年頃コンスタンティヌス大帝のにより着工。1506年から1667年にかけてブラマンテ・ミケランジェロ・べルニー二等芸術家によって増改築された世界最大のキリスト教建築物です。

では、大聖堂に入ってみましょう。まずは、奥を眺めると、ジャーン。凄いです。圧倒されます。荘厳です。身廊は大聖堂の中央部。一番奥がペテロの司教座で、教皇の権威を象徴するもの。4本のねじれた柱で囲まれています。これが天蓋(バルダッキーノ)です。

2006 01 01_3615_edited-1.jpg

 

2006 01 01_3545_edited-1.jpg

サン・ピエトロ大聖堂の主祭壇Ӥä

この司教座は教皇だけがミサができる場所で教皇の祭壇とも言われています。これら、の装飾はベルニーニ制作。

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聖ペテロの聖墓所教皇の祭壇の真下には聖ペテロの墓があります。

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ベルニーニの天蓋の真上にはミケランジェロのドーム(クーポラ)が乗っている  

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クーポラの内部 円窓から入る淡い光がドームの中を神秘的に映し出します 

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聖グレゴリウスの聖堂

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右奥に見えている絵の場所が変容の祭壇

とにかくルネッサンス期の芸術の粋が集まっていると言っても過言ではないでしょう。クーポラ(ドーム)は登れるようになっていて、上部には回廊があり、寺院内部が上から眺められるようになってます。クーポラ最上部からはローマ市内全域が見渡せます。

さ~て、次は・・・・。

地図を出して道を検討し始めたら、父が何やら騒ぎ始めた~。

何やらが無いと。え狼

父が肩から下げているショルダーを見てビツクリå

カバンの側面が横にパックリ切れている。いや~、切られてるのですۤ

中身はすっからかん。え~~このバチカンで!?

罰当たりな~ѥܤäƤと思ってみても、事すでに遅し。

父のカメラも、予備メガネも、何より母がフィレンツェで買った大のお気に入りのテーブルクロスもܤ。ものすごく混んでいて人に押されて見学する状態だったので。やられた~。スリです。大切な物は身につけ上からジャケットを来ていたのでセーフää

ブログのタイトル通りでしょ~。ほかほかワクワク危機一髪!!

昼食も忘れ、一度ホテルに戻り、警察へ。イタリア語話せるわけない狼

全部フランス語で話し、フランス語で書類に記入。保険のために手続きしてきました。おまわりさん、フランス語が話せました~㤭Ф皆様も旅行先では気をつけてね~礭

2006 01 01_3364_edited-1.jpg 2006 01 01_3554_edited-1.jpg

お世話になったおまわりさんとは違うけれど~ޥありがとうございました~その当時のおまわりさんで~す。

 

 

 

 

 




最終更新日時 2012年4月21日 2時12分28秒
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2012年4月7日

夜行列車の旅(3) ローマ(2)  (82)

 
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ご心配をかけました。花粉症に加え、左上半身不随な様な症状になっちゃって。暫くPCからも家事からも遠のいておりました。主婦なので、ゆっくり休養ともいきませんでしたがかなり休めました。たくさんの励ましの言葉を寄せていただきありがとうございました。少し具合が良くなってきましたので少しづつ書き込んで行こうと思います。

だんだん桜前線も北上し、ここ東京でもかなり咲いていますが、不思議なのです。部分的には満開なのですが、全体的には7日の段階では6~7分咲きです。場所によってかなり同じ桜でも状態がちがってます。日光条件の違いなのでしょうか。こんな咲き方が不揃いな桜たちは初めて見た気がします。このブログを公開出来る頃は満開になっているでしょうか。

 

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             近くの公園 雨が降る前にやっと花見に犬と共に行ってみました

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夜行列車の旅(3) ローマへ(2)
さて、行きましょう。ローマです。ローマは映画や歴史的にも有名な場所が多く、皆さんもご存知な所が多いと思います。まずはホテルへ。ホテルの窓から覗いたら、下の道を馬車が2台走っていました。フィレンツェと同じですね。

 

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皆さんもよくご存知な故事ことわざに 『ローマは一日にして成らず』 とあります。ローマ帝国になるまでの幾多の激戦を戦い抜いて繁栄するまでの道のりを表しています。

『すべての道はローマへ通ず』 はフランスの詩人 ラ・フォンテーヌが言った言葉だそうで、土木国家ローマがインフラ整備に力を入れた結果、ローマ街道やローマ水道が張り巡らされ、陸路・海路共に発達。全てのものがローマに集まり経済流通が盛んとなり、何世紀にも及びローマ帝国は繁栄した。そこに、人間が学ぶべき姿勢があるとして使われています。子供の頃より聞き慣れた名前や名所等が多く、それらを見ることができることに少なからず興奮を覚えていました。

ホテルはベネト通りにあり西にはバチカン市国、南にはコロッセオ、その間にたくさんの名所がある非常に便利な場所にありました。

最初にトレヴィの泉(Fontana di Trevi) に行きましょう。ޥ

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 古代のウィルゴ水道の終点にあるトレヴィの泉 地下水道から噴水の水が出てます

 

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 ローマにあるバロック時代の最も大きな泉でポーリ宮殿と一体となっている。左が豊穫の女神デーメテール。右に健康の女神ヒュギエイアが配置され、真ん中に凱旋門を貝の戦車に乗って進む海の神ネプチューン。足元では戦車が海馬とトリトンに引かれている。左側は荒れ狂う海を。右側は静かな海を表現している。泉にまつわる様々な挿話がありますが、その中の一つに『コインを投げる数によって願いが叶う』というのがあります。一枚投げると又ローマに来られる礭。二枚では、好きな人と一生一緒にいられる֥ϡ。三枚では、嫌な夫や妻・恋人と別れられるというおまじないです。皆さんは何枚投げたいですか?Фそもそも、噴水に向かってコインを投げる事自体は神聖な行為とされていて、どことなく日本の寺院の賽銭箱みたいですね。コインの枚数分けのオマジナイはありませんが。

次は南西に進んで、パンテオン(Pantheon)万神殿です。ローマにはキリスト教が普及する前にたくさんの神々がいました。その神すべてを祭ってある場所だそうです。

 

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最初のパンテオンは紀元前25年初代ローマ皇帝アウグストゥスの側近アグリッパによって建設。しかし、建設後100年のD.C.80年に火事で消失。今あるこの2代目パンテオンは118年から10年をかけてローマ皇帝ハドリアヌスによって再建されたものです。

ローマの建物にはよくラテン語の文字が彫り込まれている。ここにも、<M.AGRIPPA・L.F.COS TERTIUM FECIT>ルキウスの息子マルクス・アグリッパが3度目のコンスルの際に建造 と記すことでアグリッパに敬意を表しているのです。

この建造物の素晴らしさは、直径43.2メートルの円柱の上に半円球のドームが乗っており天井に円窓が開いていること。高さによって材質を使い分け無数のアーチをつなぎ合わせることでこの円形のアクルスを完成させているとのことですが、一説には、建物の中に土に金貨を混ぜたものをぎっしり詰め、凝灰岩と軽石で作ったドーム型の屋根を乗せ民衆に中の金貨をとっていいですよとおフレを出すことによって、中の土を迅速に出すことが出来たというと言う話もあるそうですが・・・喜んじゃうかもĥϡ。ここにはラファエロとヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のお墓があります。

パンテオンの前にあるロトンダ広場のオベリスク。オベリスクの下4面に顔が彫られ、イルカの口からも水が出ています

ここから西に300メートルほど歩けばナヴォーナ広場に着きます。ナヴォーナ広場は元ドミティアヌス帝の競技場でした。ローマの建設の仕方は面白く、新しく建設するときは、もとの建造物を壊すのではなく埋めてしまうのです。なんと、この広場の周りにあるレストランの地下から当時の競技場の遺物を見ることができるのです。え?もしローマに地震が起これば液状化?怖いですね~Ӥäもったいないですね~ۤ

ナヴォーナ広場で一番北側にある噴水。ネプチューンの噴水

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ナヴォーナ広場の中央にある噴水 四大河の噴水 ベルニーニ作 

この日は演奏に迎えられラッキーでした。この四大河川、世界史で習いましたが、それとはちょっと違うのです。左の人物像がドナウ川の擬人像。真ん中がガンジス川の擬人像。右がナイル川の擬人像。

 

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反対側から撮影すると、左がガンジス川の擬人像。真ん中がナイル川の擬人像。右がラプラタ川の擬人像です。

そのほかにもう一つ、広場の一番南側に ムーア人の噴水 があります。

大急ぎで移動してしまいましたが、続きは次回です。なんせお腹が空いて。

ホテルで教えていただいたレストランへ。すぐ座れたのですが、でかい窯がドーンとあるのです。そこでは牛肉が焼かれているのです。それも大きなフォークの様なピザを焼く様なもので肉をひっくり返しているのです。そのお肉の大きさが最長30センチ以上。目がまんまるくなりながら椅子を勧められ座りましたӤä。前菜が何とメロン。それも大きなお皿に山盛り。いくらなんでも全部は食べられない。でも、気前よく進められる。困り果てる。次に出てきたのがサラダ。これも山盛り。やっとお肉。でも、35センチ位もある。絶句だらけのディナー。肉好きの父は大喜び。お肉はぺろりと平らげる。日本のおしゃれなイタリアンを想像していたので少しショックå周りの方々は陽気にお酒を飲みのみ楽しんでいる。アハアハ。疲れきってホテルへ戻るのでした~ХХ。味は美味しかったですよڤ

 

 




最終更新日時 2012年4月13日 3時9分7秒
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2012年3月30日

新風・竹人形展へ行ってきました  (95)

幸達 』 新風・竹人形展ume-hana-20120120-icon6.gif

ブログ 『バンブーおじさん奮闘記』 の作者

鈴木 達幸さんの竹人形展へ行ってきました~

伝統工芸とは一線を画するオリジナル性豊かな創作品群で

そのお人柄からくる暖かさが伝わってくる展示会でした

ブログで拝見している写真での作品と実物とでは大違い

実際の大きさに圧倒されるものが多く

その技工の細やかさも素晴らしいものでした

細やかな切り込みもノコギリで入れられるとのこと

神経を研ぎ澄まされて作られている事が

手に取るように分かる作品ばかり

鈴木さんの人形作者名は『幸達』(こうたつ)さんです

会場の雰囲気は悠愛さんがブログで紹介されているので

私と子供達が特に気に入った数点をここに紹介させていただきま~す

 

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素敵な床の間があったら是非飾りたい一品<立雛>

 

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まるで十二一重を想像させる艶やかなきもの姿の<琴姫>

 

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室町時代 日本最古の<竹取物語・かぐや姫月に帰る>

 

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幸達さん初期の作品<渓魚>

 

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<芭蕉カジキ> 

海面から鳥のように跳び出すカジキの美しさを表現したかった。これは小さいけれど実際はもっと背びれが大きいんですよと話してくれた幸達さん

 

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娘が大のお気に入り 人魚姫<マーメイド>

女性の立ち姿の美しさ曲線美を表現することに気を使われた作品です

 

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<猫を抱く少女>

陽だまりの中で猫がまったりくつろいでゆっくりと時が流れる素朴さが出ている作品です。全体から感じるなんとも言えない可愛さと猫の表情が素晴らしいです

 

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<インディーチョイス君 初めての狩>
 

 竹のイメージからは想像できない個性豊かなチョイス君ですね。初めての狩り成功し元気いっぱい満足感いっぱいに浮かれているチョイス君の気持ちが満面の笑みに現れてますね

 

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<水槽を囲んで何がいる?> 

最後に思わず微笑んでしまう いたずらっ子達。息子のお気に入りです。水槽の中に竹の鯉と亀をいれてアクリルを流し込み凝固させたものだそうです

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幸達さんの作品に目鼻が描かれてない人形が多いのは、その人形を見たときのその方の感じたままの心を人形に写して、各々の顔の表情を作り出して欲しいからだそうです。心を写す鏡ですね。

今回の展示会は、小田急線またはJR相模線 <厚木駅>から徒歩2分 『河の手ギャラリー』 で3月24日~4月1日まで開催されています。残り1日しかないので、次に予定されている展示会の予定をご紹介しますね。

小田急線 <座間駅> 徒歩2分 『ギャラリーアニータ』 で、10月に予定されているそうです。詳しい日時は幸達さんのブログでお知らせしてくださるそうです。

今回、花粉症家族の代表のような我が家族にとって、花粉前線真っ只中での訪問。どうなるか不安でしたが、とんだ突風の中でも、ほとんど電車の中で過ごしているうちに到着する感じ。駅から本当に近いギャラリーでしたので、お陰様で帰宅後も花粉も酷くならずラッキーでしたФ礭。楽しいひと時を過ごさせていただきました。

ブロ友さんって不思議です。初めてお会いするのに、そんな気がしない。ずっと昔から知っている気がしてしまいます。素敵ですね。そんな出会いを体験できるって。

幸達さんは、様々な視点から見つめ 得たポリシーを持って、バンブーの特性を活かしながら、自分なりの作風を ゆっくり時間をかけて表現されています。

是非、写真ではない実物を鑑賞しに伺ってみてくださいね。

みなさんの心に何か残るものがきっとあると思います。

 

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最終更新日時 2012年3月31日 15時50分15秒
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