およそ遠しとされしもの。
下等で奇怪、見慣れた動植物とはまるで違うとおぼしきモノ達。
それら異形の一群をヒトは古くから畏れを含み、
いつしか総じて蟲と呼んだ。
★2014年4月より放送の「蟲師 続章」→
蟲師 続章 あらすじまとめ
★前のお話は→
蟲師 あらすじまとめ
蟲師 第25話 眼福眼禍 (がんぷくがんか)
(2006年に放送されたものです)
私の世界にあるものは匂いと音と味と手触り。それで全部、それで十分。
街道でギンコは琵琶を弾く娘、周(あまね)を見かけた。歌は蟲の話、どこで聞いたのかとたずねると私の父だよと周は答えた。他にも聴きたいかい蟲師さんと言うと周はギンコを近くの宿に無理矢理泊まらせた。周の話はどれも真実味があり親父さんは蟲師かとギンコが聞くとそうだったが私の目が役に立たないので死んでしまったと言った。
全く見えていないのかとギンコ。眼福を目にしてしまったから良く見えると周。眼福は幻の蟲。見たのか、そりゃすごいとどこで見たギンコが聞くと、それじゃ次は私の話をしようかね、その代わりひとつ頼みを聞いて欲しいと周。この両目を山に埋めてきてはくれないかと言った。
蟲師だった父はしばらく家を空けることが多かったが周は父の旅先の話を聞くのが何より好きだった。今回は凄いものが手に入ったと父。眼福という見れば目が良くなるという幻の蟲を見たという男の目玉を死後に取り出したものをひとつ持ち帰った。その男は眼福を見てから死ぬまでみるみる目が良くなり目玉は死後も腐らず残っている。眼福を見つける手がかりになるかもしれない。お前の目は俺が一生をかけても見えるようにしてやると父は言った。
父が目玉を調べていると中から蟲が出て来て家の外に逃げた。目玉の中にいた蟲が眼福なのかもしれないと父は山中を探しまわったがそれは見つからず、ひと月も経ったころ山でキノコを採っていた周は目の中に何かあるように感じた。
もしかしてこれが見えるということかと思ったとき目に何か入ってきて痛みを感じた。そして目をあけると見えるようになっていた。ものが見えるということを周は初めて理解した。それはそれまで上手く想像できないことだった。そしてそれは想像をはるかに超えた素晴らしいことだった。
何で目がよくなったのと友だちに聞かれて光る花みたいなのを見たと周は答えた。周の目は友人の誰よりも遠くまで見渡すことがでた。そして時とともに見えるはずのないところまで見えはじめた。壁の向こうの丘、丘の向こうの山脈、そのはるか向こうの海までも部屋にいながら臨めるようになっていった。
見知らぬ景色や人々の暮らしに周は夢中になったがやがて目がまわり歩くのが困難になった。安寧な闇が訪れるのは瞼を閉じたときだけ。周は目を閉じていることが多くなったが時が経つとまた別のものが見えるようになった。
目を閉じていると近くにいる者の未来や過去が見えるようになりやがて自分の未来も見てくれと人が集まるようになった。周の見る未来はすべて的中した。千里眼と噂が広まり近辺の村からも人が家を訪れた。けれどたとえ忠告しても見えたものは変えることはできず依頼はやがて盗人や不貞を言い当てるものばかりになった。
周の目は重宝されたが友人はいつしかいなくなった。仕方ない、千里眼なんて薄気味悪いに決まっている。見えたって何も変えられないんだしと周は泣いた。そして人を見ることをやめたがやがて瞼が透けて外が見えるようになった。出かけると言った父の未来と外の景色が一度に見えて目が眩んだ。三日で戻るから無理はするなよと父は言ったがそれきり戻って来なかった。
周は山に登り千里眼で父を捜し谷の底に父の姿を見つけた。周は父を弔うために旅に出た。僅かな路銀にでもなればと琵琶で父に聞いた話を弾き語って歩いた。そしてようやく父の骸にたどり着くと父の戻らない里に帰る気にはならなかった。
そのまま街道を琵琶を弾いて歩き暮らすようになった。そうして暮らすうちにも瞼はどんどん透けていって今まで見えなかった自分の未来も見えるようになってしまった。ギンコがここを通ることも頼み事をすることも全部見えていたことなんだよと周は言った。
もうじきこの目は私の目じゃなくなる。目玉から抜け出て土に潜り新しい目玉が来るのを待つ。だからまた私みたいなのが出ないように目玉を山の深くに埋めてほしいと周。治療法がないとも言い切れないだろうギンコは言うが見えたものは変えられない、この目が見ているものは手の届かないほど遠くにある決められたことなんだよと周は言った。
俺にはやっぱりあんたのいう事を鵜呑みにはできないとギンコは言い知人に文を出して治療法を探そうとするが周はいい返事はないよと言った。なぜそんなに助けたがるのか左目をなくしたせいかと周。千里眼なら見えるだろうとギンコが言うとあんたのは子供の頃が真っ暗で見えないと周は言った。
俺の一番古い記憶は10歳の頃だとギンコ。どこだか知らない真っ暗なところをひとりで歩いていた。何も見えず手探りで歩き続けていると月が出た。月が沈んでもまた上ってくるのは月、そんなところを長く歩いてようやく日の昇るところに出た時の日の光のありがたさは今でもよく覚えている。
永久に光を失うのは恐ろしくないのかとギンコが聞くと恐ろしいよと周。でも光しかない世界も恐ろしい。何もかも見えているのに何も動かせないこと、闇の中でも自由に生きられること、どっちが恵まれていると思う? 私は闇の中で光を思い出しながら生きて行くのも悪くはないと思うんだと言った。
目玉の命が終わる瞬間まで見えていると聞いてギンコは考えた。彼女の目はずっと自分の瞼だけは透過せず他者の未来しか見えなかった。それが瞼も透け自分の未来も見えるようになったというのは目玉にとって彼女は他者となりつつあるということか。
見られることで目に宿る蟲、それは目玉を体が死しても生き続ける別のものへと蘇生させ、やがて完全に乗っ取ると身から離れて行く。だとしたら分離の時はもう近い。
文の返事はまだ来なかった。周は天井の向こうが見えなくなり辺りがちゃんと見えることに気づいた。だが目玉が勝手に動き出した。目玉が落ちそこから蟲が飛び出した。用意していたギンコがそれを捕まえ瓶に入れた。痛がる周に痛み止めをやるから待ってろとギンコ。目玉がなくても涙は出るんだねと周は言った。
ギンコは蟲を山に持って行き土に埋めた。周は目玉が自分から落ちたあと埋められて土の中にいて、しばらくして土から顔を出すと獣がこちらに来て獣の目に美しい花が写って、ゆっくり目玉の中に吸い込まれるとそこですべてが真っ暗になると話した。
文の返事が届いているはずだよと周に言われて見るとやはり治療法は不明と書かれていた。里に戻るのかと聞くギンコにさあどうだろうと周は言った。今はこのまま身ひとつでやってみたい。先が見えないことが嬉しいんだ。どこかで見たら声をかけておくれよ、もっと琵琶の腕を上げておくから。ギンコに手を振ると周は歩き出した。
★原作では第5巻にあります。