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父のお通夜と告別式はつつがなく終わりました。お陰様です。ありがとうございました。 檀家だったこともあり、父の事をよく知る和尚さんが、お経の後に父との思い出話をしてくれました。大変嬉しかったです。 今の時代、お寺との付き合いなんか希薄なものです。しかし、父はお寺と良いコミュニケーションをしていました。 そのお陰で、生前の自分の思い出話をお経の後にたんまりして貰えたのです。 たとえば、故人は社長だったとか先生だったとか立場を褒められるのも素晴らしいのですが、もっと素敵なのは人間性を褒められることだと思います。 あなたは、自分の大切な人が「お金持ちですね!凄い!大きな家ですね。車はベンツですね。会社は支店が数百ありますね!」と褒められても、はたして本当に嬉しいでしょうか。人は誰でもお金が欲しいし、大きな家やベンツに乗りたいです。人に使われるより、使う立場に成りたがります。 でも、それだけで、本当にそれだけで、幸せになのかな、と感じました。 大多数の社員から憎まれても「こうしないと会社は存続できない」と“英断”をしている経営者は、人間性を褒められるものでしょうか。 「性質とか人間性なんかが長けたところで、幸せになんか成れるものか」そう考える人も居ると思います。しかし、会社が存続しているだけで、お客さんからも感謝されない従業員からも憎まれて、良い人生なのでしょうか。 前回にも言ったように、父は社交性に欠けていましたが、あばたをエクボにしてくれた住職の大らかさに感動しました。 わたくしも住職のように、他人と自分の良いところにも気付けるように成りたいです。 ![]() 大切なあなたが 素晴らしい方だと永遠に語られますように。 横尾けいすけ Yokoo Keisuke mail to keisuke450@gmail.com
![]() わたくしの父は、昨日、他界しました。(享年七五歳) 父は三年前に脳出血で倒れ、左半身の麻痺と、嚥下障害という喉の麻痺を発症しました。 特に嚥下障害は、つらい三年でした。食べ物と飲み物を口から摂ると肺に入ってしまうため、胃に直接チューブで入れたり、血管に栄養を入れたりの三年間でした。 三年間も水すら喉を通らない日々を想像出来るでしょうか。また、痰も、どんどんと肺に入ってしまいます。よって、肺炎を起こしやすく、肺の細胞が壊死してしまうため、数日前から浅い呼吸でした。看護師さんによる痰除去、これは大変痛いのです。その痛みは毎日数回行わなくてはなりません。 悪い見方をすれば、「生き地獄」です。 しかし、父は、その苦行を通じてカルマを成したのだと思います。 「人は何のために生きるのか」それを伝えたのだと思います。 父は、お世辞にも社会性のある人ではありませんでしたが、発症してから継続して病院生活を送る中で、生まれて初めて感謝の気持ちを表す事が出来るように成りました。 「看護師さん、ヘルパーさん、きょうもありがとう。」言葉は出来ずとも、そう眼で言えるようになったのです。 感謝、想いやり、利他心。それこそが人のカルマであるというのが父のメッセージだったのだと感じます。 横尾けいすけ Yokoo Keisuke mail to keisuke450@gmail.com
前回、「恐怖感の低減」のお話で、跳び箱を例にしました。 子どもが跳び箱で失敗し、痛い思いをする。 ↓ 潜在意識が、跳び箱を危険な物と判断してしまう。 ↓ 本人は頑張って跳び箱にチャレンジするが、恐ろしくないはずの跳び箱に恐怖感を抱いてしまい、跳び箱まで走って行っても踏み台の所でストップしてしまう。 跳び箱や幼児期に限らず、今のあなたにも恐怖感はないでしょうか。本当は恐くない事を自分の心の中で恐怖感に仕上げてしまい、色々な理屈をつけて”踏み台”を飛べない事はなかったでしょうか。 「大好きな人に告白が出来ない」 「告白どころか、周りの人に挨拶も出来ない」 「事業の立ち上げや展開が出来ない」 「駅前留学で英会話をしっかり学んだが、英国人を前にすると話せない」 そんなときの解決法を紹介します。 ![]() ひとつは、信念(Be)です。 それを「出来るに決まっているんだ」と思うことです。 「出来たらいいなぁ」ではありません。「私には出来る。私には出来る・・・」と、思い込むのでもありません。 自分がそれを「出来るに決まっているんだ」と思うのです。まるで、自分が女だと認識しているのと同じくらい当たり前に、「出来るに決まっているんだ」と思うのです。タイミングは、潜在意識とコンタクトを取りやすくするために瞑想や座禅をしても良いのですが、そこまでしなくとも日常の生活で出来ます。要は「出来るに決まっているんだ」と思うことを習慣化すれば良いだけです。寝る前と起きたとき、トイレを使っているとき、食事をしながら、入浴しながら、音楽を聞きながら・・・。ぼんやりと思いにふけっても構わないときは「○○は出来るに決まっているんだ」と想うのを習慣にするのです。 もうひとつは、行動(Do)です。 どれだけ「出来るにきまっているんだ」と思い込めても、それをしなければ出来るわけないのです。「緊張しないで外国人と話せるんだ」とトイレで信じても、実際に話す行動を繰り返さないと出来るようにはならないのです。英国人の幼児は英語に堪能ですが、失敗と誤りを毎日繰り返して出来るようになるのです。英会話教室で決まった講師とだけ話していても実力は付きますが、”跳び箱”の恐怖感は溶けません。踏み台の所でストップしたのなら、踏み台から跳び箱に尻もちして座るところから始めるように、まずは少しでも多くの外国人と話すべきです。英国人の幼児と同じように段々と出来るようになるしか方法はないのです。 告白もそうです。ふられても「次、行ってみよう」です。「またふられるかも」などと恐怖感を感じたら、BeをしてDoです。昔、「101回目のプロポーズ」というドラマが有りましたが、実際は100回近くもふられなくとも、もっと早くパートナーに恵まれます。BeとDoをしっかり実施すれば、必ず上手くいきます。 大成功者やとても幸せな人は、BeとDoを繰り返した人です。 もしあなたが、大成功者でなく幸せでもないのなら、BeとDoを繰り返していなかっただけです。 両者の違いは、能力や才能ではなく、BeとDoを繰り返したか否かの違いだけなのです。 大切なあなたが 幸せのリンゴを もぎ取りますように。 横尾けいすけ Yokoo Keisuke mail to keisuke450@gmail.com
目標達成のためには、Do(行動)と Be(どう信じるか)の両方が必要です。 Beのひとつとして、「恐怖感の低減」を私は提案しています。 今日は、そのお話しを再度致します。 ![]() 小学低学年生の頃、体育の授業で跳び箱がありました。 多くの児童が跳び箱を楽しんでいる中、跳び箱が恐いという子がクラスに一人や二人居たはずです。その子も他の子と同じように、勇気を出して跳び箱まで走って行くのです。でも、踏み込みの所で足がすくんでストップしてしまう。さっきまで勇気を持って走って来たのに、跳び箱が近寄るとストップしてしまう。こういう子、居ましたよね。 この子は、跳び箱に恐怖感を懐いているのです。過去に跳び箱で突っかかった事があり、痛い思いをしているのです。 しかし、その痛みは大したことはありませんでした。傷もなく、数分後には痛覚も癒える程度のものだったのです。それなのに、踏み込みの所でこの子はストップしてしまいます。 この子だって一生懸命です。跳び箱を撫でてみて「木だから大丈夫」と自分に言い聞かせても恐い。「クラスのみんなが応援してくれているから大丈夫」と思っても、「この前の痛い思いをした時は大した事なかった!腕を少しぶつけただけ。痛くない痛くない」と自己暗示を掛けても恐怖感は拭えないのです。 恐怖でないはずの跳び箱に恐怖感を抱いてしまうと、足がすくんでしまうのです。 本当は恐くないのだと理屈では分かっているのに恐怖感を感じてしまう理由は、心の奥底にある潜在意識が恐怖の感情を誘因しているからです。 あなたの潜在意識は、あなたの生命を守るために常に稼働しています。あなたの命を守ろうと、高い所から飛び降りるのを躊躇させたりします。大きな音に脅えたりさせます。恐怖感を利用して、あなたが危険にならないようにコントロールしているのです。 しかし、潜在意識は、融通が利かないというか加減が分からないというか、恐くないはずの跳び箱にも恐怖感を抱かせるのです。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 大人になったあなたは、恐怖でないはずの“跳び箱”に、恐怖感を抱いていませんか。 チャレンジをしたいのに、「でも、これは難しそうだ」と出来ない理由を頭脳フル回転で探していないでしょうか。本当は恐くも難しくもないのに。 次回は跳び箱で足がすくんでしまった時に、どうすれば飛べるようになるかを考えてみます。 大切なあなたの 潜在意識が、 それが恐怖でないことを 理解されますように。 横尾けいすけ Yokoo Keisuke mail to keisuke450@gmail.com
いきものがかりメジャーデビュー6年目のアルバム「NEWTRAL」は、私の大のお気に入りです。 なぜなら、「インディーズな気持ち」に磨きがかかっているからです。 多くのバンドは、プロになってミリオンセラーまでして6年も経てば、多少は器用な音楽になりますが、彼らは今もって素人っぽさ爆発です。 ![]() メンバーの山下穂尊君、水野良樹君が弾くアコースティック・ギターは、大学の軽音学部の学生レベルでコード演奏を並べているだけだし、吉岡聖恵君の歌は、歌というより叫んでいる感じが否めません。ときおり声も裏返り、かすれています。ビブラートも殆ど無いから中学生の合唱祭を連想させます。いまだに「インディーズな気持ち」つまり素人丸出しがヒシヒシと伝わります。 ”拙い音楽技術”で、何故にあんなに魅力的なのでしょうか。 それは彼らの人間性が、想いやりで溢れているからです。 歌詞を読んでも想いやりは理解出来ます。「君が・・・」とか「僕らは・・・」など、他人を想う言葉が彼らの曲にはよく見かけられます。世間には、自分の事ばかりの歌が少なくありません。♪ああ 私の恋は 南の風に乗って走るわ♪って、勝手にしてくださいだし、♪恋の奴隷に なりました♪って、何言ってるのって思いませんか。私がハッピーだとか私が辛いのだという歌が少なくないのです。私が・・・私が・・・と自己愛だけの人が近くに居たらどうでしょうか。あなたを想いやる気持ちの無い人と友だちになりたいでしょうか。きっと、そうは思わないでしょう。それと同じで歌詞に他人を想う言葉が溢れていると、優しさだけでなくカリスマ性も感じます。 ミュージシャンとして本当に大切なものは、想いやりに溢れた心だと彼らから改めて教わりました。小手先の技術ではないのです。 想いやりが大切なのは、ミュージシャンだけではないかもしれませんね。 ところで、調べていたら、ボーカルの吉岡君は、音大のミュージカルコースを卒業していました。つまり正統な声楽が出来るということです。それなのに叫ぶような歌い方をしたりビブラートを殆ど使わなかったりしているのは、あえての作戦だったわけです。ギター演奏の拙さもワザとかもしれません。 器用に成し遂げるよりも、つまずきながら汗をかきながらの方が、一生懸命の想いやりが伝わります。 自分が格好良いというだけで、自分が美人というだけで、ほんとうに他人を幸せに出来るでしょうか。むしろ想いやりって、がむしゃらで格好悪いものではないでしょうか。 今でも「インディーズな気持ち」を忘れない いきものがかりは素晴らしいです。 大切なあなたが 更に 想いやりに溢れた心を育みますように。 横尾けいすけ Yokoo Keisuke mail to keisuke450@gmail.com
連休で、出かける機会も多いとかもしれません。 良い一日を創造するために、イメージ(想像)をしてみませんか。 良い事、素晴らしい事、目指す事をイメージしたあとにアクションをすると、成就します。 ![]() ポイントは、出来るだけ事細かくイメージすることです。まるで映像を観ているように。 出先で美しい花を見たいのなら、その光景を想像します。花の匂いも、頬をかすめる暖かい風もイメージします。 「そうだったら、良いのになあ」ではなく、花を見ている最中を想像するのです。現在進行形ですね。 もうひとつのポイントは、そのイメージをするタイミングについてです。 ちゃんと瞑想の時間をつくるのがベストですが、そうでないならトイレで排泄をする時にイメージしましょう。排泄という動物的な行動をしている時は、潜在意識とコンタクトが取りやすいのです。 きっと、あなたの想像した映像をあなたの潜在意識も観てくれます。 イメージの後に行動をすれば、事は成ります。 大切なあなたが その想像力で素敵を創造なさいますように。 横尾けいすけ Yokoo Keisuke mail to keisuke450@gmail.com
昨日はお給料も出たので、以前から衣替えしたかったiPhoneのジャケットを購入しようと地元の繁華街へ繰り出しました。 大型電器店は品揃え豊富で迷ってしまいます。あまり若くないからか、選んでいるうちに疲れてきてしまい「ケイタイのジャケットなんか、どうでもいいかな」と買わずに店を出てしまいました。 この日、私は品揃え豊富な量販店で、買い物を楽しめなかったのです。 その帰り道、立ち寄った町田東急ツインズにモバイルステーションを発見。なんとなくイイ感じなので立ち寄ると、販売員が積極的に商品説明をしてきました。「好みの物があれば試着してみてください」とか、「箱に入った商品の裏側はこうなっている」など沢山説明してくれました。 私は販売員の女性のお陰でジャケット選びを楽しめ、数分後、写真の商品を購入出来たわけです。 ![]() 通常、私は販売員に話しかけられる事を嫌うのです。何故なら、多くの販売員は自分の収入のために私とコミニュケーションしているからです。「供給側として、そんなの当たり前だろう」と言わないでください。需要側の私だって販売員さんの収入なんか知ったことでは無いのであって、自分が快適か否かばかりを考えているのです。 モバイルステーションJSCの秋葉さんという方の様子は、終始気分の良いものでした。心の底からお客さんを気分良くさせたい、本当にお客さんを幸福にしたいという気持ちが伝わったのです。 彼女は利他心に溢れていると感じました。人間性に長けているのです。こういう人が、カリスマ販売員とか最強の商人になるのだろうと感じました。 小手先のテクニックとか、お面のような作り笑顔で、顕在意識は騙せても、潜在意識はちゃんと気付きます。 モバイルステーションに「なんとなくイイ感じ」と感じたのは、潜在意識が彼女の処へ導いたのかもしれません。 商品でなく、彼女自身が私を引き寄せたのかもしれません。 利他心が大きい人は、その商品よりも魅力的です。だから、商品の善し悪しを超えた販売が可能なのです。 大切なあなたが 更なる思いやりをお持ちになりますように。 横尾けいすけ Yokoo Keisuke mail to keisuke450@gmail.com
1976年、昨年度のワールドチャンピオンであるF1ドライバーのニキ・ラウダは、大きな事故を起こす。自身のマシンが発火し、大火傷と有毒ガス中毒を起こすこととなる。 彼は奇跡的な生還を果たすが、悠長に静養することもせず、6週間後にはイタリアGPに出場したのだ。 生死を左右するほどの大事故に臆する事のない、彼の勇気を人々は敬服した。 ![]() 人は恐怖を感じてしまうと、それが出来なくなります。 多くのF1ドライバーですら、恐怖の記憶がよみがえり、アクセルを踏めなくなるのです。 「前回みたいに出来ないかもしれない」 「また病気になるかもしない」 「あの人と同じに、商売が上手くいかないかも」 「うちの子が知らない人から声を掛けられたら、それは変人かも」 このように恐怖を想像すると、何も創造されなくなります。 出来ないかもと思ってしまったら、実力があっても出来ないし、 病気になるかもと思っていたら、大抵、病気になりますし、 脅えて商売をしている人が成功した例は、この世にありませんし、 変人が近くにいるかもという妄想をしていると、妙な性癖を持った人が寄って来るものです。 だから、恐怖感を持つのは止めましょう。・・・と言ったところで恐怖を止められませんね。 でも方法があります。恐怖感を小さくする方法があります。 それは、恐怖を感じるものを避けるのではなく、「向き合う」のです。 前出のニキ・ラウダの場合も、さっさと出場してサーキットと向き合ってしまったから恐怖感が大きく成らなかったのです。恐怖感が大きくなる前に新しい経験をしてしまえば、「恐怖感は感情であり、真の恐怖ではなかった」ということを潜在意識に教えられます。 難病や持病についてもそうです。あなたが辛いのは分かります。しかし、明日も痛くなるかも苦しむかもという恐怖感があるうちは、克服出来ないのです。 病気を助長しているものが自分の潜在意識なのだろうと思い、その事をまず認め、病気を治せない医者を恨むことなく他力本願することなく、自分自身と向き合うのです。 自分の内なる声を良く聞いてあげた後「分かりました。でも、もう大丈夫なのです」と恐怖感なく言えたとき、必ず治ります。 幼い頃に辛い経験をすると、その記憶が無くなる時があります。 例えば大震災で惨事を目の当たりにすると、数年後には覚えていないのです。 それは、幼児であるのにあまりにも大きな恐怖を経験してしまうと抱えきれないため、忘れさせるのです。しかし、顕在意識は忘れる事が出来ても、潜在意識はその恐怖を常に抱えています。だからトラウマが発生するのです。 このような事でトラウマが表れた場合も同じです。内なる声を良く聞いてあげて「分かりました。でも、その恐怖は過去の事です」と諭すのです。 恐怖感を小さくするトレーニングは、始めは上手く出来ないかもしれません。最初から合格点は取れませんが、気にすることなく、トレーニングを続けましょう。 勇敢なニキ・ラウダのように。 大切なあなたが 恐怖するものと向き合える勇気を 育てる決意を持ちますように。 横尾けいすけ Yokoo Keisuke mail to keisuke450@gmail.com
![]() 永く続くであろう人生の 今日という一日は、 昨日と変わらぬようにも見えます。 でも、貨車の中身がそれぞれ違うように、 今日が昨日と同じではないかもしれません。 大切なあなたが その想像力で、素晴らしい一日を創造されますように。 横尾けいすけ
![]() わたくしがタバコを吸わなくなって、丸一年が経ちました。 今、改めて禁煙成功の要因を思い出してみました。 結論から言うと、禁煙成功の要因は「なんとなく吸いたくなくなったから」です。 強い意志などではなく、飴玉を舐めるなどのテクニックではなく、だた、なんとなく吸いたくないという気持ちになれたからです。 思い出してみれば、喫煙していたときにも理由なんかなかったのです。タバコは美味しい訳でもないし、頭がスッキリもしないし、リフレッシュなんかしそうでしないし、喉を痛めるし、良いことないのです。でも、吸いたかった。その理由は、「だた、吸いたいから吸っていた」なのです。 登山家に「なぜ、危険を冒してまで山に登るのですか?」と聞くと、まともな答えがありません。「そこに山があるから」と名言をされた方もいますが、要するに「ただ、登ってみたかったから」が正確な答えなわけです。 タバコを吸いたいのも「ただ無性に吸いたいから」 山を登りたいのも「ただ無性に登りたいから」 好物を食べたいのも、あの娘と付き合いたいのも、旅行に行きたいのも、SEXをしたいのも・・・潜在意識の嗜好には、理由なんか無いのです。 だったら、潜在意識に語りかければいい「なんとなく、吸いたくないね」と。 決して、もうひとりの自分である潜在意識を押さえつけるのではなく、優しく諭すように、「なんとなく、タバコなんかいらないねぇ」そう語れば分かってくれます。 「無性にそう成りたいから」 「なんとなく、そうしたいから」 理由や要因などない心情こそ、強い意志として表れたりするものです。 横尾けいすけ Yokoo Keisuke mail to keisuke450@gmail.com ps.文頭の写真は、喫煙していたときにタスポカード作成用として撮影したもの。タバコを購入するためのIDカードなので、タバコをくわえて撮影しましたが不採用にされてしまいまいました。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |
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