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パリ市内はいつも自転車。地下鉄も使ったが小さな町だったためこれで十分。車道を走ってとても危険だったけど、走りやすく気持ちよかった。
![]() 4月の半ばまでの研修予定。これを終えたら日本に帰ろうかなと思ったが、朋子がベルリンへ行きたいと強く希望し、引っ越した。 ![]() ビザの関係で、6月末までだが、残金も考慮するとちょうどいい。 それにしても、これまでの引っ越し、人々の助けと、運の強さだけでやってきた。 ドレスデンのドイツ語学校の寮から始まり、 1回目 ドレスデン内で。 なかなか見つからず、というより、探し方からわからない。多くの日本人にアドバイスをいただきながらだった。そして寮から出なくてはならない2週間前に、ちょうどいい物件が見つかった。次年の4月までニュージーランド転勤で空き家になる、ドイツ人のアパート。大家さんはそのご両親だった。格安で提供していただいた代わりに、お子様あてに届く郵便を、ご両親の家まで届ける約束をした。 直接業者とやりとりする必要がなかったので安心だった。お二人は戦争から旧東ドイツ、そして現在と、多くを経験してきた方々。かたかたなドイツ語で、表情と身振り手振りでのコミュニケーションをし、一度はお邪魔し、紅茶をごちそうになったし、貴重な体験ができたと思う。 2回目 バルクハイム お子さんが御帰りになる約2週間前にザウター就職決定し、ザウターで働く社員の義理のお兄さんの、昔オフィースだったところが住まいとなった。田舎町、物件なんてそうそうない。ザウターのマイスターが必死になって見つけてくれた。 冷蔵庫は、ザウターさんから借り、テーブルと椅子は、ザウターの食堂の物だった。 6月、生ゴミ用の供用のゴミ箱の前に、大家さんに呼び出されて驚いた。怒っている。何を言ってるのかわからなかったがすぐにわかった。ウジがわいていたのだ!ドレスデンの時は袋に入れずに生ごみを捨ててたが、ここでは違ったのだ。 気がつけば部屋の中にたくさんハエがいる。家のゴミ箱中でもウジが発生!ギャーギャー叫んだっけ! そういえば、自転車もイタリア人の同僚から借りられた。朋子は日本から送ってもらった。しごとを首になって、彼に帰そうとした時、持って行けって言ってくれた。うれしかったな。 3回目 ライプツィヒ ブリュートナーで研修が決まったけど、郊外の田舎で、工業団地内。たまたま朋子の日本人先生がいて、快く泊めてくださった。先生のお子さんとやったトランプや、先生から聞くドイツやドイツ人のこと、ピアノや音楽への情熱、たくさん勉強させていただいた。 4回目 パリ ここも明子さんが快く泊めさせてくれた。パリのこと、フランスのこと、家でパーティーもしたし。 5回目 ベルリン パリでネットで調べてたら、ここもたまたま6月末まで滞在可能な物件があった。一時帰国する日本人がいたのだ。ほんと、ラッキーだった。 大したことではないと思う人もいるだろうが、いい物件が決まらなかったり、ご近所付き合いが大変だったりと、苦労する人がとても多いのが現実。自分たちは何事もなかった。それどころかいつも安くてちょうどよく、必ず大家さんと仲良くなり、現地の人と交流できたし。 さて、ベルリン。初めはモダン建築が目に入ってきた。写真はポツダム広場近くのソニー広場。外なのか中なのかわからないが、妙に落ち着く空間。 ![]() かと思えば、旧東領。なんだここはという空間だが、これも最新の芸術を学ぶ専門学校らしい。左から二番目の建物、新しく張られたガラスがある。 ![]() 実はこのころ、パリに滞在していた多くの芸術家が、ベルリンに引っ越そうかと考えていた。理由は政治。パリは芸術家を保護していたが、その条件が厳しくなってきたらしく、安価で変化の激しいベルリンは興味の的になっていた。パリのモンマルトルだって、安くていい景色で、芸術家が多く集まってたから、それを目当てに集まったわけで。今観光地になってしまったけど、後の祭りっていうか。モダン芸術の噴火口は常に移動してる。 パリで住む日本人舞踏家が参加する、ある企画がベルリンであることを、りこさんから知り行ってみた。そこにはとんでもない光景が目の前にあった。 ![]() ピクピク動いてる。土を食べてる。裸で動いてる。バンドネオンがそれに合わせて鳴り響く。ショックだった。 その後一緒に彼らと夕飯。あの時土を食べてたのと聞くと、そうではないし、理性的に動いてるとのこと。音楽家もそうだけど、理性は失わない。そうでないと死んじゃうよ。 次の日ベルリンフィルへ招待した。たまたまメシアンの演目。舞踏家は指揮者の動きに、バンドネオン奏者はその完ぺきな演奏に、それぞれ感嘆してくれた。招待してよかったと思った。 旧東領、アレクサンダープラッツの、世界時計とテレビ塔。まさに旧ソ連などの、旧東のデザイン。 ![]() 5月、ティアーガルテン(動物公園)。新緑が美しい。ベヒシュタインのフェルトの色。修復するときは、フェルトの色にこだわりたいもの。 ![]() ユダヤ人慰霊のモニュメント ![]() ドイツ内で、ユダヤ人虐殺関連の物に触れてきた。初めは自分たちのしてきた過去への深い反省に感嘆したけど、あまりに多さと、ドイツ人の心情をしってしまったことで、このようなモニュメントに対して斜に構えるようになってしまった。 ドイツでは戦後、多くのトルコ人を労働者として受け入れてきた過去がある。が、差別やいじめがあったらしい。最近でもそう。ソ連で働いていたドイツ人が、崩壊後戻ってきたのだが、やはり偏見があったのだ。ザウターの若者社員が子供のころいじめられたとが自分に打ち明けてくれたし。さらに、やはり、対ユダヤに対する偏見も、残念ながら根強く残っているのを知っている。 ユダヤ人が運営する博物館へも行った。そこで驚いたアンケートがあった。対外国人に対しての偏見がある人の割合がなんと50%近くあったのだ。ちょっと極端な気もするけど、あながち嘘ではないと感じた。 ベヒシュタインのショールーム。1年半前にも来たけど、その時はピアノの状態がひどくて幻滅したけど、この日は完ぺきだった。日本に帰ったら、スタインウェイ系がほとんどだから、ベヒなどのドイツ物の音の傾向は忘れないようにと、弾きまくった。 ![]() ベルリンフィル ラトル指揮のドビュッシーの「ペリアスとメリサンド」 ![]() この演目はすごかった。音楽はとにかく聞きまくった。印象に残っている演目をいくつか挙げれば、 1、ブレンデルのバッハ 2、ラトルの「ペリアスとメリサンド」 3、ドレスデンで聞いたコダーイ。なんて曲か忘れたけど、チェロとバイオリンだった。 4、パリで聞いた、プーランク 2台のピアノの為の協奏曲。前半のモーツァルトは下手だったけど、後半のそれは、フランス人にしか出せない響きがあった。 5、ヴァルトビューネの野外コンサート ![]() ゆっくりと暗くなる会場、鳥のさえずり、灯されるろうそく。最高だった。 ベルリンフィルホールに併設して、楽器博物館があった。こんな風に展示してる博物館は、おそらくここだけだろう。何十台とある歴史ある鍵盤楽器は、総て写真に収めた。 ![]() 続きは4月14日の日記で。 │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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