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インターネット○詩誌『1999』創刊号2005.7.31 沖縄県沖縄市 宮城隆尋氏方・1999同人 発行 非売品 ラジオをつけない日 トーマ・ヒロコ 蝉の声で目を覚ます 蛇口をひねって洗顔 トイレの扉を閉める 近所の子どもが泣きわめく 麦茶が喉を潤す 新聞をめくる 野菜を刻む うなる換気扇 肉を炒める 皿がぶつかり合う 壊れかけの魔法瓶 バイクで来る郵便配達 空の郵便受けに舌打ち 離れた友へ言葉を刻む つっかけを履いて表に出る ポストの口は「毎度あり」 近所の子どもがはしゃいで遊ぶ 風に押され舞うカーテン 架空の恋愛をなぞってはため息 雪崩を起こした本の塔 裸足で床を歩く歩く バイクで来る新聞配達 氷は麦茶へダイビング せんべいを頬張る 子どもの帰宅を促す台詞と七つの子 シャワーの水は排水溝へ こぼれ出る鼻唄 気が付きゃ大熱唱 日記帳を走る鉛筆 風にそよぐ草たち 暴走族 時間の進む音。 静かなようで 静かじゃない ラジオをつけなかった一日 沖縄国際大学卒業生で、日本詩人クラブ会員でもある宮城隆尋氏を中心とする詩誌の創刊号です。沖国大卒業生がほとんどのメンバーのようです。紹介した詩は「同人特集 トーマ・ヒロコ」の中の作品で、第一詩集『ラジオをつけない日』を評した宮城隆尋氏の文の中にありました。この作品についての宮城評も紹介してみましょう。 余分な言葉はなく描写に徹している点でも良いのだが、それ以上に無音のにぎやかさとい う発見がある。最後の三行以外は、感傷を完全に排した全くの写実。ラジオや音楽など、 特別に鳴らすような音が止まっている状態では、普通無音であると認識しがちなところを、 作為的でない様々な音を受動態に徹して受け入れることでありのままに認識できている。 そのことによってより作者の身の周りの情景をリアルに描き出せており、通常の視覚によ る描写とは違って、音によって描写の可能性を引き出している。このように明確に割り切 れるのは自分の選んだ表現手法に自覚的だからだろう。明確な方法意識のもと実験的な作 品を作るというのは意欲的なことで、詩の書き手としての意識を示すことになる。感傷を 排する客観性は稀有なものだし、何よりその意識が大切だと思う。 この作品の本質を捉えている評で、これ以上つけ加えることはありませんが、ひとつだけ。「こぼれ出る鼻唄/気が付きゃ大熱唱」というフレーズは、作者の天真爛漫さを現しているように思います。詩心と即物的な実生活という二つをバランスよくこなしていると見ました。トーマ・ヒロコという詩人の活躍と詩誌の発展を祈念します。 村山精二氏ホームページ「ごまめのはぎしり」より -------------------------------------------------------------------------------- ○詩誌『1999』2号 2005.10.31 沖縄県沖縄市 宮城隆尋氏方・1999同人 発行 500円 二〇〇四年八月十三日 伊波泰志 青い星に似つかわしくない 幾万の爆発が赦されるのなら 赦しを与える神々とはきっと 単三電池八本で慈悲を唱えたり 太陽光発電で尊い教えを説いたりしているのだろう 彼らの電源が切れるのを見計らって 幾万の罪が煙を噴き上げている あの日の涙 止まらない戦慄 逆流する血 迷彩服の男が宅配ピザの空き箱に詰め込んで焼却炉に投げ捨てた あの日から飛ばし続けた兵器亡き平和の願い 野良犬が拾い食いして吐き乱していた 幾多の感情 幾許の願いが たどり着くべき場所へたどり着けないのは あの日以来 ぼくらの神も電源を切られたままだから ぼくらはその事実を嘆く前に 電源を入れ直す術に悩む前に 未だに噴き上げる煙を絶たねばならない この手で絶たねばならない 昨年の8月、沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落して1年。この1年を検証するという特集は、同人の多くが同大出身者だからかもしれませんが、そんな狭い視野からではないことが判ります。沖縄人、日本人、そして地球人としての立場をこの特集は伝えていると云えましょう。 そんな特集の中の詩のひとつとして伊波さんの作品を紹介してみました。「赦しを与える神々とはきっと/単三電池八本で慈悲を唱えたり/太陽光発電で尊い教えを説いたりしている」というユニークな視点の作品です。「電源」がキーワードになっているように思え、電源なしでは生きられない現代人を冷静に見ながら、それでも「噴き上げる」ものを描いた佳品と思いました。 村山精二氏ホームページ「ごまめのはぎしり」より -------------------------------------------------------------------------------- ○詩誌『1999』3号 2006.5.30 沖縄県沖縄市 宮城隆尋氏方事務局 1999同人発行 500円 モンスター/内間武 君が飼っているそいつを 飼いならすことができると思うのは 俺のうぬぼれだろうか ただ、どうしようもなく孤独な君を どうしようもなく愛おしいと感じる想いは 偽者だろうか 君が飼っているそいつに食い殺されても 本望だと叫んでみるが 君は俺に心を開いてはくれない 檻から解き放たれたそいつが たくさんの人を傷つけるのを君は見てきただろうから ずっと檻の中に閉じ込めている 君がそいつを制御できないなら 俺の前でそいつを解き放ってくれ もし俺が怯えて逃げ出したとしても 君はそうやって生きるしかない 「君が飼っている」「モンスター」とは何か。「俺のうぬぼれ」があれば「飼いならすことができる」かもしれないもの。「そいつに食い殺されても/本望だと叫」ぶことができるもの。「檻から解き放たれたそいつ」は「たくさんの人を傷つける」。「君」自身にも「制御できない」もの。「俺が怯えて逃げ出」すもの。そして「君はそうやって生きるしかない」もの。こうやって考えるとイメージはいろいろふくらみますが、「君」の持っている若さや力が当てはまるかもしれません。同人プロフィールによれば作者は現在25歳。その先入観から作品を見ているきらいは否定できません。しかし、それはそれとして「君はそうやって生きるしかない」というフレーズは佳いですね。これは「君」に向けられた言葉ですが、そのまま作者の生きる姿勢をも示していると云えるでしょう。観念と具体のギリギリのところを描いた佳品だと思います。 村山精二氏ホームページ「ごまめのはぎしり」より -------------------------------------------------------------------------------- 詩誌『1999』4号 2006.12.25 沖縄県沖縄市 500円 宮城隆尋氏方事務局・1999同人発行 学園サバイバル/松永朋哉 テストがんばっても単位足りない 先生が世界史を受けさせてくれなかった そのせいで卒業危機 土日返上のゆとり教育 「受験にない科目は必要ありません 芸術なんてくそくらえです 倫理なんて時間の無駄です 歴史なんて無意味です それより公式覚えなさい 英単語覚えなさい」 教室では教師が率先して 積極的に生徒を血祭りに クラスを巻き込んでの集団リンチ 生贄にされた子は 今日の朝 死んじゃった でも私には関係ない それより大学に受からなくては 負け犬に構っている余裕なんてない 泣いてる時間などない どんなにがんばっても無駄無駄無駄 その考えに染まっていったものから脱落していく 成績で足の引っ張り合い 友達ごっこしてた人からは妬まれて 「個性を大事にしましょう みんな平等に」 その言葉を信じて 今日も自殺する 今日も脱落する 地獄の生き残りゲーム 勝者は誰 「先生が世界史を受けさせてくれなかった」問題の根源は「受験にない科目は必要ありません」という現実にあるわけですけど、そのさらに根源を考えると、愚民化政策にあるように思えてなりません。理数系には「芸術なんてくそくらえです/ 倫理なんて時間の無駄です/歴史なんて無意味です」と教え、文系には中学程度の数学で済ませてしまう。その結果としてバランスのとれた人間を皆無にしようという、「産む機械」と同列の「働く機械」の構築を狙っていると考えるのは考えすぎでしょうか。「個性を大事にしましょう」というのは考えない人間を作ること、「みんな平等に」というのは低次元での平等にしかならないことをこの作品は訴えていると思います。はたして「勝者は誰」? 一国支配の典型がこの国で試されているように感じた作品です。 村山精二氏ホームページ「ごまめのはぎしり」より -------------------------------------------------------------------------------- ○詩誌『1999』5号 2007.11.30 沖縄県沖縄市 宮城隆尋氏方事務局・1999同人発行 500円 権利/宮城隆尋 君たちには自由にふるまう権利がある 例外を除いて自由に行動する権利があり 例外を除いて自由に発言する権利がある 命令に従う権利がある 許しを請う権利がある 裏切り者を密告する権利がある 君たちは一歩遅れて人並みになったが 生まれ持った特質は維持している 権利を主張することはやぶさかでない 本体の消費活動に貢献する権利は否定しない 本体から金銭の貸与を受ける権利は否定しない 本体から情報を受信する権利は否定しない 君たちはすばらしい特質を有している 君たちは体制と構造について疑問を抱かない 君たちの望みはすべて知っている 財産を差し出す権利もある 心身を差し出す権利もある 命を差し出す権利もある 君たちにはすべてが与えられている 君たちは可能性に満ちている この世界の自由を完全に保有している わたしはまた来る 質問は受けない いつでも門戸は開かれている この詩を読んで有馬敲詩・高田渡作曲の「値上げ」(有馬敲原詩のタイトルは「変化」)をすぐに想起しました。値上げは全然考えていない、という最初の言葉が、この1年での値上げはない、場合によっては考える、今すぐ値上げをするわけではない、止むをえない場合は値上げはあり得る、値上げは最小限にしようと思う、やむなく値上げをせざるを得ない、と「変化」していくもので、1970年代フォークソングの傑作といえるものです。作者は1980年代の生まれですから、ナマで「値上げ」を聞いていたわけはなく、有馬敲さん(たしか1930年代生まれ)の血脈が50年を経て出現したような感慨に襲われました。 この作品中の「君」は国民、「わたし」は国家権力、「本体」は大企業と読んでよいでしょう。ここでの「権利」は「義務」と読み替えられるところも多々ありますけど、あくまでも「権利」だとしたところが重要です。「命を差し出す権利もある」などの「権利」は願い下げですね。しかし後期高齢者医療制度などを見ると、本気でそう思っているのだなと改めて感じます。高田渡の「値上げ」から40年、新しい後継者を見たように思った作品です。 村山精二氏ホームページ「ごまめのはぎしり」より -------------------------------------------------------------------------------- ○詩誌『1999』6号 2008.5.31 沖縄県那覇市 宮城隆尋氏方連絡先・1999同人発行 500円 寝転がる人々/伊波泰志 散歩をしていたら広い 歩道の路上男女が数十 人思い思いの格好で寝 転がっていて、先に進 みづらくて一番近くに いた若い女に「これは どうしたんですか」と 尋ねると「流行ってん の」と言い、隣で寝転 がっていた男が「知ら ないの、遅れてるね」 と大笑いして、なるほ どよく見れば制服姿の 女子高生やピアスだら けのスキンヘッド男、 ミニスカートの女、ラ ンドセル背負った男の 子、寝転がっているの は若者ばかり、思わず 「邪魔になると思わな いの」と重ねて尋ねる と「それなんだよ、わ かってないな」とさっ きの男が答えて、大の 字になったりわざと荷 物を散らばせたりして 道を塞いで通り過ぎる 人を観察するんだと、 また時々歩行者になっ て寝転がるさまを観察 したりいかに上手に避 けたか競ったりするん だと興奮混じりに説き 「人の醜さが見えたり やさしさが見えたりし てチョー感動するよ」 とさっきの女が楽しそ うに言うので試しに寝 転がってみたら まるいたいよう まるいそら まるいとり せかいは ひとつの まる だと きづいた ぼくらは きょだいな まるのなか まるくなってる わざわざ角を作ってそ れでようやく確かめら れるまるまるまるまる ぼんやりまるを眺めて いたら足を踏まれ大声 をあげたら踏んでいっ たやつがそそくさと逃 げていくのが見えて急 に白けた気分になって ぼくも何もなかったよ うに立ち上がりその場 から逃げるように去る ぼくもまた まるを知らずにいる 【同人特集(4) 伊波泰志】の中の作品です。現実には「寝転がっている」のではなく、電車の中でもコンビニの前でもしゃがみこんでいる「若者」がいますけど、この作品はその拡大版と言ってよいかもしれません。なぜ寝転がったりしゃがんだりするのか、の一つの回答がここにはあるように思います。「試しに寝/転がってみたら/まるいたいよう/まるいそら/まるいとり/せかいは/ひとつの/まる/だと/きづいた」というのがその部分ですが、実際にはもっと複雑な理由があるのかもしれませんね。 ここで突然、子ども会の役員時代の光景を思い出しました。大勢の小学生を静かにさせたり把握したりするのに、彼らをしゃがませるのです。その後、気をつけて見ていると、修学旅行の中学生たちもしゃがませられていましたから、全国的に同じことをやっているのでしょう。この詩のヒントがそんなところにもあるようにも思いました。 村山精二氏ホームページ「ごまめのはぎしり」より |