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 こんにちは。

 紀行作家、食と農評論家、

 民俗文化評論家の金田長門です。




 日々、今ここに現れる瞬間のみを、
 
 あきらめるかの如くに肩の力を抜いて

 体の感性で対処してゆく。


 
 それが、金田長門の作品&人生のテーマ。



 過去も未来も幻想。
 
 あるのは今ここのみ。


 
 人生に、意味、目的、夢、成長などは必要ない。

 それは、己を束縛し、

 あらゆる可能性を奪ってしまうもの。

 それは、未完成の自分を非難し、

 不安をもたらす自分で勝手に引いた境界線。





 人に欠点などはない。

 それは、あなたのせいでも、誰のせいでもない

 自分の頭が勝手に想像した境界線。

 考えるだけ無駄なこと。
 
 頭で考えるのではなく

 リラックスした体の感性で自然に行動すればよい。






 トマトはトマトになりきったときに、真の幸せを感じる。

 トマトは己をリンゴやオレンジと比較しようとはしない。




 己はどんな性格なのか?

 己は何をしているときに幸せを感じるのか?

 己を知ることが大切。




 それは、これは悪い自分、これは良い自分・・と

 己に境界線を引き、二分することではない。


 すべての自分をあるがままの自分として受け止めること。

  
 

 生まれ持った性格は、努力では治らない。

 もともと治す必要などない。

 罪悪感を感じる必要などない。





 真の成功とは、トマトはトマトになりきること。

 己を知り、他人を知ることが幸せになるための秘訣。




 自分と他人とは別の人。

 他人の人生を無理に背負うことをやめてみませんか?



 他人の生き方にのめりこみ、執着し、コントロールする

 のもやめてみませんか?



 自分の人生さえコントロールしようとするのも

 やめてみませんか?

 
 肩の力を抜いて、すべてをおまかせして

 楽に生きてみませんか?

 
-------------------------------------------------------------
【自分らしく生きる。】

 ★人は本来、あるがままの自分を自分らしく生きることができます。

-------------------------------------------------------------
【自分らしく生きるとは?】

 ★自分らしく生きるとは、次の3つのことを指します。
  ●物事の善悪・正邪よりも、直感・感性を大事にします。
  ●すべての自分、すべての状況を受け容れ、感謝する。
   ◎ダメな自分、弱い自分も受け入れ、認めます。
   ◎自他に対し、こうあるべきだという固定観念を押し付けません。
   ◎Everything is OK,Thank you for everything!です。
  
------------------------------------------------------------
【自分らしく生きることの効果】

 ★人が本来の自分を生きることができれば、3つの成功=『愛』と『富』
  と『健康』のすべてを享受することができます(本来の自分を生きて
  いないと、3つのうちどれかが欠けるというアンバランスな状況が生ま
  れます。)
  ◎お金は儲けたが、愛人を作り家庭崩壊、病気になる。
  ◎仕事も家庭サービスも頑張ったが、病気になった。
  ◎お金儲けもしたし、健康だけど、愛に飢えていた。

------------------------------------------------------------
【自分らしく生きることを許していないもの
−固定観念】

 ★しかし、潜在意識に潜む次のような無価値感&タブー&義務感などの
  固定観念が本来の自分を生きるのを許していないのです。
  ●無価値感、自己卑下、自己否定。
  ●義務感、使命感、期待感(〜すべきである。〜であるはずだ。)。
  ●タブー(〜してはならない。)。

-------------------------------------------------------------
【固定観念が現実を作る。】

 ★あなたの周り起こる出来事は、すべてあなたの意識が作り出したも
  のです。
  ●意識には表面意識と潜在(無)意識の2つがあり、潜在意識は表面意
   識の数百倍の力があります。
  ●従って例えば、表面意識ではお金が欲しいと思っていても、前世や幼
   少時のトラウマ等によって、潜在意識の中に『お金は悪いものだ。』
   『自分はお金を稼ぐ価値はない。』という固定観念が植え付けられて
   いると、
  ●潜在意識のほうが表面意識よりもはるかに強力なので、お金を稼ぐこ
   とを許さない潜在意識(固定観念)のほうが、貧乏として現実化して
   しまうのです。

------------------------------------------------------------
【現実を変えようとするよりも意識を変える。】

 ★自分のまわりに自分の意にそわない現実があるとき、人はそれをなん
  とか変えようと努力します。
  ●しかし、実はその現実は、あなたの潜在意識が作り出したものなの
   です。
  ●だからあなたの潜在意識の中にあるネガティブな固定観念を取り去
   らない限りは、あなたがいくら現実を変えようとしても容易に変る
   ものではないのです。
  ●逆に意識を変えること(固定観念を取り去ること)に集中すれば、
   努力しなくとも現実は驚くほど変るものなのです。

------------------------------------------------------------
【固定観念の例とそれが惹き起こす現象】

 ★固定観念の事例とそれが惹き起こす現象には、次のようなものがあり
  ます。
  ●お金は悪いものだ→意識は現実化する→お金が入ってこない。
   世の中の多くの方がお金に対する嫌悪感を持っています。しかし、
   ◎お金自体は本来無価値、中立なもので、善悪はないのです。
   ◎お金は有限ではなく無限です。
   ◎ゆえに奪い合う必要はなく、すべての人が無限に享受できるのです。
  ●他人を蹴落とさなければ成功できない→蹴落とすことは良心に反する
   →成功への恐怖心・嫌悪感が生じる→自ら失敗する事態を惹き起こす。
    しかし、本当の成功は、他人の成功を手伝うことによって成就でき
   るのです。他人を蹴落とす必要は全くないのです。
  ●自分は価値がない→つらい思いをしなければ成功してはいけない→
   意識は現実化する→つらい出来事が繰り返しやってきます。
  ●何事も、完璧にミスなく正しくしなければならない。完璧な親、夫、
   妻でなければならない→完全でない自分を責めて病気になり、完全で
   ない相手を責めて対人関係がぎくしゃくします。
  ●周囲に良く思われるように生きて行くべきだ→緊張・不安・自信のな
   さ→周りから非難・中傷を受ける出来事を自ら惹き起こします。
  ●情を出してはいけない→ストレスがたまり対人関係がぎくしゃくする。
  ●人に助けを求めてはいけない→何事も全部自分で抱え込む→困難な事
   態がやってくる。
  ● 反省をしなくてはいけない→反省をしないと不安→反省をしなくては   ならないミスを自ら起こす。
  ●人を傷つけてはいけない→傷つけるのではないかという不安→不安が
   現実化して人を傷つけてしまう→自分も傷ついてしまう。
  ●お金は有限であるはずだ→意識の現実化→自分のところには来ない

-----------------------------------------------------------
【固定観念を取り払う=本来の自分を許すことの効果】

 ★そのような固定観念を取り払い、あるがままの自分でいること、自分
  らしく生きることを自分に許すことで、あなたは3つの成功をすべて
  バランス良く手に入れることができるのです。
  『自分で許したことはすべて実現するのです。』
  自分を許すことの右脳での受容度(NOT理解度)が、起こる現実
  (成功)のレベルを決めるのです。
  ●自分を許せば他人も許せるので、批判攻撃をしなくなり、対人関係
   がうまくゆきます。
  ●お金に対する嫌悪感などを消して経済的成功を収めることができる。
  ●精神的な自己否定をなくして、肉体的な自己否定(=病気)もなく
   すことができます。

------------------------------------------------------------
【左脳と右脳のメカニズムの違い】

 ★左脳と右脳の違いは、
  ●左脳は、表層脳・顕在意識・3次元の世界を取り扱います。
   右脳は、深層脳・無意識・高次元宇宙の世界を取り扱います。
  ●左脳は、言語理解認識思考型で、低速分析処理です。
   右脳は、イメージ映像直感感性型で、超高速自動統合処理です。
  ●左脳は、正邪、善悪等2元対立の世界を理性で分別・区別します。
   右脳は、感性で丸ごと全体を一体感で感じます。
  ●左脳は、理解しようとします。
   右脳は、理解の有無に関わらず無条件であるがまま受け容れます。
  ●左脳は、小我・自我(エゴ)・自己中心的です。
   右脳は、大我・真我(エバ)・仏性・思いやり・愛です。
 ★この世の現実世界を生きるためには、左脳が必要です。右脳でひらめい
  たイメージを論理的に体系化して他人に理解してもらうには、左脳が必
  要です。
   しかし、現代社会は左脳中心のストレス過多社会であり、多くの家庭
  問題、教育問題、環境問題等の社会問題のひずみを生み出しています。
   そこで、右脳を開き、右脳を活性化することが必要となってきている
 のです。

-----------------------------------------------------------

 ★著者:金田長門

 
 ★本名:YN


 ★著作物:幻想の構図、地中の自己、愛しのアラヤン
      ニートとBLOGと少しばかりの偽りと
      流浪の炎心など。


 ★E−Mail:ty_nakan@d1.dion.ne.jp

 ★著作権は、金田長門に帰属します。無断転載を禁じます。




369エンジェルの日記 [全404件]

初めてのQBHouse

大阪に引っ越してきてから2ヶ月ほど、

散髪は近所のおっちゃんのところに行っている。

介護の情報を色々と教えてくれてお世話になったり、

髪の毛が少ないから、ほんまは3200円やけど

3000円でええわ と言ってくれているからだ(笑)。


ただ、かかる時間がながーいんだわ。

話し好きだし、もう70歳近いおっちゃんなんで

手さばきがスローペース。40分ほどかかる。

ていねいにやってくれるのはありがたいんだけど、

忙しいときは、早くしてほしいなんて言えないから

困ってしまう。


そんなとき、電車の通過駅の構内に

QBHouseっていう看板を見つけた。

どうやら、カットだけの散髪屋さんらしい。

10分で1000円。


毎回毎回、眉毛の下を剃ってもらう必要もないし、

いつもいつもすべすべになるほどあごの下のひげを

剃ってもらう必要もないから、

一度入ってみようって思った。


電車を途中の駅で降りて、

そのまま駅の構内で10分で散髪を終えて

すぐに次に来た電車に乗れるからとても便利。

1000円だからそんなに期待できないけど、

まあいいかと思って入ってみた。


そこは、まず千円札でチケットを買う仕組みになっている。

おつりはくれない。だから千円札が必需品だ。

2人がけのスペース。

先客がいたが、10分で終わるのでそんなに待たずにすんだ。


いよいよ私の番。

いすに座る。

担当の方が、「〜と申します。よろしくお願いします」と

頭を下げた。

今まで散髪屋でこんなに丁寧に挨拶をされたのははじめてだ。

へえー、1000円なのになかなかやるなあって思った。


「どうされますか?」

「2ミリのバリカンでスポーツ刈りでお願いします」

「わかりました。私はバリカンはできないので、

 となりの担当者と代わります」

えっ、バリカンができない???

この人、新人さん?

それにしてもバリカンもできないって

短期アルバイトの人?

でも、散髪屋さんって免許必要だよなあ????


そう思いながら、となりの担当者の方に

バリカンできれいに刈り上げてもらうと、

また元の担当者の方に代わり、

はさみでちょっきちょっきやりはじめた。


私は思い切って聞いてみた。

「どうしてバリカンができないんですか?」

すると、こういう答えが返ってきた。

「はい。ここは10分で終わることを売り物にしているので

 早くしかも正確にバリカンで刈り上げることが求められます。

 ゆっくり刈り上げるのは誰でもできますが、

 早くきれいに刈りあげるのは、今まで散髪屋の経験がある人でも

 なかなかできないんです。

 だから、社内で研修を受けて、合格の認定をもらわないと

 バリカンを扱わせてもらえないんです」


 私は意外な答えにびっくり!!!

 1000円だからたいしたことないだろうって

 あなどっていたのに、

 確かなプロ意識のあるしくみに

 すごい!って感嘆し、見直した。

 
 今度もまた行ってみようかな!!!



Last updated 2009年11月13日 6時31分52秒
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2009年11月12日

ときどき無性に・・・・

ときどき無性に食べたくなるもの。


◎スパゲティーナポリタン

 酸味の効いたトマトソース味がたまらない!


◎讃岐うどん

 しこしこした腰のあるうどんを元気よく噛んでみたくなる。


◎しじみ汁

 心にじわ〜としみてくるなつかしいほんわか味。
 傷ついた心を癒すのに最高!


◎からーいカレーライス

 ピリッと刺激があると、元気が出る気がする。


◎かつ丼

 衣がカリっとして、中の肉がジューシーだと
 めっちゃしあわせ。


◎うな重

 うなぎ独特のあの風味を嗅いで、
 ふんわりした舌触りを感じると
 めっちゃリッチな気分になる。


◎うめ干し

 顔をしかめるようなすっぱさに出会うと、
 ほっとする気分。


◎きゅうり、なす、白菜のつけもの

 生きててよかったと素直に思える。


◎おにぎり

 ああ〜、うめえ と、心がなごむ。


★あなたはどう?



Last updated 2009年11月12日 6時56分31秒
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2009年11月11日

りそうの夫婦

おいらから見ると、

姉夫婦はりそうの夫婦に見える。

いつも見ているわけじゃないけれど、

お互いを思いやっていることが、

波動として伝わってくる。


姉と義兄に共通するものといえば、ワイン好きということぐらい。

あとは全く違う。

義兄は几帳面で繊細。姉はいいかげん。

義兄は友人少なし。姉は多い。

義兄は趣味少なし。姉は多い。

義兄は常識を重んじる。姉は変わった人、変わったことに興味を持つ。

こんな具合・・・・・・・・


私は以前は、

夫婦というものは、

同じ目的に向かって心をひとつにして行動する同志であるべきだから、

お互いのことをできるだけ知るように努力すべし

と思っていた。


ところが、姉は、あるとき、

「私は夫のことにもっと無関心でいたいな」と言った。

私は、

えっ、そんなの夫婦じゃないよ。うまく行ってないの?

と思った。

でも、そうじゃなかった。

だから私は、姉の言った言葉の意味が

よくわからなかった。


あるとき、ひだまりの詩が大ヒットしたル・クプルという

夫婦のユニットが、

音楽性の違いということから解散したばかりか、

離婚してしまったことを知って

びっくりし、ショックを受けた。

私にとって、ル・クプルという夫婦は、

同じ音楽という仕事を共有し、

同じ目的に向かって邁進する

りそうの夫婦だったから。


しばらくして私は、

そういう夫婦は、絆が強そうにみえて

実は案外脆いのかも? と思うようになった。

ピンと張った綱のほうが、

ゆるやかな綱よりも切れやすいみたいな・・・・。


お互いに共通し、交じり合う趣味や感性の部分が少なくて、

異なる部分が多くても、

それでも、

同じ時間・空間を共有していることを大切に思い、

それだけで十分つながっていると思い、

お互いを思いあえる夫婦のほうが

りそうの夫婦のように思えてきた。


お互いの共通部分を作らねば、夫婦ではないと思い込むと、

共通部分がないことに疎外感を持ち、

無理に共通部分を作ろうとあがいて

お互いの溝を深めることになる。


お互いに異なる部分が多いことを受け入れ、

それでよし、それで幸せだと思い、

相手への思いやりを欠かさないでいることは、

大きな度量、器量がいることだと思う。

今の私の器量は、

まだまだそこまで行っていないかもしれない。



Last updated 2009年11月11日 9時52分51秒
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2009年11月10日

父の老人ホーム入所雑記

6月23日、滞りなく、父は、介護付き有料老人ホームに入所しました。

入所前日の夜、私は、

父が嫌がらずに住み慣れたマンションを出て

老人ホームに移ってくれるだろうか? という思いが頭を過ぎって

あまり眠ることができませんでした。

それゆえ、当日の朝は寝不足で、

すっきりした気分で起きることができませんでした。


ぼっーとしたまま、パソコンを開けると、

マイミクのTORACOさんから、

「いよいよですね。行ってらっしゃい!」という

メールが届いているではあーりませんか♪

吉 幾三!(ちなみに駄洒落です)と、

力が沸いてきました。

マンスリーを出ると、

そよ風が吹く晴天。

やったぁ、引越し日和だ と、エンジン全開!


父のマンションに着くと、

すでに姉が引越しの準備を始めてくれていた。

近くで、父は、テレビを見ていて、何も言わない。

きっと、前夜も早朝も、姉が、うまく父に

老人ホームに入所する理由を説明してくれたのだろう。

姉に感謝♪


準備中、電気シェーバーが壊れていることを発見。

さっそく私は、やや遠くにあるスーパーのライフに

新品を買いに出かけた。

ところがでござる。

電化製品のコーナーをいくら探しても、見つからず、

朝早くて店員もあたりにいず、あきらめかけていたところ、

警備員のおじさんに遭遇。

おじさんに聞いてもわかるかな?と思いつつ、

「電気シェーバーは、あーりませんか?」とたずねると、

「ちょっくらお待ちくださいまっほー!」と言って、奥へ。

しばらく待っていると、

「お客様!こちらです」という声。

行ってみると、なんと、

薬局のコーナーに、あーるじゃあーりませんか。

私は、意外さに驚き、うれしくてうれしくて、

「ありがとうございます!」と頭を下げた。

レジでお金を払って、もう一度、御礼を言おうと

おじさんを探したけれど、いなかったので、

ライフを出て、ライフに向かって、

ありがとうってつぶやいた。

そして、介護ベッド代の10万円を引き出して

マンションに戻った。


それから、下着や靴下やいろんなものに名前を書き書きして、

チェックリストで、もっていくものを点検して

一箇所に集めて、タクシーを手配して、

父のために、最後の昼飯を作った。

好物の目玉焼きをメインに数品。

食事を作りだしてから六ヶ月。

これで最後か・・・と感慨深かった。

そして、父の自宅での最後の団欒を済ませ、

私と父は、タクシーで老人ホームへ。

午後1時。着いた。

自宅を訪問してくれたヘルパーさんや看護士さんに

迎えられて、2階の父の個室へ。

父は、見学をしていないので、

はじめて個室を見たのですが、

けっこう気に入ったようだった。

ほっとした。


ベッドの感触をたしかめたり、館内を歩きまわったり、

食堂でコーヒーを飲んだり、ヘルパーさんと

おしゃべりしたり、

整骨院の先生に、足を見てもらったりして、

けっこう夢中になっている。

適応力があるなあ、と感心。

そうこうしているうちに、

姉とその友人が、父のマンションから、

使い慣れた物入れや扇風機やテレビ、ラジオなどを

運んできてくれた。

老人は、新しい環境に弱いので、

新品だけでなく、使い古した物がそばにあると

安心するそうだ。

姉はすぐに横浜に帰り、

私は、下着などをたんすに入れたり、室内を整理したりしたあと、

ヘルパーさんの説明を聞いたあと、父としばらく雑談をした。

持ってきたテレビがよく映るので、

父は機嫌がいい。

私は安堵して、ホームを出て、父のマンションに戻って、

簡単な片づけをした。

そしてマンスリーに帰った。

ほっと一息ついた。


父が徘徊を始めたのが今年1月。

それから3度の徘徊行方不明事件が起き、

姉と私が交代で父に張り付きながら、

病院での精密検査で認知症と診断され

介護認定で要介護1と認定され、

姉のヨーロッパ行きが決まって

あわてて老人ホームを探して、

昨日、入所。

あっという間の半年だった。

本当に無我夢中で怒涛のように時が過ぎた。

感慨にふけりながら、昼食兼夕食をほおばる。

煮物がたくさん入ったサケ弁当。大好きだ。


今日、またホームに行くと、

昨夜、父は、

夜に、「ここはどこだ? どうしてここにいるんだ? さびしい」と、

当直のヘルパーさんに訴えたらしい。

物忘れがひどくなっているから、よくあることらしい。

朝に、担当のヘルパーさんが事情を説明すると

理解したそうだ。

私が行ったお昼には、すっかり、

昨夜のことを忘れている。

ホームの周りを散歩とかして自分のいる場所を

確認してゆくうちに、落ち着いてくるそうだ。

まあ、ぼちぼち慣れてゆくしかない。

だから、私は心配していない。

私だって、今朝、ああ、早く父のマンションに行かねば・・・と

一瞬、勘違いしたのだから。






Last updated 2009年11月10日 11時12分33秒
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2009年11月9日

5月までの父の徘徊顛末日記

●5月12日夜6時過ぎ
 横浜に住む姉から電話がかかってきた。
 「パパの家に何度か電話したけど、ずっと留守電なの。また出かけて
  行方不明になったのかもしれないわ」

 私も姉も父のことを昔からパパと呼んでいる。
 父の行方不明事件は今年に入って4回目。

 1回目は、1月の上旬。 姉が夕食前に電話しても留守電。
 ずっと電話をし続けて、ようやくその日の夜12時に、疲れた声で父が電話に出た。
 
 どうやら、午後から散歩に出かけて道に迷い、何時間もさまよい、
 休憩したりして、運良く親切な通行人に発見されて、車に乗せて
 家まで送ってもらったらしい。

 翌日早々に、姉と共に大阪の父の自宅に駆けつける。
 お腹がすいていたのか、姉の作ったカレーライスをすごい食欲で食べる。
 歩き疲れたのか、うまく立てず、ずっとこたつに座っていた。トイレに這って行った。

 でも、翌日には、普通に歩けていた。 驚異的な回復力だ。

 でも、昨年までは、元気で1人暮らしをしていたのに
 道に迷うなんて、もう限界なのかも? と思い、
 「そろそろ介護認定の申請をしようよ」 と父に言った。

 でも、
 「俺はまだまだ元気だ。今回はたまたま、いつも行かない神社に
  出かけて、暗くなったのにそのままいたから、道に迷ったんだ。
  もう大丈夫。心配するな」と拒否。

 「今すぐではないけど、春ごろには、介護認定の申請をしようね」
 と言って、姉も私も自宅へ帰った。
 念のため、それから、姉がほぼ毎日、決まった時間に父に電話することにした。

 2回目は、1月の中旬。 夕方6時ごろ、また姉から電話が入る。
 急いで新幹線に飛び乗る。
 車中で、夜9時ごろ、姉から電話が入った。
 「今電話したら、家に帰っていたわ」
 ひと安心して、父の家に到着。

 どうやら、いつもより少し遠いスーパーに出かけて、
 道に迷い、運良く警察官に保護されて帰宅したらしい。
 前回ほど歩いていないせいか、元気だ。
 
 でも、こたつは、放置された書類でいっぱいだ。
 郵送しなくちゃいけない重要な書類もたくさんあるのに、
 そのまんまにしてあった。
 「やっぱりもう1人暮らしは限界だよ。早く介護認定を受けて、
  ヘルパーさんに来てもらおうよ」と説得したけど、断固拒否。

 う〜ん、どうしようか?・・・
 とりあえず、できるだけ、姉と交代で、父の家に寝泊りすることにした。
 おかげで、しばらくは、外出して行方不明になることはなかった。

 でも、ずっと一緒にいると、父はもう
 掃除、洗濯、風呂、書類整理、財産管理・・・
 すべて、おっくうになったり、物忘れがひどくなったりしてできなくなっていた。

 これはもう絶対に早く介護認定を受けてもらわないと!
 と、何度もそれとなく父に説得を試みるも、 「おれは大丈夫!」の一点張り。

 必要な書類の整理や手続きを父に代わってしようとすると、
 「勝手にするな!あとで自分でするから」と不機嫌になる。
 かといって、父は、そのことはすぐに忘れて、のんきに新聞を読んでる。
 
 私はぶちきれ、けんか腰になることもしばしば。
 ストレスがたまり、強引に整理を始める。
 だって、ほおっておいたら、大変なことになるもん。
 そんなことぐらい、わかってくれ! とむなしくなる。
 父の世話をこまめにするのもいやになってきた。

 3回目は、4月の中旬。
 姉も私もいないときに、また行方不明。
 また私は、新幹線に飛び乗り、父の家に向かう。

 夜11時に到着しても、父は不在。
 しかも、勝手に外付けの鍵がつけてあって、中に入れない。
 仕方なく、警官に来てもらい、その鍵をこわして中に入る。
 行方不明になっても、今までは、その日のうちに帰ってきた。
 今回は帰ってこない。 夜をどうやって過ごしているのだろうか?・・・
 まずいなあ・・と思い、警察署に行って捜索願いを出しに行った。

 でも、翌朝になっても、行方不明のまま。
 午前中にも、午後にも、ずっとずっと
 心当たりの場所を探し続けた。くたくただ。
 夕方になっても・・・・。
 いよいよ、姉も私も心の中で覚悟を決めた。

 ところが、夕刻6時過ぎ、父がひょっこり帰ってきた。
 話を聴くと、また道に迷って、夜は、どこかの公園で寝たらしい。
 でも、意外に元気だった。
 父は、
 「俺は戦争体験者だから、こんなことぐらい平気だ」
 と、得意げにのたまわった。
 すごいなあ!と感動しつつ、どれだけ心配し、どれだけかけずりまわったことか!
 と腹も立った。

 2、3日後、父を半ば強引に病院に連れていった。
 転倒したらしく後頭部にこぶができていたし、
 介護認定の申請の手続きをするためだ。
 3回も行方不明になったことを何度も言うと、
 さすがの父も、大きな抵抗はしなかった。
 でも・・・もう、物忘れがひどくなって、何度も、
 「どうして病院に行くんだ?」と聞く。
 
 最初は、そのたびに丁寧に説明してたけど、
 だんだんいやになって
 「医者が言ってるから」
 「さっき説明したやろ」とぶっきらぼうになる。
 
 結局、精密検査を受けた結果、
 脳の萎縮が進んでいる とのこと。
 至急、介護認定の申請を急ぎ、
 認定調査のための自宅訪問が5月19日と決まった。

 それ以後、できるだけ、私と姉とで、父の家に張り付いていたけど、
 そのすきまのほんの2,3日の間に、父はまた
 行方不明になった。
 それが冒頭の5月12日夜6時過ぎのことだ。
 4回目の徘徊事件。

 私は、疲れていたせいか、また翌日に帰ってくるだろうと
 無理やり楽観的になり、その日は自宅で寝ることにした。

●5月13日。
 あああ、明日は誕生日なのに・・・ミクシ見れないよ・・・
 と残念に思い、ミクシにその旨書いて、
 早朝に、新幹線に飛び乗った。

 車中で、姉から電話があった。
 「パパが電話に出たわ」午前9時ごろのこと。
 安心したけど、むかついた。

 家に着いて事情を聴くと、
 「また遠くのスーパーにでかけて、道に迷い、
 夜はどこかの倉庫に寝て、朝自宅にもどった」と言った。

 でも、それはうそだった。
 実は、3回目の徘徊後、それにこりて、
 父の買い物バッグに、GPS機能の携帯をくくりつけていたのだ。
 その探索の結果、父は、ほんの近くのスーパーに行ったにも
 かかわらず、自宅に帰れないほど、認知症が進んでいたのだ。
 ショックだった。
 
 GPS機能は便利だけど、限界がある。
 探索を続けると、電力を消費してしまい、電池切れになるのだ。
 だから、途中から探索ができなくなったのだ。

 父とはもう、長い会話はできなくなっていた。
 すぐに話している内容を忘れてしまうからだ。
 息子としては、悲しいよ・・・

●5月19日。
 介護認定調査のための自宅訪問の日。
 どうしても、最低でも、要支援の認定を出してほしいと思い、
 前日に、詳細なレポートを作って準備していた。

 調査員のおばさんがやってきた。
 最初、父の名前、住所、電話番号などを父に見せて、
 これでいいですか? と言った。
 おいおい、そんなの、はいって言うに決まってんだろ!
 それじゃ、ぼけてることがわかんねえだろ! って思った。

 次に、おばさんは、今の季節はいつですか?
 と父に聞いた。
 父は、秋です と言った。
 私は、ああ、良かった。これで、介護認定は受けられる!
 と安堵した。
 でも・・・・・これだけひどくなっているのか・・・
 と悲しくなった。

 介護認定を受けたら、ヘルパーさんに来てもらいつつ、
 私が父と同居してしまうと、認定が受けられないおそれが
 あるので、
 浜松から父の家の近くに引っ越して様子を見たり、姉もできるだけ
 父の家に来るようにしようと計画していた。

 と、ところが、なんと、
 姉が、夏に、夫の転勤で、ヨーロッパに行ってしまうことに
 なった!
 ひえーーーーーー!

 姉は私に言ってくれた。
 「あんた1人で父の世話をするのは無理やわ。わたし、安心して
  海外に行かれへんわ。父には、どこかいい施設を早急に探して
  入ってもらいましょ」
 
 だから、また今週木曜日から大阪に行って、マンスリーマンションを
 借りて、7月中旬ぐらいまでずっといて、
 その間に、施設をさがして、決めて、入所してもらうことに
 しました。
 
 父はまだ、こころのどこかで自分は元気だと思いたいと
 思ってるから、入所には抵抗するかも?です。
 でも、父は娘の涙には弱いですから、
 姉の説得には応じてくれるでしょう。
 息子の私が言うと、どうしても
 ストレートに言ってしまい、けんかになっっちゃいますから。

 父は、最近、もう食べることにしか興味がありません。
 異常な食欲です。しかも、三度の食事よりも、お菓子を食べる
 ことに執着します。
 むさぼり食うように食べます。
 まるで獣のようです。
 悲しいです。
 あんなにしっかりした親だったのに、
 本能丸出しの獣になってしまったのです。
 見たくないです。
 見るとイライラします。

 でも、逆によいこともあります。
 多くの人が最後はこういうふうになるのか と思うと、
 なんでもできる今の自分がとても
 しあわせに思えます。
 今までは、当然だと思って感謝していなかった
 ささいなことでも、
 ほんとうにしあわせだなあ〜って思えます。

 こうやって日記を書けること、
 そしたら、コメント書いてくださる方がいること、
 それが、それが、ほんとうにありがたいと
 心から思えるようになりました。

 どんな大きな夢や目標を叶えることよりも、
 コメント書いてくださる方がいることのほうが、
 とてつもなくありがたく素晴らしいとさえ
 思えるようになりました。

 まだご両親がお元気でいらっしゃる皆様に
 お伝えしたいことがあります。
 もし、あなたが、ご両親のそぶりに
 違和感を感じたとき、ご両親との間で
 こんな会話があるかもしれません。
 「ねえ、お父さん、最近、物忘れがひどくなったんじゃない?」
 「そうかな? そりゃあもうこの年だから仕方ないよ。
  年相応の老化だよ。心配するな」
 「そうね・・・」 
 
 こうやって、心配したくないために、ほおっておく
 可能性が大ですね。
 
 でも、老化は思いのほか急激に進行します。
 そのときになってあわてふためくよりも、
 予め必要な知識は持っておくほうがいいと思います。

 介護認定の知識や、施設の知識・・・。
 施設にも、ケアハウス、グループホーム、老人保健施設、
 特養、老人ホーム、そして最近では
 高齢者専用賃貸住宅などもあります。


 面白い話を2つ。

 1.姉は、父の家で、洗面所で顔を洗うとき、
   いつも、横のお風呂の棒に掛けてある
   タオルで顔を拭いていた。

   ところが、ある晩、姉は、ある事実を知って
   ぎゃーー!と悲鳴を上げた。

   父は、風呂ぎらい。月に1度しか風呂に入らない。
   そのかわり、
   たまに、オチンチンに天花粉をつけて
   清潔になったつもりでいる。
   そのオチンチンを拭いていたのが、
   実は、そのタオルだったのだ。

 2.私は、父の家で、洗面所で顔を洗うとき、
   いつも、そこにおいてあるコップで
   うがいをしていた。
   
   でも、そのコップは、
   父がよく入れ歯の手入れをするために
   使っているコップだった。
   ひえーーーーー!



Last updated 2009年11月9日 16時49分19秒
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2009年11月7日

父の介護のことで忙しかった頃

父の介護のことで忙しかった頃

処理する事務量が多くて、いかに効率的に事務を処理するか?

が課題だった。

そこで私は、私の特性を生かすことにした。

アーユルヴェーダで言うと、

私は、基本的にはカパ(温厚、おだやか、おっとり)なのだが、

必要に迫られると、ピッタ(過激、短気、憤怒)に変身できる。

この特性を利用して、私は、2つの事案を迅速に処理することに

成功した。

1.委任状処理の件

 委任状の件で、某銀行に行った。

 私は、商社での商事法務勤務及び社会保険労務士の経験を通じて

 25年以上も法律に関ってきたので、法律にはけっこううるさい

 体質になってしまった。

 実は、委任状には難しい問題がけっこうあるのだ。

 例えば、

 ●本人の手書きはどの部分まで必要か?

 ●委任契約締結後の本人の意思能力の喪失・減退は、
  
  委任契約の終了事由となるのか?

 ●委任契約の有効性を理由に、代理人は、相手方の本人確認

  の要求を拒否できるか?

 等々だ。

 私は、これらの事案の確認のために銀行に行った。

 最初、窓口の若い女性職員が対応したが、わからない風で、
 
 奥の上司らしき職員を呼んできた。

 その職員さんは、Tさんといって、30代半ばぐらいの

 専門職風のしっかりとした女性だった。

 その女性は、予想以上に、

 確かな知識と的確な論点解決能力を示してくれ、

 問題点は見事に解決した。

 私は、へえーすごいなあ! と感動し、尊敬した。


 翌日、手直しした委任状を手に、またその銀行を訪ねた。

 「Tさんをお願いします」と言うと、

 「少々お待ちください」と、奥の部屋に通された。

 しばらく待っていると、

 なんと、Tさんではなく、若い女性職員が出てきた。

 「委任状の件ですか?」と訝しげに聞いてきた。

 たぶん、Tさんは、忙しくて応対できないのだろう。

 しかし、その若い女性職員に事情を話しても、

 意味がわからないに決まってる。

 すると、その女性職員は、上司をつれてやってくるだろう。

 でも、その上司にまた説明しても、たぶん意味がわからず、

 Tさんに引き継がれることになるだろう。

 結局、2人の人に事情を説明しても、

 その時間は無駄になるのだ!!!

 そこで私は、

 その若い女性職員に対して、わざと目つきを鋭くして、

 「Tさんをお願いします!」と強く言った。

 すると、また別の若い女性職員が出てきた。

 私は、怒った目つきをして

 「Tさんをお願いします!」と強く言った。

 すると、支店長らしき男性が出てきた。
 
 私は、ひるまず、また怒った目つきをして

 「Tさんをお願いします!」と強く言った。

 ようやく、しばらくしてTさんが出てきた。

 すぐさま私は、

 「きのうの件ですが」と話しかけた。

 Tさんは事情がよくわかっているので、

 めっちゃ迅速に事案は解決した。


 Tさんは、ほかの来客の対応で忙しく、

 私がTさんを独占できないのはわかっていた。

 しかし、ほかの職員2人に最初から事情を説明する時間

 などなかったのだ。

 だから、

 どうしてもTさんを出せ! みたいなエゴを貫いた。

 おかげで、スピーディーに事は解決した。

 私は、Tさんに感謝し、お礼に、新規口座を開設した。

 Tさんは、満面の笑顔になった。
 
 これでええんでねえの?


2.保険証送付届の件

 父の保険証は、老人ホームに預けてある。

 ホームでは、健診等で頻繁に保険証が必要になるからだ。

 でも、そうすると困ることがある。

 役所からは、保険関係の書類が父のマンションに届くので、

 私は、一々、その書類をホームに持っていかねばならないのだ。

 馴染みの介護福祉士さんにこのことを話すと、

 「役所に転送届を出せば、直接、ホームに送ってくれるわよ」

 と言ってくれた。

 さっそく、役所に電話をすると、手続きは面倒だができると

 説明してくれた。

 ところが、翌日、役所に出向くと、

 応対した職員は、

 「いくら息子さんでも、成年後見人でない限り、そんな

 届出はできない」と言った。

 しかし、電話では、別の職員ができると言ったのだ。

 私が、そのことを謙虚に話しても、

 その職員は、「規則ですからできません」と言った。

 押し問答をしている時間はない。
 
 幸い、私は、役場職員を3年ほどしていたので、

 職員が議員とやーさん風の男に弱いことを知っていた。

 なぜ、やーさん風の男性に弱いのか?

 それは単に、こわいからではなく、
 
 公務員独特の勤務システムによる。

 民間なら、上司は部下の仕事の内容を、ほぼ理解している。

 しかし、公務員は、多くの場合、

 上司と部下は全く別の仕事をしていて、

 上司は部下の仕事の内容をまったく知らない。

 だから、部下は、問題が起きても、上司に助けを求める

 ことができずに、孤立無援の状態になる。

 私は、これを利用して、やーさん風に変身した。

 周囲に聞えるような大きな汚い大阪弁で、

 「何言うとんじゃ! 昨日電話したら、できるっちゅうから、

  わざわざきたんやろが! ばかにしてんのか、こらっ!

  おかしいやろが!」

 と言い放った。

 その職員は、「あの席で少しお待ちください」

 と丁寧な言葉に変わった。

 私は、わざとふんぞりかえるように座った。

 しばらくして、呼ばれて私が行くと、その職員は、

 「さきほどは失礼しました。

 たしかにそういうことはできるのですが

 表向きはできないことになっております。

 届出は受理いたしますが、どうかこのことは

 ご内密にお願いします」と言った。
 
 私は、今度は演技ではなくほんとうに怒りそうになったが、
 
 あほらしいので、我慢して、届けを出した。

 役所では、建前の解釈と実際の運用が異なることは

 よくある。

 役所の法規は、

 法律ー政令ー省令ー規則ー通達ー運用・・・・と

 体系が複雑だからだ。

 でも、同情している時間はなかったのだ。

 ちょっと過激な手段を取ってしまいました。

 ごめんなさい。今度からは優しく言いますね♪


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今年の1月に、父が徘徊して行方不明になってから、

私は、今年は大変な年になりそうだと予感した。

そこで、なるべくストレスを溜めないで、事がうまく運ぶ

ようにと、

ある本で読んだ『あきらめる体操をすると、願望が実現する』

というやり方を毎日実践することにした。

すると、不思議なことが続出した。


●父の老人ホーム探し。
 
 認知症の老人を受け入れてくれる施設は少ない。

 そんな施設、父の家の近くにあるかなぁ?と不安だった。

 ところが、たまたま父の姉が入院している病院に

 父の代わりに見舞いに行ったとき、

 担当のケースワーカーさんにこの話をしたところ、

 「えっ、そうなんですか? 実は、私、そういうホーム

  の資料をたくさん持ってるんです!」

 と嬉しそうに話してくれ、ホームを紹介してくれた。

 おかげで、わずか10日ほどで、入居が決まってしまった。


●父の担当医

 父が介護認定を受けるには、かかりつけの医者を探す

 ことが必要だった。

 でも、父は今まで医者にかかったことがなく、

 私は、父の家の近くの地理事情を全く知らない。

 そんなところ見つかるのかな? と不安だった。


 ところが、姉がかなり昔に家庭教師をしていた女の子の

 親友のお父さんが、近くで開業医をしていることが判明。

 おかげで、すぐにそこに行き、担当医になっていただくことが

 できた。

 しかも、認定が受けやすいように、意見書を書いて下さった。

 おかげで、介護認定の審査が厳しくなったにもかかわらず、

 要介護の認定を受けることができた。


●マンション

 去年あたりから、父ももう高齢なので、父のマンションの近くに

 アパートを借りようか?と思っていたが、

 大阪のアパートを借りるには、礼金というあほらしい

 お金を払わねばならないところが多く、迷っていた。

 ところが、結局、父がホームに入居することになり、

 私は、ただで父のマンションに住めることになった。


●農業とのかかわり

 私は、以前から、次第に、農業とのかかわりを持ちたい

 と思うようになり、千葉県の鴨川なんかどうだろ?

 って思っていた。

 すると、ぐうぜん、同じ千葉県で農業をしているミクトモさんが

 取れたての有機野菜を送って下さることになり、

 農とのかかわりができたのだ。

 なんて奇遇なんだろ!


●農地取得

 将来、もし、農と関るなら、できれば農地がほしいなあ

 でも、それには●●がかなり要るなあ・・と思っていたら、

 突然、アンビリーバブルな●●が入ってきた。

 あらまあ、ほんとにびっくりだよ、

 こんなことってあるんだね、もう♪


●一括処分

 父のマンションには、古い家財道具がたくさんある。

 それを一括して処分してくれる業者はいないかな?

 と悩んでいて、

 ぐうぜん、ホームのなじみの介護福祉士さんにその話を

 したところ、

 「えっ、そうなの? 実は、最近、私の友人がそういう

  仕事を始めたのよ。紹介してあげるわ」

 と言ってくれたのだ。


 今年に入って、こんなラッキーなことが続々と起こって、

 気味が悪いくらい。

 あきらめる体操のおかげかどうなのかわからないけど、

 続けてみるべか?





Last updated 2009年11月7日 21時58分28秒
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引越し後のバタバタのこと

老人ホームに入居した父のマンションに住むために
浜松から大阪に引っ越してきたのが8月の末。

引っ越したとはいうものの、
浜松の家財道具は、引越屋さんに預かってもらっていた。

というのも、まずは、父の膨大なガラクタ類を処分してからでないと
おらの家財家具を持ってこれないからだ。

父は、物を捨てることができない性格な上、
機械いじりが好きだったので、わけのわからん機械や部品、道具など、
それも相当重いものが、押入れや棚、ベランダの各所に放置してあった。

それらを整理して、いやあ、まいったよ。
なんとまあダンボール箱にして60箱! 正直、めっちゃ疲れた。くたばった。

8月に入って猛暑の中、浜松で引越の準備をして
疲れた後、大阪に来てまた整理だもん!

なんとかがんばった。
ほんで、タンスや冷蔵庫、みずやなど
大きな家具も処分した。
だって、長年掃除していなかったせいで、
ごきぶりくさーいにおいがして
たまらなかったから。

機械類、本類、家具などをぜーんぶ引越屋さんに
持っていってもらって
部屋全体が広々したときは、とってもすっきりしたよ!
けっこうくたばったので、しばらく休んだ。

ほんで、引越屋さんにあずけてあった自分の荷物を
マンションに持ってきてもらって、整理整頓。
1人ぐらしだから、段ボール箱で10箱ぐらい。
だから、すんなり整理できてほっとした。

それが9月の下旬ごろ。
ほんとはそれから、水周りを専門業者に清掃してもらったり、
障子、ふすま、壁紙の張替えなどもしなくちゃいけないのだけど、
さすがに整理整頓にも飽きてきたし、

ちょうど、千葉で農業をしている友人が
農作業を手伝いに来てほしいって言うので
佐倉市の田舎に5日ほど手伝いに行った。

東京から千葉までってけっこう遠いね。
東京駅から丸の内の地下にずっと降りていくんだね。
総武線の快速に乗ったのに、千葉まで1時間近くかかった。
千葉から成田線に乗り換えて佐倉駅へ。

そこからバスで30分のところ。
田舎だけど、山があるわけじゃなく、林がたくさんあった。

着いた日は、のんびりできたけど、
遠慮なくこきつかってね!と言ったら、
言葉どおり、翌日からが大変だった。

朝5時におきて、車で畑へ。
広さは2000平米ぐらい。
1人でやるには大変な広さだ。
友達はよく今まで1年以上もやってきたもんだ!と尊敬する。

まずは、きゅうり、へちまをもいで、
そんで、なす、おくら、ししとうをもいで、
にんじんをズボっ、ズボっとごぼう抜き。
雨のあとだったので、けっこうスムーズにできた。
快感!

でもその後が大変。
大量のにんじんを箱に入れて、それを一輪のリヤカーに入れる。
そして、それを持ち上げて車まで運ぶ。
30キロはある。
かなーりきつい作業だ。
リヤカーが重くてコントロールできずに
細いあぜ道を右に左に。
おーい!と助けを求めても、友人ははるか遠くに・・・・

ようやく終わったのが7時すぎ。車に野菜を満載にして作業場に。

そして直販所に出荷するために野菜を洗い、傷があるものや変色したものを
取り除いて(それらは自家用にする)袋につめて、計量して、シールを貼る。

むずかしいのは、小さくて細い野菜を一定方向にきれいにそろえて袋に入れること。
なれないと、袋の中でごちゃごちゃになる。

ようやく出荷作業を終えて朝食。8時だ。食材はすべて野菜。
ピーマン、にんじんなどは生でもあまくてうまい!
でも、働きすぎてあまり食欲なし。

それから9時から13時までまた農作業。
昼飯食ってまた15時から18時まで農作業。
19時に夕飯食って風呂に入ってバタンキュー。すぐ眠れた。

こんな日が数日。
でも、雨の日は、友人のお師匠さんの農園に手伝いに行った。
そこでは20代の若い男女が数人、農業研修に来ていた。

研修生は研修棟に住み込んで、家事を共同でこなしながら、1年間、研修を続ける。
無農薬で、さやえんどうとかピーナッツとかさといもとか果物とか
かなりの種類の野菜を作っている。

それに鶏を100羽も飼っていて、たくさんの卵を採取している。
鶏がひしめき合う小屋に入って卵をとるのは、
元気のいい鶏の鋭いつめでつつかれるのがこわくて勇気がいったけど、なれるとたのしい!

Yさんという若い男性の研修生の方がいて、
とても親切に教えてくれて感激した。
同じ男ながらほれぼれするようなじゅんぽくな青年だ。
お願いしてメールともだちになってもらった。
彼は来年4月に研修を終えると、名古屋に戻って農業を始めるそうだ。
名古屋なら大阪から近いから、お手伝いに行こうと思う。

鶏を飼うときにしんどいのは飼料づくり。
こめ、むぎ、かいがら、魚粉などをミキサーに入れて
かきまぜ、それを取り出し、小屋まで運ぶのだけど、かなりの重労働だ。

この農園での労働が終わるのは夜8時。夕食は9時。かなりだ。
でも、うれしいことに、10時、15時、18時と3回もおやつの時間があって、
研修生たちとたのしくお茶できることだ。

それに、そこの農園には井戸水があって、それを飲むと疲れていても、すぐに元気になる。

なんやかんやで数日間の研修はすぐに終わった。
農作業を手伝いに行ったのは、友人のためだけど、
自分のためでもある。

将来、食と農に関する仕事をするために役に立つと思ったからだ。
農作業そのものを仕事にするわけではないけれど、
それを体でじかに体験したことはとても有意義だった。
新しい知り合いができたことも大きな収穫だった。

最後の日は、さすがに腰が痛くなって、あまり働けなかったけど、
すぐに治った。けっこう腰は丈夫なようだ。
それに意外にも、畑の黒やしろの虫はぜんぜんこわくなくて
平気でつまんで遊べた。

農作業を終えて千葉から大阪に戻ってしばらくして
今度は10月の11日に横浜に行った。
12日に姪の結婚式に出席するためだ。
12日は早朝の集合のため前日の11日に横浜に着いた。

おらは、遊覧船がだい好き!
以前乗った伊東温泉の遊覧船は、海底の魚が見えたり、
海岸線や伊東市の街並みや山の緑が見えて楽しかった。

浜名湖の遊覧船も、延々と続く湖畔の鮮やかな緑の森が楽しめて絶景だった。

だから、今回、横浜港の遊覧船に乗ろうと思った。
11日は日曜日で、山下公園はたくさんの人だったけど、待たずに乗れた。
40分で1000円。意外と安いね。

出航してわくわくしていたのだけど・・・・
だんだんおもしろくなくなってきた。
みなとみらいの方向に、高層ビルが林立してるのが見えたり、
海岸もコンクリートの造成物ばかり・・・。

おらは、コンクリートや高層ビルが苦手。
コンクリートって命がなくて虚無的に感じてしまう。
木の民家は古くなってもそれなりの風格があるけど、ビルは古くなると、哀しい・・・・

だから意気消沈してきた。
港の見える丘方面に緑が見えたのが救いかな。
でも、ビルが大好きっていう人もいるんだよね。面白いね。

翌日の12日はいよいよ姪の結婚式。

おらは亡くなった妻がかなり病弱だったので、子供ができなかった。
正確にいうと、あえて作らなかった。

だから、子供からおとうさん!って呼ばれたいって思ったこともあった。

でも、1度だけ、おとうさんって呼んでもらったことがある。それが姪だ。

姪が3、4歳の頃、姪の父は単身赴任をしていて、
週に1,2度しか家に買えってこなかった。
そのかわり、当時大学を卒業したばかりで国家試験を受験中だったおらが、父がわりに
姪の遊び相手をしていた。

だから、あるとき、姪はおらを実の父を勘違いして
おとうさん!って呼んだのだ。
当然、姪の母は驚いて、
だめっ!この人はおとうさんじゃないのよ!って叫んだ(笑)

でも、おらは、この世でただ1人、おらのことを
おとうさん!って呼んでくれた姪のことを
わが娘のように思ってしまう。

おらのことをかわいい笑顔で微笑んで見つめてくれている
3,4歳頃の姪の写真を見ると、涙が出る。

その姪も、もう29歳。
結婚式で、姪がキャンドルサービスで各テーブルを回っている
のを見て、涙があふれ出てしまった。

最後に、おらは、姪の夫の両手を固く握り締めて
姪のことをよろしくお願いします!と深々と頭を下げた。

おらは女性には甘いけど男性を見る目はきびしい。

でも、姪のだんな様は、男のおらが結婚したいって思うほどすばらしい人物だ。

おらは昔の高度成長前の日本人の顔が好き! モンゴロイド系のね。

彼はまさにその顔なんだ。 最後まで姪のことを守ってくれそう。 安心したよ。

びっくりしたのは、彼のお父さんもその顔だった。
いや、もっと風格があった。
謙虚で言葉すくなで、はにかんだ笑顔。
でも誇り高き精神を感じる。

かなしいことに今の日本には、はにかむという表情が
すくなくなったね。

素敵な結婚式だったけど、
おらは、結婚式のフランス料理とネクタイが苦手。

おらは、こってりバター系の料理が食べれない。
和風の素朴な素材の味のする料理しかだめ。
だから、ほとんど残した。

それにおらは首が太いのでネクタイをすると
窒息しそう。
だからネクタイはもう4年ほどしていないよ。

無事、結婚式が終わった翌日の13日の午前11時、
東京駅で友人と待ち合わせ。

2年ぶりの再会だ。
彼女は、以前、おらの主催したワークショップに
きてくれたんだけど、それ以後も、
未熟なおらのことを銀ちゃん!と呼んでくれている。
ほんとにありがたいなぁって思う。

おらが丸の内中央口で待っていると、
彼女がおらの姿を見つけて満面の笑顔で
走ってきてくれた。
ああ、うれしい!

11時はまだランチには早いので、
丸の内付近を散歩した。
けっこう緑が多いね。
平日だし、人も少ない。
快晴でさわやか! 色々話をした。

おらは、多数でしゃべるのが大の苦手。
1対1が得意!
多数だと、結局何をはなしたのかわからないし、
おらはスローペースなので、多数の話についていくのが
しんどいのだ。
その点、1対1だと、相手の話も十分聞けるし、
自分の話も十分できるし、いいペースになれる。

昼時になって丸ビルでランチ。
沼津魚がし寿司という店に入った。
この店は浜松にもあって安心して入れた。

彼女はさすがに主婦だけあって
細かい気配りや経済観念がしっかりしていて
さすがだな!って感心!

それから、皇居から日比谷公園のほうへ
なんと3時間以上もずっと
歩いて歩いて歩きまわり、
しゃべってしゃべってしゃべりまくった。
夕方4時ごろまで。

精神世界についての考え方や親の介護のことなど
共通の話題で盛り上がってめっちゃたのしかった。
それにエッチな話題も(笑)

話に夢中になりすぎて、おらは段差に気づかず
こけてしまったり、2度も道に迷って
交番で道を聞いたりした。

有楽町の小学校の前のおしゃれな喫茶店を見つけて
オープンカフェで楽しくお茶を飲んだ。

ああ。開放感!
おらは今年、父の介護、引越し整理に忙しく、
また農作業でもこきつかわれたので、
こんなにまったり開放的な気分になれたのは初めて!
ほんとにしあわせな気分だった。

それから、ちょっと無理を言って、
歌舞伎座の向かいにある群馬県と岩手県のアンテナショップに
一緒に行った。

食と農に関する仕事の参考にするため、どんなところか
ちょっと偵察したかったから。

岩手のアンテナショップは大きくて広い!
まるでスーパーみたい。
整然と特産品が並んでいて、値段もお手ごろ!

ぜひ、みなさんも行ってみてください。

4時半。握手をしてお別れ。 おらはしあわせ者だな。



Last updated 2009年11月7日 10時27分38秒
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