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軍隊式のビリーと違って、楽しく踊れて続けやすいです。
This web site is about what we have been doing for the three brothers. They started to be in both English & Japanese environment in August 1998. We believe it has been successful so far. We hope you enjoy it!! 半都会、半田舎で男の子3人をパパは方言バリバリの日本語で、 ママは英語でという風にバイリンガル育児しています。 3人の英語・日本語がどんな風に伸びていくのか楽しみです。 子供の障害を前向きに捉えて日夜努力している私達の姿を見ていただいて、 少しでも皆さんの励みになればと願っています。 加えて、世間に誤解されやすい「自閉症」という障害を、 少しでも多くの方にご理解いただけたらと願っております。 What’s new ?
2000年7月19日から8月12日まで、3兄弟を連れてアメリカ旅行してきました。
リンクしてくださる方はお知らせくださいね。
Yukiyo☆'s Shopping ListYukiyo☆の日記 [全1686件]
ここに書く事自体、1ヶ月ぶりぐらいになってしまいました 色々とゴタゴタありまして、とてもここにログインする時間 さて、最近はユッケによる食中毒で大変ですが、 ユッケのような生肉だけ食べなければいいってもんじゃないようですよ 先程姉と電話 姉家族がこのGW中にBBQに行ったそうなんです。 そこで多分、ミディアムかミディアムレアで食べたんだと思いますが、 姉と甥の2人が食中毒になり、2日間苦しんだそうです これからの季節、BBQに出掛ける事も多くなるかと思いますが、 皆さん、しっかりウェルダンで食べた方が賢明だと思いますよ 私は幸か不幸か、未だに肉が食べられない状態なので、難を逃れていますが、 気を付けて下さいね
4月になり新学期がとっくに始まりましたね 我が家のお気楽次男もとうとう高校生になってしまい、 我が家には高校生が2人になってしまいました。 月日が経つのは、本当に早いものですね~ 末っ子三男も中学3年になりました。 そして長男は高3になり、いよいよ大学受験の年となってしまいました 長男は自分で計画を立てて勉強できる子だし、 有言実行の努力の子ですから、私は口出しする事もなく、 ただお財布 この春休み 何冊か買わされました 次男・三男は、このままではヤバイ この春から又通信教育を始めると言い出し、一応やっておりますが、 いつまで続くやら・・・という感じで見ております。 何せ過去にもやると言っては続かず退会して・・・というのを数回経験していますからね 次男はまだ将来なりたいものがきちんと決まっていないので、 どこの大学を目指したいとかもまだありません。 理系である事だけは決まっていますけれどね。 三男に至っては、理系科目が苦手なので文系って事しか決まっていません このお気楽2人は、一体どうなるんでしょうかね? あ、そうそう。 我が家は家族5人ともA型なんですが、 次男は友達に「A型のイメージが壊れるからやめてくれ 学校でどんだけいい加減な性格をさらしているんでしょうね?
母の放射線治療が、いよいよ明後日から始まります 本当は今日からだったんですが、ランチ 内容をしっかり把握してなくて、食べてから行ってしまい、先送りになりました 本当は母はもうやりたくない でも父は、まだまだ母と一緒に暮らしたいので、「やれ」と言うし、 どちらの言う事もわかるので、姉も私もどう言っていいのやら・・・。 でも明後日から20回照射は決まっているので、 とりあえずは敷かれたレールに乗っちゃって、流れでやってみようよ 母は今、実に4つの科に通っているんですよね 1つは子宮癌でお世話になっている婦人科、 大腸にポリープがあるので消化器内科、 放射線治療でお世話になっている放射線科、 鬱病の診断(まだハッキリしていませんが)で通っている神経内科。 それだけでも十分に通院が嫌になりますよね 母の放射線科通いは、母がいつ拒否してドタキャンするかわからないので、 誰かしら必ず付き添い、絶対に1人では行かせないと父は言っています。 今週はまず叔父(母の弟)が行き、その後は相談して決める予定です。 だから4月は忙しい月になりそうです
うちの母は今まで大きな病気をした事なかったので、 今回の子宮癌肉腫は本当に、「まさか母が 大手術の後退院し、その後も何度も検査、検査でかなり母は気が滅入っております 家事(特に炊事)ができなくなり、やる気が起きなくなり、 もしかしたら痴呆症が始まったのかと思って、1人で神経内科 そしたらそこで診断されたのは、うつ病でした。 確かに今までの母では考えられない事が幾つもあります。 すぐに「死にたい」と言うし、 何も怒ってないのに、自分を責めて謝るし、 友達と会っても、話にのめり込めず、ただ聞いてるだけだったり・・・。 今日は心配だったので、長男がホワイトデー用にと私に作ってくれたケーキ 子供達と私で両親のとこに行って来ました その時に父と母のやり取りを見ていて、これはまずいなぁって思ったんです。 父はすぐに母を責めてしまい、キツイ口調で叱るんですよね うつ病の人に対して、それって1番いけない事なのに、 父にはそれが通用しないのか、元々KYだからなのか、すぐに怒鳴るんですよね うつ病を助長しているように思えました。 このまま2人を一緒に生活させておいていいのかと心配なんですが、 父は母がいないと生活できないので、2人を引き離す訳にもいかないし・・・ どうしたものか、困ってしまいました
ネットで知り合って仲良くお付き合いさせてもらっている友達が宮城県に2人いるので、 地震の時からずっと安否を心配 その2人の内の1人から、昨日の夜中に無事 ホッとしました (私と同様に2人と仲良くされている方へ: Sさんは無事でしたよ~ 生きていてくれて、本当にありがとう 無事が確認された友達も、もう1人の人も沿岸部ではないとの事ですが、 あの時どこにいらしたかはわからないので、まだまだ心配は続きます。 毎日ニュースを見る度に涙なしではいられませんね。 本当に私達にできる事と言ったら、募金ぐらいしかないのでしょうか 毎日祈るような気持ちでニュースを見ています。 外国からもいっぱい救助や支援をいただいて、 こういう時は世界は1つになれるんだなぁって、とても嬉しく思います。 安否がまだわからない方達が早く見付かる事を祈って止みません。
PET検査の後、すぐにでも大腸と膣の光った部分に放射線を当ててもらえると思いきや、 母は又更に大腸の検査を受けないといけないと言われたそうです 病院 多分大腸ファイバーだと思いますが、前の日に下剤を飲み、翌朝は絶食と更に下剤。 病院では何か知らないけれど、2時間で2リットルのものを飲んで 10回以上トイレに通い、やっと検査だそうです。 それを聞いた母は、「検査で体がおかしくなっちゃう 相談を受けた姉と私も、70代の母に大変な検査を強いるのは酷だと思い、 大腸はもういいから、膣にだけ照射してもらえるように頼もうと言っていました。 ところが母は先日友達に、「受けた方がいい 昨日は自分の弟にも同じ事を言われたそうです。 母の弟2人は今も元気で、「兄弟が欠けるのは嫌だ (母達はとても仲の良い 父は自分1人では生きられないから、「絶対に検査を受けろ 母を叱っていたぐらいでした。 結局母は今日病院 検査当日は家でしっかり便を済ませておいてから行くそうで、午前11時からの予約になっています。 母は今から下剤の事を考えるとしんどいので、又いつ「やめる 大腸ファイバー自体、うちのパパも今から20年前ぐらいに受けた事があります。 あの時まだ若かったパパでもかなりしんどくて、青白い顔して出て来たぐらいです。 だから母には絶対無理と思ったんですが、 考えてみたら、この20年で医学はメチャクチャ進歩していますよね 携帯 パパが受けた検査の時より、腸カメラだって細いものになっているはず きっとしんどいのは下痢ぐらいじゃないかなぁって思います。 何時間かは下痢が辛い 白黒付けてもらって、放射線治療を受けて欲しいと思っています。
1月下旬に子宮癌の手術をした母ですが、 先週PET検査(初期癌を見付ける検査)を受けて来ました。 手術では、肝臓の一部、膣の一部が変色していて、 膀胱が硬くなっていたので、転移の可能性は十分にあると言われていました。 癌肉腫という、とてもたちの悪い癌で、転移しやすいものだったんです。 その為、抗癌剤治療を勧められたんですが、母が拒否したので PET検査で癌の転移を調べた訳なんです。 今日、その結果が出ました。 そしたら、肝臓への転移はなく、膀胱の事は一切言われなかったので、 多分問題ないんだと思います PET検査では、光った部分が疑いありだそうですが、 腸と膣の一部がちょっと光っていたそうですので、 そこに放射線治療を受ける事になりました。 先生によると、20回照射すると、悪いものが死滅するとの事です 本当は術後、「もし何も治療しなければ、3ヶ月から半年の余命」と言われていたので、 あまりにも回復が早く、経過も良くて、皆で驚いています 何て悪運の強い母なんでしょうね まだ完治ではないので、手放しでは喜べませんが、 今年はお葬式は免れないと思っていたので、 いくらかは先に延びて、ちょっとホッとしています
私が異嗅症になって、もう半年が経ちます 大学病院 やっとすこ~しだけ改善した感じです 炊き立てのご飯の匂いが、平気になったんです 豚肉 でもまだ食べる事はできないし、鶏肉は料理中も匂いがダメですが・・・。 ピーク時を10とすると、今8か9ぐらいの感じです 先月から処方された薬が効いたようなんですが、 その薬はとにかく眠気 ふらつきには慣れて来たけれど、眠気 この前は折角映画 眠気 だから折角薬が効き始めているけれど、今月からは漢方に変えてもらいました。 これが効いてくれればいいけれど、効かなければ前の眠くなる薬に逆戻りかな この病気になって、食べられないものが増えてしまったので、 結局5キロほど減っちゃったかな でも食べられるものを探しては、何かしら食べているので(元々食いしん坊だから) メチャクチャ減ってるって感じではないですけれどね。
先週の水曜日の夕方、母は大量出血し、救急車で運ばれて、急遽入院 出血した際に、腫瘍でもろくなった部分が剥がれて落ちて、 こぶし大のものが2つほど出たと父が言っていました。 驚いた父は、「ばあさんの臓物が出て、血だらけなんだ 私はもしかすると、子宮脱なんじゃないかと思っていましたが、そうではなかったんですね。 入院の2日後に緊急オペとなり、癒着がひどくて取れなかったら、 そのまま閉じて終わり、1~2時間で戻ると言われていたので、 せめて2時間半から3時間は手術が終わらない事を願っていました。 母が病室に戻って来たのは、開始から約4時間でした。 とりあえず、卵巣・卵管は全摘、子宮はほぼ全摘しました。 結論から言うと、その手術に関してはある程度成功だと言えると思います。 そして明日退院できる事になりました。 でもお腹を開いた時に、膣の一部が色が変わっていたし、 肝臓の一部もそうだし、膀胱が硬くなっていたし、 転移の可能性は十分にあるそうです 今日は病理検査の結果、今後の治療方針について説明を受けました。 たちの悪い癌肉腫なので、他への転移も有り得るから、 抗癌剤治療を勧められたんですが、やはり前からの母の意思もあり、 これ以上の延命治療はしたくないとの事でした。 確かに抗癌剤治療は副作用があって、かなりきついので、 年老いた母にそれを強制するのも酷な話です。 結論は母の決断に委ねる事になりました。 再来週の通院の時に返事をする事になっていますが、 そんな思いをしてまでは嫌だと言うだろうと思います。 残された人生がどれだけなのかは母には伝えていませんが、 それまでやりたい事をやって、楽しく過ごしたい その通りにしてあげようと思っています。
昨日の朝父から電話 母の出血が止まらないので、カトリック系の病院 この病院は、患者の人格、人権を尊重してくれる為、患者が延命治療を拒めば その意向に合わせてくれるという病院なんです。 ですから最初の病院で手術等をキャンセルした時に、 何かあればこのカトリック系の病院に行くように指示されていたんです。 そしたらこの病院でも手術を薦められたそうなんです 今は出血の垂れ流し状態で済んでいますが、 放っておくと便の垂れ流し状態も起こって、普通に生活できなくなるそうなんです だからこの病院で紹介状を書いてもらい、又最初の病院に戻って手術をする方向になったんです。 母の意向に反するけれど、便の垂れ流し状態になった母を ただでさえ介助の必要なパーキンソン病の父に面倒見られる訳もないし 手術は仕方のない事だと母も納得してくれました 父は元々母に手術を受けて欲しがっていたから、これで少しは安心でしょうね CTを撮らないと、どこまで進行してるか、転移してるかもわからないですが、 とりあえず来週から又振り出しに戻る事になりました 母の入院中は、父は今通っているデイケアにずっと短期滞在する事になると思います。 気難しい人なので、ちょっと心配ですけれどね・・・。 |一覧| |
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