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2-38 切れ切れになった希望

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祭りと花火の興奮が収まらないいちひとを何とか寝かせ、朝子はリビングに向かってゆっくりと歩いてきた。

“パパ、話があるんだけど。―――離婚してほしいの”

この言葉をどう切り出そう・・・。

朝子は廊下から、篤の横顔を静かに見つめた。6年間一緒に暮らした、生真面目な夫。有芯と別れ、どん底にいた自分を、酒と煙草に溺れる日々から救い上げてくれた人。

篤・・・あなたは決して、悪い人じゃない。むしろ素敵な男性だし、素晴らしい父親だと思う。

だけど私が男として愛しているのは、有芯ただ一人だけ。

ごめんなさい。この気持ちは、きっとこれからも変えられない。・・・だから。

朝子はついに意を決し、ブレスレットのはまった左手首を右手でそっと握ると、篤の前に進み出た。篤が、読んでいた雑誌から目を上げ朝子を見る。

「パパ、は―――」

その時、朝子の顔がみるみるうちに青ざめていった。その身体は小刻みに震えだし、今にも倒れてしまいそうな、あまりの様子に篤の顔色も変わった。

そして朝子は一瞬のうちに理解した。

有芯と自分の将来計画が、決してうまくいかないということを。

「・・・どうした? 朝子、顔真っ青だぞ?! おい・・・?! おい、しっかりしろ!! 大丈夫か?!」

自分の両腕を掴み必死に揺する夫を何とか見てはいたが、朝子は身体を揺らされるたびに床に倒れてしまいそうだった。それでも何とか言葉は出た。

「―――――大丈夫。・・・大丈夫よ。・・・大丈夫」

篤は心配そうに朝子の顔を覗き込んだ。「本当に大丈夫なのか?! 一体どうしたんだ?!」

朝子は眉間に皺をよせ歯を食いしばり、涙を堪えた。お願い優しくしないで・・・! 自分が壊れそう・・・!

「何でもない・・・何でもないからっ!!」

朝子は叫び、走って篤から逃れるとトイレに入り、鍵をかけた。

「う・・・・・ひっく」

目から滝のように涙が流れ、止まらない。朝子は口元を押さえた。

どうして・・・・・・・?!

ちゃんと、・・・避妊してたのに・・・。

何で今まで気付かなかったんだろう?! そういえば、生理、あれからずっとない・・・!!

一体私はこれからどうすればいいの?!

「有・・・・・芯・・・・・」

朝子はトイレの中でしゃがみ、祈るような気持ちで自分の身体を抱き締めた。

「有芯・・・!」

どうしてだろう。

有芯の子を身ごもってしまったということは、いちひとの親権を得るのは絶望的だということだ。それだけは、絶対に耐えられない。

なのに・・・・・。

何で、嬉しいんだろう?

このお腹の中にいる小さな小さな命が、まるで私と彼の絆のような。

私と有芯を、繋げてくれているような。

・・・・・だけど、そうしたらいちひとは?! あの子だって私の子。かわいくて愛しい、大切な子。

子供は本当の両親のもとで育つのが一番いい。それが、朝子の持論だった。

彼女は考えた。

いちひとは私と篤の子。

お腹の子は私と有芯の子。

・・・私は、一体誰と暮らせばいいの?!

有芯、私、篤、いちひと・・・篤の子、有芯の子、私の、子・・・。

朝子は切れ切れになったかすかな希望の光を追い求めるように、トイレの天井を仰いだ。四角く切り取られたその空間はあまりに人為的で、朝子は苦笑した。

結局・・・人は収まるところに収まるようになっているのね・・・。




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