2-65 愛さない***65***有芯はポロシャツの胸ポケットからセブンスターを一本出すと、歩きながら火をつけた。 何も考えたくない時、煙草は俺の思考、感情、すべてを霞ませてくれる。 悲しさも空しさも愛情も欲情も、今まであったこともこれからどうしようかも、すべて。 朝の光の中、ホテルから自宅へ続く道を歩いていると、有芯は見知った人影を認めうんざりした。・・・やめろよ。俺は今、何も考えたくないんだ―――。 エミは有芯が歩いてくるのを見つけると、今にも泣きそうな顔で言った。 「ごめんなさい・・・」 有芯は眉根に皺を寄せると、煙を吐きながら何も言わずエミの横を通り過ぎた。 「待って! 話を聞いて。私、ただ後輩達に相談に乗ってもらっただけで・・・あんなことになるなんて思ってもみなくて」 有芯はチラリと振り返り、また前を向いた。「相談・・・ね。普通、話したらこうなる、ってことは想像するもんだが」 イヤミたっぷりな有芯の口調に、エミは俯いた。 有芯は無表情で振り返ると、ため息をついた。「もういいさ。気にしてねぇよ。ただ関係ない人を巻き込まないでほしかったな」 前を向き歩き出した有芯に、叫び声のようなエミの問い掛けが聞こえた。 「・・・ねぇ、あの人とホテルに行ったの?! ・・・後輩の一人が、ゆうと朝子って女がホテルの部屋に入るのをチラッと見たって。ねぇ、今まで・・・何してたの?!」 有芯は立ち止まった。 「お前に関係ないだろ」 エミは有芯に駆け寄り、必死で訴えた。「関係・・・あるわ! 私は、ゆうが好きだから・・・!」 有芯はエミの方を向くと彼女を睨んだ。「おい、あのアホ共から伝言は聞いたのか?」 「聞いたわ。でも・・・」 「俺とお前はもう別れただろ?! はっきり言う。俺はお前のことなんか好きじゃない。もちろん愛してもいない。俺はこれから先、誰も愛さない。だからお前は違う奴の所へ行け」 「・・・・・そんなにあの女が好きなの?!」 「好きじゃねぇよ。お前、ちゃんと俺の話聞いてたか?! 俺は誰も愛してない。あいつはただの先輩」 「嘘! ねぇお願い、目を覚まして!! あの女はあなたのことただの愛人としてしか見てないのよ?!」 「お前なんかには何もわからねぇ!!」 有芯はエミの小さな肩を掴むとがくがくと乱暴に揺さぶった。 「俺がどんな思いで身を引いたかも、あいつがどれだけ俺を愛してくれたかも!! お前なんかに、俺たちの何がわかる!! お前は平気で俺を裏切り、他の男と寝ただろう?! お前のはただのわがままだ!! 本当は俺のことなんか好きでも何でもないんだろう!! なのにプライドのために俺の大事な女を傷つけやがって!」 「大事な女・・・って。ゆう、あの人と別れたの?!」 有芯はエミを突き放した。「お前なんかに言う必要はねぇよ!!」 エミは大きな目でじっと彼を見上げた。「ねぇ、私と付き合って」 「は? ・・・ふざけるのもいい加減にしろよ?!」 「でないと私、浦原朝子の家に行って、旦那に全部ばらすわよ?!」 こいつ、それがどんなに大変なことかもわからねぇで・・・! 有芯は煮えたぎる怒りを押し殺し静かに言った。「ばらせよ」 「・・・え?」 有芯はたじろぐエミを真正面から見据えた。「やってみろよ。・・・そうなれば俺は、堂々と正面から朝子を奪いに行ける。それだけのことだ」 エミの目から、涙がぽろりと落ちた。 「ゆうの、バカ・・・・っ!」 エミは走り去った。有芯は軽いため息をつくと、心の中で呟いた。ごめんな、エミ。俺はお前を傷つけたよな・・・。 それにしても、やっぱり俺はバカだ。 自分から離れたはずなのに―――最後にエミに言ったこと、ちょっと本気で思ってたりするなんて。 これ以上何も考えないように、有芯は慌てて胸深く煙草の煙を吸い込んだ。 66へ ジャンル別一覧
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