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3-13 たとえ話

***13*** 

篤はイライラしていた。探偵に依頼したにもかかわらず、朝子の行方が未だ知れないせいだ。

彼は美代との会話を半ば強制的に終わらせた後、手に持っている携帯でそのまま探偵に連絡した。朝子が失踪してちょうど一ヶ月。中間報告の日にちは数日後に決まっていたが、彼は押さえきれないイライラをどこにぶつけてよいのか分からず、とにかく少しでも現状が知りたくてたまらなかった。

電話に出た探偵は、中間報告は予定通りの日にきちんと行うと言い、あまり期待しないようにと釘を刺し電話を切った。篤は捜索が進んでいない事実にまたイライラし、会議室のパイプ椅子に荒々しく腰掛けると置いてあった缶ジュースを飲み干した。

雨宮有芯め………!!

彼は妻を抱いた憎き男のことを思うと、テーブルの上で知らずに空き缶を握り潰していた。嫉妬心と喪失感に似た焦燥感とに常に捕らわれ、彼は先ほどから10分に一度は首を左右に何度も振っている。

篤は右手で握り締めている潰れた缶を、左手で上から押さえ、その上に額を乗せ瞳を強く閉じ思った。俺と朝子の間には四年間も子供ができなかった。なのにあいつは………。

そこまで考えると篤はゆっくり身体を起こし、軽く眉間を押さえた。これ以上考えるのはやめだ、意味のないことを考えて神経をすり減らすものではない。あいつめ、俺の妻を散々傷つけやがって……あんな奴に朝子を渡してなるものか……!

その時、会議室の電話が鳴った。呼んでいた弁護士が到着したとの知らせを受け、篤は会社の入り口まで行って出迎えた。

弁護士は真っ黒な短い髪をした、30代半ばくらいの男だ。長身ですらりとした体型に、生真面目そうな顔。

篤は一目見て満足した。こいつになら、任せられそうだ。

そして先ほどから篭っている会議室に弁護士を通すと、座ろうとするそばから早速質問に取り掛かった。

「電話でもお話しましたが……どうしても妻に、子供を諦めてもらいたいのです」

弁護士は背筋をまっすぐ伸ばして座ると、落ち着いた声で言った。「概容は伺っておりますので、詳しい事情をお聞かせ願えますか」

篤は朝子が出て行った経緯と、後の有芯とのやり取りをかいつまんで話した。

弁護士は篤の話を聞きながらファイルにいくつか簡単なメモを取り、篤が話し終えると「始めに、弁護士としてでなく人として言います」と言うとペンを一旦置いた。

「まず奥様を見つけて、話し合ってみてはいかがですか?」

篤は一瞬言葉に詰まると、顔をしかめ眉間を爪で押さえた。

「それは……考えてはみたのですが、なにぶん妻は今、精神に支障をきたしていまして……」

「それを証明できるものは?」

「息子を置いていったのが何よりの証拠です!」

弁護士は力強く言った篤に一瞬、あっけに取られたような顔をしたが、驚くべき速さで元の顔に戻したので、篤はそれに気付かなかった。

弁護士は口調を変えずに聞いてくる。「それだけでは証拠になりませんね。失踪の状況から考えましてその可能性はあるかもしれませんが、それも奥様が見つかってからでないと確認のしようがありません。ところで最後に奥様と会話されたのはいつか、覚えていらっしゃいますか?」

篤は少し考え、言った。「出張前―――いや、出張中に、電話で話しました」

「内容は?」

篤は言葉に詰まった。が、「たとえ話をされました。私は……もし自分だったら子供は始末すると……そう言って電話を切りました」と正直に話した。

言いながら篤は思った。朝子、あれは……君の話だったんだね。今まで全然気付かなかった……。

彼は俯くと、唇を噛んだ。




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