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once 32 先輩は先輩

***32***

有芯は朝子の涙を見て、それ以上の暴言を吐けなくなってしまった。まさか泣かれるとは・・・怒って帰ってくれればいいと思っただけだったのに。

「先輩・・・」

「触るな! ・・・最っ低!」

有芯の胸は締め付けられるように痛んだ。しかしほっとしてもいた。そうだ、そのまま帰ってくれ・・・。

しかし、朝子は彼の顔を睨みながら涙を拭うとこう言った。「さっさと行こう」

「・・・・・え? ・・・ホテルに?」

有芯はビックリして隙だらけだったので、朝子のパンチを鳩尾にしっかりくらってしまった。

「いってぇ・・・手加減くらいしろよ・・・」

「大馬鹿! 蹴りよりマシでしょ?! 東高の・・・ええっと、名前なんだっけ・・・そうそう、タイボクくんちに行くの!」

「タイボクじゃねぇよ、オオキだ、大木!」

朝子は涙目のまま笑った。「よし、その意気! 行くよーっ」

「おう! ・・・って、俺は行かねぇぞ!」

「『おう!』って言ったでしょ? 男に二言はないんだよ」

「今のはクセだよ・・・俺のことは男だと認めないんじゃなかったのか?」

「じゃ、今から認める」

「無茶苦茶だな」

有芯が片手で自分の髪をくしゃくしゃにすると、もう片方の手を朝子が握った。

「言ったでしょ。絶対連れて行くって。だから一緒に行こう」

その笑顔と、握られた手の暖かい感触で、有芯は何かを思い出しそうになったが、結局何も思い出せなかった。

ただ彼は思った。朝子を帰したくない。まだ、彼女と一緒にいたい・・・。彼の脳裏に刻み込まれた恐怖が、彼女の存在で薄らいでいく。

・・・やっぱり、先輩は先輩だな。この人はいつだって俺を引っ張ってくれたじゃないか。迷惑かけ通しでは、やはりいけない。有芯は、腹を決めた。

「分かったよ。・・・だから、そんなに引っ張るな!」



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