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修公の日記

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2008年03月10日 楽天プロフィール Add to Google XML

◆後藤 又兵衛
[ 名将列伝 ]    

そのような不遇な生活が終わりを告げる時がきます。大坂冬の陣が起こると家康から法外な恩賞を条件に誘われたが、又兵衛は感激するもこれを拒絶して大坂城に入ります。又兵衛入城は、大坂方を大いに奮い立たせると共に喜ばせました。

 現在では、【真田 幸村】の方が有名ですが、当時は実践経験、武勇や名声においても、入城した浪人の中で又兵衛が随一でした。冬の陣では鴫野・今福方面を【木村 重成】と協力して守備し、上杉及び佐竹勢と相対した。実践経験の少ない兵士に、鉄砲の撃ち方を指導するなどしたといいます。また、秀頼も又兵衛を信頼していたといいます。

 翌年、大坂夏の陣では、大和路方面・国分での迎撃作戦の先鋒として二千八百の兵を率いて出陣、道明寺方面から進撃するであろう徳川軍を、大坂方複数の部隊で各個撃破する手はずになっていました。霧のため真田軍らが間に合わず、作戦時刻に到着出来たのは後藤隊だけでした。

 それには濃霧も原因でしたが、一番の理由は、部隊行軍に各部隊長、および兵士が慣れていないという事でした。このような逸話があります。馬上で川を渡河するのに苦戦する兵士を見た又兵衛は、その兵士の川上を進み流れを緩くして渡河させた事があったそうです。

 歴戦の勇士である又兵衛の指揮が、関ヶ原から十五年経った当時では群を抜いていたということ、この戦いが初陣という兵士たちが、かなりいたという事もいえるでしょう。このため、到着時刻がバラバラになり、兵力の逐次投入という戦術であってはならない形で、大軍で迫る徳川軍に逆に各個撃破されてしまう最悪な状況に追い込まれてしまうのです。  


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最終更新日  2008年03月10日 22時05分36秒

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