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ご か い の 部 屋 \(ё)/
: ~ 不 登 校 ・ 引 き こ も り か ら 社 会 へ ~ §
: http://homepage3.nifty.com/Husta/ Byヒューマン・スタジオ 人
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元 当 事 者 の 教 育 相 談 員 が 語 る □
体 験 的 不 登 校 ・ ひ き こ も り 論 と 解 説 :
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■ リニューアルのごあいさつ
□ コラム「"新しい自分"出産記〔上〕」
■ ごあんない
>====・● リニューアルのごあいさつ ●・===========================<
丸山はがんばります!
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皆様いかがお過ごしでしょうか。
新年度を迎え、当メルマガは私の個人誌へとリニューアルしました。
不登校・ひきこもり体験を持つ私が、当事者と援助者の両方の立場か
ら、子どもの不登校やおとなのひきこもりへの理解と対応について、毎
号コラムに書いていきます。
これまでの読者の方は引き続き、新しい読者の方はこれから末永く、
ご愛読くださいますようお願い致します。
ヒューマン・スタジオ 代表 丸山 康彦
"新 し い 自 分 " 出 産 記 〔上〕
リニューアル第一弾として"名刺代わり"に、私の不登校体験を2回
にわたり"たとえ話"でお伝えします。こんな体験を持っている者がこ
のコラムを書いているんだな、とご理解または再確認いただければ幸い
です。
●
私は、高校に入学した頃、心の中に"新しい自分"を身ごもりました。
そのため、心身ともに疲れやすくなり、時には「赤ちゃん返り」(夜
母に添い寝をせがむ)という症状が出るようになったのです。
そして、高校入学半年後の頃から、時々学校を休むようになり、つい
に、2学期最後の2週間と3学期のすべてを、休んでしまったのです。
3学期になって、両親は県の相談機関に相談したり、父の友人から借
りた、子どもの問題について書かれた本を読んだりしていました。その
本は私も読み、自分の状態が「登校拒否」(当時「不登校」という言葉
はありませんでした)と呼ばれる問題であることを知りました。
しかし「登校拒否」は、当時「心の病気」と考えられていましたので
「心の中に"新しい自分"を身ごもったため、人並みに生活できなくな
った状態」だということを、私は知る由もありませんでした。
結局、私は出席日数不足で留年になり、以来、罪悪感・プレッシャー
・負い目・自己否定感・葛藤・その他さまざまなマイナス感情による心
の調子の悪さにより「数日間登校しては数週間休む」というパターンを
繰り返す2年間を過ごすことになりました。
・・・今から考えると、このようなマイナス感情は"新しい自分"を
身ごもっているために起こる"心のつわり"だったのです。
この2年間、私には、うれしいこと、つらいことがたくさんありまし
た。
うれしかったことは--
「理由もなく学校を休んでいる自分なんか、登校しても無視されるか
陰口をたたかれるくらいだろう」と思っていたのに、たまに登校したと
きに、クラスメートが優しく受け入れて、親切にしてくれたこと。
父が「立ち直らせるために」と考え、犬をもらったこと。
父の知り合いの勧めで「夏休み子ども合宿」のボランティアスタッフ
をやったこと。
つらかったことは--
両親や学校の先生や父の友人に責められたり説教されたりしたとき。
担任の先生やクラスメートが、心配してくれる気持ちが伝わったとき。
留年するたびに迎える、クラスメートとの別れ。
一緒に入学した同期生の卒業。
この2年間、こうしたすべての出来事を栄養にして、私のなかの"新
しい自分"が少しずつ育ってきました。
その証拠に、私は友情の素晴らしさや人間関係の大切さを知りました。
「自己変革」(友だちをたくさんつくり、学校生活を楽しめる自分に
変わる)という目標もできました。
3回目の留年となった次の1年、私はそのような教訓を活かして、積
極的にクラスメートのなかにとけ込んだだけでなく、スポーツや歌や作
文など、得意なことを発揮する機会に恵まれて、楽しい学校生活を送る
ことができるようになりました。
しかし、それでも私は、必ずしも心が安定していたわけではなく、出
席日数も、楽に進級できるほど増えてはいませんでした。
同時に、私のなかで大きく育ってきた"新しい自分"の"出産"が迫
っていました。
(つづく)
:筆者:丸山 康彦(まるさん)
スクールソーシャルワーカー(訪問子ども援助職)。高校時代、
不登校と留年の末、入学7年後に卒業。高校講師・ひきこもりを経て、
1999年4月に個人事務所「教育対策研究所」を開設。2001年10月に
当ヒューマン・スタジオを設立し代表に。