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「人生楽しく自己実現」
人生は、あらゆることを味わい楽しむために存在すると・・・。 自らの意志で訪れた三次元人生を大いに味わい楽しみましょう! エンジェルトッシーの日記 [全99件]
なんと! □主催 :明石135度コミュニティ「愛の光をみんなで実行委員会」 □CD直売会 : ライブ会場にて一途さんの ※CD売上金の一部は
いつも私が読んでる大好きなブログが本になりました。 よろしくお願いします。
今日、10月10日 「休みになっている!」 神様に「ありがとうございます」
先に書きました地元自治会の方々との交流の中で、とても助かっていることがあります。 それは・・・ 自治会の多くの方とはあまり面識のないものですから、当然自宅も知らない者同士がほとんどです。 各委員会の案内書等をお届けする際に、ご住所は各名簿に記載されているのですが、どのお家かはっきり分かりません。 当然、私のところへ各書類をお届け頂いたり、ご訪問頂くときにも自宅の場所を説明しないといけない訳ですが、我が家の場所は直ぐに分かっていただけます。 それは、私のお隣様が、地元一番の豪邸 だからです。 いつもこのように説明しています。 「最寄り駅の北側、児童公園の西側の『総天然木の三階建ての豪邸』のおとなりです。」 もう、これだけでほとんどの方が、「はい、わかりました。」と理解していただけます。 お隣様は、地元でも有名な豪邸ですので、ほとんどの方がこの説明で認知していただけるのです。 先日も、地元派出所の巡査の方が防犯の件で我が家の場所を訪ねられたときも、「そこの豪邸のとなりです」で一発で認知していただきました。 ほんとうに有り難いことです。 みなさまも、私の家の場所を知りたいときは、「『総天然木の三階建ての豪邸』のおとなりの家は何処ですか?」とお尋ねください。 直ぐに分かります。 私どもも、おとなりさまのような豪邸に早く住みたいな〜。 以上、地元で有名な豪邸のとなりの小さな家のとても便利な住民でした。
昨日、地元の神社の秋大祭に向けての準備委員会がありました。 氏子さんを中心に10月の開催に向けての会議なのですが、地域の方全員に喜ばれる秋大祭にしようと、夜7時から10時近くまで熱心な話し合いが行われました。 参加者の平均年齢は、65歳ぐらいでしょうか、やはり高齢の方の委員会なのですが、みなさん活発に意見を交わされ、その熱気に驚きました。 実は、8月に行われた地元の盆踊り大会の時も、実行委員会の方々の熱心さに驚かされたのですが、今回もそれに負けずと劣らないパワーです。 すべての行事は、当然のごとく全員が無償で行う、いわゆるボランティア活動です。 今年4月の町内会の役員会において、町会長に選出され、当初はあまり気乗りのしない、正直に言いますと義務意識で行おうと考えていました。 ところが、町内一斉掃除から始まりました一連の行事を執り進めていく内に、そこに関わる多くの人たちの熱心さと地元の住民の方々を最優先に考えている姿に驚かされました。 そして、盆踊り大会・地蔵盆・敬老会、秋大祭と進んで参りまして、更に皆様の献身的な活動に脱帽しています。 私も、可能な限りお手伝いさせていただき、少しでも地域の方々に貢献していきたいと思っております。 自治会の各委員会に参加させていただき、まだ半年足らずなのですが、とても沢山の人と交流を持つことができ、以前からお顔は知っているものの、お話もしたことのない方との交流の中で多くの学びと気づきを頂きました。 本当に貴重な体験をさせていただき、感謝しております。 実は、現時点での役職が、 正直、仕事をする時間よりも自治活動をしている時間の方が多い状態で、経済は恥ずかしながら妻と子供に支えてもらっている状態です。タハハ・・・。 でも、なぜかととも楽しく幸せな気分にさせて頂いております。 地域のみなさまありがとうございます。 以上、素晴らしき住民パワーのお話でした。
こんにちは 今日は、私の人生を振り返ってみたいと思います。 1953年2月、この地方では珍しい大雪が降った二日後に、男の子三人の末っ子として生を受けました。 幼少の頃は、いわゆる団子三兄弟として優しい両親のもとすくすくと育ちました。ただ、男兄弟の三男坊でしたから、いつも兄二人からいろいろと用事を言われ雑用係ばかりをしていました。お陰様でこの歳になってもに雑用事が苦にならず、今ではトイレ掃除からご近所のゴミひろいや公園の草刈りまで楽しく行えています。 人は苦難を体験することにより心が鍛えられ、苦労を苦労と感じない大きな心になっていくといいますが、今は、兄たちに感謝しています。 そして、両親の愛情をいっぱいに受け、順風満帆な人生を満喫していたところ・・・、 それは、食事を摂ろうとすると急に気分が悪くなり食事がのどを通らないのです。当初は、一過性のものと思い気にとめていなかったのですが、日増しにその症状が頻繁に現れるようになり、ほとんど毎日食事がとれなくなっていきました。 急いで、病院で検査を受けましたところ、悪いところが見つからないと言うのです。 その後、多くの有名病院を訪れ、検査を繰り返しましたが、やはりこれといった悪い箇所が見つかりません。そして、当時ついた病名が「自立神経失調症」でした。 ただ、これといった治療法はありませんでした。気休め的に精神安定剤を頂き、日々布団の上に寝転がっているだけでした。その間当然のごとく、吐き気、腹痛、頭痛、めまい、耳鳴り、関節の痛み等がひっきりなしに訪れ、睡眠すらろくにとれない状態が続きました。 その症状が、なんと1年、360日続いたのです。 毎日がとても長く、一日が50時間ぐらいに感じる苦しい日々が続きました。 世間のすべてを恨みました。 ええぃ、いっそのこと地球が爆発してしまえばいいのにとも考えたものです。 360日ほとんど寝たきり状態でトイレにもはっていってたのですが、当時の模様を今では懐かしく「寝たきり青年時代」と呼んでいます。 それから、身体の症状の苦しさの他に、周囲の人たちのささやきが私を二重に苦しめていきました。 それは、病名が付かない症状に、私が怠けているだけではないのか、いわゆる「怠け病」ではないのかと思われ始めたことです。同じ状態を1年以上繰り返していますと、当初はいたわりの念で訪れていてくれたお見舞いの人たちも、「いつまで寝ているんだよ」「仕事をすれば治るよ」と、ねぎらいの念に変わって怒りの念を浴びせられるように成りました。このころがもっとも辛い日々でした。良く「針のむしろ」という表現がありますが、寝たきりの私にとりましてはその言葉通りの心境でした。 このような生活を3年ほど続けたある日、とある友人が「東京にすごい超能力者がいて、その人を紹介するから身体の状態をみてもらったどうだ」と見舞いに訪れてくれました。 わら尾もすがる思いでその超能力者の方を紹介していただき、先方からの連絡を待ちました。 そして、母の主治医でありました病院で検査を受けましたところ、今までどこの病院でも発見できなかった症状の原因らしきものが発見されたのです。 それは、胃の検査のためにレントゲン撮影をしている最中、撮影用のバリューム剤が胃から十二指腸に運ばれたかと思いきや、次の瞬間胃の方に逆流しているものでした。 私を長年苦しめてきた症状は、胃に入ったものが正常に十二指腸へ運ばれず逆流していることだったのです。 但し、当時はこの症状に対する病名がついておらず、検査をしてくださった先生も状況説明をしていただいただけで病名はないとおっしゃいました。さらに、驚いたことに病名がないものには当然、治療法もないと言うことで、消化剤のみを頂いて自宅で安静にしているようにと言われるだけでした。 ようやく症状の原因が分かったのに病名がないものには治療法がないとは、どういうことかと、やるせない思いで、超能力者の方に状況説明の電話をいれましたところ、「良かったね。それではこれからご自分の病気はご自分で治していきましょう」と爽やかな声でお応えになりました。 そして、続けてこのようにおっしゃったのです・・・ 「すべての事象は、それが病気でも、ケガでも、事故でも、愛情のもつれでも、事業の失敗でも、不当解雇でも、すべては自分の力で改善できるのですよ」 「なぜなら、すべての事象は自分の思い、考えが創り出したものだから」 「但し、太陽や水や空気や植物や動物や食べ物といった自然の力と周囲の人たちの力をお借りしながらね」 この日から、私はスピリチュアル(精神世界)に目覚めていくことになったのですが。 そして、この超能力を有した方のアドバイスを実行することにより、その検査の日から数えて半年を迎えようとしたとき、夢にまで見た病気の回復をみるのです。ただ、完璧な健康体を取り戻すに更に10年以上の日々が続きました。 今では、当時の日々、食事が摂れず、吐き気・腹痛・頭痛・耳鳴り・めまいに悩まされていたことが、まるで夢だったのごとく食事が美味しく、日々健康体で暮らさせて頂いています。 そして、健康の有り難さ、普通に生活できる尊さ、自然の偉大さ、当たり前にいる周囲の人々への感謝の念を持って日々幸せに暮らさせて頂いています。 私が、良く「感謝」「感謝」と口走るのは、この時の10年以上に及ぶ苦しい日々からの快復があったからです。 以上、私の人生の三分の一を振り返りました。 そして、10年以上の病苦の末の病気快復の後、ほんのしばらくの(一年ほどです)平安な時が過ぎ、次なる試練が、学びが待ち受けていたのです。 それは・・・ 「脳梗塞の後遺症による寝たきりの父と骨粗鬆症並びに認知症による母への13年に及ぶ介護人生」 今、省みましても家族全員による壮絶な介護人生でした。 続きは、次のブログでお話しいたします。 長いブログになってしまいまして、すみませんでした。
今日、明日の敬老会事業の一つとしての 竹内まりやさんの「毎日がスペシャル」 という楽曲が流れてきました。 今まで何度となく聴いていた楽曲ですが 歌詞のすべてを覚えているわけではないのですが 『毎日がスペシャル! Everyday is a special day!』 毎日がスペシャル 毎日がスペシャル 雨で始まるウィークデイは・・・ でも気付いているの 目覚めた朝 5秒違いで 電車を逃した でも知っているの 人生とは心の持ち方でどうにでもなるものと たとえ優等生じゃなくっても 毎日がスペシャル 毎日がスペシャル 何でもない一日が 実は凄く大切さ 今日が誕生日じゃなくっても 毎日がスペシャル 毎日がスペシャル ・・・ そうなんですね。 毎日、毎日 が 瞬間、瞬間 が 人生なのですね。 そして、 自分の人生は自分の思うままになるということですね。 雨が降っても 風が吹いても 恋に破れても 事業に失敗しても 病を患っても そんなの ぜ〜んぶ どうにでもなるの だって、自分で描いてきたシナリオだから 魂を磨く磨き粉だから ぜ〜んぶ まとめて 幸せの種にしてしまいましょう 今、この瞬間から!
今日も最後までお読み頂きましてありがとうございました。 こころより感謝致します。 じゃあ またね
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