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Rakuten Profile黒犬べーやんの日記 [全65件]
ジュディス・オルロフ博士による英語版WikiHowの拙訳・「脱・感情スポンジな私!~他人のネガティブな気持ちをブロックする~」の第一回目を掲載してから、早くも1ヶ月以上が経過してしまいました。
少し前の3月23日、こちらのブログにて、「長文アレルギー寸前の日本 vs 読みまくれ!書きまくれ!のアメリカ」のタイトルで、日米両国の国語教育について考えを巡らしてみました。
H田センセイ。自殺...? 何それ??? 「...何で、俺、もっと前に連絡取らなかったんだろう。何でこっちから声掛けなかったんだろう。もしかして、ああなる前に話聞いてやったり、会いに行ったりしてやることができれば、こんな事にはならなかったんじゃないか、って...。」 それ以上言葉にならなかった。T君が、あの陽気でケロッとしたT君が、大切な友人を救えなかった自分を責めて、傷つけて、咎めて、なじっている。それも、あの日から、ずっと。もう十年近く経つというのに。...その重苦しい事実には、一座の誰もが口をつぐむしかなかった。 「用事なんて無くてもいいから、電話してやればよかったのに、どうしてあんな風に死なせてしまったのか、って、ずっと、ずっと、頭から離れなくってさぁ...。」 涙こそ流していなかったが(既に涸れて久しいのだろう)、沈痛そのものといったT君の面持ちは、見る者の心をえぐるに充分だった。旧3-Bの仲間達は、ただ言葉も無く、その場でT君を見守る他、何もしてあげられなかった。 未だにパックリと大きく口を開けたままの、T君の心の生傷。 「...T君、そこまで自分を責めないでよ。」 少しでも、ほんのわずかでも、T君の心を楽にしてあげたくって、私は思わず口走った。 「脳の化学物質の平衡が崩れるとか、家系的にそういう素質が元々あったとか、そういう原因でうつ状態になる人だっているし...。私、身近でそういう人を見てきたし、興味あっていろいろ調べてきたからわかるんだ。 もしH田センセイのうつが、そういった『医者に診てもらって、まずは薬処方してもらわないとどうにもならない。でも、薬さえ飲み続ければ、どうにか生活は続けられる。』って類のうつだったとしたら、それはT君のせいなんかじゃない。 たとえ、T君がそばにいたとしても、問題が脳内の器質的なところから来ているとしたら、H田君は楽になりたい一心でやはり同じ行動を取ったかもしれないよ。 ...だから、自分を責めすぎないでよ...。」 ねえ、H田センセイ。 心の闇との闘いに敗れ、私達の手の届かないところへと自ら逝ってしまった君。君とT君とはまるで「ひねくれ爺さんと能天気な孫」のような凸凹コンビだったけれど、それでも仲良しだったね。 そんな、君にとって大切な人であるT君の、おそらくは一生ふさがることはないであろう大きな生傷を前にして、今、君は何を思うのかな。 今、何かメッセージを託してもいいと言われたら、私はこんなことを伝えたい。 「辛くて、苦しくて、ああするより他に逃げ道が無い、と思ったんだろうね。大変だったね。どうか君が自分の課題と真剣に向き合い、少しでも早く楽な場所へと導かれるよう、祈り続けているよ。」と。 できれば生きている間にこれも言いたかったなぁ。 【夢は破れるし、目標にもはるか届かないまま中途で挫折。派手に転んで痛い思いしたりもする。泣かず飛ばずという言葉が悲しいくらいお似合い。 そう。スットコドッコイでトホホな人生ばかりだよ。あの人もこの人も。もちろん、私も。 同窓会に来て、それを確かめ合って、励まし合って、そして、笑い合うんだ。仲間だから、それができる。 生きてりゃきっと何かいいことあるさ、と信じながら、みんな踏ん張っているんだよ。 もがいているのは君一人だけじゃない。一人で悶々とせずに、声を上げてよ。思いっ切りでかい声を。そして、助けを求めて欲しい。 カッコ悪くたって、誰も笑いやしないよ。もうみんないい年した大人だからね。 誰にでも、カッコ悪い時期と、そして(ほんのちょっとだけ)カッコいい時期が順繰りに巡ってくるんだから。終わらない夜は無いし、また、暮れることのない昼だって有り得ない。 そして、踏ん張って踏ん張ってカッコ良く輝いている仲間には、「おっ!よく頑張ったな!でかしたな!」って、心からの賛辞を贈るんだよ。ちょうど、今日の立役者である社長のM君や、セレブな美人妻を地で行くI美ちゃんにみんながそうしたように。 同窓会だからこそ、それができる。 裏表無く付き合える本当の仲間だからこそ、それができるんだよ。】 それから。 【H田センセイがいない3年B組の同窓会は寂しいよ。君がいつものひねた調子で堅物秀才K君や、一緒にクラス委員やってた天然系Cちゃんに茶々入れまくって、みんなが大笑いする。あの小気味良いやり取りがもう聞けないだなんて、そんなのさみしすぎるじゃないか。 ...ま、何だかんだ言ってはみたけれど、3-B一同とN先生はね、決して君を忘れたりしないよ。約束する。またいつか、どこかで会える日を楽しみにしているから。 H田センセイ、3年B組の素晴らしい思い出を一緒に作ってくれて、ありがとう。 後は、心安らかにゆっくり眠ってください。】 (歌詞はhttp://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND108414/index.html をご参照ください。)
「3年B組 N先生の定年退職を祝っての同窓会です!」 同級生の女友達Y子さんから、こんな携帯メールが転送されてきた。 へぇ、N先生がもうそんな御年だったなんて。 まずは、「長年の教職生活、お疲れ様でした。」と、心の中で深くお辞儀。 よくよく考えてみると、8X年卒業組のわれわれだって、今じゃ立派なアラフォー世代。時間だけは容赦なく流れていたのだなぁ。まぁ、毎朝鏡に向かえば、白髪は目立つし、顔には疲れが漂っているし、時の流れと真剣に向き合う機会なぞ、ちょっと意識するだけでいくらでも作れるわけだが。 私達が県立P高校を卒業したのは、今を遡ること21年前の春。 卒業式は3月の初め、確か1日だった。私立大入試が全滅で浪人を決めてヤケクソになっていた人がいたり、はたまた、国公立大二次試験を数日後に控えている人がいたり、と、どうも落ち着かない、宙ぶらりんな時期の式であった。私自身は後者のグループに属していたため、当日の記憶はほとんど残っていない。むしろ、互いに振袖姿でキャーキャー騒ぎながら写真を撮りまくった、成人式の夜にP市のホテルで開かれた学年全体での同窓会の方が、却って鮮明に思い出せたりする。 今回は旧3年B組だけの小さな集まり、とあって、ゆっくりと話が楽しめそうだ。何せ、20年振りに会う人もいるのだから、どうしてこれがワクワクせずに冷静でいられようか。みんな、どんな年齢の重ね方をして、どんな世界で羽ばたいて、どんなことに挑戦しているのだろう...。はやる心に、行きの電車で読もうとバッグに忍ばせた本を開いてみても、中身はちっとも頭に入ってこなかった。 会場は表参道の駅近く、細い路地を少し入ったところの、落ち着いたイタリアンのお店。この近所で「社長」をやっている、M君のお気に入りの店で、日頃から接待や商談で利用しているのだそうで。嬉しいことに今夜は貸切だという。よっ、社長っ!さすが、抜かり無いねっ! 会場までの経路がみんなバラバラなので、仲良しの女友達グループとは「現地集合ね」ってことにした。私はちょっと早めに着いてしまったのだが、その分、一人、また一人...と、窓ガラス越しに現れる懐かしい表情を認めて、「あ~~~~!!!!○○○ちゃん!!!」「おぉぉお~~~っ!あれは××君!!!」と、「当てっこゲーム」に長い間興じることができた。 髪型が変わっても、お肌がやや荒れ気味でも(お互い様ね!)、額が後退して「おっさん」度が増していても、...そして、全体的に膨張して「どすこい!」化が進んでいても(←私を含む数名...。)、笑顔がこぼれるや否や、そこにいるのは18歳の高校生。 人間の記憶って、「声」に手繰り寄せられて蘇って来る部分が大きいのだなぁ。知らなかった。 世界史のN先生は、「私学の雄」として有名なあの大学を卒業後、内部進学者であっても容赦なく不合格にする、超・難関の大学院博士課程で学んだ、正真正銘のインテリであった。だが、「女で道を誤り」(←先生ご自身の表現)、研究者への道をスッパリと諦め、愛する女性との家庭を築くため、公立高校の教員となられた。 道を誤り、なんて先生はおっしゃるけれど、何度か先生のご自宅に押しかけ訪問したわれわれ教え子は、その「女」イコール、美しく、聡明な、先生ご自慢の奥様であることを知っている。「誤り」というのは、いつもポーカーフェイスでブラックジョーク爆弾を二、三発炸裂されるN先生ならではの照れだ。ま、生徒には全てお見通しなのだけど。 会場に集まったのは旧B組45名のうち、半数弱といったところか。海外や地方で暮らしている人もいるし、実家が転居してしまいどうしても連絡が付かなかった人もいるのだから、まずまずの出席率と言えよう。ただ、今回の言い出しっぺであるH君が、「どうしても抜けられない仕事」で欠席したのが本当に悔やまれる。あぁ、その「いいひと。」さ加減、昔と全然変わってないよ...。 美味しいお料理や、ワインを楽しみながら、話はあちこちで盛り上がる、盛り上がる。まずは、互いの近況報告や、家族の話。それから、「欠席裁判」よろしく、その場にいない同級生の消息や、本人が聞いたら怒りそうなバカ話や失敗談など。笑い声で彩られた、100%毒の無い、陽気なおしゃべりって、こんなにも元気を与えてくれるものなんだ。 「俺、未だに忘れられないんだけど、Mさんがさぁ、自習時間か何かでシーンとしてた時、窓の外見て、『ギャ~~~~~~!!!』と物凄い声で絶叫したことがあって...。」 「あー!あの、犬がいきなり子作り作業始めちゃった、っていう、あれ!!!(爆笑)確かにあの時のMちゃんの声はすごかった!」 「そうそう。途端に、男子がドドドッと10人くらい、窓際に押しかけてきて...。」 「だ、だ、だって、犬が二匹、じゃれ合って遊んでいるから、『カワイイなぁ~。』と、微笑ましく見てたら、いっきなりああいう事になっちゃって!!!」 (←Mちゃん、既に3児の母なのだから、そこまで真っ赤になってうろたえなくても...。) 「T君って、黄色いヒマワリ柄のラブリーな靴下、よく履いてたよねー。密かに私ら女子はチェックしていたのだよ。」 「そうだったっけ~?母親が買ってくるのをテキトーに履いてたから、覚えてないよ~。」 「いや、かなり目立っていたよ!だって、ジャージの裾をまくり上げて、ヒマワリ柄が全部出るようにして履いてるんだもん。あれは強烈だったー。」 「R君のお父さんが亡くなって、クラス全員でお通夜に行った翌日、R君がちょうど日直で、学級日誌に『昨日はみなさんありがとうございました。でも、ウチが○○教の信者だというのがバレちゃいました』なんて書いてたよねー。」 「それ、2年の時だろ」 「Rは今、何やってんだ?大学デビューした後、性格変わったという噂だけど。」 「アメフトやってたんだって」「商社に行ったってよ」 (一同、爆笑)「似合わね~!!!」 いいなぁ、同窓会。 同窓会の魔法は「一晩限定」だからいいのかもしれない。シンデレラの魔法と同じで。 たまーーーーにしか巡って来なくって、しかも、お財布に余裕がある時にしか食べられない金皿に載った極上の大トロ@回転寿司のようなものだ。あまり頻繁に味わい過ぎると、有り難味が無くなってしまう。だから、5年、10年、15年...といった具合に、忘れかけた頃に集まるぐらいでちょうど良いのかなぁ、って思う。 おしゃべりビッグウェーブの第一波がようやく落ち着いてきた頃、集まりの主旨を忘れていなかった例の社長・M君が音頭を取り、先生の定年退職をお祝いすることとなった。 先生には可愛らしいブーケ(帰りの混んだ電車で人目を引きすぎてはお気の毒なので、サイズの方はやや小ぶりで。)、そして私が大好きな 文庫屋「大関」 さんのコレクションより選んだ、エジプト柄の文庫本カバーをプレゼント。
既にお子さん達は巣立たれたとはいえ、先生は21年前と同じマンション暮らし。しかも、大の本好きと来ていらっしゃる。私もその頃は狭い賃貸で窮屈な思いをしていたので、収納の問題がいかに切実であるかはよく理解していた。何よりも、かさばらない物を...と考え、すぐに思い浮かんだのが、このブックカバーだった。 そんじょそこらでは見かけないエジプト柄は、大層お気に召したようだ。満面の笑顔とともに返って来た「ありがとう。大切に使わしてもらいます。」という先生の言葉に、身も心もぽっ セレモニーが一段落すると、再びクラスの面々の懐かしいエピソードや、子育て真っ最中の人にとっては興味津々の話題・最近の公立高校事情など、話は四方八方へと散って行く。 ふと、一人が思い出したように言った。「そういえば、昔、男子だけで酒持って(←オイオイ。)先生んちにお邪魔した時、H田センセイがいきなり舟盛り持って現れたのには驚いたよなー」 H田センセイ! どうして気付かなかったのだろう。ホントだ。H田センセイ、来ていないじゃないか。 センセイ、とは言っても、別に本物の先生ではない。四角い銀縁メガネの奥からちょっとひねくれ気味の両目をのぞかせ、学年一と定評のあった、ダントツの英語力でもって我々を「おぉぉぉぉ~~~~!!!」を圧倒しまくっていた、あのH田センセイだ。 「そんなの、驚かないよーん。」「甘いねっ!」「まだまだっ!」 ...皮肉たっぷりのあの口調、今もはっきりと覚えている。どんなに激しく人を笑わせても、顔の筋肉は微動だにさせない。高校生にして、彼は既に英国流ブラックユーモアを完璧に体得していた。単なる語学オタクのガリ勉とは一線を画す、スゴイ奴。誰もがそう認めていた。 今、ようやくわかったのだが、H田センセイはこの日の主役・担任のN先生と多分にキャラが重なっていた。「ポーカーフェイスで、しれっと一発面白いギャグをかます」ことにかけて、彼の右に出る生徒はいなかった。見かけこそ全く違っていたものの、お二人の個性は非常に近い位置にあったように思う。 H田君が「センセイ」と呼ばれていたのも、もしかしたらそんな「N先生の一番弟子」っぽい部分をみんなが感じ取っていたからなのかもしれない。 「そーなんだよなぁ...。俺、冗談で、あいつに『おい、お前、うちに来る時は何か美味いもん持ってこいよ!』なんて言ったら、本当に親(寿司屋)に舟盛り作らせてやって来たんだよー!あれには、びっくりしたなぁ~...。」 N先生の目が、懐かしそうに遠くの方へと泳いだ。 一年ちょっと前までアメリカで十数年暮らし、旧3-B・男性陣の近況に関してはてんで疎かった私は、思い切って尋ねてみた。 「ねぇ、H田センセイって、今どうしてるの?」 一瞬、空気が固まった。 沈黙の後、私に同窓会のお知らせメールを転送してくれたY子さんが、恐る恐る口を開いた。 「...べーやん、ひょっとして知らなかった?...H田センセイ、数年前に自殺したんだよ。」 (真っ直ぐに正門へと続く坂道の両脇を埋め尽くしていた、あの桜だね...。)
滅多なことでは特定のお店や品物を紹介したがらない私が、今日は勝手に応援団活動やっちゃいます。そのお店とは、こちらの「文庫屋 大関」さん。 http://www.rakuten.ne.jp/gold/oozeki/ 下の写真は、文庫本サイズのブックカバーです。どうです。素敵でしょ?私は、日本に行った時に「文庫手帳」「文庫本サイズノート」を何冊か仕入れて来ては、このカバーをかぶせ、ちょっとした覚書ノートとして枕元に置いています。
前回ご紹介した精神科医のジュディス・オルロフ博士のお勧めに従い、印象的な夢を見たとき、ガバッ!と跳ね起きて、すぐに筋書きを記録できるように...と思ったのですがね。残念ながら元々夢をあまり覚えている方ではなく、「夢日記」としてはほとんど機能していません。で、単なる備忘録のようなごった煮帳になってしまっています。 一つ一つが職人さんの手によって丁寧に彩色されているんですね。正真正銘のMade in Japan、それも東京はスカイツリーのお膝元・墨田区産ですよ!ビバ、地場産業っ 私が文庫革のコレクションをささやかに始めたのは、今から7~8年前のこと。当時は、注文の際に店長さんとメールのやり取りを楽しんだり、と、お店全体にどこかのんびりとした空気が漂っていたような気がします。今ほどネットショッピングが盛んでなかった、というのも一因かもしれませんね。 あの頃は、お店の品揃えも今と比べてググッと充実していました。(←ごめんなさいね~、でも、これは事実なので書いても差し支えないでしょう。)なので、「どーれーにしようかなぁ~...。」と、柄と柄の間であれこれ目移りしちゃって、選ぶのも一苦労、という嬉しい悩みもありました。 ...というか、毎回、悩みに悩んでました(笑)。うわ、贅沢。 で、気が付いたら、お財布、小銭入れ、印鑑ケース×2、文庫本カバー(前出)、携帯電話ストラップ、そして義母や他の年配女性への贈り物...と、結構たくさん買っていたのですね。(もっと欲しいところを必死に鋼のような意志でもって抑えていた、というのが正直なところ。) 月日はあっという間に流れ、私の知らないところで文庫屋「大関」さんは、いつのまにかじわじわと人気を上げていたようです。今では、楽天市場のショップ上で「在庫有り」の商品を探す方が難しくなってしまいましたねー。もはや宝探しの域に達した感すらあります(笑)。 特に、渋めの、どちらかと言うと男性向きかな?って感じのマイナーな和風柄は、一度品切れになると、その後再入荷する望みはほとんどゼロに近くなってしまいました。 かぎ縞、 横波、 巴...。 お父さん世代へのプレゼントに使える!と、狙っていたのですが...一向に戻ってくる気配が無くって、残念です。(実際の柄はぜひショップのHPでご覧になってみてください。) 前から応援していたお店が世間からの注目を集めて、どんどん人気が高まっていく。 嬉しいような、ちょっぴりさみしいような...ですね。 でも、「良い物はみんなだって大好き!」なのですから、まぁ、喜ばなければいけませんね。みんなにどんどん教えてあげて、商売繁盛のお手伝いをする方が、お店のためにも、そして私達みんなのためにも結局はプラスになるはずです。内緒にしておきたい気持ちは山々ですが、ここはいっちょ、拡散作戦で行きましょう。 3月末には浅草・浅草寺へと続く仲見世裏の、少し入ったところに実店舗もオープンしたとのこと。遅ればせながらではありますが、おめでとうございます http://www.rakuten.ne.jp/gold/oozeki/cts/shop.html あ~、仲見世・亀屋さんのおいし~い人形焼が食べたいよぉぉぉ!!!おじさんが実演販売して、ぷうぅぅ~んと香ばしいにおいを放出している、あの角っこのお店です。 浅草名物・人形焼のお店は他にもいっぱいありますが、皮とアンコとの両方に「いい味出してるわぁ...」とうっとり http://www.asakusa-nakamise.jp/shop-5/kameya/ 話を文庫屋「大関」さんに戻して、と。 日本人だけでなく、海外からのお客様にもこの素敵な文庫革を知っていただければ、一ファンとしてこんな嬉しいことはありません。 こういった江戸の職人技でもって勝負するタイプのお店は、往々にして後継者不足が悩みの種。でも、幸い、大関さんには次々と若い女性の職人さんが誕生しつつあるそうです。わかります!だって、一つ実物を手にしてしまったら、「もっと欲し~い!」とヨクバリ心が湧いてきますし、物作りが得意な方だったら、多分、「私、自分で作りた~い!」という気持ちが生まれるのは、ごく自然な流れだと思うのです。 そうです。もっともっとたくさんの若い人たちが「大関」の製品に出会い、職人として修行を積んでいってくれれば、お店に並ぶ商品も少しずつ増えていくはず。というか、増えていって欲しいな~、と、切に願います。 だって、誰かに文庫革の小物をプレゼントしたくなった時に、在庫が無いから諦めなくっちゃいけない、っていうのは、あまりにも悔しいですもの...。実は、私も一つ、好きな柄(錦紗・青)のメガネケースがずう~っと欲しくて時々チェックしているんですけど...いつも品切れなんです。 商品違いですが、色・柄のご参考までに...。イスラムの装飾芸術を思わせるような、オリエンタルな雰囲気が素敵なパターンです。もう、全色(青・緑・紫・ピンク)揃えたい~!
文庫屋「大関」さん、他にも素敵な柄がたくさんありますので、よろしかったら覗いてみてくださいね ぐるっとファスナーの長財布 お母様、おばあ様、その他大切なあの方へのプレゼントにいかがですか。 もちろん、ご自分へのご褒美にするのもいいですね
またまた英語版WikiHowからの
【*注1:「エンパス(empath)」は、ジュディス・オルロフ博士の著作の中でも最も重要なキーワードの一つです。簡単に言うと「共感能力の高い人」ですね。 でも、「相手の気持ちに優しく寄り添う」と、もっぱら良い意味で使われる日本語の「共感」では、「善も悪もまとめて全部吸い込んじゃうスポンジ=エンパス」の語感は表し尽くせません。訳者の方が敢えてカタカナで「エンパス」と表記したのも、そうした事情を踏まえてのことなのでしょう。 以下、「ポジティブ・エネルギー」から引用します。 「私は子どもの頃、ポジティブであれネガティブであれ他人の感情に同調しすぎ、いつの間にかそれを取り込んでしまうのが常だった。 苦しんでいる人に心を寄せるというのは通常の共感だ。しかし、相手の苦しみを文字通り自分の中に取り込んでしまう人たちがいる。それが「エンパス」である。友人が不安に駆られていたり肉体的な苦痛を感じていると、相手の不快感が伝わり、体に取り付いてしまうのだ。」 (ジュディス・オルロフ「ポジティブ・エネルギー」矢鋪紀子 訳、サンマーク出版、2006、p.32) オルロフ先生は、ビートルズの活動後期(長髪・TM瞑想・ドラッグ...)にあたる、1960年代後半に多感な十代を過ごされました。 あまりにも吸引力抜群なご自身の「感情スポンジ」を持て余し、医者である母親に相談したものの、「面の皮が薄すぎるのよ(笑)」と、軽くあしらわれる始末。ジュディスは悩みに悩みます。 週末の混雑したモールをぶらつくのが大好きな同級生とは逆に、喧騒や人ごみを避けて引きこもってみたり、ドラッグで感覚を麻痺させてみたり、と、過敏過ぎる自分との折り合いを付けたくって、色々と試行錯誤されたんですね。 結局、治療を受けていたセラピストに勧められ、オルロフ先生はUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)で超能力や直観を研究するグループと接触する機会を得て、その後しばらく被験者として出入りするようになります。これがきっかけとなって、先生は新たな活路を見出します。 誰にも理解してもらえず、生き辛いことばかりの「エンパス」であった自分が嫌でたまらなかった彼女。ところが、UCLAの心理学者によると、「エンパス」は卓越した直観力の持ち主として、高く評価されてしかるべき存在でした。この啓示により、どん底レベルにまで落ちていた自尊心を取り戻したオルロフ先生は、その後ゆっくりと精神医学の領域へと導かれていきます。 もっとも、彼女の場合、「直観」というよりはむしろ、「霊能力」と呼ぶのが正しいかもしれませんね。オルロフ先生の背後には、表向きは薬屋のおばさん、実は心霊治療者(サイキックヒーラー)として、地元フィラデルフィアのユダヤ系住民の間ではちょっとした有名人であった祖母、その血を徹底的に嫌って西洋医学の道を選んだ母、そして叔母や姪たち、といった母系親族の女性達が遺伝的にサイキックだった---という隠された家族の歴史もありました。 そう。これは、彼女が後に一人前の精神科医として独立開業した頃、病に倒れた医師の母親が死の床でようやく娘に明かした「一族の秘密」だったのです。ここの場面、そしてそれに続く母親の最期を描いた場面は、ジュディス・オルロフ先生自らが朗読するオーディオ版で何度も聞いていますが、その度に心揺さぶられ、じぃ~ん...と目がうるんでしまいます。 オルロフ先生の半生記でもある「スピリチュアル・パワーアップ・レッスン」(原題:Second Sight...第二の視力...)、ヘタな小説(フィクション)よりもはるかに面白いです。息つく隙も無く、ページを次々とめくってしまいます。 もちろん、直観や霊能力と精神医療との融合、という、オルロフ先生のライフワークに興味がある方にも、必ずや満足していただけること請け合いです! 幸せになる第六感の磨き方 スピリチュアル・パワーアップ・レッスン
前回の日記を書いて以来、いろいろな考えが頭の中を走馬灯のように走り抜けて行きました。久々に、自分の過去へ遡っての脳内旅行にでも出かけてみますか。 その昔、私は世間の皆さんと比べて、いささか長めに「学生」をやっておりました。 今は、ごくありふれた日本人家庭のおか~さん・兼・送迎運転手@米西海岸、そんなところです。ま、自分としてはそれよりも自称・素人心理研究家+精神世界のワンダラ~、という側面の方が中核部を占めているような気がしますけれど...。 元々がボヘミアン気質とでも言いましょうか(←物は言いよう...。)、大雑把で、束縛を嫌う人間です。 なので、 「長い文章を、理路整然と、業界のフォーマットにきちっと沿うような形で書ける」 という能力の持ち主には、無条件に敬礼!!!したくなります。そうした能力を(努力の末に、もしくは優れた遺伝子の助けによって この際だから、はっきり言ってしまいましょう。 私、ずーーーっと長い事、 「学術論文をまともに書ける人」になりたかったのです。 今でもたま~に、いつかそうなれたら嬉しいなぁ~...なんて、ちょっと未練がましく思うことがあります。その頻度は徐々に減りつつありますけどね。(年のせいか?) いわゆる「エッセイ風」の駄文、くだらない感想文、それから日記に手紙文...といった類の、フォーマットにはまらない、無手勝流な文章はいっくらでも長々と続けられます。いくらでも。 でも、【学術論文】となると、どういうわけなのか、身体も脳味噌も硬直化してしまい、筆が一向に進まない。金縛りにあったような、という表現そのものの状態に陥るのでした。 推測するに、私はきっと、前世のどこか(ヨーロッパ圏内希望 ...そんな前世をでっち上げたくなる程、あの頃の私は「理詰めで書く」&「他の人が書いた、面白くもない先行論文・先行研究をコツコツと満遍なく読む」ことが大嫌いでした。 【あのー、これ、研究者の卵としては、言語道断!あり得ない!なんですけど~。】 でも、論文の締切日を前にして、学生仲間のみんながそうした金縛り体験をするか??? と言うと、勿論、そんなことは決してありません。だって、「長々と学生やりたがる連中」っていうのは、元々論文を書くという作業がちっとも苦にならない、そんな人が大部分ですから。 (持てる能力や適性を無視して、分不相応な世界に入り込もうとした当時の私は、傲慢と劣等感のカタマリでした。天は、「金縛り」という形でもって、そんな私の生き方に警告を発していたのですね。今だからわかります。) 友人の中でも、特に秀才の誉れが高かった一人(英語圏出身)は、こう言っていました。 「締め切りが近付くと、論文執筆のために揃えたこっちの研究書、あっちの論文が段々と憎たらしくなってくる。そして、『よくもここまでつまらない文章で、自分の時間を盗んでくれたなっ!何としても、仕返ししてやらねば、この怒り、治まらないっ!!!』...といった具合に、徐々に自分を奮い立たせていく。 【←うぅむ...これって、試合開始前、戦闘意欲を徐々に高めていくボクサーのようですね。】 先行研究? うん、もちろん、自分の専門分野の【権威】と言われるような学者の仕事には満遍なく目を通すよ。だって、『えい!これでもか!これでもかっ!』と、自分なりの論旨展開でもって、その【権威】の言い分をバッサバッサと切り捨てるのが痛快だからね。」 これを聞いた時、「私には全くあり得ない発想だぁ...。」と、ただ、ただ、驚くことしかできませんでした。【権威】と呼ばれる人に、一矢を報いるのが痛快、とはねぇ...。 それに引き換え、つまらない論文や本は「不都合な真実☆」と軽視し、期限ギリギリまで接触を先延ばしにしようと試みる(←それがマズイんだってば!!!)私・黒犬べーやん...。 要するに、「学者」「研究者」という仕事には、少しも向いていなかったのです。大学卒業後の進路を決める時、 「好きな本がたくさん読めて、それをきっかけとして色々な人と語り合えることができるような、そんな仕事がしたい。」 で、出した結論。「大学の先生がいいんじゃない?」...このお目出度さ加減には、父ちゃん情けなくって涙出てくるわ(←あばれはっちゃくの東野英心さん風で)。 前回書いた通り、 「長文をガンガン読めるようになると、いいことがいっぱいある!」 この信念は変えるつもりはないです。実際、私の人生にもいいこといっぱいありましたし。 でも、「長文を多読できる能力 イコール 知力が高い」 の図式は、必ずしも成り立たないですよね。それは強調しておかねばなりません。 だって、ロマンス小説が大好きで、月に二十冊は軽く読んじゃう、というその辺のおばちゃんが「知力高い」とは、誰も思わないでしょ?量を読めばいい、ってものでもないのです。読み物の質はちゃんと選ばないといけません。 「詩人のひらめき的知性」と呼ばれる、知性のはたらき...。こちらだって、世界の歴史・日本の歴史を広く見回してみると、随分多くの貢献を果たしてきました。芸術、特に短めの詩歌などは、こうした知性無しでは生き延びてこられなかったでしょう。 そう。知性にも、いろいろな形があるのです。一概に、「こっちが上!」とは言えませんよね。 そうは言っても、【詩人のひらめき的知性】だけではど~にもこ~にも勝負できない、そういう分野は、現代社会に数多く存在します。これは厳然たる事実です。残念ながら。 学問・研究の世界はまずその典型ですね。国際間の政治や、ビジネス上の駆け引きも、また然り。言葉の力でもって相手をねじ伏せることができない人は、「敗者」となります。 将来、海外へ飛び出して、現地の学生に混じって専門的な勉強をしたいと思っている方。そういう若い方ならば、外国語でもって読み、書き、意見を戦わせる力は、その後の全人生を左右すると言っても過言ではありません。 少しでもそうした進路に進む可能性のある人(今後、大量に出てくると思います。)には、、 「できるだけ若いうちから、長文を大量に読みこなせるだけの力を付けておいたほうがいいよ。まずは日本語の本で基礎体力作りをしておこうね。外国語はその後で!」 って、言葉をかけるでしょうね。 もし、自分はあまりそういった事が得意でない、と気付いても、それはそれ。あなたには恐らく他に得意なことがあるでしょう?そちらにエネルギーも、時間も、傾ければいいだけのことです。【長文読解+論理的思考+長文執筆】の陣営とは全く反対の方向で、自分の才能を見つけましょうよ。 私みたいに、いつまでもウジウジと「あれもできなかった、これもできなかった...。」なんて引きずるなんて、ナンセンスです。悩んでいる暇があったら、他に自分には何ができるどうか、それを積極的に探した方がいいんじゃないでしょうか。「書を捨てよ、町へ出よう」と言い切った寺山修司は偉大だわ(笑)。さすが詩人。 さて。タイトルに掲げておいて、ここまで引っ張るか~!?(笑)と思うのですが、そろそろ出すとしましょう。 元・小学校の図工の先生(しかも数学大好き!)でもあった、画家の安野光雅さんが、面白いことをおっしゃっていたので、それを最後に紹介したいと思います。 【送料無料】はじめてであうすうがくの絵本(1) 【親子で愛読しているシリーズです。親戚の子ども達にもプレゼントしました。】 対談の相手は、教え子であり、数学者でもあり、故・新田次郎&藤原てい夫妻の(二人とも作家)ご子息でもある、藤原正彦さんです。 【送料無料】世にも美しい日本語入門 「安野 むかし教員をやっていた頃、ローマ字の教科書があって、私にはすらすら読めないし、こんなものやらない方がいいと思っていました。それなのに、子ども達はなんと、ローマ字で印刷したものを、平仮名を読むのと同じ速さですらすらと読むんです。 『本を読む』ということは、まず運動神経なんだな、とつくづく思いました。 小学生のような柔軟な時代に、目の運動神経で文字を早く、いっぺんにパッと読めるように慣れていくということが大事ですね。慣れていない子は一字一字読むから遅いんです。でも慣れれば日に日に、どんどん早くなっていきます。」 (安野光雅・藤原正彦「世にも美しい日本語入門」、ちくまプリマー新書、2006、p.28.) ...この一節で、パッと目の前の霧が晴れたような気がしました。 運動神経! そうか!アメリカで、「読め、読め、読め!」をさかんに推奨する先生方は、そうした「読書は運動神経」という説の信奉者だったのですね。な~るほど! それから、少し後に登場する藤原先生の発言には、まさに「我が意を得たり」の思いでした。 「藤原 私が安野先生に教わったのは昭和二十年代末ですが、はるかに[黒犬べーやん注:小学校の国語の時間数が]多かったですね。国語が二時間ある日もありました。いまは二十年前の一九八〇年に比べても半分です。このように急坂を落ちるように減っています。 それに伴って思考力も落ちていく。情緒力も落ちていく。そのうちに人を深く愛すことすらもできなくなってしまうのではないでしょうか。それくらい落ちてきています。(...)」 (前掲書、p.31) 「ちくまプリマー新書」は、基本的に中・高生を読者層と考えているようですが、むしろこれは大人の方、特に子どもと関わる機会の多い方にこそ、ぜひ、読んでいただきたいですね。 |一覧| |
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