著者への執筆依頼から何ヶ月あるいは何年という月日を経て、いよいよ、編集者が待ちに待った脱稿の日を迎えます。 ただ、この段階の原稿は粗稿で、いわゆる1次原稿であり、 「一通り書き上げたので読んでみて欲しい」 あるいは 「まだ1章分だけど、こんな調子でよいだろうか」 といった感じに、著者が編集者に対してコメントを求める段階のレベルにあるものです。
出版社では、著者の1次原稿にいきなり割付作業 (文字の大きさやレイアウトの指定など) をして組版に入るようなことは極めて稀で、そのまま本にするようなことは まずありません。 編集者は著者が書き上げた その原稿が当初の狙い通りになっているかをチェックする必要があり、この作業がとても重要な意味を持ちます。
そのため、この段階の原稿をしっかり読み込み、気になる箇所にはコメントを入れて、一度、原稿を著者に戻します。 そして、原稿の仕上げに取り掛かってもらうことになるわけですが、原稿の出来によっては、完全脱稿までの間に、この作業を何度も繰り返すこともあります。
編集者というのは、まだ世に出ていない その原稿の最初の読者であり、また、著者に原稿の書き直しをお願いすることができる、とても責任ある立場にあります。 だからこそ、たとえ1次原稿とはいえ、 書き上がったばかりの原稿を手にしたときにはとても嬉しいものですし、 またその一方で、 「さあ、心して読まなくては」 と身が引き締まる瞬間でもあります。
1次原稿を読むときにポイントとなることは、
1. こちらが思い描いていた (企画した) ような内容となっているか
2. 当初の読者ターゲットをはずしていないか
3. 全体のボリュームはどうか (本にしたときに、ページ数はどのくらいになりそうか)
4. 著者権上の問題はないか
などの点です。
1 は、最も大切なチェック項目といえるでしょう。 まず何よりも、その原稿の内容が、こちらがお願いしたようなものになっているかどうかが重要なポイントです。 最初は当初の狙いを頭に入れて書き始めていた著者も、時間が経つとともに次第に筆に力が入ってしまい、ついつい独りよがりの方向に進みがちです (だからこそ、日頃の原稿催促がとても重要な役割をするのですが)。 そのため、まずは何よりも、こちらが思い描いていたような内容になっているかどうかに注意を払って原稿を読んでいくことが大切です。
2 は 1 とも関連しますが、内容的にはよく書かれていたとしても、それがターゲットに設定した読者層とずれているようではいけません。 例えば、中学生をターゲットにした内容ということでお願いした原稿が、大学生や社会人でないと読みこなせないような難しい内容のものになっていては困ります。
もしそれが部分的にそうした箇所があるという程度であれば、編集者の方で 「ここは、このような表現にしてはいかがでしょうか」 と原稿にコメントを入れて、中学生がわかるような表現に直してもらえばよいのですが、それが全体に亘るとなると、これは大きな問題です。 (こうしたときの対応について記すことは省きますが、場合によっては、原稿の完成度の高さを尊重して、当初の企画とは違った方向で本にすることもあります。)
3 は、定価の問題とも絡んでくる大切なチェックポイントです。 現在の原稿枚数から、実際に本にしたときの総ページ数をざっと計算し、 企画で想定した定価の範囲内に収まるかどうかを判断します。 もし、原稿枚数が当初の予定よりも多く、このままでは定価もかなり高くなりそうだということを編集者が予想した場合、 なるべくコストを抑えるような制作方法の模索を行ないますが、 それでもなお定価の問題がクリアーできそうもないと判断した場合には、せっかく書いて頂いた原稿ですが、ここは心を鬼にして、著者に原稿を削るようにお願いすることもあります。
4 は、細心の注意を払わなければならない点です。 ワードなどの文章作成ソフトを使っての執筆が増え、手書きの原稿が減りつつある現代では、あまり深く意識せずに、他人の文章や図を自分の原稿に取り込んでしまい、時間が経つとともに、それがあたかも自分のオリジナルの原稿のように思い込んでしまって脱稿に至る、というケースも出てきています。
原稿のどの部分が他人のものを取り込んだものなのかを見分けることはとても難しく (たまたま、その編集者が以前にどこかで読んだことがある文章、見たことがある図が混ざっていれば判断がつくのですが)、編集者を悩ませます。 そのため、この点についても、日頃の原稿催促で著者に注意を促すことが必要となります。 他人の著作物を無断で使用することは違法であるということを、常に頭に入れておいてほしいところです。
編集者は著者から原稿を頂くと すぐに編集作業に取り掛かって本にするわけではないということや、1次原稿に対するチェックポイントなどをいくつか記しました。 実際には本の内容や分野によってさまざまなケースがあると思いますが、完全原稿を頂くまでは、編集者にとっては気の抜けない日々が続きます。