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「ジパング」の小説!!の日記 [全13件]
「ぜ、全周にアンノン(不明艦)多数。概算40を超過っ。我々は、我々は大艦隊のド真ん中に居ますっ」 その報告を受けた艦橋には、もう言葉を発する者は居なかった。誰でもいい、この状況を納得できるように説明してくれ。誰もがそう落胆しかけていた時、艦長の梅津だけは思考を止めてはいなかった。 「真珠湾の米海軍が早々と出張って来たのかもしれん。確認しろ」 はっとなって、角松は無線を拾い指示を出した。 「電測員、米軍バンド(周波数)にて確認せよ」 すぐにCICで確認が行われたが応信無しであった。 「応信ありません。IFF(識別装置)反応無し」 「艦影接近、本艦正面。距離500。戦艦クラスです」 距離500か、艦橋からも確認できるな。そう思うと梅津は望遠鏡を手に取り覗き込んだ。そして、一連の騒動の中でも動揺を抑えていた梅津が初めて狼狽の表情を浮かべた。 こんな事が―――。 その梅津の変化を角松だけは見逃さなかった。梅津の視線の先を追う。そしてゆっくりとその影の大きさを増していく戦艦が目に映り始め、やがてその細部をも捉えた。だが、それはにわかに受け入れられるものでは無かった。 右舷の小栗ら観測員にも接近してくる艦の姿が見えていた。 「見ろ、ニュージャージーかアイオワか?」 「馬鹿言え。アイオワ級は全て退役している。太平洋にはいねーよ」 「じゃあ、いったい―――」 隊員たちは口々にその不明艦を当てようと艦の名を出してはそれは違う、あれはどうだと言い合っていた。小栗はそれを片耳で聞きながら双眼鏡に目を凝らす。徐々に艦が近づくにつれ、小栗は心の蔵が激しく脈打つのを感じていた。
窓の外に向かい角松は叫んだ。だがその声も嵐の音に掻き消され、中空に漂い言の葉としての力は失われた。その中で唯一人だけ落ち着き払い騒ぎを見ていた梅津が口を開いた。 「ロストした僚艦を全力で探せ。まさか沈んだわけではなかろう」 「はっ」 即座に指示を出そうと無線を手に取った角松は、窓の外を見て無線を手放し落としてしまった。度重なる異常事態に思考が停止しそうになるのをこらえるが、もはや言葉は選べていない。 「何だ、こりゃぁ……」 角松を困惑させた光景は、右舷に居る小栗らの目にも当然ながら映っていた。 「こ、航海長。これは―――」 小栗は答えられない。彼自身もまた同様な疑問に脳は支配され、思考は熱を帯び始めていた。 そんな馬鹿な。 あの日、小栗らがこの航海に出る運命が決まったあの日、小栗の頭上に降り注いでいたものが、今また天からゆっくりと降りてきているのだ。今「みらい」を包む光景を俯瞰で見られたのなら、なんと幻想的で荘厳とした美しいものだろう。だが有りえないのだ。なんど瞳に映してみても有り得はしない光景なのだ。小栗は「それ」に手を伸ばし感覚を指先に集め触れてみた。―――冷たい。なんてこった、本当に「これ」は―――。 「―――雪だ」 小栗は呟いた。今までの嵐が嘘のように静まり、雪が厳かに、深々と降り始めていた。そんな筈は無い。まさか、ここは東経171度・北緯27度、ハワイ沖だぞ。まして今は六月なのだ。雪など降る筈が無い。では眼前のこの光景は何だ? ピ―――ッ 「うわっ。な、なんだ―――」 電測員はレーダーに映ったものを見て、そのままの反応を示した。すかさず艦橋の角松が問いただす。 「どうした、すぐに報告しろっ」 「ぜ、全周にアンノン(不明艦)多数。概算40を超過っ。我々は、我々は大艦隊のド真ん中に居ますっ」
望遠鏡を覗いた角松は困惑した。先行しているはずの僚艦「はるか」の艦影が消えたからだ。どういうことだ、それほどまでに視界が悪化してきているというのか。次の瞬間、角松の目の前は真っ白い光に包まれた。 ガガ―――――ッン。 強い衝撃が艦と乗組員らを襲った。右舷に待機していた小栗らは吹き飛ばされ壁に激突した。 「痛っ。な、なんだ今のは。落雷か?」 小栗は立ち上がりながら辺りの状況をすぐさま確認する。とくに火の手は上がっていないし、右舷の船員には大きな被害も見られない。 「ダメージ・コントロール。艦内各部の損傷を報告せよっ」 艦橋で角松が声を荒げる。 「電気、油圧、電算機能正常。システム・オール・グリーン。艦内各部、稼動しています」 だが、直後にレーダーを見たCIC付きの電測員は絶叫しかけた。 「ば、馬鹿な――」 数十秒前までレーダー上に映っていた、三隻の僚艦の位置座標を表す光点が消失していた。 「CICより艦橋へーっ。OPS―28(対水上レーダー)、反射波をとらえられません。僚艦をロスト(失探)」 「消えた?レーダーが利かないってことがあるか。出力最大で探せっ」 角松の心中に黒い霧がたちこめていく。 落ち着け。俺が冷静で居なければ部下達の不安はさらに広まるのだ。落ち着け、落ち着くのだ。まず優先すべきは僚艦との交信域の確保。そうだ、現状を把握せねばならない。だが、事態は角松のこの思案すらも及ばぬ域に達している事を、こののち彼は知る事となる。 CICの菊地はこの様な状況下でも焦る事無く、部下に指示を出していた。彼が出した指示は二つ。一つはレーダー故障の可能性の確認と、故障が見られた場合におけるその箇所の即急な修復。もう一つは、角松の心を知ってか知らずしてか、先行艦との交信域の確保であった。 しかし、 「先行艦「はるか」との交信不能。「ゆきなみ」「あまぎ」共に返信ありません。全交信可能域、完全に沈黙っ」 という通信員の悲壮な報告が響く。菊地は軽く唇を噛んだ。だが部下は次の指示を待っている。諦観は今できる事を全てしてからでも遅くは無い。即座に声を振り絞る。 「五分前まで4キロ先の「はるか」を確認している。フリーサット(衛星通信)で試してみろ」 「フリーサット軌道上に確認できません」 「衛星追尾アンテナ、チェック」 「だめです。エラー(故障)ではありません。全艦から応答ありません」 艦橋にCICから悲況の報告が入る。にわかに室内がざわめいた。乗組員らの表情に暗い影が射す。それは角松とて例外ではなかった。 「僚艦が全て消えた―――?何が起きた?何が起こっているんだーっ」 窓の外に向かい角松は吠えた。
艦橋の角松は檄にも近い怒声を張り上げていた。 最新鋭のイージス艦が時化で航行に支障をきたすなど笑い話にもなりはしない。だが、嵐の規模は予想以上に甚大であり、予定に多少の遅れが見られはじめている。 短時間でこれ程の影響を受けるものなのか。 角松に僅かな狼狽の色が見える。といっても人的被害はまだ確認されてはいないし、艦の各部に以上もない。ただ航行速度に若干の減退が見られるだけであり、それは僚艦全てにいえる事であった。 だのに、この危機感は、焦燥感は何だ?状況を冷静に判断すれば何も困惑する場面ではないと分かるはずだ。この嵐を抜けた後で十分に修正可能なレヴェルの事態でしかない。 眼の前に広がる山の如き雲のすそ野を無闇やたらと引っ張って、その終わりを遠くへ、遠くへと感じようとしているのは俺自身ではないだろうか。目の前の雲をわざと巨大に感じ、心中の漠然とした不安を全て飲み込んでもらいたいのだろう? 先の見えない闇の中にこの不安を全て残して進む事が出来るのならばどんなに楽な事か。けれど、それではまた新たな不安を覚えても自己解決し得ることも無きままで、別の闇を捌け口にせんと彷徨うだけだ。そうやっていずれ、手放してはいけないものまでも闇の中に「贄」として置いてきてしまう。失ったものを取り戻すのは容易では無い。 角松はそのことを痛いほどに感じてきた。不意に陸に残してきた女房と息子の顔をゆっくりと脳裏に浮かべる。いや、むしろ残されているのは俺の方か。二人とも俺のいない生活という道をしっかりと歩き続けている。それに比べ俺は不安から目を逸らすように海に出てきておきながら今度はその海に不安を覚え、挙句それすらも甘受できずに置いていこうというのか。なんと脆弱な、なんと惰性にまみれた精神か。そんな自分自身が一番受け入れ難いな、と角松は嘲笑した。 この航海を終えたら、もう一度家族と向き合おう。あいつらとの時間を無下にせず大切にひとつひとつを感じよう。この困難な航海の先にそんな希望を置いておこう。それこそが、胸を蝕む一抹の不安を取り除くことになるのだから。
ドオォと波が「みらい」の体を揺らしていた。 ジャーナリストの片桐は艦内を撮影して回っていたが、乗組員の指示で自室にて待機するように促されていた。だが取材中の彼にとってこの緊急事態ほど「おいしい絵」をものにする機会は無い。夢中になって艦内中を走り回っていたのだが、いささか揺れの激しさが危なくなりはじめていたので指示通りに自室で待とうと向かっていたのだ。 ドンと再び大きく艦が揺れた。よろけた拍子にフィルムが手元を離れてしまう。 「くそっ、フィルムが」 夢中で拾い集める。が、転がってなかなか集められない。こうなってくると嵐は邪魔なものでしかなくなっていた。 ったくもう、ステルス効果抜群の新鋭艦なら台風の目もごまかせよ。 さっき、砲雷長の菊池という男に話してもらった、イージス艦「みらい」の長所を皮肉った我ながらできのいい嫌味だな、と片桐は笑った。 それにしてもこの嵐の中心にあった雲。仕事柄、嵐や雲の写真を何度も見てきたがあんな迫力のある雲は見たことが無い。思わず何枚か仕事を忘れカメラに収めてしまったが早く現像してみたいな。片桐は年がいも無くそわそわとしている自分に気付き赤面した。仕事を忘れて、か。 そういえばここ数年プライベートで写真を撮ったことがあっただろうか。取材だとか仕事を抜きにした写真を撮っただろうか。他からの圧力など構わずに取りたいと思うものこそ撮るべきものであるはずだ。いや、自衛艦隊や隊員たちの写真を撮りたいと思わない訳ではない。むしろかねてから興味が有り、今回の取材も自分から進み出たもので願ったり叶ったりであった。 ただ、何も考えずに撮るという衝動的なものが自分とカメラを繋げてきたはずだ。撮りたいという衝動無しには良い写真など撮れはしないではないか。とはいえ、これで飯を食っていっている以上は取材をしない訳にもいかない。あの頃の自分とはシャッターを押す理由が違う。それすら分からずカメラを手にしているつもりもない。社に戻ってこれらを一つの記事に纏め上げるまでは「私」など無いのだ。それは承知している。 あの雲は自分に、初めてカメラを手にした時のような新鮮な衝動を思い出させてくれた。この衝動に従ってみたい。「みらい」の取材を終えたら休暇を取って自分の撮りたい物をたくさん撮ろう、仕事も何も考えずに。片桐は密かに心に誓った。 そういえば初めて自前のカメラで撮った写真も空と雲であった。
梅津は艦橋から外の景色を睨みつけていた。何故かこの雲を見ていると眉間に力が入ってしまう。窓越しに見える雲は一層に圧迫感を増して梅津の四肢を強張らせている。 海に出て35年と2ヶ月、こんな雲は見たことが無い。たかだか雲からこれほどまで胸に圧力を感じた事があっただろうか。今になって、先ほどの角松の報告を聞いたときの妙な感覚が生生しく理解できた。 私の第六感が呟いている。 「みらい」はなにか良くないことに巻き込まれようとしているのだ。 以前にもこれと似た感覚を覚えたことがあった。あれは梅津がまだ下士官で、レスキュー艇による人命救助の任務に当たっていた時の事である。 197X年某日。 海上自衛隊にレスキュー要請が入った。沖合にてレジャーボート転覆、乗っていた家族の救助が目的である。 梅津を含む自衛隊員数十名が現場に向かうと、岩礁に乗り上げてしまい非常に危険な状況のボートを発見した。 即座に海上、海中両面からの救助作戦が展開、梅津は海上からボートを固定する任務にあたった。現場が岩礁地帯ということもあり波が高く、ただでさえ荒れている海の中でも際立って危険な場所と化していた。熟練の自衛隊員でも命を危険に晒すような場面である。まして当時、梅津は自衛隊に入りたての新人であり、これが初の「実戦」であった。 それまで、プールでの海上レスキュー訓練を十分に積み優秀な成績を収めていた梅津を本物の海という魔物がその凶悪な姿を剥き出しにし襲いかかった。 一瞬でも気を抜こうものなら躊躇無く深い海の底へ引きずりこもうと、波という爪が梅津をとらえ、その牙は梅津を足元から襲いゆっくりとだが確実にその体温と精神力を奪い取っていく。全身が沈んでいく様な幻覚に何度も襲われ、梅津は恐怖と自らの小ささを知った。 そして、岩壁で削った手の甲の傷以上に梅津の心に深い爪痕が残される事となる。 それまでの梅津は「常に死と背中あわせ」という自衛隊員のストイックなイメージに踊らされていた。死という人間の結末を乗り越えた、ある種の到達点に登りつめていく感覚に酔っていた。 「人の為なら我が命をも投げ出せる」というのではなく、「人に向け投げ出す為に我が命がある」というあまりに偏った自己犠牲精神。そのヒロイックな正義感に酔いしれていた。 事実、かつての梅津は早く人を救い出したい、この命を投げ出すような場面に出会いたいと心中にしたためていたようだった。人の命を救う者が自分自身の命も大切にできないのでは冗談にもなるまい。その事に気付けるまでに自分は時間が掛かりすぎた、と梅津は思っていた。 そして今、あの時と同じ感覚を眼前の雲から受けている。この生生しさは、過去の自分との一時的な邂逅がもたらしているのか。ではなぜ、このような時に過去の事を思い出しているのだ。 梅津は左手をおもむろに見た。そこにあの時の傷はもう残ってはいない。年月という名の風に晒されてきた、無数のしわが刻まれている「今」の自分の手の甲だけが確かにそこに在った。
三、落雷 出港から四日目の未明。 「みらい」上空は不気味な雲に覆われていた。遥か彼方の天まで覆い尽くすが如く広がる積乱雲。 まるで黙示録の光景だな。定位置を離れ、外の景色を見ていた菊地は眼前の光景をそう評した。黙示録か。だとすれば、この光景を目にしている我々には祝福が約束されるというのだろうか。 国民の許容する自衛力を優に超える武力を有する、「みらい」というこの忌まわしき戦艦を祝福するものがあるというのか。 神よ、あなたはヨハネの黙示録において、歴史を直線的に解しある一点に終末を置く事により人の生を世界を意味付ける終末論を人類に与えたもうた。我々の航海にも同じように一点の結末と意味を与えてくださいますか?それとも眼前のこの雲のように明瞭な終末のない航路を突き進めとおっしゃるのですか? 菊地の脳裏を黙示録の一説がよぎる。 聖なる方、真実な方、 ダビデの鍵を持つ方、 この方が開けると、だれも閉じることなく、 閉じると、だれも開けることがない。 (ヨハネの黙示録 第三章 第七節) そう、扉は開かれ、我々の前には先へ進む航路しか伸びてはいないのだ。懐郷の地へと続く安楽の道は閉ざされている。眼前に在るはさしずめ全てを喰らい尽くさんとする怪物の口か。あるいは我々を地の底に引きずり込む深遠な暗闇か。 たとえ向かうは深き闇だとしても、振り返らずに進ましてはくれまいか。闇を闇のままにしておいてはそこに何があったのかすらも認識することもなきままに、暗澹たる思いが残るだけであろう。願わくば、この雲より吐き出されし「意思」が我々にとって暗中の灯火たらんことを。「みらい」の行き先を照らしだす希望の灯火たらんことを。 しかし、菊地のこの密かな願いは後に彼らを待ち受ける、試練と言うにもあまりに熾烈かつ驚愕な事態となって、彼自信を裏切る事となる。 菊池が外の景色に漠然とした不安にとられていたのと時を同じくして、情報センターに届いた気象情報を持って角松は艦橋に向かっていた。これは一仕事になるかもしれんな。 「艦長。気象士からの報告です。ミッドウェー島西北に低気圧あり。気圧965へクトパスカル。風速40。なお勢いを増しているとのことです」 意外な報告に梅津はいぶかしがる。 月例予報には無かった天候の変化だ。何か妙な感覚を覚えた。しかし元来、海の天候など正確に予測し得るのは海に出てからであり、出港前からの月例予報などというものは、えてして外れるものである。 三十年以上も海に出ている梅津はその事を文字どおり身にしみるまで味わい、知り尽くしていた。このような事にいちいち動揺していては自衛艦の艦長など勤まるはずも無い。とはいえこの調子では嵐はかなりの規模のようだな、荒れるかもしれん。備えるに越した事はない、か。 「非直の者も総員艦内配置に。時化に備える。僚艦との距離4キロに設定。連絡を密にせよ」 「はっ」 艦内にサイレンが鳴り響く。途端に慌ただしく乗組員らが走り回り始めた。小栗もその流れにまみれ、右舷へ出て各員に指示を飛ばす。 「柳以下三名は格納庫に回れ。波が高い、残りの者で各部固定を行うぞ」 雨で声が流されそうになる所だが小栗の声は良く通り隊員たちに届いていた。 「こりゃ演習じゃねーぞ。本物だ」 と、若い隊員を気遣いながらも小栗自身、この嵐に戸惑いを感じていた。なんて不気味な雲が広がってやがる。入ってしまったが最期、二度と出てくる事が出来なくなるんじゃないか。 言い知れぬ不安が小栗を緩やかに包み始める。降りしきる雨はその勢いを増すばかりで乗組員らに安息の時を与えようとはしないばかりか、精神的にも彼らを徐々に追い詰めようとしていた。 |一覧| |
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