はい、こんばんは。
1月19日にでかけた、九州国立博物館、特別展示『京都妙心寺 禅の至宝と九州・琉球』展レポート、その1でございます。
当日は快晴、佳い日でした。
ちなみに上の画像以外の、下記画像すべては九州国立博物館さま提供画像でございまして。
とーぜんのごとく、著作権も九州国立博物館さま。
無断転載および加工利用全面禁止でございます。
まずは入室して最初に目についたのが、こちらでした。

瑠璃天蓋と呼ばれる品。
ガラス製の大変繊細なものでございます。
ちょっと意外の感も。
とても華美な装飾で、一般的な禅宗美術とずれるように感じたのでございます。
とはいえ、そもそも、禅ってなんなのでしょうか?
ジツの処、あまり歴史に長じていない派であるくもでございますからして、一般的以上にまるでよく理解してないのでした(^_^;
や、禅ってなんだかむつかしそう…とか、如何にもおバカ丸出しにぼぅっと考えながら、きょろきょろしていただけです。
なさけない。
ですから、まずは主題として最初に提示されていた、コレにも首をひねったりして──
……えーと。
『妙心寺の開創──関山慧玄(かんざんえげん)と花園天皇(はなぞのてんのう)』
……、
…………、
……………関山慧玄? 花園天皇?
…………………ソレ、だれ???
ああ、前途多難……(苦笑)

はい、こちらさまが関山慧玄大師。
妙心寺の開祖さまだそうな。
鋭い横顔に、関山慧玄さまのご人格がにじみでているようにも見受けられます。
但し、この木像は江戸期作なんだそうで。
じっさいの関山慧玄さまがどんな風貌であられたのかはほとんど判らないらしゅうございます。
というのも、大変質素で厳格な暮らしぶりをされた方で、生前に描かれた御尊像はおろか、著作もないので、実像を後世に推測される材料を残しておられないのだとか。
生前の香りを残さないのが、この方の風雅のひとつである、とも云えるのかも知れません。
そしてこちらが、

花園天皇さまでございます。
妙心寺を開山するよう指示した方で、その建立地を提供された方でもあります。
花園天皇さま…一体どういう方なのか…?
とぼんやり考えつつ、説明文をながめて、ちょっとピンときたのが、こちらがあの有名な後醍醐天皇さまの先代天皇であるコトを知ったときでした。
そう、あの、南北朝時代。
その真っ直中に生きた方なのです。
戦乱に次ぐ戦乱の時代ですな。
花園天皇さまの在位自体が、その幼年期だけでして。
早い時期に退位されたのですね。
その後は深く禅宗にのめり込みまして、残る生涯をその修行にささげたようでございます。
悲惨な時代でございます。
深く宗教に帰依されたその背景が戦乱の世という。
そこにちょいうなづける部分もありました。
ですから、出来ればそちらの歴史的背景をもう少し、思いやれるような解説があれば想像力をさらに広げられるのになあ…とそう残念に思いつつ、
そう。
それが今回の特別展示の見て回って、最後まで残念に感じたことでございましたね(・_・)b