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2017年02月28日
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テーマ:本日の1冊(2367)

「炎路を行く者ー守り人作品集ー」上橋菜穂子 新潮文庫

最後の外伝である。もうこれで終わりなのだろうか、と少し淋しくなった。ヒョウゴの青年期を描いた「炎路の旅人」は、その序章と終章で「天と地の守り人」の第二部最終盤の状況を見せ、15歳のバルサを描いた「十五の我には」では、「天と地の守り人」第三部の序盤の一シーンをも見せた。本篇は、これにより膨らみはしたが、未来は見せていない。未来を見通す眼を見せてくれたのかもしれない。

いまは亡きヨゴ国武人階級「帝の盾」の息子だったヒョウゴは、九死に一生を得て市中で暮らしている間も、自分の居場所がわからない。命を助けてもらった女性に商売人になったら?といわれて反発する。

「タルシュの枝国になっちまったこの国で、そんなふうに根を下ろすってことは、タルシュに征服されたことを納得したってことじゃねぇか!土足で踏み込んできた強盗に、のうのうと自分の家に居座られて、そいつらを食わせるために身を粉にして働くなんて冗談じゃねぇと、なんでだれも思わないんだ?なんで、そんなに簡単に納得しちまうんだ?」

守り人シリーズ通して現れる「異界」、それを見ることの出来る女性は、しかし病気の父親を抱えた貧しい市井の人だった。

ー降っても照っても‥‥
かすかな苦いものをふくんだ、しずかな思いが伝わってきた。
ーわたしらは、ここで生きてきたし、ここで生きていくんだもの。(215p)

枠の中にいる限り、枠の世界は見えてこない。飛び出さねばならない。しかし、それは枠の外のタルシュ帝国に入ることを意味するだろう。それが出来る人間と出来ない人間がいる。ヒョウゴは意を決してタルシュの武人になる道を選ぶ。それは確かに炎路を行くことになるだろう。むつかしい道だったと思うし、具体的にどんな困難があったのかは、本篇で少しは描かれているが、全体像はわからないし、本篇以降のことは更にわからない。ただ、「異界」を見ることの出来る女性のことがずっとヒョウゴの中にある限り、私たちは安心して彼のことを見ていられる。
 
ナユグといい、ノユークといい、バルサの世界の「異界」について、上橋菜穂子さんは「別の生態系を持った、人や神の意思とは全く関係のない世界です」とテレビシリーズの演出家に語ったらしい。バルサの世界も、我々地球上の現代風に科学が発達すれば、そろそろ「異界」を本格的に解明しているのかもしれないが、中世のこの頃では、むしろ「異界」とは、我々のいう「運命」と云われるものだったのかもしれない、とふと感想を持った。もしそうならば、21世紀になっても未だ我々に目に見えない「運命」は、微かに見える彼らを手本にして、乗り越えていくべきモノなのかもしれない。

2017年2月読了





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最終更新日  2017年02月28日 14時34分41秒
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2017年02月27日
テーマ:本日の1冊(2367)
カテゴリ:考古学

「弥生時代の集落」弥生文化博物館編集 学生社

平成7ー8年の弥生文化博物館の共同研究を基礎にした論文集。面白い論文が多かったのだが、そろそろ返却期限が近づいてきたので、1番の目的である、松木武彦氏の「吉備の弥生集落と社会」について、まとめと感想を書いて、私の感想としたい。私が考古学に目覚める直前の研究である。この頃から約10年間、弥生時代は重要発見が相次いだ。現代は、それらをキチンと評価すべき時なのかもしれない。

「吉備の弥生集落と社会」
松木氏は、吉備の環濠は、前期に小さなモノが現れるくらいで、「集落の一部を囲んだ施設にすぎなく」防御の機能はおそらく持っていなかっただろうと、推測している。その点で、北九州や近畿・伊勢湾沿岸とは大きな違いがある。なぜそうなのか。松木氏は、「それを要するほどの激しい武力抗争がなかったからだ」という説は大型石鏃や石剣の数からそれを退ける。「むしろ、大河川の三角州のただ中のわずかな高まりに集落がのり、いく筋もの自然流路が網の目のように周囲に広がるという自然条件が、環濠に代わる防御的な役割を果たしたとも想定できる。」(122p)という。

そしてその集落立地が、集落の流動化、そして周溝墓群が発達しない原因にもなったと推測する。その一方で、中期後葉から丘陵上や尾根上で墓がつくられ、「むしろこれが、集団成員による帰属感や一体性を意識させる視覚的・精神的な核となっていった可能性が高い」と見る。さらにはこれらが「青銅製祭祀の排除とほぼ軌を一にして」いるという。「この墓域が当初は首長墓では無く、集団墓として現れるのも重要である。」(みそのお遺跡、総社前山遺跡)つまり、青銅製祭祀の消滅が単純に共同体祭祀から首長墓祭祀へとの移行で始まったわけではないことを示している。つまり、松木氏は「墓の格差」は、社会組織や経済的な階層構造の変化から現れたというよりも、一族の中で傑出した個人が現れたことを記念するところから始まったとみるべきだ、と説く。吉備の地形条件によって墓域を分離する行為が古墳時代に通じるそれらの慣習を引き起こしたのだ、と松木氏は見るわけだ(もちろん、そう結論つけてはいない)。

20年前のこの考察は、しかし重要なのかもしれない。松木氏は述べてはいないが、この大雨によって流動化する集落の在り方が、吉備における龍神信仰を作り、それを止揚した楯築の被葬者という大王が産まれた契機になったのかもしれない。それを準備したののが墓域の分離だったわけだ。

中期から後期にかけて、吉備では、それ迄パッとしていなかった地域が突然輝き始めたという。例えばそれを鉄の交易路の開拓と見ればスッキリするかもしれないが、そう単純ではないのだろうな。

ともかく新たな視点を貰った。

2017年2月10日読了





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最終更新日  2017年02月27日 11時15分55秒
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2017年02月26日
テーマ:本日の1冊(2367)

「私家版鳥類図譜」諸星大二郎 講談社
古本屋でふと手にとった一冊。2000年始めの頃の「鳥」をテーマにした短編集。特に50pの中編「本牟智和気(ホムチワケ)」が素晴らしかった。諸星大二郎の古代漫画は、いつも映画や小説では未だ描かれていない古代を描いているのだが、その描き方は、一旦紙に描かれてしまうと、たとえどんな奇異なことが起きようとも、それしかあり得ないような世界を創造してしまう。そもそも四世紀の日本など、今迄小説にはほとんど描かれない。文献がないからである。

ここで描かれていることは、もちろん「古事記」を下敷きにしているのだが、彼らの服装や巫女の立ち位置、神籬(ひもろぎ)の描写、伯耆の国の砂丘と森との関係などは、ちゃんと考古学的な知見に基づいて描かれているので、とっても説得力があるのだ。

考古学は、たった一つの真実(らしきもの)をいうために無数の事実を積み重ねて無数の小さな定説を築き上げてゆく。漫画や小説は、たった一つのウソを描くために無数の事実を散らばめてゆく。この場合のウソは、本牟智和気の幼児の頃の戦災のトラウマで、魂が鳥になっていたのが、出生の地の出雲に帰った時に魂を取り戻し呆けた純粋な青年が残酷で優秀な皇子に変身する話である。

最後の場面はこのように結んでいる。「古代、人の魂は鳥の形をしていると信じられていた。」(←これは考古学的な知見であり、数々の証拠がある。しかし、諸星大二郎が描いたような形の鳥かどうか、また位置付けもこれで正しいのかは心許ない)「本牟智和気は出雲へ進撃し、目的を果たした。その後大王は、本牟智和気のために、鳥を取ったことに因んで、鳥取(とっとり)部を定めた。伯耆の国(鳥取県)の古代の物語である」(←出典は記紀神話だと思うが、登場人物たちの性格付けはかなり変わっており、侵略者に成る前の本牟智和気を、私は好きである)







最終更新日  2017年02月26日 19時08分51秒
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2017年02月25日
テーマ:本日の1冊(2367)
カテゴリ:水滸伝

「岳飛伝3」北方謙三 集英社文庫

しかし、金国と講和をするなら、梁山泊はどういう国の姿を求めているというのか。物流による支配は、金国も南宋も拒絶する。それでも、染み出す水の流れのように、物流はどこへでも入ってくるのか。
「楊令の理想が、そのまま生きるのか」
「それは、わかりません。自由市場は、闇市ということになるのですから。しかし自由市場は、物流のひとつのかたちに過ぎません。物流はどんなかたちをとることもできるのだ、と私は思います」
「ならば、梁山泊は国を見ていない。人を見ているだけだ。つまり民ではないか。そして民が、揃って豊かになるのか。民のほとんどは、今日のことしか考えていない。結局は、商人が勝手に支配する国ができあがる」
秦檜は、わずかだが酔いを感じた。
「梁山泊と金国との講和、というところまでにしておこうか、許礼。それ以上は、きわめて見えにくい」
「はい、私も見えません」(95p)

当代随一の知識人、秦檜にも見えるはずはなかった。誰も、楊令さえも、見えてはいなかったのだから。しかし流石に秦檜、一瞬とはいえ、現代世界の自由市場の問題点までも見透かしてしまった。ただ、大切なのは「替天行道」に導かれてこの時代にあって「帝を戴」かず「民が揃って豊かになる」道を、梁山泊の人々は夢を見て、未だそこから外れていない。ということだ。空想的社会主義と言えばそれ迄だが、そのためにこの大河物語の中では、何百人という英雄たちが死に、何万人という兵士たちが死んだのである。

黒旗兵の照夜玉は、危惧した通りに胡土児に討ち取られ、大水滸伝一話以来の登場人物九紋竜史進は生を拾う。已に水滸伝以来の英雄たちは11人を数えるばかりであるが、智多星も操刀鬼も退場の日は近い。宣凱、王貴、張朔の成長は著しいが、彼らに何処まで替天行道の志が貫徹するのか、あと14巻を愉しみに辿ってゆきたい。

2017年2月9日読了





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最終更新日  2017年02月25日 11時39分48秒
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2017年02月24日
カテゴリ:カテゴリ未分類

23日に「夢のある」ニュースが飛び込んできた。「地球に似た7惑星持つ恒星系、39光年先に発見 生命存在の可能性」というものだ。しかし、これで直ぐに「すわ!宇宙人に会える!」と思ってはいけない。私などは、「地球人のようなひどい星人は少ないのかもしれない。だとすると、出会えるまでに向こうが避けて会ってくれないだろう」などと思ってしまう。

記事を読んでみよう。

【AFP=時事】地球からわずか39光年離れた銀河系内に、地球に似た7つの惑星を持つ恒星系を発見したとの論文が22日、発表された。太陽系外生命体の探査において、これまでで最も有望な領域を提供する驚くべき発見だという。
 英科学誌ネイチャー(Nature)に発表された論文によると、7惑星はすべて地球に近い大きさと質量を持ち、岩石惑星であることはほぼ確実とされる。さらにうち3つは、生命を育む海が存在可能な環境にあるという。

今回の発見で最も重要とされるのは、7惑星が地球に近く、主星である赤色矮星「トラピスト1(Trappist-1)」の光も弱いため、個々の惑星の大気を観測して生命活動の化学的痕跡を探すことが可能な点だ。

論文を共同執筆した英ケンブリッジ大学(University of Cambridge)のアモリ・トリオー(Amaury Triaud)氏は記者会見で「生命体の発見に向け極めて重要な前進となった」と言明。「これまでは、(生命体を)発見できるふさわしい惑星がなかった。ついに適切な目標を見つけた」と述べた。 1恒星を公転する地球サイズの惑星の数は、トラピスト1星系の7個が観測史上最多。さらに、水が液体のまま存在できる領域内にある惑星の数も観測史上最も多いという。【翻訳編集】 AFPBB News


この記事の主眼は、「遂に地球外生命体に出会える」ではなく、「地球外生命の発見を観察する条件が揃った」である。ましてや発見しても、彼らが地球に来る可能性は限りなく低い。

それでも地球外生命体が発見される期待は否が応でも高まる。UFOとかいうマヤカシではなく、科学的にきちんとした生命体だ。見つかったならば、次は会うことを望むのはことの順序ではある。

例えば、この惑星群のうち、(もしいち早く科学が発達するならば)惑星外へ旅立てる星は、おそらくひとつだけだろう。そしてその星人は、少しづつ少しづつ、隣人との付き合い方を学ぶ星人になるだろう。その星人が星間旅行する時に、果たして星人は「戦争」や「環境破壊」という過ちを引きずっているだろうか。

星人は、長い間をかけて「共存」の道を学ぶのではないか。そして、それに成功した星人たちだけが恒星間旅行をも実現し、例えば光の速さの半分の宇宙船を開発したとして、地球にもやってくるのだ。彼らは頻繁に行き来出来ない者との付き合い方を知っている。

「ビッグイシュー303号」で池内了氏の言っていたように、たった数十年の間に地球を滅ぼすような戦争や環境破壊を進めてしまった地球人の資質を、おそらく彼らは地球人が原始人の辺りで気がつくだろう。そして「呆れて」二度と地球には寄らない。宇宙は、それ程にも広いのである。害虫には寄らないのに限る。星人交信で、それはあまねく宇宙の知ることになるかもしれない。だとすれば、古代に頻繁に「見学」に来ていた星人たちは、この最も危険な(もしかしたら滅亡までのカウントダウンに入っている)時期には、「絶対渡航禁止」情報が行き渡るだろう。

宇宙年表から見れば、ホントに地球の表面上が「アウト」になって来たのは、核兵器が開発され、人口爆発が目の前に迫り、原発が無数に作られ、温暖化ガスが充満して来た、このたった70年間ぐらいだ。人類史で見ても、ホモサピエンス20万年、文明化1万年のうち、ほんの一瞬である。まあともかく奇跡の自力更生があるのを祈りつつ、数百年は「君子近寄らず」を決め込むのが、賢いやり方だろう。





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最終更新日  2017年02月24日 14時42分15秒
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2017年02月22日
テーマ:本日の1冊(2367)


「ゴールデンカムイ」野田サトル 集英社(1-9巻)

2016年マンガ大賞に選ばれたので、いつか紐解かなくてはならないと思っていた。今回9巻をまとめて読む。ホントは買ってから読むかかなり迷って、ここまで読書記録が遅れた。結局ネットカフェでまとめて読んだのだが、未だに買うべきか迷っている。かつてない本格時代劇であり、キチンとアイヌ文化を取材していたからである
 
時代は日露戦争直後だから1900年前後と思われる。北海道という、いわば辺境の地である。アイヌの砂金から作った莫大な埋蔵金をめぐって、土方歳三(表紙の3巻)率いる囚人組、鶴見中尉(表紙の4巻)率いる陸軍第七師団、そして不死身の杉元(表紙の1巻)とヒロインでアイヌのアシリパ(表紙の2巻)と幾人かの仲間。三つ巴の冒険を描く。物欲や陰謀、野望にまみれ、終始血なまぐさい描写が続くのに、読み通してしまったのは、人を殺したヒグマはウエンカムイ(悪い神様)になるので食べないと決めているアシリパの存在と、様々なアイヌの知恵がいっぱいだからだ。

埋蔵金を見つけるカギは、アシリパの父親が24人の脱獄囚に施した刺青を解読することだ、という世の冒険物語の王道の設定が先ず描かれる。現在その半分近くが進んでいる。物語の構造はまるで「宝島」である。ジム少年の役割は杉元とアシリパに別れ、シルバーの役割は杉元と土方歳三と鶴見中尉に別れて、先が見えない展開である。それに、毎巻著者も試したというアイヌ料理が出て来て、「ヒンナ、ヒンナ(美味い、美味い)」と食べる描写がつく。一口ぐらいは食べてみたくなる。

自然との共存を目指すアイヌ文化と、近代文明が本格的に侵食して来た20世紀初頭の北海道との摩擦、殺人を禁じていたはずのアイヌ文化と、戦争で人を殺すことに慣れてしまった男たちとの摩擦、相反する二つの文化の衝突も、この作品の魅力であることには間違いないのだが、どう見ても物語はまだまだ佳境には程遠い。

おそらくあと5-8巻は続くだろう。終わった時に、もう一度論じたい。

2017年2月7日読了






最終更新日  2017年02月22日 14時26分08秒
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2017年02月21日

「ビッグイシュー304号」
ゲット。今回の表紙はジョン・ボン・ジョヴィである。私は全然違うけど、彼のファンならば道端で売っていたならば、何がなんでも手に入れたく思うのではないか。と販売員さんに聞いたら、「そうでもないんです。やはりどんな中身の雑誌か、わからないのが大きなハードルになっているみたいです」とのこと。表紙になっても、ロングインタビューがあるのがわからなかったり、マスメディアに乗らないスターの意外な一面がビッグイシューだからこそ、載っていることになかなか気がつかないから、実数に結びつかないらしい。ジョンがホームレス問題にどういう気持ちで、取り組んでいるのか、この雑誌ならではの言葉があるのである。
 
特集は、図書館。「にぎやか、問題解決――いいね!図書館」
 
リード文は以下の通り。
子どもからお年寄りまで誰もが無料で使える公共図書館。今、近隣社会の課題解決のための情報拠点や人々の居場所として、にぎやかな活気あふれる場所へと変身しつつある。
地元企業の商品開発の支援などで課題解決型図書館への先駆者「鳥取県立図書館」のやる気。「まちとしょテラソ」(長野県小布施町)は赤ちゃんからお年寄りまでリラックスできる居場所。青少年の専用スペースもあり、"ここに住みたい"といわせる「武蔵野プレイス」(東京)、市民が参加し年200回以上のイベントを開く「伊丹市立図書館 ことば蔵」(兵庫)。震災直後から6万人以上が利用した「走れ 東北! 移動図書館プロジェクト」(シャンティ国際ボランティア会)。そして、吉田右子さん(筑波大学大学院教授)と和気尚美さん(博士後期課程)には北欧の図書館の活躍について聞いた。
温かい風が吹く公共図書館。真冬の一日、久しぶりに、あなたの街の図書館に出かけてみませんか?
 
日本の公立図書館で10数年来館者・貸し出し本数日本一を更新している岡山県立図書館が当然取り上げられるとかと思いきや、さにあらず、独特な取り組みをしている他の図書館にフォーカスが当てられていた。

岡山県でもやって欲しいな、と思ったのは、小布施町立図書館の「読本来福」。セレクトした本二冊の書名を伏せて包装し、共通するキーワード(例えは「古都の女の情念」)を記して「本の福袋」にする愉しみ。そうやって出会う本に、私も出会ってみたい。

デンマークでは、図書館が公民館みたいに「出会い」と「公論」を作る場にもなっているらしい。日本の図書館頑張れ!

2017年2月読了





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最終更新日  2017年02月21日 18時50分49秒
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2017年02月20日

「DAYSJAPAN2月号」
表紙写真。漠に点在する泉。これらの泉で酸素を生み出すバクテリアは、地球が経験した2度の氷河期と5度に渡る生命の大量絶滅をも乗り越え、38億年前から生息し続けている。白い円形の跡は、泉が干上がってしまった場所だ。バクテリアの生存が危ぶまれている。コアウイラ州、メキシコ。2014年9月10日Photoby David JARAMILLO

今号で最も読ませたのは、福島・大熊町、津波で流された娘を捜して2123日、遂に娘の遺骨を発見した木村さんの記事だ。ホントにこんなに苦労をしてまで、絶対死んでいるはずの娘の痕を見つける意義はあるのか。と私は正直この人の行動を伝え聞いていて思っていた。単なる意地だけではないのか。

しかし、実際に見つかってみると、最後はおじいちゃんと一緒に流されたのだな、マフラーに包まれて冷たい濁流に流されたのだな、と素人他人事ながら推測できる。父親ならばもっともっといろんな情報が頭を駆け巡っているだろう。そして、原発避難地域だからこそ、見つけれなかった経緯がハッキリと確認出来ただろう。捜索に二週間しか与えられていなかった時に、捜索よりも瓦礫の移動が優先されたのだ。それによって夕凪さんの遺体はバラバラになり、その上に別の瓦礫が積み重なっていった。そのことの意味を、私たちは共に考えるべきだろう。

「ヨウ素剤を持とう」という記事も興味深かった。30キロ圏内で配布している所もあるそうだが、まだまだらしいこと。私が去年訪れた松江市では、30キロ圏内であるためか「ヨウ素剤は県庁に取りにきてください」という張り紙があった。しかしそれでも取りに行かなくてはならないのだ。実際事故が起これば、そんな範囲では済まない、事故後では品薄になって手に入れられないのは、明らかである。通販で手に入れる方法が詳しく書かれてあった。60錠入りのビンで約3000円。もしもの時のお守りとしては、適当な値段だと思う。

2017年2月読了





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最終更新日  2017年02月20日 11時49分02秒
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2017年02月19日
テーマ:本日の1冊(2367)

「浜の甚兵衛」熊谷達也 講談社

久しぶりに熊谷達也を読み始めた理由は、仙台出身、仙台市在住の熊谷達也が、明治三陸沖津波を描いたらしい、と情報を得たので、6ー7年前にはかなり愛読していた彼の大震災に対する姿勢を確かめたくて、紐解いたのである。

ところが、先ずはがっかりした。別に三陸津波を正面から描く必要はない。しかし、主人公の人生にその経験は決定的な影響はもたらさなかったのである。これは津波から波及する物語ではなかった。むしろ最終章を読むと、一ヶ月前の大惨事のことを思い浮かべてしまった。もちろん著者とは無関係ではある。ただし、主人公は明るい。あらゆる厄災も乗り越える。これがこの作品の基底を作っている。

そして、最後の著者プロフィールを見て驚愕した。「近年は宮城県気仙沼市がモデルの三陸の架空の町を舞台とする「仙河海サーガ」を書き続けて」いるというではないか。本書は、その七作目ほどに当たっているらしい。

海の男たちの「サーガ」というと、真っ先に思いつくのは中上健次の「紀州サーガ」である。時代も少し被っている。しかし、読めばわかるが、ここには中上健次と対極の世界観が広がっている。登場人物たちに部落出身者は1人も見当たらない。子どもは、ウノコ竹の子のように産まれはせずに、複雑な家系図は必要ない。必然ドロドロした確執は、あまり描かれず、甚兵衛に至っては、あまりにも順調に成功してゆく。

どうもこの「浜の甚兵衛」は、仙河海サーガの始まり部分に当たるようだ。彼らの関係者がどのように絡んでいるのか。古事記から始まる日本のサーガの行く末を見守りたい気分に今、非常に思っている。

2017年2月読了





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最終更新日  2017年02月19日 10時07分47秒
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2017年02月18日
カテゴリ:洋画(12~)
毎月労働組合の機関誌に投稿している映画評の今月は、台湾旅の成果を活かして「KANO」にしました。記事の下に、投稿時には載せることのできなかった八田與一像の写真を付け足しました。


「KANO 1931海の向こうの甲子園」
この年末年始に台湾を旅して来ました。同じ植民地だった韓国と比べて台湾に何故親日家が多いのか。それは政治上の問題だけでなく、他の理由があることをこの旅でつかんで来ました。そしてこの映画でもやはり同じことを描いていました。

私は、この作品では大沢たかおが演じている八田與一の墓と銅像がある鳥頭山ダムに行きました。嘉南平野の灌漑事業を指導して、台湾最大の穀倉地帯を作った立役者です。彼は台湾・日本人を差別なく待遇し、台湾で最も尊敬される日本人になっています。私の見た彼の銅像は1931年に完成し、戦中の金属供出の命令時には住民が隠し、国民党政権の破壊命令にさえ抗して、世に出たのは1990年代だったそうです。膝を崩して完成したダム湖を眺めているその像は、無名の作品ながらも傑作だと思いました。

この作品は、八田與一と同時代、日本からやって来た元松山商の野球部監督が、嘉義農林高校の草野球に出会って、たった二年で彼らを甲子園に連れてゆき準優勝を果たす物語です。

近藤監督(永瀬正敏)は、台湾人を侮蔑する日本人に言い放ちます。「混成チームの何処がいけんとよ。蛮人は足が速い。漢人は打撃が強い。日本人は守備に長けている。こんな理想的なチームは何処にもない」連戦連敗だった彼らが台湾で優勝し、海を渡ります。死力を尽くした三試合は、甲子園映画としてもかつてない見応えがありました。

当時の嘉義の町並みを再現したセットや、緑濃い台湾の農村部を俯瞰で撮った美しい映像の数々や、亜熱帯の泥んこの練習場で汗を流す生徒たちの姿を詩情豊かに描いています。

ー美しい心には、美しい心が応える。

それが、今回の旅とこの映画を観ての私の確信です。それが台湾に親日家が多い大きな理由です。この作品のプロデューサーや監督も同じ想いのはずです。何故ならば、球児が準優勝した1931年の実に一年前に、日本統治時代最大にして最後の反日抗争である霧社事件が起きています。実は、それを映画化し、私が二年前にここで紹介した「セデック・バレ」を監督したのが、この映画のプロデューサー、ウェイ・ダーションであり、出演していたのがこの映画の監督マー・ジーシアンなのです。つまり、彼らにとって、前作と今作は、一枚の台湾という絵の裏と表の関係であり、その二作で一つの表現だったのです。その二つとも台湾で主要映画賞を獲っていることが、現在の台湾の人たちの気持ちを代弁しているともいえるでしょう。(2015台湾作品、レンタル可能)


鳥頭山ダムの八田與一像。





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最終更新日  2017年02月18日 09時56分18秒
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