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加藤周一はやはり胃ガンでなくなった。春に発症。医者であった氏は小田実よりかは早く見つけたのか、12月まで生きた。しかし、最後の言葉は7月17日のこのインタビューで最後になったようだ。
NHKはそのインタビューをじっくりと再構成し、1時間半の番組を作った。昨日半分うとうとしながら聞いたときには、今まで言っていた事と同じことを言っていると思っていた。(「言葉と戦車」「テロリズムと日常性―「9・11」と「世なおし」68年 」)しかし、もしかしたら、少し違うことを言っているのかもしれない。 番組を見ながら、メモしたことを記して、記録しておきたい。 氏は反戦運動が世界同時多発的に起こった1968年と同じ閉塞感が漂い始めているという。 「オバマがChangeと言った。抽象的だ。けれど効いた。あれだけの反応を引き出せたのは、深い現実に触ったからだろう。」 「68年のときにもあった。街のスローガンでは「チャジャー ラ ビエ 生活を変えよう」というがあった。こっちの方が批判的で深いけれどもね。」フランスの五月革命、学生の反乱から、ゼネストに発展。「パリでは私のよく知っているところが主戦場になった。」氏はサルトルと対話。サルトルは「アンガージェマン(主体的に政治に参加する)」とよく言った。氏は街頭で若い女性が言った言葉を忘れられない。 「これはまだ序の口」 それは直接に、革命の序の口ではなかった。しかし長い目でみた「世なおし」の「序の口」ではあるだろうと思う。‥‥‥しかしどうしてこりもせずに、私は誰にもわからぬ将来を考えようとするのか。私はカッサンドラではない。しかし「素晴らしいなにものか」には将来があると信じる。(「世なおし事はじめ」) これはまだ序の口‥‥‥もしいま氏が生きていたならば、日本の同時多発的に非正規労働者が立ち上がり、今までにないようにそれをテレビが報道する現実を観て、やはり「これはまだ序の口」と呟くのではないだろうか。もちろん私はカッサンドラ(予言者)ではない。 氏はプラハの春を直接に見る。そしてそこでソ連軍の「戦車」に「言葉」で相対しようとする多くの市民を見る。 「ヒトラーでさえ、自分自身を説明するのをやめなかった。戦争は「戦車」だけでは成り立たない。「言葉」と「銃弾」で成り立っている。それならば、戦いは「言葉」によって抑えることが出来るだろう。」 68年はプラハとシカゴと、そして日本でも若者がたちあがる。特に日本の学生が軍産学協同体制を批判したことを大きく評価する。 「だから、68年の学生運動は死んではいない。彼らは空中に舞い上がってはいたけどね。」 現代の学生運動よ、グローバリズムの中で、予算削減の中で新しく始まっている軍産学協同体制に反対しようではないか。 「1910年代のダダイズム、と1968年の閉塞する時代への抵抗という点では繋がっている。五月革命が盛り上がったのはなぜか。第一次世界大戦は主要な転換点だった。大勢の人が死んだ。社会のいろんなところが変わることが望まれていた。しかし変わらない。現状は全体を変えたい。アメリカでもパリでも同じような閉塞感が漂っていた。このときのスローガンは「生活を変えよう」生活だから、すべてを含む。」 「20世紀から、21世紀に積み残した閉塞感がある。このままじゃうまくない。根本的に変わる必要がある。世界中で自由を抑圧する力が強まっている。」 例えば秋葉原事件。「実際に殺すのは特殊な人たちだけど、彼らを招いたのは、定義しがたい閉塞感だと思う。働いてもよくならない。あれは下の方に淀んでいたものが絶望的に爆発したのだ。」 私は偶然にも、石川啄木の歌を借りて同じようなことを最近書いていた。もちろんほかの人もたくさん書いているから、これは偶然ではなく、7月段階で氏がすでに喝破していたように、「現実」なのだろう。 1910年と1968年と2008年、何が共通しているかといえば、「戦争」である。私はだんだんと加藤周一が「何故いまこれを語ろうとしたのか」わかる様な気がしてきた。 「過去にどういうことがあったのか、よく見定めることが老人の任務です。それを伝えていかなくてはならない。聞きたくない人は仕方ない。聞きたい人に、学ぶことが出来る用意をすることが必要だ。」 「現代はシステムの力が強くなって個人の影響力が後退している。専門分化が進んで、全体として、人間として、大きな方向を示すことが出来る人がいない。だんだんと進んでいる。」 「知識人は思想的影響力を持たなくはならない。何が必要か。第一に事実認識。何が起こっているのかをつかむこと。第二は「だからどうしようか」。それには人間的感覚による世界の解釈が必要だ。」つまり「教養」が必要だということですね。 「何が相手なのか。敵は誰なのか、理解することが大切だ」 [加藤周一]カテゴリの最新記事
そうですね。
何が起こっているかを正しく把握する事実認識、マスコミなどに流されずに何が今起こっているのかをきちんと認識することは非常に大事ですね。 「だからどうしようか」のためには、人間感覚による世界の解釈が必要ですかー。 いい言葉ですね。 加藤周一さんの偉大さがあらためてわかりますねー。(2008年12月16日 08時48分10秒)
加藤周一はプラハの春を直接体感していたんですね。ETV特集とても良かったです。以前歌を作りました。
*つかの間のプラハの春よ何思うプロレタリアート独裁を掲げし君ら 時は流れて *再びのプラハの春よ何思うプロレタリアート独裁を掲げし君ら 時代は決して後戻りはしないことを、加藤周一も確信していたと思います。(2008年12月16日 20時26分04秒)
巴里雀さん
>昨日は途中から見ました。今日も途中から筑紫さん見ました。 >お二人とも残念です。 ----- お久し振りです。 たいせつな人を亡くすのは、大切なことを伝えるためなのでしょうか。 私は「聞きたいと思っている」人でありたいと思います。 (2008年12月16日 22時54分42秒)
じゅんぺい1960さん
>そうですね。 >何が起こっているかを正しく把握する事実認識、マスコミなどに流されずに何が今起こっているのかをきちんと認識することは非常に大事ですね。 > 「だからどうしようか」のためには、人間感覚による世界の解釈が必要ですかー。 > いい言葉ですね。 > 加藤周一さんの偉大さがあらためてわかりますねー。 ----- 加藤周一が凄いのは、その言葉の裏にある凡人が到達できない教養の広がりがあるからです。 難しいことを難しく説明することはおそらく難しくない。けれども、それをやさしく説明できる人だったのです。 (2008年12月16日 22時56分53秒)
abi.abiさん
>「言葉と戦車」は今品切れですね! >アマゾンマーケットプレイスにリクエストしておきましたが、図書館の方が早いでしょうかね。 ----- おそらく絶版なので、古本で探すしかないでしょうね。私も古本屋でゲットしました。「言葉と戦車」の一編は著作集の8巻、「現代の政治的意味」に収録されています。 (2008年12月16日 23時00分27秒)
薔薇豪城さん
> 加藤周一はプラハの春を直接体感していたんですね。ETV特集とても良かったです。以前歌を作りました。 >*つかの間のプラハの春よ何思うプロレタリアート独裁を掲げし君ら >時は流れて >*再びのプラハの春よ何思うプロレタリアート独裁を掲げし君ら > 時代は決して後戻りはしないことを、加藤周一も確信していたと思います。 ----- 加藤周一は状況の可逆的なものと、不可逆的なものとがあると、どこかでいっていたような気がします。例えば、男女平等の思想は不可逆的です。けれども、軍政は可逆的だろう、と言っていました。(と思います) 私の要約は単なるメモなので、ずいぶんといいかげんで不正確です。 けれども、この最後の発言は加藤の思想を語るときに避けて通れないものになったような気がしてなりません。 (2008年12月16日 23時06分30秒)
JUNSKYさん
>良くこれだけ記録されましたね。 >引用したいところですが、あなたの仕事なので・・・ > >新聞Web版は平気で引用する私ではありますが・・・ ----- 上に書いているように、私のメモはずいぶんと不正確だと思います。だからこの要約は私が責任をとるべき文だとは思います。だから、この記事のURLを示した上ならば、引用しても結構ですよ。 この記事は将来の加藤周一論を書くときの思考の材料のためのメモに過ぎません。 少し書くと、 「私の立場さしあたり」等で、氏はずっと「政治」や「組織」にかかわることを避けてきた事を告白してきました。けれどもそのの立場は95年ごろから微妙に変化して来ているのだと私は思っています。もちろん最後まで組織には参加しませんでした。けれども、きわめて明確に「主体的な政治参加」を実践してきたのです。ずっと氏の弱点だと思っていたことはいまは私は指摘することが出来ません。いろんな要因があります。それを考えていきたいと思っています。 (2008年12月16日 23時49分05秒)
abi.abiさん
>きょうの朝日の大江の定義集読まれましたか? > >いつの日かクマさんの「評伝:加藤周一」を読めることを楽しみにしています! ----- と、教えられて今日見ました。 評伝を書くことは自分を書くこと、加藤周一の評伝がまさにそれでした。 結局自分の力量が生き方が、評伝の質をも決めるのかもしれません。私がなかなか加藤をかけなかった理由のひとつがあります。つまり意気地なしなんです。でも、ついにXデーが来てしまったいま、いつまでもしり込みしているわけには行きません。 (2008年12月17日 22時18分27秒) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |