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カテゴリ:加藤周一
ある晴れた日に岩波現代文庫 加藤周一 8月15日の正午、天皇の放送を聞き終わって外へ飛び出した土屋太郎は、一晩を眠らずに過ごしたので、一瞬めまいを感じた。晴れあがった真昼の空は青く、巨大な入道雲がぎらぎらと輝いている。盛り上がり、わきあがり、膨張し、途方もないエネルギーをみなぎらせて、天頂に届く雲。太郎は雲を見た。自分はここに生きていると思い、未来に向かってひらかれていると感じ、身体の中に、かつて知らなかった希望と力が溢れるのを意識した。 この小説を見たのは初めてではない。すでに「加藤周一著作集」13巻に入っていて、読もうと思えば読めたのである。けれども、途中で挫折した。小説的には成功していないと思う。一生懸命小説を書いているという感じがして、すらすらと読めなかったのである。心理描写のくどいところもある。いまから60年前の1950年、加藤周一は友人の中村真一郎や福永武彦のようには小説を書くことが出来なかった。そのことが、彼をして日本有数の文学評論家に変えさせたのかもしれない。 ところが、文庫本になったことを契機に改めて少し無理をして読んでみるとこれがなかなか「面白かった」。「序」を書いている渡辺一夫も言っているが、「近代戦争の銃後における人間性の圧殺に対する抗議証言にもなるという点で、忘れがたい印象を残」しているのである。 何人かの典型的な人間が登場する。 主人公土屋太郎や友人関哲哉の姉あき子、あき子の疎開先信州に暮らす画家やその友人吉川、あるいは大学教授の五十嵐は戦争に批判的で、そしてそのことを自由にいえないことに精神的な圧迫を感じている。その信州の田舎にも水原という人の精神に土足で入り込む憲兵がいる。 渡辺一夫でさえ、自殺を考えていた(「敗戦日記」)ということなのだから、あの時代にあって、批判精神を保ち続けることが以下に大変なことかなのは今の想像以上なのだろう。 あるいは、太郎の東京の病院の医者の同僚に対して太郎は「火傷の治療法については、綿密な論理を繰り整然と語ることの出来る男が、なぜ沖縄の運命については簡単な論理さえも冷静にたどることが出来ないのだろう」というようなことを感じる。一方では、あき子や画家や教授とは職業が違うのにもかかわらず、共通の言語で語ることの喜びがある。 もう一人の女性が登場する。ユキ子は看護婦であるのと同時に医者である土屋に淡い恋心を抱いている。彼女は「健康な」皇国女性として登場する。空襲のときに土屋とユキ子は(精神的な)決定的別れを経験する。 それらの会話を重ねていく中で、一種の戦争場面のない戦争小説が出来あがっているのである。 この本の収穫は渡辺一夫の「序」がついていることであった。実は渡辺は加藤のことを「星菫派の一人」と書いている。加藤は星菫派(戦争中リルケなどを楽しみながら、一方で戦争を容認していた人達)を厳しく批判していた張本人で、渡辺一夫もそれを知っていたはずなのに、なぜそう書いたのか、大きな疑問なのであるが、それはここの記事の趣旨ではない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009年11月27日 16時48分03秒
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