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カテゴリ:邦画(09~)
日本映画専門チャンネルで10人の専門家の意見を聞くインタビュー番組の総集編を見た。題して「踊る大走査線は日本映画の何を変えたか」。おそらくこの夏の映画公開にあわせて特集を組んだのであろう。
10人のインタビュー全てが面白いわけではない。興味深かったのはほんの数人。(番組はインタビューのほんの一部しか映していない。その全貌はおそらく今月末に出る新書に収められているのだろう。印象に残った言葉をメモしています) 佐藤忠男(映画評論家) 「斬新なシステムだった。個性的な映画は変わっているけど、しばしば面白くない。そういう空気をを変えた」 白木緑(日経新聞文化部記者) シネコンの台頭、「もののけ姫」の大ヒット、監督の新旧交代、そういう時代背景の下にこの映画ができた。コンテンツとしての映画がここから始まった。「スピンオフ」が二本できた。まるでTVで特番を作るような感覚。TVの発想を映画界に持ち込んだ。若い人が映画を見る人になった。 しかし「映画ファン」を育てたわけではない。「泣ける」「笑える」とか一言で表せることのできるような映画はヒットするが、「なにかよく分からない、噛み切れないするめのような映画」は置き去りにされるようになった。 肯定的に見る評者の意見はあまり心に残らず、批判的に見る意見が心に残ったが、白木さんの意見がもっとも中立的だったように思えるし、的確だったように思える。確かにこのころ、黒澤、今村昌平等々巨匠といわれる監督や昔かたぎの監督が次々と亡くなり、引退していった。98年は日本映画のターニングポイントだったのかもしれない。 キネマ旬報の掛尾さんは「91年が観客数2400万人で底を打った。この映画で日本映画は自信を回復した」という。しかし、「映画ファン」の私たちはどうしても日本映画が復活したとは思えない。まるで戦後最長の景気を持続させていたにもかかわらず、不況を脱出したと思えなかったつい最近の庶民感覚と同じように…。(ちなみに 雇用者所得は、いざなぎ景気のとき約1.8倍、2002~07年1.0倍。つまり増えなかった。(経産省『通商白書2008』))そして、ついにはリーマンショックがやってくる。それはまるで「悪魔のサイクル」である。体力の無いV字回復はさらに大きな落とし穴が待っており、それをさらに表面的な回復で補うから、さらに大きな恐慌を繰返す(ネオリベラリズム循環)。日本映画もそのようにならなければいいのだが。 次に紹介するのは、「踊る大走査線」の生みの親のプロデューサーの意見である。一見、説得的に見えるこの意見の中に、巧妙に「悪魔のサイクル」理論が隠れているのが分かるだろう。 亀山千広(フジテレビ映画プロデューサー) ビギナーズラックだった。特別なことをしたわけじゃない。「観客を楽しませる」のは大前提。それがぼくたちの仕事なんだから。そうでないものは淘汰される。ぼくたちはTVとほとんど同じことを堂々とやってのけただけです。 僕たちは別に映画界の真ん中にいたいと思ったことは一度もない。ぼくにしても、わくわくしてみてきた映画は時にはATGだったり、時にはハリウッドだったりした。芸術としての映画を邪魔する気持ちは無い。 テレビ局が参入してきたのは決して悪いことじゃないと思いたい。大事なのは「面白い」はあたりまえ。「面白そう」にするということだ。「面白そう」をどのように喚起するかにかかっている。僕たちはそれの腕を磨いている。 最後に番組はこの98年から2009年まで掛かった日本映画は4018作品だという。そのうち、70億を越えた作品はこの「踊る大走査線」の三つの映画版を含めてたった8作品のみだと指摘して終わる。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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