
弥勒山に登る。所々に高山植物や木々の説明版があった。花の季節はおもに4-7月だ。だから何も無い。唯一葉が残っていて良く分かるのはこのトッカルの木だった。

頂上付近の総合案内板である。歩いた順番は、一番のケーブルカー乗り場から二番、そして13番、14番(閑山海戦展望台)、12番、11番(朝鮮戦争展望台)、6番、9番、8番、頂上へというふうに歩いたのでした。少し大変だったけど、軽装でこんな高い山に登れるのはめったにない経験なので思いもかけず、大変よかった。

14番のビューポイントに行って初めて知ったのであるが、秀吉との朝鮮戦争で李将軍(イ・スンシン)が最初の大勝利を収めたのがここ統営の閑山海戦だったらしい。

1592年7月、北側からやってきた秀吉海軍73隻とイ・スンシンの53隻が対峙する。イ・スンシンは火に強い鉄甲でかためた亀船で組織する。そしてなんと鶴翼の陣をひくのである。兵法は良く知らないけれど、一般的には少ない兵力ではしない戦法ですね。それに釣られたのか、秀吉軍は正面突破を図る。

戦いの経過がどうだったのかはよく知らない。ともかく李将軍は勝利し、一躍、現在に至るまで韓国でもっとも有名な英雄になる。ここで見ていて分かるのであるが、確かに大艦隊が通る水道はここしかない。しかも、ここに73隻が通るには一番狭い水道なのだ。万が一、ここでその戦いを見ることができたならば、手にら汗握るスペクタル場面を見ることができただろう。

別のビューポイントでは、1950年の朝鮮戦争のときの北朝鮮とアメリカ軍との戦いの展望台もあった。これは海戦ではなく、陸上の戦いではあるが、「統営上陸作戦」と名づけられている。

どうやら、統営市街地すべてが戦場になったみたいだ。

帰り道では、閑山海戦の前哨戦、唐浦海戦のビューポイントもあった(どうやら港にいた三隻の秀吉軍を沈めたみたいだ)。

韓国では、もっともっと手に取るようにこの戦いの詳細を知る人が山のようにいるんだろうな。吉備の鬼の城のような山城もこの山々の何処かにはあるみたいだ。