【送料無料選択可!】春を恨んだりはしない 震災をめぐって考えたこと (単行本・ムック) / 池澤夏樹/著 鷲尾和彦/写真
文学者の池澤夏樹が今回の震災に対してどのような言葉を紡いでいたのかを確かめたかった。
理学部出身の池澤夏樹が今回の震災と原発事故に対してどのような知見を持っているか確かめたかった。
池澤夏樹は震災の当日、高知県の田舎で一報を聞き、仙台の親戚の叔母のために情報を集め、やがて23日には仙台に行っている。その後、何度も被災地に取材とボランティアで訪れる。行動する文学者の面目躍如であろう。
しかし、その中で生まれる言葉はそれほど衝撃的なものはない。私たちの知見とそれほど変わらない。そのことを私はとりあえず、確認した。
そうか、この数ヶ月の震災体験というのは、「国民的体験」なのだ。この数ヶ月、何を見て、なにを感じ、何をしたか、ということは、これからずっと先、何十年も先、語り継がれるべきことなのである。
もちろん、所々はっとするような言葉はあった。
それならば、進む方向を変えたほうがいい。「昔、原発というものがあった」と笑って言える時代のほうへ舵を向ける。陽光と風の恵みの範囲で暮らして、しかし何かを我慢しているわけではない。高層マンションではなく屋根にソーラーパネルを載せた家。そんなに遠くない職場とすぐ近くの畑の野菜。背景に見えている風車。アレグロではなくモデラート・カンタビーレの日々。
それはさほど遠いところにはないはずだと、この何十年か日本の社会の変化を見てきたぼくは思う。(p97)
これを機に日本という国の局面が変わるだろう。それはさほど目覚しいものではないかもしれない。ぐずぐずと行きつ戻りつを繰返すかもしれないが、それでも変化は起こるだろう。
ぼくは大量生産・大量消費・大量廃棄の今のような資本主義とその根底にある成長神話が変わることを期待している。集中と高密度と効率追求ばかりを求めない分散型の文明への一つの促しになることを期待している。
人々の心の中では変化が起こっている。自分が求めているものはモノではない、新製品でもないし無限の電力でもないらしい、とうすうす気づく人たちが増えている。この大地が必ずしもずっと安定した生活の場ではないと覚れば生きる姿勢も変わる。(p112)