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朝ドラの「おひさま」でこの本の冒頭の詩「心に太陽を持て」が印象深く使われていた。本屋で文庫本を見つけたので買ってみた。 開いてみると、いくつか「そうだったのか」ということが。一つは、私の大好きな本である吉野源三郎「君たちはどう生きるか」は戦前の「国民少年文庫」に入った一冊だったのであるが、あれは山本有三責任編集、吉野編集長で作ったものだった。この本は、その第一回配本で山本有三がまとめたものであった。戦後になって改訂版を出して、10編新しい話を入れたみたいなので、どれがオリジナルの話なのかちょっと分からないが、吉野のあの本にも負けない実に良質の少年本だった。 戦前のそれも昭和10年になると、軍記モノが幅を利かす時代でこのような本を出すのはとても勇気が要ったことだろうと思う。ほとんどはアメリカやドイツ、イギリスの話です。イギリスの船が沈没した時に、漂流者をずっと歌で励ました女性の話「くちびるに歌を持て」あるいは何度も何度も困難を克服した「パナマ運河物語」社会事業である海底電線のために、何度も破産をこうむりながら事業を成し遂げた男の話「海底電線と借金」、読んだことのあるようなないような話が次々と出てきます。 例えばこの話は明確に読んだことのある話でした(もしかしたら教科書に載っていたのか)。短いので紹介します。 「一日本人」 「なんだ。なんだ。」 「どうしたんだ。どうしたんだ。」 口々にさけびながら、バスティーユのひろ場のほうへ、人々が飛んでいきました。じりじりと日の照りつける広い往来には、たちまち黒山の人だかりができました。 人がきのなかには、荷物を山のように積んだ荷馬車が、動かず突っ立っていました。しかし、みんなが駆けつけたのは、もちろん荷馬車が珍しいからではありません。荷馬車をひいててきた馬がおなかを見せたまま、道端に倒れてしまったからです。おなかにはあぶら汗がいっぱいにじんで、黄色く光っていました。 馬は暑さでつかれているところへ、舗道に水がまいてあったために、ひずめをすべらしてころんだのです。 御者はいうまでもなく、そこへ集まった人たちもなんとかして馬を立たせてやろうといろいろと骨をおりました。馬も立ち上がろうと、もがきました。しかし、鉄のひずめが、舗道の表面をななめにこするばかりで、どうしても立ち上がることができませんでした。そのうちに、馬のおなかは次第にはげしく波をうち始めました。こまりきった御者は、手のつけようがないという顔で、馬の腹をみおろしながら、ため息をついていました。 その時、顔の黄いろい、あまり背の高くない、ひとりの紳士が人がきの中からつかつかと出てきました。かれは、いきなり自分のうわぎをぬいで、それを馬の足へひきました。それから、みぎ手でたてがみをつかみ、ひだり手で馬のタヅナをにぎりました。 「それっ!」 かれはからだに似あわない、大きな、かけ声をかけました。それははっきりした日本語でした。 馬はぶるっと胴ぶるいして、ひと息に立ち上がりました。うわぎですべりがとめてあったために、まえ足にぎゅっと力がはいったからです。 見物のなかには、思わず「あっ。」と声をもらす人もいました。 御者は非常に喜んで、いくたびか、その黄いろい顔の紳士にお礼を言いました。だが、紳士は、「ノン、ノン。」(いいえ、いいえ。)と軽く答えながら、てばやくうわぎを拾いあげました。そして、どろをはらってそれを着ると、どこともなく、すがたを消してしまいました。 このことはすぐパリの新聞に出ました。いや、それはフランスだけではありません。イギリスの新聞、イブニング・スタンダードにまで掲載されました。(1921年6月30日のぶん。)そればかりではありません。イギリスで出版された逸話の本のなかにも、「日本人と馬」という題でのせられています。 この人の名まえは、おしいことに、今では、もうわかりません。 文章を読むと、小学生にも分かるように優しい言葉で書かれているにも拘らず、ありありと情景が浮かぶように、厳選された表現を使っているのが良く分かります。例えば「おなかにはあぶら汗がいっぱいにじんで、黄色く光っていました。」「ぶるっと胴ぶるいして」というような描写です。編集者が選んできた話のひとつひとつを山本有三が厳密に吟味した結果なのだろうと私は推理します。 私もそうなのですが、この文章で日本人に対する誇らしさを培ったと思います。もうそれはたぶんなん億もの日本の少年少女が同じ思いをしたのではないか。 名も無く、貧しく、無学の、けれども感動的な女性を綴った「キティの一生」という文もあります。今年文庫本としては異例の32刷を数えていました。 │<< 前日へ │翌日へ >> │一覧 │ 一番上に戻る │ |