「親鸞 下」講談社文庫 五木寛之
「仏様より呼びかけられてする返事だから、仏よりいただいた念仏、というのですね」
「そう思う」
綽空は自分で自分の言葉を確かめるように、二、三度うなずいた。
「それが他力の念仏だ。自力の念仏とは、仏たすけたまえ、とこちらから呼びかける念仏。これまで範宴のころ、比叡のお山までわたしがずっととなえておったのは、その自力の念仏であった。いまはちがう。よばれれば何度でも、はい、と返事をする。一度の呼びかけできっぱり信心がさだまる幸せ者は、いちどの念仏でよかろう。だが迷い多く、煩悩深き悪人のわれらは、呼ばれた声をすぐ忘れたり、とかく逆らったりしがちなものだ。そんな情けない愚か者には、二度、三度と呼びかけられるのが仏の慈悲。だから一度念仏しただけでも往生できる。まして、呼ばれるたびに何度でもはいと愚直に答える者が、どうして救われないことがあろうか。念仏は一度がよいか、それとも多く念仏するのがよいか、などと議論するのは、そもそもおかしいと私は思う。一念なお往生す、いわんや多念においてをや、と法然さまがおっしゃねのを聞いたことがあるのだよ」
法然の弟子になった直後の綽空のころは、一念と多念についてはこのように明確に答えていた親鸞であるが、
「でも、悪人が救われるなら悪事はやり放題、というもの達には、なんと申しましょう」という問いには明確に答えることができない。
悪人正機説の当然出てくるこの問いに対して明確に答えるのは、「激動編」を待たねばならない。しかし、最終決着をつけるのは現在連載中の最終の巻きなのだろうと思う。
下巻では親鸞が法然の弟子になり、やがて法然と同時に京の都を追われるまでを描く。