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今年の憲法集会は、沢知恵さんのピアノ弾き語りライブと詩人アーサー・ビナードさんの講演でした。例年に無く、充実していたと思います。 沢さんが在日韓国人だということは、知っていたけど、岩波「朝鮮詩集」を翻訳した金素雲の孫だとは知らなかった。その中の詩に、沢さんが曲をつけた「こころ」が先ず身に染みた。 思っていた以上にメッセージ性の高い歌を歌う。 他には、なにこれ珍百景に選ばれた、日英韓三ヶ国語で歌われる「校歌」が良かった。 アーサー・ビナードさん講演題名は「ヒロシマとフクシマどっちが遠い?」。写真通り「イケメン」でした。 「言葉を疑い、言葉でたたかう」小森陽一との対談本「泥沼はどこだ」の副題通り、人生でそれを実践していることがうかがえる話でした。 サイン本貰った時にブログに書くと言ったら「見ます」と言って下さったので、迂闊な事は書けないのですが、迂闊な事を書きます(^_^;)。私の講演メモを元に概略を書きたいと思います。根がいい加減なので、正しく伝えているとは思えませんが、まあ私の受け止め方だと思ってください。 なぜ、オバマは昨日アフガンの空軍基地に急遽行き演説をしたのか。オサマ・ビン・ラディン殺害がオバマの手柄であることを宣伝するためだったのだ。だからオバマは去年のこの日のために殺されなければならなかった。何故か。大統領選挙の為だ。その為にオバマ殺害をでっちあげるぐらい、アメリカは平気でします。PRの巧みな人々がいるのだから。 今日はPRの歴史を考えていきたい。コピーライターたちが、日本とアメリカの歴史を作ったと言っても過言じゃありません。 日本に核兵器を落とすマンハッタン計画までは、どれだけ隠して進めるか、が課題でした。その後、核兵器の開発を堂々と進めなくてはならない。その時国防総省(=ペテンタゴン) は、コピーライターと共に二つのキャンペーンを始めました。このミラクル兵器のお陰で 100万人の兵士の命が助かった、このミラクル兵器はソ連の脅威から守るためだ、節分みたいですね、アトムは内、ソ連は外。これは、成功しました。 1952年、軍人天下り大統領アイゼンハワーが就任します。この人がなった時、核兵器は数千発だった。辞めた時、2万4 千発の核兵器ができていました。 この時、水爆が作られます。そしてこの時、国民の空気が変わりました。「世界大戦をしたら、勝ち負けじゃない、世界が終わる」一般国民がかんがえるようになった。それに対してアイゼンハワーは慌てた。核開発はやめたく無い、核ビジネスを儲けさせる為に大統領になったのだから。もう一度核兵器を好きになってもらわないといけない、新キャンペーンを組もう。 皆さん、シャンプーを何故買うのですか。昔は無かった。これは70年代から売り出した。これは髪を痛めつけて直す液です。シャブ漬けにして直すから、シャブンプーというのかな。皆さん買うのは、CMでいかにもいいように流れているから。つまり、何か「引っ掛けるフック」を見つけると、何でもうる事が出来る。 「核兵器買いませんか」もうこれじゃ売れない。優秀なコピーライターたちには、奥の手がある。 新商品をつくる。別のパッケージに入れて、別商品として売る。 これは20世紀最大のペテンPRだと私は思います。ともかく、原料を作る為の原子炉を守れば良いのです。つまり、「このミラクルの発電機を買って下さい」と言ったわけです。「無限のエネルギーが出て、ゆくゆくはタダですよ」と言った。too cheep to meter(計るには、安過ぎる) 。世界一の広告代理店ホワイトハウスは、1953年12月8日の国連総会演説でこの様な言葉を用意した。 「Atoms for Peace」 下請けの永田町も、こんなコピーを作った。 「原子力の平和利用」 そんな時、それから三ヶ月も経たない内に、大統領の舌の根も乾かぬ内に、アメリカは水爆実験をし、第五福竜丸事件が起きるのです。 この事件は「原子力の平和利用」を見抜くレンズのようです。中曽根は第五福竜丸が港に帰る前に原発予算を組みました。原発は日本の金をアメリカが吸い取る装置です。だから原発は作り続ける必要がある。 原発は原爆と同じです。一方は一挙に爆発し、一方はジリジリと爆発する。 「見抜く」力が必要です。(最後は時間切れでものすごい駆け足でした) と、まあ、私用のメモはこんな感じです(^_^;)。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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