LA BANDE DES QUATRE
Jacques Rivette
156min
(DISCASにてレンタル)
この映画の原題直訳は「四人組」。英語タイトルも『GANG OF FOUR』。四人組というと中国の江青女史らの四人組を連想するが、実質4人ではなく毛沢東を含めた5人。アレクサンドル・デュマ(ペール)の三銃士も実質3人ではなく4人であるように、この映画も4人ではなく5人の物語。コンスタンス・デュマ(ビュル・オジェ)はまだまだ若いけれど舞台女優を引退して劇場の上の階を買取ってそこに暮らし、外に出ることもなく劇場と上の住居だけに引きこもった生活をする謎の人物。そのコンスタンス・デュマは演劇学校をやっていて、20~30名の生徒がいる。昔は男性の生徒もいたらしいが、今は女性ばかりだ。今は公演に向けてマリヴォーの『二重の不実』を題材に授業が行われている。その中の4人セシル、ローラ、クロード、ジョイスはパリ郊外に一軒家を借りてルームシェアをしていたが、セシルが恋人のリュカとのことで出て行くことになり、代わりに同じデュマの生徒でポルトガル出身のルシアがその一軒家に住むことになる。だから映画タイトルの四人組とはこの新しく成立したローラ、クロード、ジョイス、ルシアの4人だ。ある晩ローラはパーティーの帰り暴漢に襲われそうになるが、通りがかった男が助けてくれ、車で郊外の家まで送ってくれた。しかしこの男は名前を変えて他の3人にも接触してくるのだった。最初は職業も偽り、また(リヴェットの次回作の素材である)画家フレンフォーフェルの盗まれた絵画『美しき諍い女』を探しているとか言っているが、実は司法警察のトマで、セシルの恋人リュカが偶然入手した、政界を揺るがすリヨンの疑獄事件に関する書類を隠した場所の鍵を探しているのだった。トマは秩序維持のためにその書類を隠ぺいしようとしているらしい。
この映画のコンスタンス役はもともとジャンヌ・モローがやるはずだった。しかしモローが失踪したためにビュル・オジエが演ずることになった。それでコンスタンス中心だった物語が、学生4人の比重を増した物語に変わったらしい。コンスタンスはリュカを匿ったりするのだが、この映画では仄めかし程度でほとんど彼女に関する詳しいことは描かれない。しかし編集の段階でカットしたのか、それとも最初からそのつもりだったかは不明だが、実際にコンスタンスの色々な行動は撮影されたらしい。それゆえに残った仄めかし部分も裏に隠された事実があることが良く感じられるように演じられていて、描写自体は謎だがリアリティーがある。
物語はある種の一件落着で終わるけれど、事件やトマとの接触によって4人それぞれに社会との関わりを模索し、最後には最初とは違った、ある言い方をすれば成長した4人となっているのだろう。この映画は実は政治的、何主義とか何党とかという意味ではなく、もっと根源的な意味での人と社会との関係を描いているという意味で政治的な要素を持っている。社会秩序の中での個人の自由と言っても良い。フランス語版 GOOGLE で映画の原題である「BANDE DES QUATRE」を検索すると、この映画のページと共に中国の四人組関連のサイトにヒットする。BANDE DES QUATRE とか GANG OF FOUR と言えばフランス人や英米人はまず江青女史らの四人組を連想する。そういうタイトルの映画なのだ。司法警察のトマはローラに対しては保護者として登場し、またまずは4人の女性それぞれに対して一種の誘惑者として登場する。クロードは完璧にトマを愛してしまう。コンスタンスは芝居について「疑問と破壊」の必要性を主張するが、それは正に社会との関係において我々が要求されていることなのだ。トマが象徴するのは体制の力であり、結局その彼には誰も太刀打ちは出来ない。そこから脱したのはああいう形でのジョイスだけであり、また引きこもりに象徴されるコンスタンスの社会からの逃避も、主義・良心に従うならあのような形で社会と関わりを持たないわけにはいかない。
映画中芝居はマリヴォーの『二重の不実』なのだけれど、この芝居の内容自体も映画の物語と意味的にシンクロナイズしている。そのように実に巧みに構築された物語だ。陰の主人公のコンスタンスはデュマと名付けられているが、それは最初に書いたような意味で『三銃士』のデュマでもあるのだけれど、『転義法(あるいは同じ言語で1つの語が持ちうる多義について)』という本を書いた18世紀の文法学者・哲学者の
セザール・シェノー・デュマルセ への暗示でもあると思われる。別人物だがトマは司法警察のトマでもあるし、ローラのアメリカにいる恋人の名でもある。そのローラも実は行方不明の妹の名前で、実名はアンアだ。映画中劇も王子が従者に化ける話で、恋人同志であるシルヴィアとアルルカンがそれぞれ別の異性を恋する物語でもあり、またその背景として庶民の女と結婚しなければならないという法(社会秩序)が王子を縛っている。誘惑者であり、また秩序維持者でもある王子であり、別の人物に化ける構図は映画のトマと同じだ。そもそもトマという存在は二重性を持った人物だ。「疑問と破壊」、それを基本姿勢として持って我々は日々生きていくしかないのだ。(そういえばこの映画には
『ふたりのベロニカ』でブレイクする前のイレーヌ・ジャコブが脇役で出てました。)
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