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金曜日の夜12時に赴任先の神奈川からいきなり長男が帰って来た。 そこでJRの駅から自宅までは徒歩10分位なのだが、毎回小さめの海外旅行用スーツケースで帰宅する。 その姿はまるで海外を飛び歩くビジネスマンのようだが、中身は一週間分の洗濯物である。 ・・・で、大荷物なのでJRの駅まで車で迎えに行ってやる事にした。 しかし今週は帰宅する予定では無かったので、土日を家で過ごす彼の食事のオカズが用意していなかった。ありあわせの物を食わせればいいのだが、子離れができない家内は「ご馳走」を用意しないと気が済まないらしい。 そこで彼を乗せたスーパーまで行く事にしたのである。 ・・・とは言っても12時を過ぎており、24時間営業のスーパーに行くしか無い。 先ず、「マルエツ」に行って肉だの野菜だのを購入したのだが、レタスのみが売り切れだった。 それならそれでいいじゃないか?と思うのだが、家内は「完璧」でないと満足しない。 なのでそこから500m程離れたもう一軒のスーパーに行く事にしたのである。 そこは安売りでも有名な「BIG-A」と言う24時間オープンのスーパーで、やっとお望みのレタスを購入する事が出来た。 そこで異変に気付いたのである。 先ず最初のスーパーに行った時にレジに並んでいる人がやたらと多く、なぜか客の皆が「水」を買っていた。 その時は気にしなかったのだが、二件目のスーパーに行ったときにはその様子が一変していたのである。慌てて駐車場に入る車が多く、「今は夜中だぞ、なんでこんなに客がいるんだ」と思ったがまだ私は気付かなかった。 ・・・で、家内が水を5ケースも買っていた主婦に「なぜ皆さん水を買っているのですか?」と聞くと 「浄水場でホルムアルデヒドが発生し、取水制限のうえ断水の恐れがある」と言うのだそうだ。 そう聞くと家内は100%パニックに陥る。 「あなた何ボーっとしてるの?早く私達も買いましょ!」と。 大き目のカートを転がしてきて「ヨイショ、ヨイショ」と掛け声をかけながらあっと言う間に2Lペットボトル6本入りのアルカリイオン水を5ケース、麦茶を2ケースをカートに積んだ。 まさに「オバサンパワー」全開である。 私はお金を払っただけだが、こんなに購入してもまだ足りなそうにしている。 なので、これ以上は車に積めないから止めてくれ・・・と、やんわりと断った。 さて帰ろうとすると、パーキングに入ろうとする車が殺到して出る事もできない。 見ていると店員が「水は完売です」とダンボール箱に書いて駐車場入り口に貼りだしていた。 家内は「ラッキー、なんて運が良いんだろう!」と喜んでいる。 その一部始終を見ていた長男は、冷静に「これ、ツゥイッターのデマじゃないの・・・」 「まあ無駄でも地震の備えになるじゃない・・」と家内。 「あのねえ、地震用の備蓄はすでに15ケースあるよ」と私。 自宅に戻りTVを付けても何の報道もしていない・・・。 やっぱりデマか? ・・・で、インターネットで「ホルムアルデヒド」と打ち込むと、利根川水系と江戸川水系の水が汚染されていて、取水を止めたと記されていた。 徐々に下流域も断水する見通し・・・。 とニュースが流れていた。 幸い我家の地域は断水しなかったが、これがもっと怖い物質だったりした場合に地域限定でどのように市民に伝えるのだろうか? この小さなエリアには軽く100万人は住んでいる。 でも「全国的ニュース」取り上げる事も無く、気付いた連中だけが夜中に大騒ぎしていた。 恐らく半分以上の住民は寝ていただろうから、まさに「寝耳に水」である。 ・・・で、地域的には断水してあの通りの光景となったのだ。 さて、デマで思いだしたがある噂が飛びまわっている「311はユ~らユラ」と東日本大震災を言い当てたと言う知的障害者がいて、その子が「522はグッシャグシャ」と歌っうているというデマ?噂である。 まあ、5,22でなくても5,11は金冠日食の日で「太陽・月・地球」が直線上に並ぶ。 意外と知られていないのだが、海の満ち引きは月の引力で作用する。6時間で海水は満ちて6時間で海水は引いて行く。その干潮時間に「潮干狩り」ができるのだが、この満ち引きを2回づつ一日24時間で繰り返す訳だ。 その理由は地球が月と直線上に並ぶ場所が一番引力が強くなるので、「海水が引っ張られて盛り上がる」から、その場所では海水(潮)が満ち満潮にると言う事になる。 ・・・で、今回のコースが悪い。 「大地震が起きそう」と言う震源域が「絶好の観察コース」になっている。 つまり観察可能エリアの直線は「月の引力が一番強くなる直線」と置き換えて良いのである。 ウワサで済むのか?天体ショーだけで済むのか? ちなみに23日は私の誕生日である。
今回の竜巻で私の知人が被災した。 住所から「危ないな」と思っていたら今日夕方のNHKニュースに本人が出ていた。 整形外科医院なのだが、電源が復旧しておらず医療機器も使えないらしい。 そこで慌ててご自宅に電話をしてみると、奥様が電話に出たのだがTVで映る重い雰囲気の先生の表情とは打って変わり「TV見たんですか?あんな事でTV出るなんて情けないですよね~」と大笑いしていた。 かなりのダメージだったようだが、火災保険に入っていたら被害総額の殆どは出るので(全額は出ない)損害実額は営業再開までの休業損害と、保険対象外部分の実費負担と言う事か・・・。 火災保険のオプションになる「休業損害保険」にも加入していれば、約定復旧期間の営業損害も補償できるはずだ。 だが、意外と保険料が高くなるのでそこまで加入しない人が多いのも事実だ。病院も含む店舗の場合は個人の火災保険控除と異なり全額損金計上できるので、加入可能な範囲の保険はケチらずに入らないと大きな代償を払わなければならない時代になってきたのかもしれない。 日本でも「竜巻」はけっこう発生するが山間部が多く平野が少ない日本では、あれほど大きな竜巻は発生しない。 地表が暖かい状態で、その上空に寒気が入るとその場の「空気の層」が上下逆転する。 冷たい空気は下に下がり、暖かい空気は上昇する。上から下へと下がる風と上昇する風。 大きな積乱雲がそこに存在すれば、元々上昇気流があるので、さらに大きな空気の回転が生まれる。 その時は上下の回転だから、大気の流れは横向きに回転しているのだ。 だが地球には引力がある。 簡単に言うと「回転するコマが立ち上がる」原理と同じだ。 最後は地表に冷たい空気が残る・・・。 だからあの日の午後は冷たい風が都内を覆った・・・。 巨大竜巻と言えば北米大陸のような高い山々がある山間部から続く広い平野がある方が発生しやすい。 さて、地震に津波そして竜巻・・・。 今度は何だ?神様仏様、日本人は何か悪い事でもしたのだろうか? 気の弱い私は、一人「禊(みそぎ)」のつもりで、駅前で呼びかけていた赤十字主催の「献血」に立ち寄った。 誰も並んでいなかったので直ぐ終わると思ったのだが、私が手続きしているとあれよあれよと列が出来上がった。 そこには10人以上並んでいたのだがすべて若い女性。OL風の方が3人と若い主婦風の方が3人そして残りはイケイケ女子高生4人組みだった。 ・・・で男はオヤジただ一人。 採血するバスの中も女性看護師の方しかおらず、当然のように車内は「単独オヤジ」である私に話題が向けられた。 話題は基本的に「男性は意気地が無く注射が嫌い」さらに「血を見るのが苦手」の人が多く、献血に来る男性は少ないそうだ。 「おじさんはどうして注射が平気なの?」なんて言い出す女子高生もいて、他の女性からも同じような事を言われたので、「おじさんは見るからに血が余ってそうでしょ?定期的に水分を抜かないと体重増えちゃうから」と言った一言がOLさんを含めて皆さんに大受けして、(太めの体型だから)そして物好きにも「血採ってるとこ写メ撮ってもい~い?」なんて言い出す女子高生まで・・・。 一体今の子は何を考えているのか? その後、献血終了後は「安静にしなけらばならない」との理由で、OLさんや女子高生に囲まれて?出されたジュースを飲みながらテーブルを囲で何とも楽しい一時になりました・・・。 ちなみに女子高生の一人は血清の比重が低くて「落第」と言われ、もう一人の子は「自分でピアスの穴を開けた」と言う理由で「落第」と言われていました。 でも、現場の雰囲気で4人ともジュースも2本貰ってさらに記念品のマリーゴールドの苗木を貰って帰って行きました・・・。
先日家族3人でスカイツリーを見て来た。まあ外からの様子なのだが、家から電車でジャスト20分。 一応仕事で近辺を車で通過したり、電車の車窓からボーっと眺める事はあってもツリーの足元まで行きたいとは思わなかった。 実は、我家からスカイツリーに行くには都営浅草線の「押上駅」が近いのだが、今回の目的はスカイツリーではなく、一つ先の駅「本所吾妻橋駅」から徒歩5分位の処にあるマンションの1Fにある「野口鮮魚店」に行くのが目的だった。 以前に一度行った事があるが、TVの「ぴったしかんかん」で放映しているのを見てたまたま帰宅していた長男が「行きたい」と言うので「家族で昼ご飯に行こう」と言う事になったのである。 この店は昔は普通の「鮮魚店」だったのだが店内に「イートインコーナー」を20席位設けて「食堂」に変身してしまったのである。 もちろん「鮮魚店」が本職なので魚を販売しているのだが、人気の理由は「てんこ盛り」の丼物にある。昔の「海鮮丼(ちらし)」は普通のサイズだったのだが、2代目の若社長の「気合い」でボリュームが段々アップして進化続けている。 ちなみに家内が注文したのが「上海鮮丼(ちらし)」1,500円 ![]() 長男は「中トロマグロ丼」1,200円 ![]() 私が季節限定「海老海老天丼御膳」1,300円 ![]() この3品になるが、注目はボリュームだけでは無い。「ちらし」に入る魚の種類も半端なく15種類以上あるだろうか?これで1,500円という値段には十分満足できる。 地方の漁港などでもおなじみの盛り付けスタイルだが、肝心な事は「都内で食べられる」と言う事に尽きる。また実際の「具」のサイズも大きく、寿司ネタで良く見る茹でて開いた「車海老」とは異なり見た事無いような大きさの海老にも驚く。 店舗内にはこの「ちらしの具」の魚部分だけを刺身パックとして「テイクアウト(1,200円)用」が販売されており、お店のお兄ちゃんに頼めばこの魚を「ご飯」の上に乗せて海鮮丼にしてくれるので、お弁当代わりに外で食べる事も出来る。 ちなみに目の前は児童公園なので、気候の良い日はそこで食べている人もいる。 まあ、歩いて7~8分のスカイツリーの足元で食べる勇気のある方ならそちらでも構わないが・・。 写真のように、メニューの種類が豊富でナマ物が苦手な外国人が一緒でも大丈夫です。 どちらかと言えば「煮魚御膳」など「御膳モノ」がお得なように私は思っている。 今回の私のお勧めは期間限定「海老海老天丼御膳」で、カルパッチョ風の刺身たっぷりサラダも付く。 桜海老たっぷりのカキ揚げや大きな車海老等がてんこ盛りで、天丼のつゆは東京風の「濃いめのつゆ」が別添えとなっている。 写真より実物は大きくて、食べていると最後は天ぷらが残ってしまうようなサイズなのだ。 衣がサクサクで「油っぽさ」は全く無い。煎餅みたいに天ぷらだけでもいけるので飽きがこない。 当日も観光客が半分以上で、食べているのは80%が「海鮮丼」なので、私の「御膳」が運ばれると廻りからは「お~」と言う感嘆の声が広がった。 ちなみに木曜日と祭日は定休日で土日はもの凄く混むので、平日以外は2時間待ちは覚悟したい。 昼は2時30分で終わりとなり、その後の人は3時半からの休憩再開後から店内に入れる事となる。 さて、長男は上野で同窓会があるとの事で現場で別れ、私と家内は腹ごなしにスカイツリーのある「押上駅」まで歩く事にした。 ![]() やっぱり真下から見上げると本当にデカイ。 ただし、建物直下の真横から見ると東京タワーの方が大きく見えるような気がするが・・・。 現物を見ると登りたくなる・・・。 自宅に戻り「ネット会員」に登録し、5月7日抽選分の7月2日と3日で希望を2つ登録しておいた。 ちなみに第八希望まで登録ができます・・・。
毎日更新するつもりのブログがいつのまにか月一になっていた。 今日の仕事も「月末」の大騒ぎで終わった。PC入力締め切りが22時。 後は明日から書類の整理と発送で忙しくなる。 世の中は連休で浮かれているが、仕事の忙しさは平日となんら変わらない・・・。 そんな生活が20年以上続き、良い時の収入は公表できないくらいだったが今は同じ仕事をしても三分の一程度だろうか? 前回のブログで間違えて「45」と書いたが、キーワードは「54」である。 実は来月5月23日で私は54歳になるのだが、前回のお話の続きで「死人と会話ができる?」方2名(一人は韓国人)から同じ事を言われたのである。 それは「54歳の暑い日、あなたはこちらの世界に来る事になる云々・・・」だった。 言われた日の間隔は10年以上違うが、同じ事を2回も言われるものだろうか?それも始めて会うような人から・・・。まあ「あんたは54歳で死ぬよ、だけど死は怖くないから安心しなさい」って事。 それでもこんな事は信じる事は無かったのだが、それは昨年の2月までの事。 それは「血の病気」と表現して「脳梗塞」で倒れる日も10年以上前から正確に言われていたからなのだ。 信じたく無くても人間には「運命」があると聞かされた事を思い出す。 なので、今は身辺整理をしながら毎日暮らしている。 書類の位置から、仕事の後継者の選定、衣類(100本以上あるプレミアデニムなど)の処分。 なんでこんなに集めてしまったのか?ジーンズを履いても足は2本だしすべてを制覇して履く事は不可能だ。 かと言って興味の無い家内のような人から見れば、どれも同じ古びたジーンズにしか見えないし処分する際は「古着」としてゴミ処分されるだけだろう? だから本当に大事にしてくれるような人に配っている(無料配布?)沢山集めたバイクのヘルメットしかり・・・。 先日は友人に譲った「イタリア製MOMO(ファイター)ヘルメット」を彼の20歳のお嬢さんが街中で被って走る光景を見かけてなんだかとても嬉しくなったものだ。 私の身の回りのモノで沢山の方々が今後も使い古してくれると思うだけでもう本望である。 まあ、こんな非現実的な事が本当にあるかどうかはまさに人体実験かもしれないが、運命は運命として甘んじて受ける覚悟はできた。 後は開き直って「良い人」になる事を心がけて生きて行くつもりだ。 それと俗物的なモノだが、バカにしていた「スカイツリー」にも行ってみたいと思うのだ。 web会員になりネット抽選にも参加できるようにした。 なにしろスカイツリーまで我家から浅草線に乗れば20分で着く距離なのだから、息の根が止まる前に 行っておこうと思ったのである。 同じように6月には我家の祖先が甲斐武田一族から分かれて、加賀前田家(石川県金沢市)家臣となった痕跡を確認する為に家内と二人で旅行に行く予定も立てた・・・。 要するに「思い出作り」だ。 更新が続いていたら私は変わらず元気だし、更新が止まり数カ月間音信不通となったら本当に「運命の日」が訪れた証拠として後世に残せるに違いない。 「信じるか?信じないか?それはあなた次第です」・・なんて某TV番組でも言ってましたが・・・。 さて、単身赴任中の長男が後一時間位で帰宅すると言うので、JRの駅まで迎えにいかなくては。 社会人になっても子供は可愛い・・・。 万一自分の命と引き換えに守れる事があればそれでも構わないと思う。 それが親の気持ちだ。 最近続く幼い子供の死亡事故や残虐な事件を聞くと親の気持ちを想像し情けないほど涙が出てしまう。 私も年を取ったからかな・・・。 それとも本当に「良い人」になろうとしているのかもしれない。
本当に久しぶりのブログ更新になる。 3月末の決算と新年度の新規契約更新作業。 特に官公庁の契約を抱えているとすべての契約が4月1日付けとなる為忙しさは半端では無かった。 ようやく落ち着いてきたのが今と言う訳である。 それでも従来の新年度と異なり、気合いが全く入らない。 理由は後で述べるが、54歳と言う年齢が気を重くしているのである。 単純に54年と言う年を気にしての「年齢」ではなく、実は数字に意味がある。 同年代の連中と比べると、頭も全く禿げておらず、かと言って白髪も無い・・・。 生まれつき茶髪で天然パーマである事も幸いしているのだろうけれど、体脂肪計付きのヘルスメーターに乗ると筋肉量・新陳代謝・骨重量・すべてを計算して出される肉体年齢は毎回34歳~36歳と表示されている。 年齢を知らない方からは、見た目の年齢は誰からだろうか常に「30代後半ですか?」と言われる。 先週もM&S損保の支店長が会社に来訪されたのだが、彼が頻繁に「お若いのに・・・」と言うので「もう今年の5月で54ですよ。」と言うと「失礼しました。社長は30代に思えましたので・・・」と改めて「年長者に対する失礼なモノ言い?」を恥じたと同時に終始狼狽していた姿が面白かった。 自分より若い者を瞬間的に「目下」ととらえる人は、常に「自分より下の立場」の多くの人間に接しており「常に自分は高いところにいる」と言う自負がそのような態度になるのだろうか。 私の場合は商売上年齢は全く気にならない、例え客が10代でも70代でも同じ扱いと態度で接する。 商売をしている方なら「当たり前の姿」なのだが、銀行や保険会社などの金融関係の中枢部で働く人間は特に欠如しているようだ。 それはキャリア公務員と同じく、民間大企業でもエリート社員は「飛び級」で出世するので、いつのまにか自分より年長で社歴の長い社員達を追い抜いて部下となる。 そして自分より年長者を叱咤しながら働かせ、自分の肥やしとしてさらに上を目指す・・・。 まあ、男の理想としては夢のようだが、人間性は麻痺していくのだと思う。 さて、「あなたは神を信じますか?」なんて昔はよく街頭で勧誘されたものだが、私は残念ながら子供のころから「神」も「仏」も信じていない。 ただし、お盆の行事もするし墓参りもする。 まあ、これは慣習なので何も考えずに行っている。 だが、私自身昨年の脳梗塞で瀕死の状態の時「現在の世界」以外にも「別の世界」があるのではないか? と感じたのである。 その時のベッド上の私の姿は「身動きできずに機械で酸素を送り点滴で栄養を補充する」まるで植物のハイドロカルチャーのようだった。 つまり私以外の第三者?が私の体を抜けてその状態をベッド脇に立ち?そこで見て?今でも覚えている。 さらにもっと驚いた事に病院の内部建築構造がレントゲンのように見えたのである。 鉄骨の合間を様々な配管がめぐらされており、患者のベッドの頭の上に集中して出口ノズルまで繋がっている・・・。 実際意識は無かったし、意識を取り戻しても全く動けない状態だったので見ようと思っても「頭の上のノズル」も見えなかった。 なのに、「夢」でその配管ノズルがある事は知っていた。 また離脱した「私」はイタリアにも飛んで「観光」をしている。街の名前は解からないが匂い・風・人の喧騒や言葉が飛び交い、さらに建物にもふれて感触も覚えている。 書かれた文字を見て「へ~こんな時代の建物なんだ」と教会を見上げてみたり・・・。 家内に言わせれば旅行前日の入院騒ぎであり、「よほどイタリア旅行のキャンセルが悔しかったのね!」と笑って信じないが、はっきり言って「夢」とは全く違った体験だったのだ。 何が違うか?それは「体験時間が長かった」と言う事だ。誰でも夢で「リアル」な夢を見る事があるだろうが、それってなんらかの「矛盾」があったり不自然なストーリーだったりするが、私の体験は3Dと言うよりも「間違い無くその地にいた」気がするのである。 ただし不自然だったのが移動である。動くのに足が地に付いていない・・・。人にぶつかるのだが不思議に当たる感触が無くすり抜けるような感じ・・・。 なぜそれが解かったかと言うと、私が右側の建物を見ながら浮遊するみたいに移動していた時、正面から来た太めの中年の白人女性とぶつかってしまっった!と思った。 急ぎ後ろを振り返り「エクスキューズミー」と言おうとしたのだが、その女性は大きなお尻をぷりぷり揺らして去っていった・・・。 ・・・で「夢?」の世界の中で「自分は幽霊になったのだろうか?」と真剣に考え、そう言えばさっきから自分の体が自分の視界に一切登場していない事に気付いたのである。 壁に手が触れた感触や、風、そして街の匂いまで感じるのに・・・。 あまりにもリアルな世界。 だから「もう一つ別の世界があるのかもしれない」と思ったのである。 さて、「54歳」と言うある意味「恐怖」の年齢と、20年前と10年前に偶然知り合った2人の女性霊媒師?から言われた言葉が今になり現実味を帯びて来たので、ある意味「覚悟」をし始めた。 ・・・と言うのが今の私なのである。 一人は20年前に知り合った顧客で当時75歳。独身で家族親族は一切いない。さらにJR小岩駅前に土地を持ち資産も豊富にあった・・。 もう一人は韓国人の方でしかも日本語が全く話せない。顧客で韓国人の奥様が通訳してくれた時の話。 お二人とも今は亡くなっている・・・。 なんとその二人とも私に対し全く同じ忠告をしていたのである。 そしてその忠告を今まで全く信じていなかった・・・。今までと言うより昨年の2月までだが。 もう朝になりそうなので、続きは次回と言う事で・・・。 その時に「45歳」のキーワードをお知らせします。
26日から29日までの平均睡眠時間は約2時間だった。 毎年同じような愚痴を書いていていささか自分でも情けない・・・。 今日は四時には床に入れそうである。なので今久しぶりにブログを更新する事にしたのである。 以前はどんなに忙しくても大体2~3日おきには更新しができたのだが、最近はそれが本当に難しくなってきた・・・と言うより「ブログの事さえ頭に浮かばなかった」と言うのが本当だ。 3月末の年度変わり、特に金融機関や保険会社も含め企業は年度末は「少しでも業績を上げる為、多く数字を積んで終わりにしたい」と言気持ちがあるので、それらの営業マン達から私のところにも「最後の一声」がたくさんかかって来るのである。 ・・・というより昼間に事務所に来る人がやたらと多くなる時期でもあるのだ。 毎回訪問を断っていても「最後」となれば嫌応なしに時間を作らなければならなくなる。 「30分だけなら」と了承しても、いざ話始めると1時間はあっという間に過ぎてしまう。 我家の来客用駐車場は、「出待ち」の営業マンの車が順番待ちをしている状態が数日続いていたのだ。 当然、事務仕事は電話もかかって来ない夜9時以降から始めるしかなく、しかも例月の10倍近い仕事があるので半端なく忙しかったのである。 理由は「公務契約」つまり役所の契約を多く抱えているので、毎年4月1日付けの書類が山積みになってしまうのである。 一日でコピー用紙一束、つまり500枚がプリンターから消えて行く。・・・と言えばどのくらいの分量か何となくご理解いただけるかもしれない。 プリンターインクだって2セット用意していないと(黒は3セット)全く足らない。 それでも数年前は意外と悠長にやっていけたのである。来訪者がめんどくさいので信州の妙高高原のホテルに4~5泊し、家族はスキーをして私はパソコン・プリンター・インク・紙束・仕事道具一式を持参し現地に移動オフィスを設置して向こうで仕事をしていた。 つまり経済的にも身体的にもそんな優雅な仕事ができなくなってしまったと言うのが事実であるが・・。 一方、この次期は人事異動の季節でもあり特に金融機関の担当者は2年程度で転勤してしまうので「引き継ぎ」もしなければならず、やはり優先的に会わなければならない。 今年も男性「損保会社の営業」担当者が1名異動となり茨城に行く事になってしまった。 近年は「損保会社」の合併が続き、システムの変更やら弊害が多く出て来て担当者には毎日文句を言っていたものである。 ただその担当者は私が昨年脳梗塞で倒れた時に家内の事務補助として、事務所に朝から夜の11時過ぎまで手伝ってくれていた恩人でもある。 なので、文句を言っても「彼が悪い」のではなく会社に対する?と言うか会社の対応に文句を言っていたのであり彼には感謝の言葉も無かった。 そこで彼には私のコレクションの中から「お気に入りの腕時計」を一つ進呈した。 ・・・でもう一人異動することになったのが、30代独身の女性生保営業担当者である。 この場合の「営業担当者」とは「生保のおばちゃん」ではない。 一流大学を出て、総合職として知識を武器に営業する今までは男世界だったポジションの方になる。 なので見た目は美人さんなのだが、ショートカットで「男っぽく」て、私も女性を意識する事はなかったのである。 狭い事務所に二人きりで朝から昼過ぎまで話している事も事も多かったのである。 彼女の場合当方の仕事内容を十分把握しているので、月や週の合間で「私が暇な頃」を良く把握しており「営業」ではなく「遊びに来る」感じだった。 家内の受けも良く、その彼女が来ていても「私約束があるから夕方まで帰れないから・・・」と二人にして出かけて行ってしまう位だった。 もう一人の「損保会社」の営業担当者も30代独身女性であり、彼女と事務所にて二人きりになってもそのまま放置して出かけるのが常である。 まさか「こんなオヤジが女性にモテる訳が無い」とでも思いこんでいるのだろう。 万一間違い?でもあったらどうすると言うのだ。 基本的に「オヤジ」=「スケベ」なのだ。 若い諸君と異なりバブル時に遊びまくった今の50代オヤジ連中は、70歳80歳の「爺様」になっても「スケベじじい」つまり「肉食系ジジイ」となるだろう。 ・・・で、今回転勤する女性は月に3~5回は着ていたが、仕事で来る事は少なく世間話や昔話などを話して過ごしていた事の方が多く、当然のように毎回「お昼ご飯食べに行こうか?」となっていた。 一年の付き合いで、正直言ってなんでも話せる間柄になっていたのも事実だった。 先月冗談で「もう少し化粧でもして来いよ」と言ったら、マジで化粧してきて心臓バクバクになった覚えがある。そこで「脳梗塞経験者は心筋梗塞になりやすいから脅かすな」と怒った程だ。 女性は本当に化粧や香水で全く別の人間に変身してしまうから「恐ろしい」ものである。 その時は本当にドギマギして話辛かったので、丁度イタリアから到着したばかりのブルーの織り方が綺麗なミッソーニの春物ハットをプレゼントしてしまった・・。 本当は家内へのホワイトデーのお返しにしようとしたのだが、家内は顔?頭?がデカイので入らなかったのだ。彼女が被ると本当に爽やかで良くにあうし「こんな素敵なプレゼント頂いた事無い」と大喜びしてくれた・・・。 なので、それから勘違いされたのか?いや、私は勘違いされても良い・・・。 だがこの関係があと一年続いていたら・・・と思うと、彼女の今春の転勤は正しかったのかもしれない。 実を言うと今日の夜11時半ごろ私の携帯に電話があったのだ。送別会が終わってその直後らしい。 内容は今までの仕事のお礼から始まり、いつもここに来る事が「癒し」だったと言う話。 そして最後になると泣きじゃくりながら「お別れしたくない」「本当に好きだったから・・」とか「大好き????だったの・・・」と。 いささか驚いた私は「もしかして酔っ払ってない?冗談はやめてよ、オヤジをからかったら怒るよ」と言うのが精いっぱいだった。 久しぶり?に女性から「好き」と言われた私は、気が動転して情けないったらありゃしない。 ただアブラ汗を垂らしながら彼女の話をじっと聞くしかなかった。 ただ、男としてこんなに嬉しい事は無く、でもどうしようもない。 元気な頃なら「大丈夫?これからそっち行こうか?」とでも言えたのに・・・。 しかし最後に「近くに来たら連絡しなよ」と言うのが精いっぱいだった。 とは言ったものの本当に連絡して来たらどうすればいいのだろうか? 風呂上りの家内に「●●さん転勤だって言ったけれど、さっき電話があって今まで僕と会うのが心の癒しだったってマジで言ってくれたよ」と嬉しげに伝えたら家内はこう言ったのだ。 「あなたは本当にバカで単純ね、基本的に生保の女性は口がうまいのよ」と嘲るように笑った。 男として?スケベオヤジとして?どちらが本心なのか?ただの営業トーク? これじゃあ想像が膨らんで?気になって?今日も寝られないじゃあないか!
「3.11」が近づくにつれてTVの震災特別番組が多くなってきた。 忘れてはならない教訓なのだが、あの大災害に匹敵する「首都圏直下型地震」のカウントダウンも始まっているのは間違いない。 東北三県の場合は「津波」が死者の殆どだと言う事は事実だが、阪神大震災の時は建物倒壊による「圧死」とそのまま火災に巻き込まれた「焼死」が圧倒的な亡くなり方だった。 この「首都圏直下型」の地震はまさに「阪神大震災」タイプの地震であり、震源が東京湾の直下であれば「津波」もこれに加わる。 つまりダブルパンチを東京・神奈川・千葉は受ける事となる。 要するに今、テレビに映る3.11の後の被災者の様子は明日の我が身なのかもしれないのである。 家を失い、仕事を失い、首都圏の流通はは止まり深刻な「モノ不足」が発生するだろう。 「給水車」が一台来てもマンション一棟の住人分さえ賄う事は不可能だし、家を失った人々は行き先を求めて街を彷徨う事になる。 避難所の数にしても、あの東北3県の住民の数と首都圏の住民の数では比較にもならない差があるので一時的に避難しても「その先」の生活は全く想像が出来ない。 ここ数日そんな事を考えていると、何をやっても手に着かないと言うか「何をするべきか?」本気で迷っているので、ブログを書く気にもなれなかった。 我が家はとりあえず「耐震」「免振」住宅なので、「横揺れ地震」ならば建物倒壊はないだろうが、真下から突き上げるような「縦揺れ」の地震なんかが起きたら?どんな免振住宅でもひとたまりもないだろう? なにしろそんなどこで発生するかわからないピンポイント直下型の地震に対応するような免振構造なんか設計されていないし存在しない。 今日もTV報道で家の下に「鉄球」を配置して家が地面との間をゴロゴロ転がって揺れを抑えると言う装置を紹介していたが、「直下型地震」の地面の下から蹴飛ばされたかように家が飛び上がってしまったら全く意味を成さないと言う事なのである。 ・・・と書いている間にも私のPCは緊急地震速報を受信して福島県海岸部を震源とする地震の到達時間と予想震度の警報を鳴らしている。 カウントダウンの後、軽くユラリとしたような気がした・・・。 我家の位置における今の地震のは震度3だったようだ。 PCの警報がならなければ気付かないレベルだが、「震度」という単位は最高で「7」までしか無いと言う事をご存じだろうか? つまり「6強」の上が「7」と言う単純な数値では無く、これ以上はカウントできない規模である事も含めて7と言うレベルでまとめているにすぎないのだ。 普通「弱」と「強」では強さの差は「弱の1.7倍」に相当すると聞くが、東日本大震災の最大震度が6強だとするとそれが「7」になると、あの大地震の「2倍以上の破壊力」が首都圏のどこかに発生すると言う事なのである。 それが「どこの場所の直下」なのかが問題なのだが、発生してしまったら例え家屋がなんとか残っていても職を失う事は間違いないだろう。 さて、その後は何をして食っていけばいいのか? その事を本気で心配している毎日なのである。 後で後悔しない為に?と思って食料と飲料水の備蓄と、最低生活ができる日常品の備蓄だけは準備できているのだが、その後はどうなるのだ。 つまりその「備蓄」を使い果たした後の事だ。 まさか「その先」と言う状態までは考えてもいなかったのだ。 さて、どうする?
よく聞く話だが「運がいい人」とか「運の悪い人」とか言われる方がいるが、生きている人に対して本当に「運」と言う偶然は存在するのだろうか? 例えば宝くじに当たった人を「運がいい人」と呼ぶにしても、先ず「宝くじを買う」と言う努力をしている訳で、買っていなければ最初から「運」は来なかった事になる。 つまり「運」は何らかの努力して得るものなのかもしれない。 ところがだ、逆に「運の悪い人」と呼ばれる人は何もしないのに不運が勝手に向こうから訪れてしまうから困ってしまうのだ。 実は先週の私は「運の悪い人」だった。 先週「朝から雪が降る」と聞いたので、その前日に仕事を集中して処理して回ったのだがいつもの顧客事務所脇のコインパーキングが満車だったので、「数分で済む」と思いその事務所前に駐車したのが先ず悪かった。 ほんの数分だったが、「駐車違反」のステッカーが貼られていた。 このぐらいなら「う~ん悔しい」程度の運の悪さだが、この日は違った。 悔しかったけれど仕事は続けなければならないので、次の目的地に向かった。 場所は「新大橋通り」そこは路上のチケット制パーキングが並ぶ道路であるので、そこに駐車してきちんとチケットを購入し、窓ガラス内側に張り付けて仕事先に向かったのである。 訪問時間は一応30分以内が目安だったのだが、少し遅れてしまったのである。 まさか?と思ったが、しっかり違反チケットが貼られていたのである。 一日に2回も捕まり、違反金は合計3万円也! もう心はズタズタで、気力を失いそのまま銀行に行くと銀行の駐車場は月末と言う事で大混雑。 そこで、今度こそはとコインパーキングに駐車して銀行手続きを終えて駐車場に戻りコインを投入。 すると200円入れたがそのまま戻ってきてしまう。 違う100円玉を入れてもまた戻ってしまうのだ。 私の後ろに他の客が並んでいたので先に譲ると、その方の料金は800円と表示されたので1000円を投入していた。 ところが今度は200円のお釣りが出て来ない。 そうこうするとすでに4~5人が列に並んでいる。仕方なくその方も後ろの方に順番を譲るとやはり私と同じでコインが戻っていた。 その状況を見たところ1000円札を入れた場合は釣りが出ず、コインだけの入金は弾かれると言う状態だったので、他の客が管理会社に怒りの電話をかけたのだ。 見ていると1000円入れた人は、おつりが出ない代わりにロックが解除されて車は出せるようになっていた。 なので、それを見た人達は1000円を投入して自分の車を駐車スペースから頭半分だけ出して管理人を待っていたのだ。それを知らない「新規入場車」の運転手は「おい!出るのか出ないのかはっきりしろ!」と怒鳴り、まさに一触即発の緊張状態になってきていた。 20分程するとアルソックの警備会社の車が来て、対応を始めたのだが料金支払い機のケースを開けて「皆さんおいくら投入されたのですか?」とそこにたむろす人達に尋ねると、皆さんは「・・番に停めて1000円」とか言って警備員から1000円札を貰っていた。 ・・で私の番になり「おいくら入れたのですか?」と聞かれたので「200円です」と答えたら、「無料でけっこうですのでそのまま出して下さい・・・」 バカ野郎、30分も待たせているんだぞ・・・。と内心思ったが最初からみんなのように「1000円」と嘘をついた方が良かったのか? とにかくムシャクシャして自宅に戻ると、今度は自宅パーキング入り口の反対車線に「COOP」の配送トラックが停まっており運転者も不在だった。 その路地は車がやっとすれ違える幅の道なので、自宅Pにバックで入るには車の頭を目一杯そのトラックが停まっている場所まで右に切らなければならない。 ・・・で右のトラックに擦らないようにゆっくりとハンドルを右に切りながら前に進むと「ゴリゴリ、グシャリ」と言う嫌な音が左側面のドアから聞こえたのである。 トラックはそんな私の「醜態」にも気付かずいつのまにか「すみませんでした!」と言いながら立ち去ってしまった。 まあ、自爆なんだから仕方が無いが・・・。 無事に駐車はしたものの「左側のドア」は電信柱との戦いに敗れて瀕死の重傷だった。 本当に「腰が抜ける」と言う感じは、あの状態を言うのだろうか? 今日一日何と言う「運」の悪さなのだろうか?と思っていたがそれだけでは無かったのだ。 その後急用があり、顧客先に行かなければならなくなったが「事故車」に乗って行くのも悲しいし、もう一台の軽自動車である「アイ」に乗って出かける事にしたのである。 今度の運転は慎重に・・・。 路地もゆっくり、安全運転。 顧客先に着いてそこのお宅に停めるのだが、そこは道路に並行した壁に沿って「右側」にぴったりと停めて左側のドアから出なければならない場所だった。 慎重にバックさせながら、右に幅寄せしていたところ、またしても「ぐしゃぐしゃ」と言う嫌な音が今度は右後方のバンパーあたりからするではないですか。 「だってココは障害物無いでしょう?」と思って降りてみると、高さ50cm位の丸い鉄製の「クイ」みたいなモノが塀際に立っていたのである。それはT字露なんかで車がバンパーで自宅の塀を擦らないように防止するための「車避け」だったのだ。 まあ理由なんてどうでも良い、とにかくまた車をぶつけてしまったのである。 こんな不幸な男の話を聞いた事あるでしょうか? 駐車違反で一日2回捕まり、自分の車2台を自爆事故でぶつけてしまうなんて・・・。 そんな時、人間の頭は理解不能なのでしょうか?ヘラヘラ笑ってしまうものなんですね。 音に気付いた顧客が「車、大丈夫ですか?ここよく擦るんですよね・・・」と心配していたが、私がヘラヘラしていたので大丈夫だったと思ったらしく・・・。 自宅に帰ると家内が「運の悪い日は動かないでじっとしていればいいのよ」と言うが、そこまで運が悪いなんて思って生活している訳でもなく、ここまで「運」が悪い人もいる訳が無いと思うだろう。 まさに「想定外」の出来事であり、しかもまぎれも無く現実で精神的にかなりの「痛み」を伴うものだった。 車の修理は普通ディーラーに出すが、実を言うと「保険会社の紹介修理工場」に頼んだ方が楽なのだ。 普通、自爆事故では代車は出してもらえない。 しかも「入庫日」なんかを指定されて、直しにかかるのは双方の都合の付く日になってしまう。 しかし、保険会社の提携修理工場に出せば、すぐに代車を持って車を取りに来てくれて対応してくれるので結構助かるのだ。 しかも仕上がりだってディーラーに依頼した仕上がりと変わる事は無い。 なぜならば、ディーラーだって自社では板金修理はしない。と言うかできないので指定工場に持ち込む形となるのである。だから修理日の都合が付きにくいのだ。 まあそんな事はどうでも良いのだが、軽自動車の修理はまだ考えていない。 保険で綺麗に治るのは解かっている・・・。 だが、また何かありそうで怖いのである。 だから一台は当分修理しないで過ごそうと思っている。 それは自分を戒めるためでもあるから・・・。
最近はこのブログを更新するのが大変になってきた。 ・・・と言うよりも精神的なゆとりが無くなってきているのかもしれない。 そんな時に、一人暮らしの長男が神奈川県の某街から3時間かけて我が家に帰って来てくれる事が何よりも楽しみになっている。 今日も会社が終わり、支社の全員が帰宅したのを確認してから会社のカギをロックして「これから帰るね」とメールがあったのが22時45分。 小田急線で新宿まで行き総武線中央線で帰宅するのだが、我が家に一番近いJRの駅に着いたのはやはり日付の変わったAM1時50分だった。 雨が降っていたので駅まで車で迎えに行ってあげたのだが、家内は「甘やかさない方がいいわよ」と責める。確かに一人っ子で甘やかして育てたのは間違い無い。 彼が生まれてからの23年間は、何だかんだと言っても日本の景気は良かったのである。 収入だって今の4倍以上あった。 だから3歳から幼・小・中と「お受験」をさせてあげる事ができたし、大学に進んでも「法律の勉強をしたい」と言うので2年間「大原」にWスクールもさせた。 別に司法試験を受ける訳でもないが、所属していた法学部でイニシアチブを取るには「陰で専門知識を養っておいた方が良い」と言う彼の考えに賛同したからに相違ないが、何の事は無い「これも学校の勉強についていくための塾」だったと言う事である。 そんな大小合わせた塾代を含めた20年間の学費は総額でいくらになるのだろうか? 軽く3,000万円を遥かに超えて4,000万円近い費用がかかっていると思われる。 家内は「これから元を取らないと」と言っているが、どう考えても長男から金をむしり取る事ができるのは独身時代の残り数年だけである。 しかも彼のハードワークを見ていると、気の毒でしょうがないのだ。 最大手でもある一流企業はそんな兵隊の給与を上げすぎると、社会保険や厚生年金の負担が増えてしまうので「福利厚生」を良くして社員をつなぎとめていると言う姿が見え隠れする。 以前マクドナルドの社員給与について「月々の基本給は低く抑えて、ボーナスを10カ月分にする」みたいな事をやっていて問題になった事がある。 その理由は当時の厚生年金でも社会保険でもカウントする給料算定月が確か、5・6・7月の平均給与で決まっていたと思う。 その期間に高額給与を貰う人は最悪だ。 レジャー産業に従事する人なんかはゴールデンウイークを含めて、最も給料が高い時期に算定されてしまうとその料率で一年間同一金額で引かれてしまう事になる。 その月に平均給与が残業代も含めて40万円貰えていたのが、冬の時期は20万円しか貰えなくても引かれる保険料はコンスタントに毎月40万円の給与を得ている社員と同じ額を払わなければならない。 ・・・なんて矛盾があって憤慨したものである。 実は私が大学卒業後に最初に勤めた「役人」の頃のセクションがまさにそんな感じだった。 本当に「秋から冬場」の手取り給与は、バイトの臨時職員より低かった思い出がある。 今はだいぶ改正されたとは思うのだが、今でも同じでサラリーマンは所得の誤魔化しが効かないから気の毒なのである。 さて、そんな今日の午後税務署から電話がかかって来た。 本当に心臓に良くない電話である。 しかし内容は『貴社は1月決算なのでその際に「eータックス」で申告してもらえないか?』と言う事だったが「税理士さんにまかせているので」と断ると「税理士さんに伝えて貰えれば大丈夫ですから」と食い下がる。 そこまでして「電子化」させたいのだろうか? 中小企業の経営者や確定申告をしなければならない人なら経験があると思うが、この時期の税務署は「戦いの場」でもあったのだ。 私も「個人事業主」として青色申告をしていた頃があったが、担当官によっては項目チェックで文句を言われる事もあるし、ダメ出しされて再提出させられる事だってあったが、そこには少なからず「人間」が存在していたのである意味「お願い」が通じたのである。 その担当官と言う「門番」を通過してしまえばそれで申告はクリアと言っても過言ではなかった。 しかしだ、それが電子化されればそうはいかないだろう? 想像だが「経費」の支出バランスなんかで、何かの項目が突出していたりすると自動的にチェックが入るようなシステムが組まれているに違いない。 ・・・で後から「お尋ね」と言うハガキが送られてくる。 私も一度この「お尋ね」があったが「●月●日●時に●●税務署まで、●と●の資料を持参して来て下さい」というものである。優しく書いてあるが、要するに有無を言わさずの「出頭命令」に他ならない。 だが、ハガキが来るだけならまだ良い方だ。私の同業者の中には自宅やオフィスに「税務調査」がいきなり訪ねて来て大騒ぎになった事がある。 ただしこれは脱税の摘発を行う「マル査」ではない、その前の段階の「調査」なのだがこれがまた横柄な方々が優しいような?きついお言葉?で徹底的に領収書やその筆跡まで調べて帰る。 そして接待交際費の領収書なんかは社長の「行動予定表」や「手帳」に記載された行動日時と合致しているか?とか矛盾を探すのである。 本当は5,000円しか持参しなかった?領収書の無い葬儀の香典を適当に嵩上げして書いた「香典として3万円」なんて気楽に書いて支出にしておくと、当時の「手帳記録」やらその他の領収書を持ちだして、さらにその時の「参列御礼文書」などの証拠まで調べられるのだ。 そして『この日は18痔に顧客への手土産としてケーキを●●デパートで購入し、その後「お通夜」に参列して、その後は銀座まで出かけて?喪服を着たまま?4名で?イタリアンレストランでお食事ですか?さらにその後は新宿のスナックで二次会という日程でしたのですかねえ?そこまで盛り上がれば仏さんもさぞかし喜んでいたでしょうね』・・・と的確で有無を言わせない事実の矛盾まで指摘されて・・・。 ちなみにこれは実際のお話です。 今では税務署も「気の毒?」に思ってくれる程所得が減ったが、まさに「東日本大震災」「台風災害」「タイの洪水」「超円高」そして「不安定な政権」このプロセスが確実に日本経済を破壊した。 たった1年で本当に日本は壊れてしまったと感じている。 だが、今の日本の若い人達やあまり影響を体感できない一般国民、さらには高額年金を貰って過ごしているようなご老人などは殆ど気付いていないのかもしれないなあ。 4月以降秋まで?とにかく心配で夜も寝られないのだ。
先日何かの相談記事で、「自分が死んだら着信メールの保存やブログのページ管理などはどのように扱われるのだろう?」と心配している方がいたが、口座から携帯の料金や会費相当分が引き落とされている限り続き、途絶えたら自然廃止になるだろうと言う事だった。 確かに一か月以上入院して自宅に戻り、メールを開いたらとんでもない事になってしまった事がある。 メール総数は軽く3000件を超えて、受信メールをダウンロードするのだけでも大変な時間を要してしまったのである。 本来ならば管理サーバーの元にログインして元で消去してしまえば簡単なのだが、重要なメールも点在しているので、やはり一通りタイトルと送信者だけでも全文目を通さねばならなかったのだ。 さらにダウンロードしている最中にパソコン自体が調子悪くなり中途で中断するとまた大変な事になる。 つまりおかしくなった時点では、まだ全文をダウンロードできていなかったのでそこでもう一度受信を始めると「最初のメール」から再びダウンロードして同じメールを繰り返して表示される事になる。 最終的には同じメールを4通づつ受信する事になり、合わせて10,000通近いメールを「目を通しながら」消去しなければならなかったのだ。 中には「入院お見舞い」を兼ねてのメールも点在するので、後でまとめてお礼のメールを返信せざるを得なかった・・・。 もう二度と入院なんかはしたくはないが、次回入院する事が事前に解かったら小さなB5サイズのノートパソコンは絶対に持参しようと思っている。 eモバイルもあるしネット接続もできるのでPCが一台あれば暇な時間も何とかなる。 実際5月に2週間入院した時は真っ先に用意して使っていたが、その時はパケットが「使い放題」では無かったので結構金がかかってしまったと言う記憶もある。 それでもPCが一台あれば、銀行決済もできたし仕事もする事ができたのである。 しかし、最初の入院のように右半身不随のような状態になってしまったら?動けないので意味は無いのだが、当時一番の「希望」は病室から動かない右手に代わり左手で「携帯メール」でこのブログを更新続けた事だった。 左手一本しか使えないと言う事は、それはそれは大変な作業であり記入途中で操作を誤り全文消去されてしまったりなんて事もあった。 そこで今になって気付いたのだが、人間はいつどうなるか解かったものではない・・・と言う事。 だから、「万一の事」を考えて「正確に指示を残す」必要があると思ったのである。 それは「遺言」ではなく「家族への指示書」である。 実は、今空いた時間を使って一生懸命その「死後・植物状態等の動けなくなった場合の指示書」を作成しているのだ。だからブログ更新もできていなかった。 やっているとサラリーマンとは異なり、会社を経営していると膨大な指示書が必要になる事も解かった。 いつ?どのようなタイミングで?誰に?何を伝え?どのように動いてもらうか? 印鑑や重要書類、返却するモノから処分しなければならないモノ。 銀行口座が凍結される前にとりあえず銀行預金からお金を下しておく必要も。その金額や使途。 会社取引先への対応や、中途状態になっている契約の流れを変えたり会社経費の引き落とし口座の変更もしなければならない。 さらには、会社・個人の土地・建物当の登記変更まで考え、さらに顧客への説明文書の作成・・・。 何しろ私に万一の事があった時に残された家内では何もできない事が解かっている。 その為、パソコンでアクセスする必要がある仕事では「ID」「パスワード」も伝えておかないとならない。さらに面倒なのがアクセスするパスワードは、各社三ヶ月ごとにパスワード変更をしなければならず しかも時期が異なるので「共通パスワード」とする事も出来ないので、その作業の指示書まで造る必要がある。 これらを考えていたら果てしなく膨大でキリが無い事がわかってきた。 逆を言うと「ワンマン経営者」が亡くなった場合、残された者がどれだけ苦労する事になるのか?が解かっただけでも良かったと思っている。 また身辺整理も重要だ。 「残しておきたく無いモノ」「見られたくない?物」も処分する必要もあるし、ヘソクリだって公開できるような手段を考えておく必要があるのだ。 事実、残されたヘソクリ口座が宙ぶらりんになっていた時、それが気になったのか?亡くなったはずの上司S課長がその夏のお盆に幽霊となって現れた事があった。 会社の赤外線アラーム警報機が発報し、警備員が行くと誰もいない。その状態が夜間に一日に数回。 それが8日間毎日連続して起きていた時の事。 警備会社はセンサーも交換し故障していない事も確認し、・・・で9日目の夜中、警備会社への自動通報があった時に、事前に駐車場の車の中で待機していた当時の新しい新任課長と私と警備員の3名が会社事務所に恐る恐る入ると・・・。 S課長が生前座っていた席に、なんと「リアル」にきちんと「3D画像?」と言うか、「生身」に見えるS課長が座っていたのである。(透き通る事も無く本当にカラー?で生身と同じ身体に見えた) これは3人が同時に目撃しているので間違い無く、「S課長どうしたんですか?」新任課長が声をかけた瞬間にその姿が瞬間移動のように消えたのである。 そして翌日スタッフ全員で事務所内を捜索すると、ロッカーの上にS課長の私物が入った段ボール箱が一つ残っており、開けてみると預金通帳とカードと銀行印が入っていたのである。 金額は25年前の頃だが、確か250万円位あった。 そしてそれらの遺品を奥様の元に届けて仏壇に置くと、「翌日からアラームは鳴らなくなった」と言う真実の話がある。 本当に私が見た幽霊?と言うか?伝えよう?とする怨念か?であり、死んでも気になるような事は残さない方が良いのだろう?・・・と思った瞬間でもあった。 なので、今生きている内に必ず「指示書」は作っておいた方が賢明だと思うのだ。 幽霊になって「家族に伝える」ような事は、家族も良い気はしないだろうから・・・。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |
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