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BIOGRAPHY

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 Gary LeVox(Vo.)
 ゲーリー・ラボックス
 70/7/10
 オハイオ州生まれ





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 Jay DeMarcus(B.)
 ジェイ・ディマーカス
 71/4/26
 オハイオ州生まれ





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 Joe Don Rooney(G.)
 ジョー・ドン・ルーニー
 75/9/13
 オクラホマ州生まれ





5枚のアルバムをリリースした現在、Rascal Flattsは名実ともに音楽業界のトップに立った。
Gary LeVox, Jay DeMarcus, Joe Don Rooneyの3人は、デビューからの8年間で信じられないほど遠く遥かな道のりを歩いて来た。そして”Still Feels Goodをリリースした今でも、その道は続いている。その証拠に、アルバムのファーストシングル”Take Me There”は、Rascal Flatts史上もっとも急速なセールスを示している。

彼らは、2006年全ジャンルのアーティストの中でトップセールスを記録した。500万枚を売上げ、昨年販売したカントリーミュージックCDの14枚に1枚はRascal Flattsのものである計算になる。前作”Me And My Gang”は最初の週に72.1万枚以上売り、カントリーミュージシャンとしては実に15年ぶりにトップセールスを記録したアーティストとなった。2006年のツアーは74都市・100万人以上のファンの前でステージを行った。その内、LAのStaples Center、NYのMadison Square Garden、ナッシュビルのSommet Centerを含む61公演はソールドアウト、多数の会場で最高動員数を更新した。また、2007年ACM Vocal Group of the Yearアワードを5度目の受賞。同カテゴリーにおいて、往年のスーパーグループAlabamaとタイ記録を樹立した。

今作 ”Still Feels Good” でも、最高のソングライター陣を迎えている。
Jeffrey Steele, Neil Thrasher, Wendell Mobley, Hillary Lindsey, Tony Martinらが曲を提供。”Take Me There”には、作曲界のスーパースターともいえるKenny Chesneyが参加。ThrasherやMobleyと共に、この斬新なヒットを生み出した。

「とても特別な歌。ギリギリに手渡されたデモを聞いた瞬間にピンと来たよ。女性と真剣に向き合う、センチメンタルな歌なんだ。素晴らしい歌の力というものを見せつけている。」Joe Donは語る。

このアルバムでは、3人の才能の豊かさが存分に発揮されている。”Still Feels Good”では今までのアルバムで、最も多く曲づくりにメンバーが参加。自由を手にした女性を描いた陽気なナンバー”No Reins”で、JayはThrasherやMobleyとコラボ。Garyは同じふたりと、終わりのない愛を祝福するタイトルカットを作曲。そしてThrasherやMichael Dulaneyと共に、サウンドシステムばっちりの豪華なトラックを乗り回す、楽し気な様子を描いたパワフルなカントリーソング”Bob That Head”を作った。Rascalの3人が結集して作ったのは"Winner At A Losing Game"と"She Goes All The Way"。前者は失恋とその痛みを美しいハーモニーで描き、後者はMonty Powellを作曲陣に加え、Rascal史上初のデュエットを披露。Garyと彼の長年の友人であるJamie Foxxが、リードボーカルを交代で歌った。

「最初の何行か出来たあとは、カンタンに書けたよ」Jayは言う。「Jamieを僕たちのアルバムに迎えられたことも、本当に良かった。アワードでよく一緒になるけど、僕らの音楽がいかに楽しいか、Garyのことをどれだけ誇りに思うか、いつも言うんだ。今年の初めに彼に曲を聞いてもらったけど、喜んでやりたいって返事してくれたよ。」

「彼のアルバムに僕らが参加するならやる、って言うんだ(笑)」Garyは回想する。「なかなか面白いスワッピングだったよ。Jamieは素晴らしい才能を持っているし、自分のコメディツアーを終えた直後にナッシュビルに来てくれたんだ。」

豊かでまばゆいハーモニーが、アルバム全体を通じて奏でられている。批評家は、Garyがポピュラーミュージック界のなかで、最も技術があり、感情に強く訴える力をもったボーカリスト路線をひた走っていると評している。

「リリック面では、このアルバムが一番凄いと思う。確実に次のステップを上ったし、Dann Huff(プロデューサー)と一緒にやったことによって、ライブ感をCDで表現することをみんな掴んだと思う。ソングライターとしての進化、人として、またミュージシャンとしての成長も描けている。このアルバムは、今までやったプロジェクトの中でもっとも誇りに思っているんだ。」Garyは言う。

”Me and My Gang”やFaith Hill, Keith Urbanなど多数のプロデュースを手掛けるHuffとRascal Flattsの織り成すサウンドは、たちまちナッシュビルの最も刺激的なコンビネーションとなった。

「前作で、どうやってDannとやったら上手く行くか、学んだ。その経験が基盤としてあったからこそ、今回より良いことが出来たし、彼も僕らからより面白いものを引き出せた。素直に、Rascal Flatts最高の音楽が出来たと思う」Jayは言う。

そのゴールデンコンビネーションは、完璧なハーモニーに心地良いグルーヴ感をもつ、ハッピーだがオリジナルな曲を作る。人間の様々な感情をテーマにすることが多い彼らだが、Rascalサウンドの大局は肯定的なものであり、何百万というファンたちはRascalサウンドに対しポジティブで情熱的だ。

Rascalとファンのその様な結びつきは、2000年にリリースされダブルプラチナアルバムとなったデビューアルバムからのファーストシングル”Praying For Daylight”から始まった。この曲は同アルバムから出た4つのヒットの内の1つ目であり、4つ目の”I’m Movin’ On”は楽曲とパフォーマンスを融合させ、聞き応えあるサウンドを実現。単なるヒット曲の枠を超え、スタンダードの域に入れた。"Bless The Broken Road", "What Hurts The Most", "My Wish"も同様のプロセスを辿り、カントリーミュージックの新たな時代を築き、アルバムをリリースする度に新たな伝説を作った。ダブルプラチナの ”I Melt” はCMA Horizon アワードを受賞し、後のACMとCMAの両アワードのVocal Group of the Year受賞へと導いた。2004年にリリースされた ”Feels Like Today” は、ポップとカントリーの両チャートで初登場1位を獲得し、500万枚近く売上げた。2005年の全ツアー中2位を記録、70都市・75万人のファンを動員、Country Song of the Year (“Bless The Broken Road”)とVocal Performanceでグラミー賞を受賞した。プロデューサー、また真正のスーパースターとしての力を証明した。この間、9つの#1シングルと17つのトップ10ヒットをリリースした。

オハイオ州コロンバス近くから始まった栄光の物語は、”Still Feels Good”で次なる展開を見せる。GaryとJayはいとこ同士で共に音楽一家に生まれ、大きな夢と才能を持っていた。Jayは歌声と楽器演奏テクニック(ギター、ベース、キーボード、マンドリンなど)を携えて1992年にナッシュビルに行き、East to Westというクリスチャングループの一員として一回目のレコード契約を勝ち取った。1997年には、当時オハイオ州の知的障害機関で働いていたGaryの説得にようやく成功し、音楽の夢を追求しようと共に歩み出した。

JayがChely Wrightのバンドとライブをしたとき、オクラホマ州Picherの田舎で夢と才能を育んだJoe Donと出会う。当時JayとGaryは、Printer’s Alleyのナイトクラブで働いていた。あるライブの夜、来るはずだった雇われギタリストが来れなくなり、そのピンチヒッターとしてJayがJoe Donに声をかける。最初の数小節合わせただけで、なにか特別なものをお互い感じた。一緒に録音したデモがLyric Street の A&RシニアVPのDoug Howardの耳に留まり、現在のサクセスストーリーへと繋がっていく。

それ以来、Opry(アメリカ全国数カ所にあるカントリーミュージックホール。ナッシュビルにあるものが最大)でステージを行い、”Life Is A Highway”でCARSのサントラに参加。同曲は2006年に最もダウンロードされた曲のひとつとなり、多数のアワードにノミネートされた。最近では、Evan Almightyのサントラのためにビートルズの”Revolution”をカバーした。

GaryにはBrittany(7)とBrooklyn(3)の二人娘がいるなど、メンバー全員は幸せな家庭を手にしており、これまでにミュージシャンとして蓄えた財産も社会的貢献に役立てている。彼らが行っているチャリティの一例としては、VanderbiltのMonroe Carell Jr. 小児病院に140万ドル寄付している。

それでも彼らは、ここ数年間で達成した偉業に、謙虚な姿勢を崩さない。

「大きな夢を持っていたんだ」Joe Donは言う。「一足飛びに成功しよう、なんて思ってた。でも、この何年間で実際に起こったことは、たぶん夢想だにしなかった。音楽業界の人間全員が、毎週同じチャートをみて、同じ数値を目にしている。そのリストのトップに自分たちの名前があると、まったく違った景色が広がるんだ。とても有難く、謙虚な気持ちになる」

「自分たちが作れる最高の音楽を作りたいだけなんだ」Jayが付け加えた。「ファンがこんなに僕らのことを好きになってくれることに、僕たち自身も驚いているんだ。大きな、大きな祝福を受けていると感じるよ」

Garyの信条は、揺るぎ無くシンプルだ。「始めたその時から、一生懸命努力してきた。そして、誰が僕らの雇い主かもちゃんと分かっている。…それは、ファンなんだ。彼らが僕らにくれるサポートを、音楽で返そうと頑張っている。彼らが僕らを愛するように、僕らも彼らを愛しているんだ」

(公式HPより引用)



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