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Washiroh その日その日 [全1168件]
![]() 後日、きちんと書き直す。 カーレースの話を聞いた。 ぼんやりと聞いているうちにいくつかの現場を思い出した。 うちひとつが1968年の富士スピードウェイ。「'68日本グランプリ」の取材で、たしか撮影チームを10班ほど組んでの取材だった。 北野元の乗る日産R381が優勝。 おもしろい取材撮影だった。 きょうぼくは、滅多にないことだが本を持たないで家を出た。 電車の中で、さぁきのうの続きを読もうと鞄をさぐるが、ない! 仕方がないから下車駅まで目のマッサージをやっていた。 以上、今週末に、きちんと書き直そう。
![]() 高井戸駅から歩き出すとき、いつも心がけるのが、速度を周囲のひとに合わせるなということだ。ひと拍もふた拍もテンポをずらし、ゆっくり行くのだぞと自らにいい聞かせる。そうしないと必ず歩調が早くなり、すぐに呼吸が乱れるのだ。 乱れるのがたいがい小学校を越したあたり。上り坂の途中で、そこから先には座り込める処などまったくない。ふだんはそのあたりで吸入薬であるサルタノールを吸うことにしている。うがいができないのが気になるが、いつだったか担当医が「うがいなんて気にするより呼吸をラクにするほうが先です」と断言してくれたからどんどん吸う。 今朝はそういった手順がなかったのだ。 あれっ? と思うくらいラクに仕事場の敷地に入った。 「寄り道オフィス」に入ると仕事仲間の上見さんが青戸さんと話している。彼はプラモデルを手にしており、話のようすでは青戸さんが作ったガンダム(?)らしい。 プラモデルは黄金色と黒(と見えた)に色が塗られている。上見さんが「塗ってるよ!」といっていたからこれも青戸さんの手による成果らしい。 ふうむ、話には聞いていたが、ガンダム好みという趣味ジャンルはかなり濃密な潮流を成しているようだ。 業務はチェックと入力と補正。 いろいろやったな、きょうは。 帰宅後、コンポのスウィッチを入れ最初に聴く曲を、きょうは『Ruby Tuesday』にした。 いつもたまらなくいいのが「good bye, ruby tuesday/who could hang a name on you」というくだり。 ぼくはいま、この曲のこの部分がとても好きだ。 とりあえず、いまはこれまで。 これから夕食なのだ。
![]() カーテンを開けたときの陽射しに思わず歓声を上げた。 起き、コーヒーを淹れる。 陽次郎くんが協同掃除に出てくれて、かみさんと朝めし。 食パンとフランスパンのトースト、スクランブルエッグ、生ハム、野菜。 日曜恒例のテレビ番組を見る。 浅井慎平さんが原則重視の発言をしている。「政治家が政治は奉仕活動であることを忘れてしまってから久しいが、それではダメだ」といった趣旨。 いいぞ。 陽くんが帰って来た。 スクーターがもっぱらの話題だったと、作業しながらご近所さんと交わした話の報告。 彼もフランスパンを食べはじめた。 食後、ぼくはローリング・ストーンズを聴いた。 『Ruby Tuesday』を聴き、『Undercover of the Night』を聴き……。 『Undercover of the Night』は、ともすれば激しいリズムに流されてしまうところを歌いかたでこらえているところが好きだ。歌詞を見ながら聴くと、妙に乾いた夜の風景を歌う感じが伝わってくる。なにより酒場の風景が見えてくるようで、歌いかたがみごとだと思う。 つづいてリンダ・ロンシュタットの『I Go To Peaces』を聴き『Dreams of the San Joaquin』を聴いた。 『I Go To Peaces』は本当にいい歌だ。 そしていま、アルゼンチン・タンゴを聴いている。 先週の木曜日と思うが高井戸からの道を歩きながら、何だろう、タバコのことを考えていたのだろうか。タバコくゆらし君を待つと歌詞にある『Fumando Espero』という曲名のタンゴがあるなと思い、家に帰ったら聴こうと思いながら忘れてしまっていたのだ。 邦題『君待つ間』。 テープに入れたはずと思い、探し出した。 ある種の名曲集となっているテープで聴いているとうれしくなる。フロリンド・サッソーネの『淡き光に(A Media Luz)』なんてじつに久しぶりだ。 こうしてひとしきり音楽を聴き、それから本を読むかDVDを見るか。 午後は図書館から借りているDVDを見よう。 上掲の写真は近所の何でもない風景。 いわば「いい天気」関連といったところか。
![]() かみさんは8時すぎに上野に出かける。 きょうから東京都美術館で始まる書展、心象舎展を手伝うためだ。きのうは蓮太郎くんが作品搬入と展示セッティングの手伝いに行っていた。 見送って、コーヒーを淹れる。 もうれつに腹がへっているが、まずはコーヒーを飲みたい。 熱いコーヒーを2杯。 それから朝食を摂り、おとといの通勤電車で読み始めた横山秀夫著『クライマーズ・ハイ』(文藝春秋刊)を読む。 地方新聞社の雰囲気がよく伝わるところがおもしろい。 でも、もうひとつリアリティを感じないのは何なのかなぁ。 午前中いっぱいで読み終わるかと思ったがそうでもなかった。 昼すぎ、中断してデヴィッド・ボゥイ『Scary Monsters』を聴き始めた。 1980年の作品というから、リリースからもう30年経つことになる。 その間にデヴィッド・ボゥイを聴くことは何度もあった。 出演している映画も観た。 デヴィッド・ボゥイは魅力があるなと思ってもいた。 ところが、なぜかそれ以上に引きこまれることはなかったのだ。 ローリング・ストーンズの場合と同じようにその理由を考えても意味があるとは思えないが、いま、あらためて聴き入る機会をもてたことはよかった。 『Scary Monsters』に収められている曲になじむのは容易ではない。 この「立ちはだかる感覚」は、やや誇張していえば、小説『クライマーズ・ハイ』の舞台となる谷川岳衝立岩の描写を思い出させるものだった。 いまのぼくにとっては、そういった「容易でない感じ」がデヴィッド・ボゥイの持ち味となっている。 しばらく聴いて、つぎにリンダ・ロンシュタットのCD『We Ran』を聴く。 このひともかなり前から気になっていた歌手なのだ。 で、意識的に聴くのはこれが初めて。 いいなと思って何度もかけ直した曲が『I Go To Pieces』だった。 何という哀切感。 歌われている内容はほとんど絶望しきった状態ではないか。 1998年リリース。 60年代にはジョーン・バエズがいたなぁと、ふと思う。 ロックがいよいよおもしろい。
![]() 雪の残りというより溶けた霜が凍ってしまうのだろう。 ぼくが歩いたすぐあとで「あ!」と声が聞こえ、振り返ったら転んでいた。一緒に歩いていた何人かが駆け寄ったが、自分で立ち上がってコートの後ろを払っていた。注意して歩いたからよかったものの、あんなに滑りやすいとは思わなかった。 いつものように「寄り道オフィス」に立ち寄る。 高城さんが「きょう、どこで待ち合わせようか?」といってくれた。 今夜、彼女と青戸さんと3人で飲み食い歓談の予定があるのだ。 初めての3人呑み会、今夜はまことにたのしみしていた晩なのである 高井戸駅のホーム、寒いから待合室にしようと決まった。ホームの富士見台寄りに待合室があると彼女が教えてくれたのだ。いつも渋谷方面最前部に乗るぼくは待合室の位置をはっきり知らなかった。 業務は終日リストチェック。 今週は月曜日から週末まで、ずっとリストチェックを続けてきた。 ようやく1枚リストが見やすくなってきた感がある。 で、夕方、ふだんどおりゆっくり歩いて駅に行き待合室へ着く。中に入ればあたたかいとわかっているが歩いていたせいで寒くないから入らず、傍のベンチに腰掛けた。 かみさんに連絡をと携帯電話を取り出したら電話がかかっていたマークが出ている。 たしかめると日刊現代の米田龍也さんからだ。 14時59分とある。 午後の休憩は15時からだが、そうと知ってかどうか、直前にかけてくれたらしい。ぼくはきょうのそのときの局面をよく覚えている。 午後3時直前、とりかかっていたリストチェックがもう少しで終わるところでチャイムが鳴ったのだ。ぼくは「終わらしちゃえ」とチェックを続けたのだった。ただ不備その他、面倒ごとがあったら休憩後に回そうとも思ったわけで、要するに書類を見るのに夢中だった。 米田さんはすぐに出てくれた。 若く、塩っぽく、きりっとしたいい男だ。 声を聞くのは何年ぶりだろう。 久闊を叙したのち、いつ呑もうかという話になり、下旬の火曜日と決めた。 日が近くなってからまた連絡を取り合うことにし電話を切る。 待合室の中を見ると、いた。 そのとき電車が入ってきたので扉を開け、声を掛け、乗ろうと促し、目の前のドアから電車に乗った。 さぁ、飲み食い歓談の始まりだ。 府中伊勢丹9階のダイニングルームに着き、とりあえずの注文を済ませる。 高城さんは何とかいうリキュール、ぼくは例によって澤ノ井。 つまみにフライドポテトと鶏皮焼き。 青戸さんは待つほどのこともなく到着した。 お忙しいと聞いていたので30分後ぐらいになるかなと話し合っていただけに、高城さんとふたり、早めの到着をよろこんだ。 生ビールと焼き鳥盛り合わせを追加する。 歓談はわぁわぁ盛り上がり、新中野のディスカウント・ショップ「大黒屋」を青戸さんもよく利用していたという話から「公務員に残業規定はない」というぼくの認識不足を知らされる事実まで、談話の途切れる間がなかった。 大黒屋の名を出したのはぼくだが、なにしろ新中野に丸26年住んでいたわけで青戸さんも住んでいたと聞いて懐かしくなってしまったのだった。あの店で、たとえば白色電球が80円だったことや蕎麦が2束入った袋詰めが40円だったことなどが思い出される。レジの人の顔まで浮かんでくるよ。 ビールとカクテルと酒を追加し、つまみにとろろ芋やトンカツを補充する。 公務員に残業規定なしという事実については聞いてびっくりした。 ぼくにそういう認識はまったくなく、しかしいわれてみれば国家予算に基づく費用なのだから労基法の適用外というわけで、ま、わかりやすい話なのだ。 青戸さんがブログの年金カテゴリーに目をとめて「読んだんですよ」といってくれたのにはかなり照れた。 悪口雑言しか書いてないみたいなものだからなぁ。 青戸さんに「いまはどう思っているんだろう?」と問われるのも当然で、ぼくは「めしを喰わせてもらってます」と答えたけれど、あのカテゴリーには2本書いたきりですっかりご無沙汰したままで気になっているのだから、いずれ、時の経過に基づく見方の変化を書かなくてはならない。 ちょっと前の話になるけれど、1968年ごろにぼくもメンバーとなった異業種交流の研究会「宇宙同遊会」の例会で、ある巨大企業に所属する男が自分の時間について漏らした感想に「サラリーマンに本を読む時間なんかない、映画を観る時間もないよ」というのがあった。 ぼくは、それを聞いて「状況が意識を決定する好例の話か」と思うていどの受けとめかたしかできなかったものだ。 が、いま、毎朝5時に起きて6時39分のバスに乗り、定時よりずっと早いとはいえ8時半ごろ仕事場に入り、それから夕方まで仕事をして帰宅するという毎日を送っていると、むかし聞いた上記の感想がしきりに思い出される。 ブログに書いたと思うがいまのぼくの読書時間は1日45分ぐらいだろうと思う。 これまで、こんなに本を読まない日々はなかったけれど、同じように映画を観る機会も激減しているし、だいたいふだん会わないひとと会って話をする局面が極度に少なくなった。 何をいいたいのかというと、ひとつには、2本だけにしろ年金カテゴリーに何ごとか書いたころは自分の時間がたくさんあったと思ったことなのだ。それは、たとえば第三者委員会の現在にかんする記事を読んでいないことにつながり、いい換えればアタマにうごめく何ごともないといった情けない状況に突き当たる。 それから、これはあまりいいたくないことだが収入の問題を考えたくなったこともある。 巨大企業に属していた男の感想は、もちろんサラリーマン一般にいえることとは思わなかったが、いま仮に往復4時間通勤を前提にして考えると、彼のいったことは通勤者全員に当てはまりそうな気がする。 ただ、そこに収入の問題を投げ入れると様相が変わるのだ。 往復4時間の通勤者であっても彼と同じように巨大企業なりの収入がある場合には……、いやこの話、急にやめたくなった。 わかりきった状況論になりそうでイヤになってきたのだ。 ものごとは愉しくすすめなければダメ。本を読む時間の不足などぼくはいつでも乗り越えられるというものだ。 だから、年金カテゴリーにはいずれ考えていることを書こう。 澤ノ井を2本も呑みきらないのにぼくはけっこう酔った。 わるいくせで、ぼく自身の話をしがちになるのでわかる、たしかにわずかな酒で酔った。 酒に弱くなったと実感するが、それよりも浴びるように呑むとか前後不覚に酔っぱらうとかいった状態がもはやあり得ないこととあらためて知らされる思いがしてつまらない。 よほど愉しかったのだろう、意外な早さでラストオーダーの時間となった。 銚子に酒が残っていることは知っていたものの、ラストオーダーとなるといつものように蕎麦をたのみたくなる。 ところが蕎麦なり何なりをたのむと運ばれてきたときに急いで食べなければならない時間しかない。で、蕎麦とともにいつも欲しくなる甘いものをとることにする。 高城さんはホットケーキ、青戸さんはチョコレートパフェ、ぼくはクリームあんみつを注文し、食べ終わると閉店時刻となっていた。 いやぁ愉しかった。 京王八王子でバスを待ちながら、かみさんにメイルをと思って時刻をたしかめると夜11時に近い。 寝ていたらいけないと送信先を陽次郎くんに変えて送っておいた。 そうしたら、乗って停留所3つめを過ぎたぐらいのところでうしろから背中を軽く叩かれ、振り返ると何とかみさんがいるではないか。 きょうは小金井の実家に行くといっていたので、遅くとも8時ごろには帰っていると思っていたのだ。 おやおやどうしたと聞くと、バスから降りたいぐらい酔っているという。 降りようかと聞くと「大丈夫、降りない」という。 ともかく、よく会えたものだ。 きょう1日の締めがかみさんの介抱とはね。 ぼくは、つくづく運がよいふたりだ思った。
![]() きょう、ヒマさえあればそのことについて考えていた。 70年代のロックについてぼくが語れることはほとんどないことに思い当たり、これはしかし、どういうことだろうと考えたのだ。 70年代といえば、ヨーロッパを行き来する仕事に打ち込んでいたころだ。 したがって仕事が忙しかったからだということはできるけれど、それはしたくない。 デヴィッド・ボゥイだって知っていたわけだし、ヨーロッパのあちこちでABBAのポスターを見かけることも多かった。 その気になればいくらでも聞くチャンスがあったのだ。 ビートルズ関連の取材をしたこともあった。 急に思い出したが、初めてのロンドン・ロケでデゾ・ホフマン(Dezo HOFFMAN)さんを取材したではないか。 デゾ・ホフマンさんはとビートルズが無名だったころから写真を撮りつづけた写真家として知られるひと。ビートルズに限らず若い無名のころから撮影し、やがて著名人となった映画女優や舞台俳優が何人もいると聞いた。 ぼくが取材したのは1975年ごろだったと思うが、インタヴューに答えて「撮りながら、彼ら(ビートルズ)は必ず有名になると感じた。長年の体験から感じとれたのだと思う」と話してくれた。 だから、ホフマンさんのキャビネットには若い若いビートルズの写真がたくさんあった。 ローリング・ストーンズも同じころに世界的な存在となっていたわけで、ぼくだって名前ぐらいは聞いていた。にもかかわらず、ちゃんと聴く機会を作らなかったのだ。 いまその理由を考えてもしょうがないけれど、不思議なのはそのころもぼくはしょっちゅう音楽を聴いていたわけで、要するにロックに夢中ではなかったということらしい。 クラシックを別にすると、当時、やっぱりジャズを聴いていたような気がする。 それと、歌謡曲だな。 小林旭、都はるみ、西田佐知子……。 クラフトワークというドイツのグループがいて、ぼくは最初のアルバムから気に入ってしまい、手に入る限りのLPを買ったものだ。 きょうは、空気の冷たい中を歩いているときや電車に乗っているときなど、そんなことばかり考えていた。 果てはぼくにとっての1970年代というテーマまで考えた。 これ、せっかくブログを書いているのだから、仕事も含め、折に触れて書いていこうと思っている。
![]() ところが、動くとすぐに息が上がってしまうからパソコンの前に座ってさぼっている。 (と書いた数分後、大声で怒られた)。 朝は早く起きた。 6時すぎだったかな。 しばらく経ってから蓮太郎くんが朝食に蕎麦を茹でてくれ、かみさんと3人、とろろ蕎麦を食べた。 うまかった。 その間ベッドにいた陽次郎くんが掃除を手伝ってくれているようだ。 パソコンに向かっているぼくには見えないが、かみさんと交わす声が聞こえる。 久しぶりにメーラーを整理。 かなり下のほうに、ということは10日も前の着信なのだが、従兄弟の道夫くんからのメイルがあった。 湯河原の住所を教えてくれるメイルだ。 わぁ申し訳ない。 すぐにお礼とお詫びの返信を送った。 ローリング・ストーンズ。 きょうは1997年とかのCD『BRIDGES TO BABYLON』を聞いている。 4曲目の『Already Over Me』が味わい深い。 男と女の別れが、そうだな、広い風景となって見えてくるようだ。 深く、広大。 ぼくはいま、ローリング・ストーンズを知ってそういうところが気に入っているらしい。 午後、かみさんがスクーターの試乗を終えたあと、市役所の駅前事務所へ行くためふたりでバスに乗る。 まずソムリエで人参や豆苗など野菜を数種類、牛乳、卵などを買う。 ソムリエに行くのはじつに久しぶりだった。多くの商品が「99円」という価格表示で売られており、安い。 市役所の事務所と図書館は同じ建物なので両方の用事を済ませることができた。 マイケル・ムーア監督作品『シッコ』を予約しており、用意ができたという知らせが来ていたので、きょう、借りてきた。 でも観るのは週末になるな、平日はなかなか時間の余裕がつくれないから。 市役所の駅前事務所での用事は住民票その他の取得。 済ませたあとは富士ガーデンで肉や魚の買い物だ。 魚は、鮪の刺身、紅鮭の切り身、鰤かま、たらこなど。 肉は豚肉と生ハム、だったかな。 ほかにパンと豆腐を買った。 帰りのバスに乗り込むころには日が暮れはじめていた。 家に着くと、陽くんが片付けて広くなった居間の床に横たわり漫画を読んでいる。 彼の要望でかみさんが「恵方巻き」を作り、それぞれ西南方向を向いて願いを念じながら喰った。 あまりのうまさに、ぼくは「うまい!」と叫んだ。 聞いていた陽くんは「信じられないことをする」とかみさんに訴えている。 黙して食べなければいけないそうで、陽くんはウィーン留学試験の合格を願ったという。 ぼくはそんなことより味のよさのほうが重要、今年の恵方巻きはホントにうまかった。 でも、恵方巻きって、何だ? ぼくが知ったのはつい4、5年前のこと。 子どものころに聞いたことがなかっただけではない、たとえば10年前、世間がミレニアムとかって騒いだころに、恵方巻きなんてありましたっけ? 夕食後、David Bowieのアルバム『SCARY MONSTERS』を聴き始めた。 聴いて思うことは、70〜80年代ロックをめぐる愉しみを味わい損ねたという実感だ。 この間、青戸さんが「これからでも間に合いますよ」といってくれていたことを、ふと思い出した。 さぁて、薬を飲んだことだし、そろそろ寝なくては。 |一覧| |
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