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きょうはマリリン・モンローが来日した日なのだそうだ。
覚えている。 1954年(昭和29年)2月1日という日付は忘れていたが、その日の晩、大女優を乗せた車が羽田から京浜国道経由で帝国ホテルに向かうと聞いた。 そのころ住んでいた高輪の家から、いま石榴坂と呼ばれる坂を下ると京浜国道で、電車通りに沿った歩道に立っていれば必ずマリリン・モンローを見ることができると考えたことを覚えている。 大女優は大リーグの野球選手、ジョー・ディマジオと一緒に車に乗っているのだ。 見に行きたいなと思って夕方の時間を過ごしていた。 しかし、そうか、あの日は2月1日だったのか。 日の暮れるのが早くて、そろそろ品川駅前を通ると聞かされていた時刻にはとっぷりと暮れていたのもよく覚えている。 行けば見られる、いまからでも走っていけば見られる、と思いながら結局出かけなかった。 翌日の新聞にマリリン・モンローが到着しディマジオとともに帝国ホテルに入ったことを報じる記事が写真とともに載っていた。 そんなことを思い出したのは、ラジオで1954年のきょう、マリリン・モンローが来日したと聞いたからだった。 5時に目覚め6時半に起き上がったのだが、そのあいだの1時間半をラジオを聞いて過ごしたのだ。 朝のラジオでは誕生日の花を伝える。 きょうの花はアブラナ科の花菜(はなな)なのだそうだ。 花言葉は「ういういしさ」。 ほんの1分間ぐらいの時間で伝えられる花の話が不思議におもしろい。 いつも「ふうん」と思いながらたのしんでいる。 つづいて、きょうの一句。 家々や菜の花色の灯をともし 木下夕爾 たいへん有名な句だそうだが、俳句に疎いぼくは今朝のラジオで初めて知った。 知るなり、いい句だなぁと気に入った。 そうしてマリリン・モンローの来日が58年前のきょうだったと教えられたのだが、その前に1895年(明治25年)のきょう、京都で全国初の路面電車が走ったという事実も知らされたのだった。 ぼくは京都で、その「日本最初の路面電車」となった車両に乗ったことがある。 生まれて初めて京都に行ったのが小学5年生の冬で、昭和28年の暮れか29年の正月だった。 行くときは佐伯さんという京都住まいの父の友人が連れて行ってくれたのだが、帰りはひとりで、まぁ人生最初の鉄道旅行というわけなのだった。 あこがれていた特急つばめ号に乗り、東京から8時間で京都に着いた。 8時間という時間も、8階建てのタワー部分を備えた旧京都駅も、何もかもがまぶしかった。 京都の駅を出ると市電通りがあり、そこで「日本最初の路面電車」を見たのだ。 前後の乗降口にドアがなく、オープンの空間に乗り込むスタイルで、オープンな型そのものは東京でも走っていたが車両のかたちが全く異なっていた。 それとは別に、同じ線路を東京では見たことのない細身で丸みを帯びたモダンな車両も走っていた。 佐伯さんが「これが最新型、さっきのは日本でいちばん最初の市電。京都の市電では最も旧い車両と最も新しい車両がつかわれているのだよ」と教えてくれた。 ちょっと曇った日で、その2種類の市電は強烈な印象なのだった。 シフトが早番で、6時半に出かけるかみさんを見送り、新聞を開く。 当然ながら沖縄防衛局の市長選介入問題が大きく取り上げられている。 この件はテレビニュースでも焦点とされており、きのうの予算委の模様とともに田中防衛大臣批判が強まっている。 鮭を焼いて炊きたてご飯の朝めし。 鮭以外のいろいろもまことにうまく、朝からきっちり2膳食べた。 国会中継、衆院予算委。 政府には65人の民主党議員がいながら誰ひとり議事録がないことに気がつかなかったのかと自民党・斎藤健委員。 自民党を支持しないが同感だ。 共産党・塩川鉄也が八ッ場ダムについてキャサリン台風をめぐる質問をするが前田国交大臣は話を逸らせた。 1回だけ行われた八ッ場ダム建設をめぐる検証会議で、参加していた地方代表者のうち13人中4人が国交省からの出向、それでは国交省の意向に寄りぎみの結果が出るのは当たり前で公正を欠くやりかたではないかと追究したが、前田大臣は話を逸らせっぱなし。 卑怯な大臣だ。 社民党・阿部知子委員は福島の原発被害に関する質問をし、汚染稲わらを食べた牛4626頭の追跡検査を継続する必要を説いていた。 年金一元化および最低保証年金という民主党公約が素案に具体化されていないと公明党・石井啓一委員。 これもさきほどと同様に、公明党を支持しないが同感だ。 だれかの質問で引用されたデータ、1人当たり雇用者報酬・公務員914万円、民間412万円(2005年)。 メモとして記録。 午後、かみさんが戻り、しばらく休んでから夕食の支度を始めた。 シラタキだけ入らないすき焼きふう。 うまいなぁと思いながら食べたが、途中で腹の具合がおかしくなってしまった。 かみさんは何ともないのだから食材のせいではない、ぼくの体調が本調子ではないのだ。 むかむかする気持ち悪さ。 結局それ以上はどうにも食べられず、うまそうな豆腐入り野菜牛肉鍋を眺めるだけで夕食を終える。 夜のニュースが、沖縄防衛局長の講話事件が組織的な不当介入だったと報じた。 何という国なのだろうなぁ、この日本国は。 民主主義にはほど遠いことがどんどん明確になる。 東京新聞サイトに出ていた「被ばく基準緩和 NHK番組 原発推進団体が抗議」という見出しの記事も問題のある内容だった。 NHKの番組『揺れる国際基準』に関わるこの報道、その後の行方を注意深く見ていく必要がある。 記事中にある「三団体」の抗議活動は調査報道への封印に通じるような問題を含み、気になる。 [もののあれこれ]カテゴリの最新記事
京都から8時間の、少年の一人旅。
市電の形の話など覚えておられるの、すごいですね。 ほぼ一日かけて東京から京都まで。 うたた寝したりしたのかなぁ。 せっかくの車窓から見える景色を読書で見ないというのももったいないけれど、なにしろ8時間ですもんね。 現代の子どもたちだと、ゲームしたりするのかな。するんでしょうねー。(2012.02.05 22:05:55)
metronさん
うれしいなぁ、このメッセージ。どうもありがとうございます。 >うたた寝したりしたのかなぁ。 覚えていないのですが、本を読んではいなかったと思います。そのころ眼科医にかかっており、動く状態で本を読んではいけないときつくいわれていたから。 (2012.02.08 13:30:06) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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