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ルイ14世の宮廷生活 (8)
フランソワ1世を継いだアンリ2世(在位1547~1559年)は、ひろく全国を巡幸することはせず、軍事遠征を除くとパリに近い、シャロン、ランスそれにpリ近郊のコンピエーニュのシャトーに短期滞在する程度でした。 ところが、アンリ2世の不慮の死を経て、急遽即位した彼の子ども達の時代になると、摂政となった母后のカトリーヌ・ド・は、メディシスは、幼王を伴って、またまた長い巡幸の旅に出ています。 病弱だった兄の死を受けて、10歳で即死したシャルル9世(在位1560~74年)は、母后と共に、1564年1月から66年5月まで2年3ヵ月余の間、完全にパリを留守にしています。名高い「フランス大巡幸」です。 宮廷は、820日を超える巡幸のなかで、巡幸先での逗留は628日、残りの200日は旅の空で過ごしています。この間、最も長く滞在したのは、90日滞在したムーランでした。その他の各地は大体30日前後の滞在でした。 シャルル9世の時代に、フランスの宗教戦争(1962~98年)が始まっていますが、戦局が深刻になるのは、次のアンリ3世の時代ですから、シャルル王の巡幸を戦争のためとするには、無理があります。彼が巡幸しなかったのは、中央山地(リムーザン一帯)とブルターニュ、ノルマンディなど英仏海峡沿岸地域だけでした。 シャルル9世が24歳の若さで没した後、弟のアンリ3世(在位1574~89年)が即位しますが、彼の時代は、宗教戦争が激しく燃え広がっており、戦地を転戦する国王として、パリ滞在は必然的に短くなるしかなかったのです。 それは、アンリ3世亡き後に、王位を継承したブボン家出身のアンリ4世(在位1589~1610年)の治世前半も同じでした。 [外国史]カテゴリの最新記事
国王が戦地に赴けば、戦士たちの士気も高まることでしょう。
しかし、3年近くも放浪している間、パリを守っているお留守番の人もいた訳ですよね。 どんな気持ちで守っていたのかしら…(2012年02月12日 00時50分00秒)
kopanda06さん
>こんばんは。 > >戦争の話題の徐々に登場。 >王宮が必ずしも華やかな世界ばかりでなかったことを実感します。 ----- 17世紀になると、内乱はなくなり(フロンドの乱のみ)、国際戦争が延々と続きます。 江戸時代の平和は、世界史の例外です。 ザビ (2012年02月12日 01時23分32秒)
トンカツ1188さん
>こんばんは > >しかし820日もの間 都を離れて > >放浪??に近い状態で 政治の決済は > >何処でするのでしょう ----- 大法官外、引き連れています。宮廷ごと移動しているのですから、まさに国王のおられる所がまつりごとの場所なのです。 日本でも、日清戦争の時、天皇は大本営の置かれた広島へ… 政府、議会もこの時は広島へ…。 広島が一時期臨時首都になりました。この拡大版とお考えください。 ザビ(2012年02月12日 01時27分46秒)
音屋でおじゃるさん
>国王が戦地に赴けば、戦士たちの士気も高まることでしょう。 >しかし、3年近くも放浪している間、パリを守っているお留守番の人もいた訳ですよね。 >どんな気持ちで守っていたのかしら… ----- 単なる留守番です。気楽で良かったでしょうね。 ゆっくりしてきてね。くらいのもんでしょう。 考える尺度が違うのですから… ザビ (2012年02月12日 01時29分50秒)
王宮生活の裏側は人間関係が・・・で大変だったと聞いていますが・・。
曇り空の日曜日、これからお仕事しいなです・・・(笑)。 どうか暖かくして、素敵な日曜日になりますように・・( ^^) _旦~~ いつもありがとうの感謝を込めて・・・☆ミ(2012年02月12日 08時09分09秒)
巡幸なんていうと聞こえはいいですが内実は大変だったのですね
長い留守のパリ、よくぞ御無事で・・・ 留守中を襲って占拠なんていう勢力はなかったんでしょうか(2012年02月12日 10時37分54秒)
しいな☆pinkroseさん
>王宮生活の裏側は人間関係が・・・で大変だったと聞いていますが・・。 > ★ 皇太子妃などは、それで随分苦労させられますね。その点は今でも同じなのでしょうが…(苦笑)。ただ16世紀は王権がまだそれほど強大ではありませんから良いのですが、ルイ14世の時代になると大変でした。 >曇り空の日曜日、これからお仕事しいなです・・・(笑)。 > >どうか暖かくして、素敵な日曜日になりますように・・( ^^) _旦~~ > >いつもありがとうの感謝を込めて・・・☆ミ ----- ★ 日曜日のお仕事、ご苦労さまです。 ザビ(2012年02月12日 18時55分26秒)
吉祥天2260さん
>巡幸なんていうと聞こえはいいですが内実は大変だったのですね >長い留守のパリ、よくぞ御無事で・・・ >留守中を襲って占拠なんていう勢力はなかったんでしょうか ----- ★ あります。あります。パリは王権からある程度の自治権を獲得している自治都市です。パリ市政府は市の商工業の中核をなす6つのギルドの代表が握っています。 ですから、市政府が反王権派に荷担すると、国王はパリに入れてもらえなくなることも、往々にして出てきます。 アンリ3世やアンリ4世は、入れてもらえない期間も長かったのですよ。 ザビ (2012年02月12日 18時59分32秒) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |