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あと2時間くらいして東北は気仙沼に向かいます。車で8時間らしく術後の目をかばいながらなのでノンビリゆっくり行きます。 皆さんのお布施で発電機、掃除機、扇風機、テントからこまごまと車満載。気仙沼から築館、南相馬、いわきと過密スケジュールの演奏訪問が続きます。 津波地区と原発地区では考えも違うだろうし、自分の目で見てきましょうか。それにしても、見たくない光景、被災地は正直気が重いものですね。見て見ぬ振りもできないのでしっかり見てきます。 お線香もしっかりたくさん持ちました。 教会が4か所あるようなので聖体訪問しミサ願いもお願いしてきます。
来週の気仙沼市からいわき市まで4か所の訪問演奏の準備、29日は月に一度のワンコインコンサートの準備、それに家の大掃除。掃除していて兄弟子の作品を見ることとなった。今日の掃除はけっきょくやらずに終わりそう。15年前の作品だからちょうど今の僕の年齢だろうか。 気力がない心に火が付いた。じつに素晴らしい。あの兄弟子が恩師の跡を継いで着実に自分の作風を作り上げているのが感じられた。 一級の詩に負けないそれ以上に詩を生かした音楽が流れていた。詩の理解力、詩からくみとる感性には脱帽である。恩師がこの兄弟子をいつも意識していたのが今になって分かるような気がする。 彼は若いころ、教員と作曲の二足のわらじを履いていた。 作曲をやるのなら教師をやめなければ、と恩師に言われ翌日教師を辞し作曲生活に入った。ただただ作曲の生活を送った。 その兄弟子も80を過ぎ今も書いている。 片目が不自由くらいでなにするものぞ。 少し書くことに心が動き出しつつある。 それにしても見事な作品である。 来年は恩師が帰天して20年。今年秋には先生のお弟子の作品も交えて演奏会を開きたいものである。
草津カトリック教会のリードオルガンのペダルのばねが折れ、バネをやっと入手した。もう在庫はないらしい。 リードオルガンは生産中止のようだしこれからどうなるのだろうか。つまりは電気オルガンに統一されるのだろう。 オルガン修理のできるピアノ調律師は少なくなるしでこの先、修理ができなくなる可能性が見えてきた。 草津のオルガンはまずは僕が修理するがあぶない話です。 いくつかの施設にリードオルガンがあると聞いているので時間を見てもらいに行こうと思っている。いまのリード自体が粗悪で音がよくないので古いオルガンのリードだけでも集めておく必要があるでしょう。 どこにいっても電子オルガンの音が響きわたる。エレキギターと寸分の違いもない音楽が教会に響き渡る。 東北被災地訪問が迫ってきた。持参するもの、送るものとに分けているところ。
朝起きて朝の祈りと腕時計のネジ巻きをしてコーヒーを入れて鳥たちにエサをあげるのが一日の始まり。退院してから気が枯れて気が付くと一日が終わる、を繰り返している。 本当にまずい方向に向かっているのを感じだしてます。ラッシュ電車に乗り仕事に向かう人の気持ちがわかるような気がしてます。 気を取り戻さないと。 東北大震災は一年が過ぎ被災地は元に戻った、良かった、の感がノン被災地ではあると思う。やれるだけの募金もしたし、その領収書も保管しているし。 はたしてそうなのだろうか。 埼玉は被災者の避難場所の旧学校校舎では冷めた弁当生活が強いられていると聞く。一年が過ぎていまだにこんな生活をさせる国民があるのを世界はどう思うだろうか。臭いものにはフタである。 報道は復興の希望に向かっての画像を流し続け、暗い画像は却下されるようだ。 これが民主国家なのだろうか。 放射能はどうなったのだろうか。 長いものにはまかれろ。なるようになるケセラセラ、と笑い飛ばす国民のなんと不幸なことか。 孫たちのアメリカからの里帰りを迎え大掃除を少しづつやっている。何年も忘れた楽譜が出てくる。掃除を一時中止し不自由な目で楽譜を読む。 オペラ・聖ザビエルの断片が出てきた。ちょうどザビエル記念館が焼失したころの作品だがもう完全な楽譜はない。自ら消去したから。20年前の作品になる。 あのころ、ザビエル記念館の復興とザビエルへの関心とでたくさんの作品が生まれた。報道もされた。 あのころのアクションと今回の東北大震災とが重なり合う。本当のアクションがどれほどあるのだろうか。悪いこととは言わないがみんな良かれとのアクションなんだろうが、倒れた木で仏像を作りバイオリンを作り、頑張ろう被災地とがなり立てる音楽をぶら下げる恥ずかし気もなく放映され、ズック靴で作業をするボランティアは大丈夫なのだろうか?破傷風の危険はなにのだろうか? やることなすことただただ大海原に浮かぶ手漕ぎボートの日本国。哀れな姿のような気がする。
パソコンが故障し修理に出してやっと手元に戻ってきました。 日頃バックアップを取っていなかったので超心配してましたが無事資料が残っていました。 大変な数の楽譜が入っているので、もし消えていたらと胃の痛い思いが続きまた。 外付けでBuが取れるようにしてくれたのでまずは今後は心配ないかと。 修理費3万5千円なり。 楽天ブログに復帰します。
自民党 日本国憲法改正草案 http://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/seisaku-109.pdf
東北の被災地ははるか広域であること。その地域でも必要品は千差万別がそうできる。 先週の日曜日にはリサイクルのテントを12張と長靴50足を手配した。 ボランティア参加者もテント持参とはいえきゃしゃな低価テントでは使い物にならない。厚底の長靴でないと万が一にでも釘でも刺さる物なら破傷風も心配になる。 同じ1万円のテントでもリサイクルショップの1万円だと古いけどしっかりしている。さすがに長靴は新品だけど。卓上コンロとガスボンベは他のグループが提供してくれた。 ポータブルの発電機が必要だと言う地域があり、格安のを探している最中。安いのはメイドイン・アジアでどうも心配。日本製だととんでもない金額になるので、メイドイン・ヒナを信用するしか手はないだろう。ためしに1台購入。まだ試運転はしていないのだが。 気仙沼に今月末に訪問演奏をすることになったが、幼児対象の会場とイヴェント会場の二か所。車で8時間はかかる距離なので、演奏会の回数を重ねたいとも考えている。が、一番肝心なのは演奏家。 それにフォークソングのギター奏者が欲しいのだが、どなたかコードの弾ける人はいない者かな・・・。僕のまわりには全くいないし、いざとなると気持ちよく参加してくれる人はいないものですね。 防災グッズを調べていると、これが関東で大地震が起きたら大変なことになると想像するだけで身震いする。隣近所との付き合いもどんな家族かも知らず、かりに近隣が崩壊したら近隣所帯はどう対処するのだろうか。お気の毒と見て見ぬ振りをするしかないのだろうね。 人身事故があってもお互い相互互助の精神は生まれないだろうね。川の橋が欠落しただけでも救急車も救援者もなにも通らなくなるから、数日間の生活必需品を各自備えておかなければ。お隣が備えていなければどうなのだろうか、見て見ぬ振りしかないのだろうね。 学校も公民館もお役人のやることは全然信用も信頼もできないから、こういうときこそ、宗教関係、お寺さんとかキリスト教会とかの出番だと思うけど、これまたお金儲けでそんな心のケアーはしてくれるとは思えないし、望む方がおかしいかもしれない。 でも、さすがに、僕にこうもこっぴどく言われて重い尻をあげようか?と思案中のお寺さんもいるのは救いです。 我が家は津波とは無縁だが、火事と家の崩壊による被害。 防災訓練も年に一度の自治会主催であるが近所の手舞程度の参加だから何の役にも立たないだろう。 おかげさまで、僕はアウトドアは得意なので生き延びる自信はあります。が、一番大事なのは音楽資料。これだけはどうしたらよいものか思案中です。 放射線はいまだに同じく高いレヴェルです。 どうなるのかなぁー、狭いニッポンどこへ行く。
29日はワンコイン・コンサートの日。 今日で22回目を数える。小さな街の片隅で小さなコンサートを。入場料500円玉硬貨で気楽に。近所の人たちが井戸端会議をするかのように集い情報交換の場になればとの発想。 基本的には我が家のレッスン室が会場となる。30人でいっぱいで充分だと思っていたが、東北大震災の募金を考え公共施設を借りることにした。30人が倍になるわけでありがたいことです。 今日は自治会館。何人の方がお出かけくださるか。 東北大震災といっても広域で要望も千差万別だろうが、僕の関係する地域は物資の必要性、僕ら程度の金額では何もできなくなってきたと思う。むしろ精神的ケア―的な分野である音楽などが喜ばれるようだ。5月は気仙沼に訪問することになるが、片道500キロ・高速9千円、8時間かかるという。演奏家の手配をあしたから始めないと。 最近は東北被災地の話しが話題とならなくなってきたように思える。 お上の協力が薄い中一年が過ぎ、そろそろ心のケアーが必要になってくることでしょう。とくに子供たち、学童などに音楽などを。
マスコミは政治と政治家の裁判、増税と電力と結局は期待したのが馬鹿だったのかと政治に無関心を示そうとしている。これで一番得するのは政治家と一部財界でシナリオ通りでほくそ笑んでいるのだろうか。こういう時だからこそ国民は政治に強い関心を示すべきだろう。 我が家は娘と孫の帰国を迎える準備をそろそろ始めている。とにかく2年以上使わなかった物は捨てる。 数年前に書籍を軽トラ2台分を処分したが、それでもまだ3分の2は残っている。 貴重な書籍などをどうしたらよいものか決めかねている。 掃除のついでに?防災準備も並行している。発電機・簡易トイレから小間物まで。我が家の住宅街は万が一の避難場所としてはあてにはできない。自治会組織が形式的なだけに何の役にも立たないし逆に混乱をきたすことでしょう。大は国レヴェル、小は自治体レヴェルとちらも何の役にも立たないから結局は自分の身は自分で守ると言うことでしょうか。 ホームセンターを覗くと防災関連は盛況なようで品薄商品も見かける。 老後を考えると貯蓄。銀行はノー利子だからタンス預金でお金が回らない社会。どんどん経済が冷えて行くだけ。 関東で大震災が起こったならば、関西大震災とは全く違う復興になるのだろうか。我が家の住宅街はよそ者の集まり。とは言っても30年40年になるのだが隣近所との付き合いが少ない。それぞれ勝手気ままな行動になるだろう。関西人のようにお互い助けあうとは考えにくい。お隣が困っていても見て見ぬ振りを当然と感じるだろう。 それと、とても不思議で、考えられないのが宗教施設の防災対策。大きな敷地を所有している宗教団体、学校幼稚園などでは万が一の防災の時は近隣住人に手を差しのべる計画は出来ているのだろうか。
「霊的花束」が立て続けに贈られてきた。 霊的花束を頂くことは想像もしていなかったことだけに病み上がりの身にとっては嬉しいかぎりです。人が人のために祈り時間を割くという行為。ここまでは美しい話だが、その証?、その証明書?なる何回あなたのために祈りましたと書いて本人にわたすわけです。ここのところがイヤラシク抵抗のあるところでした。 こんかい我が身のこととして、それも3組の方々からと個人的に霊的花束を頂き、カードにロザリオの祈り何環、ミサ願い何回などと書かれているのみ見ると、病者のやわな心に希望みたいなものが湧いてくるのを感じる。 「ロザリオの祈り」一環を唱えるにも30分はかかる。人のために30分を割くことは出来ることではない。 まったく見知らぬ人、遠く北海道から、ホスピス患者から、病者から、ホームレス、シスターから。 こんな話を知った。一人信者さんの女性がガンで亡くなり葬儀音楽をお手伝いしただけの関係なのだが、遺された未信者のご主人が亡き奥さんの代わりにと「霊的花束」に参加し、主梼文、信望愛徳唱、ロザリオ、病者の祈りなどを教わり、熱心に唱えてくれたと聞く。いまは司祭のもとに通っているとのこと。 ちなみに俗にいう「一人信者」(ひとりしんじゃ)とは多くは奥さんが信者さんで、御主人の理解がない中で教会通い信仰生活をしている信者さんのこと。 ホームレスの方々がミサ願いをお願いしたと聞く。ミサ願いと言ってもただじゃぁーない。ない金を工面したのだろう、ありがたい話です。炊き出しのシスターにミサ願いを相談依頼した光景が浮かんでくる。こちらは暇にまかせてお付き合いをしているだけなのに。人と人とのつながりを実感しています。 ※草津のハンセン病療養所にあった重監房をテーマにした朗読劇。ギター曲にしようとやっと決まりデッサンを始めてます。1年前から構想は練っているので今一度デッサンすれば完成するでしょう。現実なことを考えると、つまりギタリストがなかなかいないのでピアノでも弾けることを念頭にしなければと思っています。草津も春を迎えたが、戦中、あの厳寒の中に何の理由にもならない問答無用で特別病棟という名ばかりの重監房に入れられ、電気もなく暖房もなく不自由な食事のなかで凍死した人たちを思うにつけ、人間の心底にある恐ろしい心を想起しなければならないでしょう。 そんなことをギターで表現したいと思っています。 ※東北で亡くなられた方々、1万9千人だと言う。その霊魂のために「紐ロザリオ」を編み始めている。400本。未信者さんが一緒に編み出してくれたことは大きな光です。残念なことは信者さんに反応がないこと。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |