ユニセフが生んだ誤解1
ユニセフは毎年世界子ども白書を出版している。1997年は児童労働特集である。児童労働を研究しはじめた私にとってこの本はバイブルに近い存在であり、何かと参照してきた文書でる。ユニセフという子どもに関する権威のある組織が出版した報告書であるので、児童労働に関わる記述に引用されることも多い。この報告書の中では、冒頭にユニセフが「児童労働に関する4つの神話」をかかげている。その内容は、神話1 児童労働は貧しい世界だけのものである神話2 貧困をなくさない限り児童労働はなくせない神話3 児童労働は主として輸出産業で行われる神話4 児童労働を効果的に禁止する唯一の方法は、消費者や政府が制裁やボイコットを通じて圧力をかけることであるである。この神話3と神話4を読んだ私が受け取ったメッセージは「消費者や政府が圧力をかけることは、2つの理由で児童労働を減らすことに貢献できない。第一の理由は神話3の輸出産業に従事する児童労働は限られていることであり、第2の理由は神話4で記述されていたボイコットはよくない結果をもたらす場合がある。」ということである。しかし、アメリカで児童労働に関わる20団体以上をインタビューした結果、この神話3と4をこのような形でユニセフが報告書に記述したことに関して疑問を抱くようになった。その文章自体に間違いがあるわけではないが、この神話3と4が与えた世間への印象を考えたとき、ユニセフは児童労働に対する誤解を生んだといえるのではないか、というのが私の見解である。私が一番腹立たしいのは、この「神話」は児童労働をなくそうと活動する一部の運動への批判に利用されていることであるが、それは次回に書きたい。さて、肝心の内容であるが、神話3と4をみて私が抱いた疑問についてまず書こうと思う。この神話3において、「実際、輸出部門で働く子どもはごく少なく、その比率は全体の5%以下であろう」という記述があり、脚注がついている。脚注が示す出典は、アメリカ労働省が1994年に出版した「米国が輸入する工業品・鉱物における児童労働」についての報告書である。2ページ目の引用箇所を見てみると、Only a very small percentage of all child workers,probably less than five percent, are employed in export industries in manufacturing and miniing.(強調は筆者による)とある。「製造業と鉱物生産における輸出産業に従事する働く子どもの数は全体の5%にも満たないだろう」というこの文章は、「製造業と鉱物生産」に限った記述であり、農業製品がまったく入っていない。それなのに、上記のユニセフ報告書の記述は「輸出産業全体において5%未満」と受けとれる書き方である。これは誤解を生んでいるのではないだろうか。神話3は指摘のとおり農業の児童労働が含まれてない。また引用元の5%という数字も、どこからどう導き出したものか根拠が記述されていない。では農業の輸出セクターの児童労働が実際どれぐらいかというと、その統計は手元にはない。アメリカ労働省が1995年に出した米国への農産品輸入品についての報告書にはBecause many of these children work on an occasional basis, and because official statistics either do not count, or are unable to accurately count, seasonal workers, estimates of the total number of childre working in commercial agriculture are difficult to ascertain. The use of child laboe in agriculture is thus, to a large degree, invisible--uncounted, often undocumented, and little understood.とあり、児童労働があるが、統計にも補足されにくい、「見えない存在となっている」ことを示している。最近の児童労働の報道や取り組みは、実は農産品における児童労働が多い。ゴムのプランテーション、カカオ豆、コーヒー、紅茶、タバコなどである。実際、ユニセフの1997年の同報告書は、このような産業における児童労働について、32ページに「アフリカでは子どもがコートジボワールのココアやコーヒー、タンザニアの紅茶、コーヒー、サイザル麻などの輸出作物農園で働いて、アフリカ経済をさあさえている」という記述してあり、農産品の輸出における児童労働の存在を認めている。にもかかわらず、神話3によって、ユニセフは「輸出セクターの児童労働は少ない」と断定し、神話4によって、こういった輸出セクターを絡めた児童労働禁止のアドボカシーを牽制しているとも受け取れる。