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あちゃーーるの日記 [全71件]
インドへ行く前に出来れば取得しておきたかったビジネスビザ、結局役人ののーんびりした仕事の仕方のために取得できずにインドへ出発。 2週間後の帰国後には取れるかなー、と思い、昨日行ってきました、イミグレーション。 ここはネパール、忘れてはいけません。 そんなにスムーズに運ぶわけないのです。 案の定、イミグレーションではまだどっかからの手紙が届いていないから、まだダメー。と言われてしまいました。。。 でも、私は知ってるんです!これってただの嫌がらせ。っていうか金が欲しいだけなんです。 去年は時間がなかったので、面倒くさいことはせずにさっさと役人の袖の下に5百ルピー札をくぐらせ、イミグレーションでは何事もなく1週間でビザ取得できたのです。 で、今年は賄賂も渡さずにがんばろうと言うことでやってきたのですが、やっぱりなかなか進みません。 インドに行く3週間前、初めは彼と一緒にイミグレに行っていて、役人は彼に彼の電話番号を聞き、その夜に「ちょっとお金くれれば明日にでもビザだしてあげるよー」なーんて電話してくるではないですか! 私も彼も怒りまくり、奴らには1ルピーもやらん!と言うことで「いやいや、インドに行くので別にビザは急いでないのでいいです。」って言って無視してたのです。 3月まではツーリストビザはただ、それまでなんとかビジネスビザの更新ができればいいかなー、とこっちも長期戦のつもりで構えていたのですが、本当にそんなことになりそうです。 昨日もイミグレ職員に真っ先に「あれ、一緒に来てたネパール人は?」なんて彼を探してるのです。私には直接「お金くれ」とは言えないので彼を通して賄賂を要求するっていうアクドイ魂胆。 挙句の果てには、私は3週間も前に申請してるのにまだどこかからの手紙が来てないとか言って、まだビザは出せないそう。 お金をやればすぐだけど、ここはもうイジです。首を長くして、3月まで待ち、いざとなったら行くとこへ行くしかありません。こっちは必要書類全て調えて申請してるんだから! まだまだつづく、私のビザ更新です。
1月13日から2週間、インドに行ってきました! カルカッタで1年に1度インドクラシックの巨匠達が集まって行われるコンサートの為に行ってきました。 このコンサートの為に半年以上前から色々サーチしていたのですが、結局場所も、チケットの入手先も、日程も何もはっきりした事は分からずのカルカッタ入りでした。 幸い、チケットもカルカッタ到着後2日目に入手することが出来ました。 このコンサート、半年待ち焦がれていたのですが、本当に行って良かったです。 コンサートは4日間。夜8時か9時ごろにスタートしてよく朝5時まで。 インドクラシック界の巨匠達が勢ぞろい。 いつも憧れていたインドクラシック界では神のような存在の巨匠達、夜通し8時間もパンディット達の演奏を聞けて、夢のようでした。 パンディット達の存在感、演奏技術、全てに圧倒されてしまって、一緒に行った友人と一緒にため息と涙ばかりこぼしていました。 やっぱり、インドはいいですね。 エネルギーが違いますね。 ネパールに戻ってからは活気のなさがものすごーく感じられて、なんだかとても物足りない毎日です。 またいつインドに行こうかなーなんて考えてしまいます。
この1月15日で私のビジネスビザの期限切れ。 ちょうど今更新の手続きを始めた所です。 まず、必要な書類を揃え、サイン、はんこなどを抜かりのないようにし、外国人投資課へ。 書類は全部で4つの部屋を回り、それぞれの係りの人のサインなり、レターなりをもらわないといけません。 これがまたものすごーく厄介な仕事なのです。 まず、その部屋にいくと人がいない、なんてことはよくある事。 カジャしに行ってたとか、今日はもう来ないとか、その他理由はいろいろ・・・ 役人がいても、わざとやってるのか、そうとう頭が悪いか知恵遅れかってくらいに仕事ものんびり。 すんなりはじめてくれればまだ良い方で、無視されたり、やたらとムダ話をしてきたり。 本当に気力と忍耐が必要な作業なんです。 おとといは、第2の部屋へ書類が回り、全ての書類が揃っていることを確認。そこは3人役人がいるのですが、去年からの知り合いなので、思っていたよりもスムーズに終了。と、思いきや、彼がうっかり「家のレストランに食べにきたくださいよー」なんて言ってしまい、普通なら社交辞令で終わることなのに、奴らはやってきました、その夜に!! しかも、5人で・・・ ワインは飲むしウイスキーは飲むし、遠慮もせずに「バイッ、ワインもう一杯もってこい!」とか言いまくり。結局2時間居座って、3000ルピーくらい飲んで、食べて帰って行きました・・ 次の日行くと、彼らはニコニコで「オッ、ジャランジャラン!お茶でも飲むか?」なーんて言ってくるじゃないですか! ただ酒飲んだんだから、仕事もてきぱきやってくれるのかなーなんて思っていると、それは私が甘かった・・・ ただ酒のんだ奴らの仕事は終わり、次はまた別の役人の所へ書類はまわり、またややこしい駆け引きが始まるのです。 昨日は朝その部屋へ入るなり「ジャランジャラン、ちょっと待ってて」と言って部屋を出て行ったきり15分位戻って来ずに、15分後コンピューターのデスクトップを運んできました。で、また出て行き5分後にキーボードを持ってきました。そしてまた出て行き5分後にコンピューターのメインの箱を持ってきました。 私の書類の為にコンピューターが必要なんだなーと辛抱強く待ってると、「あなた明日きなさい」と言うではないですか。 なぜと聞くと、コンピューターの仕事があるからと言うではありませんか。 私の書類チェックの為にコンピューターは必要ではなく、書類に目を通してサインするだけなのに、私が待っていることが分かっててわざとコンピューター持ってきたり、なんだかんだ理由をつけて遅らせようとしてるのです。コンピューターの仕事を始める前に5分とかからない私の書類チェックしてくれればいいのに・・・ あまりにも腹が立ったので、金が欲しいのか、ただ酒が欲しいのかあんたどっちなの?と口から出そうになりましたが、去年もこんなんでケンかして、ビザ取得まで2ヶ月かかったので、ここは私が大人になって、奴の言う通りにして、また後日行くことに。 今日もまた奴らの嫌がらせを受けに行かなきゃ行けないと思うと、気が重いです。 1月13日からはインドに行くってのに、ビザ、間に合うのでしょうか?
日本から帰ってきてからは本当に毎日忙しくて、師走って感じでした。 24日に発売開始したCDのレコーディングが土壇場になっても終わってなくて、レコーディングに行ったり、24日のCDリリースプログラムで演奏する曲の練習のしに行ったり、レストランの雑用に走り回ったりと、本当に忙しい年末でした。 無事にCDも出来上がり、プログラムも終わり、一安心です。 実はこのCD、メンバーは4人いて、メインは私ではないのです。 この企画が持ち上がったのは4,5ヶ月前のこと。 私のタブラーのグルジ「アチュット先生」が、ネパールでただ一人シタールのリペアの出来るシタリスト「ラムサラン先生」の為にCDを出そうとこの計画が始まりました。ラムサラン先生は昔はキングから呼ばれて演奏したり、ハイヤットなどのホテルで演奏したり、ラジオ、テレビでも演奏したりとかなり売れっ子のシタリストだったようですが、シタールのリペアを始めてから徐々にリペアの方が本業のようになっていってしまい、忘れ去られた存在になってしまったのです。 で、私のグルジ、アチュット先生がラムサラン先生の演奏はまだまだ衰えていないし、すごいんだぞというのを発表する為に始まったレコーディングなのです。 CDとなると、当然色々な人が聞きます。インドクラシックだけではかなり重苦しくなってしまうということでネパールのフォークミュージックも入れることになり、サーランギも一緒に入れることになりました。 で、どこをどう回ったのか、日本人ミュージシャンを入れろということになり、私に声がかかったというわけです。 で、結果的にはメインのラムサラン先生よりも外人の私の方がめだってしまい、本来意図していた方向とは全然違う方向へ行ってしまったCDリリースのプログラムでした。 新聞社もテレビ局も外人がいれば外人にスポットを当てるのは当然の事。グルジにもそのことが十分分かったでしょう。 でも外人である私が入ったおかげでCD買う人もいるかな??
ブログ更新、ずいぶんサボってしまいました。 日本に行ったり、CDのレコーディングがあったりレストランの雑用に追われて、この1ヶ月やけに忙しくて、日本にいるときのように働いてしまいました。 11月後半から12月前半の2週間、日本に帰ったのですが、日本は寒いです。 私の実家は千葉なのですが、日本での滞在は寒さが堪えて朝から一日コタツに入ってテレビ見たりと、完全にコタツ人間になったしまいました。 こっちに戻ってきてからは、カトマンズもまたぐとん気温が下がり、それに加えてコンクリートで出来た家。コタツもないので家の中はまるで冷蔵庫。 電気ヒーターと過ごす毎日です。 もうすぐクリスマス、一応こちらでもささやかにクリスマスを祝う人達もいて、もちろん私のレストランでも電飾なんかをしてみました。 日本のような電飾やクリスマスの飾り物は手に入らないので、日本と比べるとかなりしょぼいクリスマスの飾りつけですが、なんとかがんばって2000ルピーも出して電飾を買いました! これで去年よりはましなクリスマスになりそうです。 電飾しただけでお客さんがたくさん来るとはかぎりませんがね・・・
昨日産まれてはじめてのレコーディングをしてきました。 ネパールのフォークミュージック1曲、日本のフォーク2曲、計3曲のレコーディング、夕方5時にスタジオに行き、7時には終了。 初めてだったけどあまりあがらずにできました。 なぜ、レコーディングかというと、別に私がアルバムを作るとかではなくて、私のタブラーの師匠から頼まれてやらされたのです。 師匠はタブラー、シタール(ネパールの大御所)、サーランギ奏者と3人でアルバム作りをしていました。 ところが、どこをどう回ってか日ネ50周年記念に絡んで日本人ミュージシャンを取り入れてアルバムを出したらどうか、という企画が出たらしく、で、私のところへ指令が出たのです。 まあネパールのフォークと日本のフォークだから、2,3日練習すれば出来てしまうので、引き受けましたが、その話を聞いたのが3日前、レコーディングが昨日と本当に2日間だけの練習でいきなり本番で、ネパールってなんでもありなんだな-と思いました。 とにかく、初めてのレコーディングでどうなることかと思いましたが、どうやら成功したみたいで一安心です。 あとはCDが無事発売されることを祈るのみです。
昨日からやっとティハールが終わって平和な日々となりました。 ティハール、去年までは私もウキウキしながら迎えていたお祭りなのですが、今年はうっとうしく感じてしまいました。 このお祭り期間中、町はクリスマスみたいに電飾されてとても奇麗。なぜかジングルベルの音楽が電飾から流れてきたりして、本当にクリスマスみたい。 ま、ティハール専用の電飾などなく、中国製のクリスマス用の電飾が出回っているからなのですがね。 去年までは私もちょこっと ろうそくで飾り付けたりして楽しんでいました。 この祭り、1週間続き、2日目からは3日間子供達が歌を歌いながら家々を回ります。 健康や家族の繁栄などを願ったりして子供達が歌や踊りを披露しながら、近所を回るのです。で、家主はそのお礼にほんの少しお金をあげるのです。 これ、デウシっていうんですけど、このデウシ、子供達だけではなく、10代、20代のグループまでいると言うことが今年判明しました。 デウシは一般家庭や、レストラン、お店なんかを回って歌を歌って歩くのですが、私のレストランにも来ました、来ましたー、それはもうたっくさん来ました。 夕方5時ごろから始まり、10時近くまで、ひっきりなしに子供から10代後半の若者までのデウシがやってきました。 それぞれのデウシにお金をあげないといけないのですが、子供達には20ルピーくらいあげれば喜んで帰っていくのですが、質が悪いのは若者達。 「俺たち結構上手いバンドなんだよねー」って感じの若者たちがマイクロバスやタクシーをチャーターしやって来て、レストランの庭で大音響で歌い始めるのです。まあ、百歩譲ってそのにーちゃんたちの演奏が上手かったら文句はないのですけど、全部がヘタなんです。ボーカルにしろ、ギターにしろ、ドラムにしても、チューニングもあってないんです。 そんなんで大音響で演奏されても近所迷惑、お客さんにも迷惑。で、さっさと追い返そうとしてお金を渡しても、「こんなんじゃ足りないよー。俺たちバスチャーターしてんだぜー。」とかなんとか言って高額紙幣を要求するのです。 結局、私の彼も最後には切れてしまい、400ルピー位渡して追い返す、という事が3,4回ありました。 子供たちだったらかわいいのですが、こんな質の悪いにーちゃんたちに来られても、お客さんにも迷惑だし、かわいくもないし、高額要求するしで、うっとうしいだけ。 来年からはティハールは表のゲートを閉めて営業しようかと思っています。 お客さんの数よりもデウシの方が多かった3日間でした。 トホホ。 |一覧| |