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思いがけず中央線の人身事故に遭遇し 、おかげで予定より早く読破してしまったんですが、もうムチャクチャ面白かった! 小学生の頃からの疑問が一つ解けたような感じ。 日露戦争の奉天会戦から太平洋戦争のノモンハン事件までの34年間という短期間で、なぜ旧日本軍は”転落”してしまったのかを考察している本。 旧日本軍と聞くと、つい太平洋戦争時のダメさ加減を思い浮かべてしまう。 身の程をわきまえない楽観的予測、精神論ばかりが先に立つ戦術、非人道的な振る舞いetc... しかし日露戦争の時までは、柔軟な発想による独創的な戦術とその勇猛果敢さ、武士道に裏打ちされた紳士的な振る舞いで世界的にも賞賛される軍隊だった。 つまり旧日本軍内には、日露戦争から太平洋戦争までの短期間にもの凄いモラルハザードが起こっているということ。 なんでそんなことになったのか? 私はそれが小学生の頃から不思議でしょうがなくていろいろな本を読んだもんです。 とにかく「これが同じ国の軍隊なんだろうか?」と思うくらい日露戦争と太平洋戦争では軍の性質が違うんですよ。 それにしても太平洋戦争は、戦闘の一つ一つ、旧日本軍の行い一つ一つを検証した本はたくさんあるのに、戦争全体を総括した「太平洋戦史」というものがない。 それだけ「あまり触れなくない負の出来事」だったということなんだろうか? その太平洋戦争の戦端を切った真珠湾の奇襲を立案した山本五十六氏は、ハーバード大学に留学し駐米武官としての経験もある国際人で、アメリカのことがよく分かっているから対米開戦には最後まで強く反対し続けた。 それに対し軍部の猛反発を喰らい、しまいには暗殺計画まで発覚する始末で、その防止策で軍政畑の山本氏を連合艦隊司令長官という戦略畑に「避難」させる人事が行われる。 そして山本氏は真珠湾攻撃という先制攻撃で優位に立つことで、少しでも有利な条件で和平交渉に入るという「短期決戦早期講和」を提唱する。 山本氏は最初から戦争に勝つことなんか全然考えていなかった。 ところが奇襲成功にいい気になった軍部は大暴走、真珠湾攻撃の成功で戦闘機の時代が来たことを自ら立証したのに、時代遅れの大艦巨砲主義にとり憑かれ無用の長物・戦艦大和を建造して資源と人材を無駄使いする。 また日露戦争時、人も馬もロシアより全然小さく貧弱だった陸軍は、当時最強と言われていたコサック騎兵と戦う際、まだ珍しかった機動砲を騎兵全員に持たせ、「コサック兵に出くわしたらさっさと馬を下りて物陰に隠れて撃て」という奇想天外な戦法に出る。 この戦法は大当たりで、ロシアの勇将・クロパトキンを心底驚かせた。 こうして重火器の威力と重要性を自ら立証したというのに、陸軍は太平洋戦争時に白兵銃剣主義にとり憑かれ、各地で玉砕を繰り返す。 なぜ旧日本軍はそんな逆行をし、暴走してしまったのか? 筆者はその原因の一つとして「ジェネラリストの強力な指導者を失ったこと」を挙げています。 日露戦争で活躍した人々とは、言うなれば「最後の武士」。 武士というのは戦うことだけが仕事ではない、領地を経営していかなければならないし、政治もしなくちゃならない。 さらにこれから藩を背負っていく後進の育成という「教育」も必要。 それに加えて「武士道」という日本式ノーブレス・オブリージュ。 それらを兼ね備えていた最後の世代が明治のジェネラリスト達。 彼らがいたから、軍事は常に政治全体の戦略の一手段として捉えられていて、軍事だけが暴走してそれに政治が振り回されるなんて逆転現象は起こらなかった。 つまり「軍事」とは政治の一手段であり、道具であるということか。 塩野七生氏の「ローマ人の物語」にも「外交は言葉を使ってする戦争であり、戦争は武力を使ってする外交」というような記述もあった。 だから政治家は「軍事」を分かっていなければならないし、軍人は「政治」を分かっていないといけない。 どちらか片方だけに寄ってはダメ、「文武両道」でなければリーダーは務まらない。 なのに明治のジェネラリスト達が第一線を退いた後、それを埋め合わせる存在を政治家としても軍人としても育ててこなかったことが後の”転落”に繋がる。 兵学校では「戦略」は教えても「軍政」を教えることはなかった。 そして「軍事」は政治から離れ、さらに内部は硬直化・複雑化し、人事さえ内部の風評で左右される「評判人事」となってしまい、本当に能力のある人が抜擢されるような革新的な人事が行われなくなる。 それにより軍全体が自己革新力を失い、反省を欠如させ、とにかくパワーが内側へ内側へとこもっていく。 ここら辺はなんだか田舎の部落みたいで本当に嫌になります。 愚かな仲間意識とでも言おうか、常に「周りはどうか」と見渡して視野が狭くなり、斬新な発想よりも「仲間とどう波風立てないで過ごしていけるか」ということに頭を使う。 太平洋戦争時にももちろん山本五十六氏のような独創的且つ合理主義的な人材はいた。 でも、彼らの献策の殆どは無視されて実行されることはなく、彼ら自身も無残な死を遂げる。 硫黄島の戦いの栗林忠道氏なんかもまさにそういう人だったんだろう。 このような「日本人的な仲間意識」は現代でもちっとも解消されていない。 というかこの悪しき仲間意識があるからこそいじめ問題もあるのであって。 だから平和になったからといって安心してはいけない。 本書を読んで思ったのは、同じ過ちを繰り返さないようにするには ・リーダーとして相応しい人材の育成 ・何でも話し合える土壌を作る ことが急務なのかなと。 「みんな一緒に」という悪平等ではなく、バランスあるエリートを育てること。 そして本質について議論できるようにすること。 ここで本書にも引用されている野中郁次郎氏の言葉が印象的です。 「組織の成功の秘訣は、本質を議論すること。徹底的に本質を議論できる組織の土壌をつくること」 国家、会社、学校、その他さまざまな組織は、運営期間が長くなればなるほど過去の栄光やら人間関係やら、そのものの本質とは関係ないことに縛られ、歪んでいく。 それに流されない真のリーダーと、本質について議論できる空気を作らないと、結局日本は同じ過ちを繰り返し続けることになるのだろう。 [本]カテゴリの最新記事
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