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Meister MKの独り言 [全242件]
今回1800年代のフランスのエラール (Sebastian Erard) の調整を引き受ける事になった。 お客様の自宅で調整をやりきる事が場所と道具の問題で少々困難な感じだったので、昨日アクション部分だけを引き取らせていただいた。 早速工房に持ち帰ったアクションを工房に残っていた皆とばらしてみた。 ここの所ヒストリカルの楽器をしばしば調整する機会があるが、特にセバスチャンの技術には、当時のアクションに触れる度に感服させられ、技術者として新鮮で謙虚な気持にさせられる。 ![]() 20世紀に行われたピアノ製造技術、特にアクションの進化は、量産化と音量追求への道を前提にした改悪ではなかかったのかと思わせる程、彼が発明したカラクリそして当時の加工技術は見事としか言えない。 ![]() 楽器は演奏者のパフォーマンスの要求に従い変化したわけだが、最近の音を消す楽器の技術(サイレントXYZ)の需要を見れば、一般の家庭の中での楽器、特にピアノの音量は大きすぎる物になってしまった。というのは言い過ぎではないと思う。 ならば、もう一度過去を顧みるという動きがもうすこしあっても良い筈だが、KYなどという言葉が流行する、周りと同じ事をしていないと不安になる民族には、別の意味で難しくなるのだろうか。 今日はこれよりベヒシュタインのアップライトの調律へ。 しかしいろいろ考えさせられる。
昨年初頭、20数年ぶりにTBS緑山スタジオに行った。以前務めていた会社は放送局の楽器管理業務が中心になっていたので、ドラマの収録時セットの中でピアノが使用されたりする時のピアノの調律もしばしばあった。多いときは週に数回緑山まで通った事もあった。 エレベーターの場所やスタジオに向かう通路、楽屋等、エントランスに入った途端、頭の奥深くからみるみる引き出され、当時に戻ったような不思議な感覚があった。 今月、15日(日)からスタートした“TBSドラマ 運命の人(山崎豊子さん原作)”の収録に使用するセットのピアノとしてベヒシュタインが指定され、ピアノを提供させていただく事になったのが今回のスタジオ訪問の理由だった。 収録は秋に行なわれたのだが、ドラマの放映が開始するまでセットの写真をブログ等でも公開する事は控えて欲しいと言う事だったので紹介するのが今となった。 エントランスに入った時は、自分の仕事として時間が戻ったような錯覚に見舞われたが、ベヒシュタインが設置されたリビングにセットの中に足を踏み入れたときは、70年代の裕福な家庭に訪問した時の雰囲気そのままだった。 ![]() セットに使用された置き時計やテーブルや椅子等の家具を見た時、担当する美術の方が中古のベヒシュタイン12nを選んだ意味が理解できた。 ![]() 現代のテレビドラマのこだわりには感心する。 ドラマの内容は、沖縄返還の際、政府と外務省が行なった密約とその取材を行なった新聞記者にまつわる話で、ピアノが決して表に出る内容ではないのだが、もしその家庭にピアノがあったならば、なる程ベヒシュタインはふさわしいな、と思いながら今原作を読んでいる。 明日の日曜が2回目の放映だ。 新聞記者役の本木雅弘さんの奥さん役の松たか子さんが当ドラマの撮影で使ったピアノは会社に戻り、今、世田谷 千歳烏山のショールームに展示されている。 ドラマの後半にはベヒシュタインのグランドピアノも登場する予定だ。
自分ごときは未だ未だ飛び回らなければならなく、目が回るような2ヶ月だった。霜月と師走と陰暦で言うが、暦の謂れさえ咀嚼する間もなく月日が駆け抜けていった。年末紅白歌合戦を見て、漸く一年が閉じ、新しい年が始まるという事を認識できた感じだった。 大惨事に被災された方々は、まだまだ癒されきれない日々を過ごされているのだと思うと心が痛む。 お付き合いいただいているお客様にも被災された方は何人かいらっしゃった。震災で損傷をうけたピアノをお見舞いで2台程引取修理させていただいたが、修理を完了させお届けできたのは漸く12月に入ってからだった。 震災直後は生活の復旧をしなければならず、ピアノに想いが至るまでに現地では相当な時間が必要だった事が修理の着工を遅らせた。 修理後のフォルテピアノの仙台への搬入は、業者に任せず運搬から自分たちで行なった。修理前、所有者の先生は足の折れてしまった楽器を手放す事までお考えになっていらっしゃった。しかし、修理し復元した楽器をお弾きいただき、 「こんな素敵な楽器を手放すなんて事をどうして考えてしまったのか。。」 とおっしゃって下さった。 もっと早くにと思っていたが、何とか12月に間に合わせる事ができ、年の最終月に笑顔を頂けた事は幸いだったかもしれない。 とりあえず、でも良いので切りのいい所でけじめをつける。 とりわけ昨年はそう言う状況に置かれていたような気がする。 また、年末には上海と北京と、2回連続で始めての中国に訪問する機会があった。その中で、12月に新たに接した北京での課題は自分の立ち位置では少々荷が重い感じがするが、本質的に元気の出る内容だった。 我々も彼らに負けずに、とりあえずでなく、閉塞感から抜けられる2012年にしたい。
昨晩家に帰ったら頼んでいたアルド・チッコリーのCDが届いていた。いそいそと開封し、早速聴いてみた。 音符の少ない音楽をここ迄色彩感豊かに生き生きと表現できる物だな。。と聴き入ってしまった。 ペダルの使い方が、フレーズの抑揚が、夫々のフレーズの役回りのダイアログが。。。 凄いな。。という言葉以外見当たらない。 生き生きとした表現からは、85歳の演奏だと言う事が信じがたい。 チッコリーニ自身の言葉がCDに書いてある 「Mozart does me good. He helps me to live.」 この言葉は彼の造り上げる音楽から疑いなく伝わってきた。 とても素敵なCDが自分のライブラリーに加わった。 CDの紹介 W.A. Mozart , Aldo Ciccolini レーベル: la dolce volta, LDV 03 ピアノ・ソナタ 第11番 イ長調「トルコ行進曲付き」Kv.331 ピアノ・ソナタ 第 2番 ヘ長調 Kv.280 ピアノ・ソナタ 第13番 変ロ長調 Kv.333 録音 2011年5月/パリ・改革派受胎告知教会 Piano ベヒシュタイン D-280 Ser.No. 192555 輸入・販売元 キングインターナショナル HMV キングインターナショナル レビューより 1925年8月生まれ、85歳(録音当時)のチッコリーニによるモーツァルト最新録音の登場です。第11番の第1楽章のゆったりとしたテンポ設定はもはや巨匠にしか許されない聖域。神々しさと美しさに満ちた世界です。トルコ行進曲はらくらくとしていながら一寸の乱れもなく、それでいてちょっとたどたどしさが漂うリズムのユーモラスな感じも見事に決まっていて、完璧です。モーツァルトの音楽には「遊び心や芝居っ気がある」と語るチッコリーニ。モーツァルトが作品中にちりばめた、思わずクスッと笑ってしまうような箇所を実に自然に引き出しています。モーツァルトが18歳の時に書いたヘ長調のソナタの第2楽章の哀愁を帯びたアダージョは感涙もの。やはり茶目っけのあるアウフタクトで始まる第13番の冒頭もノックアウトもの。巨匠チッコリーニが愛器ベヒシュタインを完璧に手中におさめて語りかけてくる、見事なモーツァルトです。
会場の係の方に案内され、ピアノの置かれているフロアーに入った。 丁寧にそして趣味良く造られた(修復された)建物そのものから放出されるエネルギーを感じ、ふともうかれこれ20年程前になるが、デュッセルドルフの日本総領事邸のピアノ調律に伺った時の事を思い出した。 ![]() 昨日は、横浜のイギリス館で知り合いのピアノの先生の音楽会があった。休日を楽しむ人でにぎわう山下町の有名な公園の一角にある品の良いその洋館は、横浜市の指定文化財になっているようで一般の来場者も多いようだ。 ![]() 建築は1937年に、イギリス総領事公邸としてされたようで、保存し、当時の様子を現代に伝える意味で意義も大きいと思う。 ![]() ただ、自分がこういう職業に携っているので尚更だろうが一点だけ気になった事は、ここに設置されているピアノは色んな意味でそのオーラーとどうにもミスマッチなのである。 決して置いてあるピアノが悪いのではない。 ただ、“この場所には合わない”のである。ここを指定文化財として保存している目的は何だろう? 当時、おそらく総領事の主催で、社交の場としてここでパーティーが行われた事もあったであろう。ご家族で音楽もしていらっしゃったかもしれない。そこには “当時のピアノ” があった筈だ。 その様子を伝えると言う意味では、ピアノも暖炉や電飾等の家の装飾同様、大きな要素になる事は間違いない筈だ。自分には、例えば真空管ラジオの代わりに、現代のデジタルシステムのステレオ装置が置いてあるのと同じくらいの違和感を感じた。 ![]() 音楽会をこのような場所で行なえるようにオーガナイズされていると言う事は大変すばらしい事であるのは間違いない。 なので、こんな事を言うと、「そこ迄こだわらなくても、、、」とお考えになる方もいらっしゃるかもしれないが、ピアノは外装のみならず、当時のヨーロッパのピアノが狙っていた響きは、現代の量産されるピアノのそれとは違うのだ。 コンクールや音大受験のような事が行なわれるならそれにふさわしいであろうピアノの選び方もある。が、この場所はそうではないだろう。 装飾的にも楽器の響きも、なるべく当時の雰囲気として、現代こういう場所で行なわれる音楽会を利用し感心をお持ちになる人に伝承する。という事ができればさぞ素敵だろうな、と思いながらの調律だった。 開場を使う音楽家も、文化伝承という趣旨に喜んで賛同してくれる人は今や少なくない筈だ。 自分はどういう場所にこういう話を提案していいのか残念ながら今知恵がうかば無いが、どなたか然るべき方に話を聞いていただく事が叶えば嬉しい。 因に、デュッセルドルフの日本総領事邸に置かれていたピアノは、同じノルドライン・ヴェストファーレン州のブッパータール(Wuppertal)にあるイバッハ(Ibach)が戦前に製造した、趣味の良い装飾が施されたピアノだった。 陛下のお写真が置かれたピアノの蓋を恐る恐る開け調律を始めた記憶は鮮明だ。
小田急線代々木八幡駅近くにある白寿ホールで声楽のコンサートが行われ、ピアノを貸出し移動した。 このホールは残響が比較的長く、ベヒシュタインのすっきりした響きが良いのでは。という演奏者のF先生のご依頼で持ち込むに至った。 シェーンベルク、R.シュトラウス、マーラーと、どの曲も和声的に複雑に音が絡む音楽だった。しかし狙い通り響きも鮮明で遠鳴りし、F先生のお考え通り音楽のニュアンスが聞き取りやすく、微妙な響きのバランスがホールの空間全体を支配した。 F先生、とても素敵なコンサートありがとうございました。 さてさて今回は運送を依頼している業者さんの技があまりに見事だったので、調律に至る迄の裏方作業の紹介を: 2m80cmの長いフルコンサートピアノの重心になる位置にロープで輪を作り、鎖の先のフックを引っかけます。バランスが取れていないとピアノが傾いてしまいます。 ![]() ピアノのサイズとは対照的な幅の狭い空間を、クレーンの鎖につり上げられたベヒシュタイン フルコンサートピアノが空中を静かに上がっていきます。 ![]() 随分上迄行きました。なんとホールは7階にあります ![]() もうすぐ到着です。ピアノが回らないように要所要所階段から手で支えます。 ![]() ステージ上で組み立てられます。 ![]() この後調律・整音をして ![]() このあとリハーサル 開場は14時でした。 今日は長い一日でした。
昨日のリストの200回目の誕生日へのオマージュとし、今回の八王子工房コンサートはリスト編曲のベートーベン第9だった。 ![]() いつも、この工房コンサートをやっていただく末永匡さん稲岡千架さんによる、楽曲解説を含んだデュオコンサートだった。 楽譜をひもとく能力があると作曲者や編曲者の意図した事への理解が比較的容易だろうが、自分のような凡人にはなかなかそれは難解である。 しかし、今回のレクチャーでは、映像やオーケストラのVTRも交えながら、難しい事を大変わかりやすく楽しくひも解いてくれた。 美術館などでも、解説を読んだり聞いたりすることでその作品に対する感心が強くなると言う経験をするが、それと同じような体験がレクチャーコンサートではできる、と言う事だ。 ![]() リスト自身もベートーベンの創作に対し敬意の念を抱いていたに違いない。 だからこそその創作を、緻密と言っても過言ではない程丁寧にピアノ譜に置き換えたんだ。と、感じた。 そして何よりも、演奏者がそれを咀嚼しパフオーマンスすれば、ピアノの響きの立体感の可能性が無限とも言っていい程広がる事を実感できた。 リストと言うと、ハイテクニックなパフォーマンスでヨーロッパの貴婦人達を熱狂させたハンサムピアニスト。という印象が先行するが、彼の響きの造形への熱意を末永さんと稲岡さんのお陰で理解できたような気がする。 リストの200回目の誕生日にふさわしい内容だったと思う。 末永さん 稲岡さん ありがとうございました。とても素敵な時間でした。 |一覧| |