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ベートーベンピアノソナタ op.111、そして、約3年半前、このプロジェクトの初日に録音したソナタを再収録し、近藤嘉宏さんのベートーベンピアノソナタ全曲録音の幕はおりた。 ![]() ![]() このプロジェクトをご一緒させていただいた事で、普段気付かなかった内声の旋律に、聞き慣れたベートーベンのピアノソナタが益々魅力的な物になった。しかし、音楽、特にベートーベンは、つきあえばつきあう程奥の深さにはまりこんでいく。 ![]() 近藤嘉宏さんの奏でる音楽をより理解したく、今回は僕も楽譜を持参し、音楽創作にできる限りついていこうと努力してみた。楽譜をにらみながらdirectionを行なうギタリストの鈴木大介さんと近藤さんとのやり取りを聞いていると、自分の中を占めていた抽象概念は徐々に具体的になった。音楽家の歩んだ長い道のりが、響きの形として提示されるようで、改めて音楽創造の難しさと楽しさを感じることができた。 ![]() いつものスタッフとこれでしばらく集まる事もないと思うと大変寂しい気持ちになる。 次なる新プロジェクトを期待しつつ全集が出る事を心待ちにしている。 ![]()
Die Kunst der Fuge とはよく言った物だ。 調律が終わりリフシッツのリハーサルが始まった。その演奏は、バッハの創造した響きの構築美の偉大さを改めて僕に提示し、音楽そのものに対して畏敬の念を抱かせた。 時の流れと共に変化する、光の陰影にも錯覚する“響きの形”を、彼はホールの空間に描き出した。 リハーサルでは全曲演奏されず曲のある部分が繰り返されていたが、立体感が変化して行く事にただ驚いた。 少し大げさな表現かもしれないが、彼の音楽を聴いた自分は率直にそう感じた。 タッチの際に生じる小さな雑音成分に自分の集中力が妨げられるので、それをなんとかして欲しいと言われ、リハーサル後にアクション関係の調整を再度行なったが、今回(3月15日)紀尾井ホールに運び入れたD-282の調律や整音に対して、彼はそれ以上の特別な要求はなかった。 ![]() リフシッツは、ベヒシュタインの響きの個性を理解し、それを見事に表現に生かしていた。 ![]() 演奏会が終わった後、舞台袖にいらっしゃった何人かの人が、口を揃えて「不思議な響きのするピアノですね。」 と言っていらしたが、僕は、ベヒシュタインの響きそのものは無垢な物でピアノの響きそのものが不思議な物ではなく、彼の造り上げる“響きの形”が、普通我々がピアノ演奏で体験するものと違い大きな立体感があり、それが“いつもの感じとは違う”事を感じられた事ではないかと思う。 何故、彼はDie Kunst der Fuge(フーガの技法)のCDの録音にベヒシュタインを選んだのか、自分には十二分に理解できたリサイタルだった。
先週末になるが、国立市の芸小ホールでプレイエルを使用したコンサートがあり、調律の仕事をさせていただいた。 今年、国立音楽大学大学院を今年度修了する岡本さんが企画を立て、彼が所有するコルトー時代のプレイエル “モデル3bis”を会場に持ち込んだ、ソロとアンサンブルのコンサートだった。 ソロはショパン、アンサンブルはモーツアルトの弦楽4重奏とショパンのピアノコンチェルト1番の室内楽編成だった。 ![]() 1年半程前、1841年製造のプレイエルを使用した、仲道郁代さんと有田正広さん指揮のショパンのピアノコンチェルトの録音の仕事をさせていただいたいが、その時と同じ事を今回のコンサートでも感じた。 それは、ショパンの描いたコンチェルトと、コンサートやCDで普通我々が耳にするショパンとの乖離だ。 20世紀初頭に作られた楽器は、19世紀のピアノ(フォルテピアノ)と響きの共通点を明らかに感じる事ができる中低音のクリアな響きを有している。ピアノがクリアな響きでないと、ピアノと弦楽器との絡みはコンフリクトしてしまい奇麗なハーモニーに聞こえてこないし、旋律同士のダイアログの成立が困難になる。 小編成で昔の楽器(戦前の)を使用した音楽を聴くと、今、一般的なステージで演奏されるショパンは、筋肉質“すぎる”事がわかる。 違う楽器に例えるなら、まるで、ガットギターとベンチャーズの使うようなエレキギターとの響きの違いにそれは匹敵するのではなかろうか、と思える程の違いに僕は感じる。 故に、我々はピアノを一括りに考えてはいけないと思うのだ。最近デジタルピアノですらピアノと言う括りにしている人達がいるが、全くとんでもない話なのだ。 可憐な響きの世界にいると旋律の絡みはいつもより色濃くなり、自分の意識全体が音楽に近づいていき全神経がが集中していくのが解る。 とても素敵なコンサートだった。
先週の金曜日、ベヒシュタイン M/P-192が今度相模原市に新設された相模原市立城山文化ホールに納品された。 納品時はあいにくの小雨だったが、トラックヤードにひさしもあり、運送屋さんが手際良く作業して下さったので、ピアノも濡れる事無く上手く搬入できた。 新しいホールの床には傷一つなく、運送屋さんも布団をひきながら慎重に作業をしてくださった。この緊張の瞬間は過去のホール納品での立会を思い出させる。 ![]() ホールの場所は相模原市の郊外。気のぬくもりのある素敵なホールだ。 ご近所のピアノ教室の発表会や、恐らく録音等にも使用されるようになっていくのではないだろうか。 これで相模原市の市営公共ホールに世界3大ピアノが揃う事になったそうだ。 これらホールを跨ぐ行事の開催も面白いのではないだろうか? 自分の住むホールには、まだなかなかベヒシュタインの理解を頂く事ができないでいるが、お隣の町のホール運営に何かご協力させていただく事ができないかと思案している。 ![]() もみじホール城山 キャパ300 多目的ホール 住 所:相模原市緑区久保沢2-26-2 http://momiji-hall-shiroyama.jp 開館 2012年4月1日 利用の受付は始まっています 受付電話 042-783-5295
流石聞こえてくる響きがいいね~ 先日、コンスタンチン・リフシッツと樫本大進の両氏がコンサートのProbeにユーロピアノ八王子工房にやってきた。 リフシッツ氏が紀尾井ホールでのリサイタルに、ベヒシュタインを使うかどうかの確認の試弾だけに八王子まで時間を割くのはもったいない、と言う事で今回の来日コンサートツアーのデュオのリハーサルを兼ねてお二人で来社された。 しかし、調律キャビンの中での彼らの集中力は凄かった。 一日中八王子工房には彼らの生み出す素敵な音楽の会話が鳴り響いた。 ![]() コンスタンチン・リフシッツはバッハのフーガの技法 (Die Kunst der Fuge) をベヒシュタインで録音している。今回のリサイタルはフーガの技法を演目にしているのでベヒシュタインの使用をオファーしてみた。 2012年3月15日(木) 19時開演 紀尾井ホールでのリサイタルにベヒシュタインD-282を運ぶ事になった。 ベヒシュタインが彼のポリフォニーの編み上げを、ホールの中でどう手伝う事ができるか楽しみだ。
今回は試弾でなく試聴 珍しいスピーカーシステムがマウントされたベヒシュタイン M (180cm)がドイツよりちょっと前に入庫した。早速工房内で社内にある小型アンプを接続しiPhoneをつないだ音を聴いてみた。弦楽器の響きが独特で、まるでホールでの演奏会にいるように錯覚するような気持ちのいいサウンドだった。 その話をオーディオに詳しいピアノの先生にしてみたところ早速試聴しようと言う事になった。 恐る恐るお願いしてみたら快諾いただき、家で使っていらっしゃる100Wのアンプを持ってきてくださった。接続しピアノ曲を選ぶ。ピアニストが表現するであろうと同程度の音量まで上げてみた。 Mがフルコンサートになった。 凄。。。 一般的なスピーカーシステムから流れてくる音の雰囲気とは違い、ステージのピアノを聴いているような錯覚を覚えた。 次は、室内楽 ピアノ5重奏とかが良いかな うっ。。 弦楽器の音が生々しい。やはり、ステージのライブ演奏を聴いているような錯覚さえ覚える。 声楽も同じだった。 しかし、面白い物を考える人もいるもんだと感心してしまった。 これは、ピアノの響板に巨大なマグネットとボイスコイルを4つ付け、ピアノ本体を振動体としている。高音域を受け持つツィターだけ一般的なスピーカーがマウントしてある。ドイツのピアノメーカー シンメル社 (Schimmel) が開発したユニットだ。 ![]() 響板が一般的なスピーカーユニットで言う所のコーン紙になっている。曲を流しながら指で主要な部位を触ってみるとピアノの弦振動が響板を震わせた時同様、ピアノのあらゆる部分が振動している。 鉄骨、棚板、側板、大屋根等々、音圧や音の高低によって振動の指への伝わり方が変化するのが解る。 良いピアノ程振動が敏感になるわけなので、このシステムはベヒシュタインにマウントされ最高のパフォーマンスを示しているのだろうと感じつつしばし音楽を楽しんだ。 音の切れとか立体感とかは、最高級のスピーカーシステムの方が勝っていると思ったが、ライブ感が面白い。 今、ユーロピアノ八王子工房にこのピアノはあり、通常のピアノとしての整調や整音作業等の調整待ちの状態。 いや~面白い 感動!
引き取ったエラールのアクションの八王子工房での修復が完了し、作業に当たってくれたNさんと今日設置に伺った。 現代のアクションとは部品寸法が異なるっているので交換ではなく有るものを如何に修復するかがポイントになる。 ハイテク機器の修理のように部品ごとそっくり交換する感覚ではなく、現状をなるべく残しながらちまちまと壊さないように作業している姿は、昔の建造物の細かい部分の修復作業に似ているかもしれない。 この19世紀のピアノは、20年近く前にヨーロッパの有名なピアノメーカーの手によって修復され、今の所有者の先生が手に入れたそうだ。 モダンピアノメーカーとはいえ、さすが一流と言われるメーカーの修理は、善意と当時へのレスペクトに溢れていることが今回の作業で感じる事ができた。 ![]() 弦は現代の鋼鉄とは違い軟鉄製で、低音弦は銅ではなくブロンズが巻かれている。 ハンマーは弦に合わせ現代のハンマーフェルトよりも柔らかく小さい。 ![]() 本質を理解した修復のこだわりが、当時の演奏表現へ弾き手聴き手を誘ってくれる。 古い町並みで感じるような、時を越える体験ができたのは嬉しい。 現代の美意識は?と、又いつもの疑問が膨らんだ。 次のルネッサンスがおこってもよい状況だとおもうのだが。。
今回1800年代のフランスのエラール (Sebastian Erard) の調整を引き受ける事になった。 お客様の自宅で調整をやりきる事が場所と道具の問題で少々困難な感じだったので、昨日アクション部分だけを引き取らせていただいた。 早速工房に持ち帰ったアクションを工房に残っていた皆とばらしてみた。 ここの所ヒストリカルの楽器をしばしば調整する機会があるが、特にセバスチャンの技術には、当時のアクションに触れる度に感服させられ、技術者として新鮮で謙虚な気持にさせられる。 ![]() 20世紀に行われたピアノ製造技術、特にアクションの進化は、量産化と音量追求への道を前提にした改悪ではなかかったのかと思わせる程、彼が発明したカラクリそして当時の加工技術は見事としか言えない。 ![]() 楽器は演奏者のパフォーマンスの要求に従い変化したわけだが、最近の音を消す楽器の技術(サイレントXYZ)の需要を見れば、一般の家庭の中での楽器、特にピアノの音量は大きすぎる物になってしまった。というのは言い過ぎではないと思う。 ならば、もう一度過去を顧みるという動きがもうすこしあっても良い筈だが、KYなどという言葉が流行する、周りと同じ事をしていないと不安になる民族には、別の意味で難しくなるのだろうか。 今日はこれよりベヒシュタインのアップライトの調律へ。 しかしいろいろ考えさせられる。
昨年初頭、20数年ぶりにTBS緑山スタジオに行った。以前務めていた会社は放送局の楽器管理業務が中心になっていたので、ドラマの収録時セットの中でピアノが使用されたりする時のピアノの調律もしばしばあった。多いときは週に数回緑山まで通った事もあった。 エレベーターの場所やスタジオに向かう通路、楽屋等、エントランスに入った途端、頭の奥深くからみるみる引き出され、当時に戻ったような不思議な感覚があった。 今月、15日(日)からスタートした“TBSドラマ 運命の人(山崎豊子さん原作)”の収録に使用するセットのピアノとしてベヒシュタインが指定され、ピアノを提供させていただく事になったのが今回のスタジオ訪問の理由だった。 収録は秋に行なわれたのだが、ドラマの放映が開始するまでセットの写真をブログ等でも公開する事は控えて欲しいと言う事だったので紹介するのが今となった。 エントランスに入った時は、自分の仕事として時間が戻ったような錯覚に見舞われたが、ベヒシュタインが設置されたリビングにセットの中に足を踏み入れたときは、70年代の裕福な家庭に訪問した時の雰囲気そのままだった。 ![]() セットに使用された置き時計やテーブルや椅子等の家具を見た時、担当する美術の方が中古のベヒシュタイン12nを選んだ意味が理解できた。 ![]() 現代のテレビドラマのこだわりには感心する。 ドラマの内容は、沖縄返還の際、政府と外務省が行なった密約とその取材を行なった新聞記者にまつわる話で、ピアノが決して表に出る内容ではないのだが、もしその家庭にピアノがあったならば、なる程ベヒシュタインはふさわしいな、と思いながら今原作を読んでいる。 明日の日曜が2回目の放映だ。 新聞記者役の本木雅弘さんの奥さん役の松たか子さんが当ドラマの撮影で使ったピアノは会社に戻り、今、世田谷 千歳烏山のショールームに展示されている。 ドラマの後半にはベヒシュタインのグランドピアノも登場する予定だ。
自分ごときは未だ未だ飛び回らなければならなく、目が回るような2ヶ月だった。霜月と師走と陰暦で言うが、暦の謂れさえ咀嚼する間もなく月日が駆け抜けていった。年末紅白歌合戦を見て、漸く一年が閉じ、新しい年が始まるという事を認識できた感じだった。 大惨事に被災された方々は、まだまだ癒されきれない日々を過ごされているのだと思うと心が痛む。 お付き合いいただいているお客様にも被災された方は何人かいらっしゃった。震災で損傷をうけたピアノをお見舞いで2台程引取修理させていただいたが、修理を完了させお届けできたのは漸く12月に入ってからだった。 震災直後は生活の復旧をしなければならず、ピアノに想いが至るまでに現地では相当な時間が必要だった事が修理の着工を遅らせた。 修理後のフォルテピアノの仙台への搬入は、業者に任せず運搬から自分たちで行なった。修理前、所有者の先生は足の折れてしまった楽器を手放す事までお考えになっていらっしゃった。しかし、修理し復元した楽器をお弾きいただき、 「こんな素敵な楽器を手放すなんて事をどうして考えてしまったのか。。」 とおっしゃって下さった。 もっと早くにと思っていたが、何とか12月に間に合わせる事ができ、年の最終月に笑顔を頂けた事は幸いだったかもしれない。 とりあえず、でも良いので切りのいい所でけじめをつける。 とりわけ昨年はそう言う状況に置かれていたような気がする。 また、年末には上海と北京と、2回連続で始めての中国に訪問する機会があった。その中で、12月に新たに接した北京での課題は自分の立ち位置では少々荷が重い感じがするが、本質的に元気の出る内容だった。 我々も彼らに負けずに、とりあえずでなく、閉塞感から抜けられる2012年にしたい。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |