梅雨期に入り食品売り場の店頭には青梅が並ぶ様になりました。
待ち構えていた様に買い求め用意して有ったリカー、氷砂糖と共に梅酒を漬けました。
青梅の出回る時期は短くやがて薄赤く色づき始め紫蘇等と共に梅干として漬け込まれる様になります。
限られた短い期間を逃すと来年まで作れない。この季節感に私は郷愁の様なものを感じるのです。野菜や果物にも旬の時期を忘れさす様な物が多くなった今、青梅の出る二週間足らずは、
かつて旬の作物を追っかけて食卓にのせていた頃を思い出させてくれる数少ない作物の一つなのです。
アルコールに弱い私は梅酒はたまにカクテルに使う位で殆どは料理酒となりますが、好きなのは梅の方で魚の煮付けの時に少量の梅酒と共に梅を二,三個入れて煮ると魚も梅もとても美味しくて大好きなのです。
かつては家庭で梅酒を作ることは禁止でした。密造と言う事だったのでしょう。
今でも梅の代わりに葡萄を使うのは禁止なのでしょうね。
私がこのHPを書き始めたのは2003年で手探りで作った物です。
当時は画像は100枚まででしたので、内容も制限され、初めての事ゆえ幼稚な物でした。その上、長い間更新もしていないにも拘らずアクセスして下さった多くの方々に厚く感謝しています。
また度々お訪問下さるゲストの皆様、inktomisearch様初め何人かの方々にはお礼申し上げます。
久し振りに自分のページを開いてみて画像が沢山取り込める様に成っている事を今頃になって知りました。
今初めの方から少しずつ再編集を始めましたので宜しく、また開いて見て下さいね
女性三人嫁、娘、私で関西へ小旅行しました。
大阪では夜までユニバーサルスタジオで過したのです。
ここのアトラクションは迫力が有りますね。ケビンコスナーの「ウオーターワールド」を模したスタジオでは火事、爆発あり床が何cmか落ちたり火が目の前に迫ったり水を浴びたりとスリル満点で他のアトラクションも迫力が有りましたが、無事にクリア。
夜の花火のショーも楽しみましたが、一日中パークの中でしたので食事はアメリカンスタイルの大味でボリュームの有る物ばかり、懐かしい大阪の味を楽しむ事は出来ませんでした。
翌日は京都の東福寺の紅葉狩り、京都の美味しい味を楽しみました。
今の所体も元気です。自分史を書き続けましょう。
フリーページに書き始めておりますが、今ブログの方へ移行し始めましたので此方の方は暫くストップするかも知れません。
ここの「お気に入り」からマーメイドの自分史をクリックして下さいね。
昨夜はテレビでIQテストを受けられた方も多かったと思います。
三回目になる今回も受けてみました。
一昨年は丁度鶴巻温泉から帰ったばかりで急いでペンと紙を用意しての参加で自信は無かったのですが118でした。昨年は124、今回は127でした。
年を重ねて来ているのにIQの数値が上がって来ているのは嬉しい事です。
毎日頭脳をよく使っているからナァンテ、、、
自分史ですが時代背景から身近な近代史の一端が読み取れるかも知れません。
若い方にとっては思いがけないサプライズが有るかも、、
毎日書き続ける積りですから読んで下さいね。
フリーページに書き込んでいきます。
先ずは天候に恵まれGWは終りました。思い切り楽しんだ人、仕事に励んだ人、遊び疲れた人、GW処ではない悲しみにくれていたJR事故の遺族の方々。
遠出をしなかった私はパテオの模様替えをしましが私が動かしたのは口だけと言えるかも、、
川原でバーベキューを楽しんだ人々のマナーの悪さをテレビで見ましたが何時もの事ながらあきれ果てました。ボランティアの方々が塵の分別をしたり川に捨てられた塵を拾ったりご苦労な事でした。川を汚した人達に反省の気持ちは無いのでしょうか?
私も若い頃にキャンプに行きましたが、帰る時はその場所を以前より綺麗にして帰るのが鉄則でした。
海岸でキャンプした時砂浜で地引網が始まっていたので面白半分に綱を引かせてもらってピチピチ跳ねる魚に歓声を挙げていると漁師さんが網に掛かっている魚を下さっておばさんが家に帰って魚串を持ってきて見事に魚に通してくれました。
塩を振り枯れ枝などを燃やした火で焼いて黒くこげた鱗のついた皮を手で剥いて食べた魚の美味しかった事、忘れられない思い出です。
翌朝魚串を返しに行って持ち合わせのスナックなどで御礼をし、干物を干すのを手伝わせて貰いました。楽しいキャンプ生活を(一泊ですが)終って周囲も綺麗に掃除して帰宅しましたが、これが自然の場所を使った者にとって当然の事だったのですよ。
中国の反日デモが拡大しておりますが、若い人達が徹底的に受けた反日教育。
日本人の悪さばかりが強調されているのでしょうね。
私も小さい頃親や先生から言われた事は忠実に守っておりました。
昔中国の行商人が「支那ケンチュウ(中国の絹布)要らないか?」と家に来たものでした。母は「贋物を売りつける悪い人だから逃げてきなさい」と常々私に言い聞かせてました。小さかった私は中国人は皆悪いと思い込んでしまってました。
又、やはり幼い頃「ベニスの商人」を読んでユダヤ人は悪い人とこれもまた思い込んで、この思いは長く続いて「ユダヤ人は国土を持たない気の毒な人々だが頭脳が良くて、商才もある国民だ」と理解したのは大人になってからでした。
又入学した時も「選ばれて入学したのだから模範的な行動を取らなければいけない」とか「誇りを持って」とか云われて来ましたがこれは若しかすると自尊心が強く自信過剰な性格を作る事も有るかもしれません。
私の中国嫌いは暫く続きましたが、長じるにつれ中国を理解し、中国を旅行した時にも親切に接してくれまして子供達と手を繋いで歩いたり万里の長城を歩いていると後ろから押してくれる女性が居たり、優しい隣国人として接してくれました。
教育の重要性と難しさ、受け入れ方をつくずく考えさせられた昨今でした。
23号台風は日本列島殆どの地域にも大きな被害をもたらし、
被害に合われた方々には衷心よりお見舞い申し上げげます。
さて何時も思うのですが、台風の情景を伝えるアナウンサーの方が体が飛ばされそうになりながら風雨の中でマイクを握ってますが、臨場感を出す為かも知れませんが何も危険に身をさらすことは無いと思うのです。
建物の中から放送してもカメラは充分情景を伝えておりますから、、
また新聞配達の方々も雨でも風でも届けるのが使命だとは考えないで、台風の時は暫く遅らせては如何でしょう。
今は重要なニュースはテレビやラジオで得られるのですから、、
9月も半ば過ぎお彼岸と言うのに真夏の暑さ。
併し夜になると秋の虫が鳴き始めましたね。
虫達は暑くても秋の自分達の季節来たことが分かるのでしょうか? 体内時計ならぬ体内カレンダーがあるのかしら、、
私の娘時代、秋になると家族5人でよくハイキングに出かけました。関西に住んでましたので,紀泉アルプス、犬鳴山,葛城山、生石山等に登りました。いづれも家族向けで12kmから16kmのコースで山頂は800m足らずでも征服したと言う満足感は格別でした。
今は家族でドライブと言うスタイルに代わってきてますが、
秋になると山登りが(ホンの小さい山ですが)懐かしく思い出されます。
明日から二学期。今夏はエキサイチィングな8月でしたから皆さん色んな想いで9月を迎える事でしょう。
日焼けのしない顔で「僕は皆より勉強で一歩先んじた」という顔で登校してくる子も有りますよね。
さて私も暑さでたるんだ精神と体に活を入れようと手始めに別のサイトでアメリカ&カナダ編を立ち上げました。
URL http://members.goo.ne.jp/home/e-gekai/main
ここからアメリカ編(立ち上げたばかりで未だ少しですが)
旅行のお好きな方見てください。 ヨーロッパも見られます。 又別のサイトから南ヨーロッパを立ち上げたいと思ってますので宜しく。