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AGIOS第三日記 [全112件]
今日の礼拝の聖書と説教 旧約書 出エジプト記20:1〜17 使徒書 エフェソの信徒への手紙5:1〜5 福音書 マタイによる福音書19:13〜30 説 教 「新しい戒め」 出エジプト記は「十戒」 教会によってはこれを毎週唱えるところがあるようだ。 私はそれをしない。 十戒は、旧約の律法体系の中で、いわば憲法のような部分だ。 日本の法律を考えてみてほしい。憲法はとても大事だが、憲法だけ守ればいいのではない。憲法を基礎として様々な法律が定められ、その全体を守ることが必要なのだ。 十戒に付随して様々な律法が定められていて、その全体を守らなければならないものだ。 先週のテキストであったヤコブの手紙2:10によれば、「律法全体を守ったとしても、一つの点でおちどがあるなら、すべての点について有罪となる」のだ。十戒を唱えるということは、そのような律法の体系に生きるということだと思う。 キリスト教は旧約を(そして新約も)律法の体系として理解していない。六法全書を読むような読み方で聖書を読まない。神がイスラエルに、また教会に関わってこられた歴史(専門用語で「救済史」)として聖書を読む。ユダヤ教の正典とキリスト教の旧約聖書39巻は同じ書物だが、39巻の順番は異なっているのはユダヤ教が、その書の性格によって分類しているのに対して、キリスト教は歴史の順番に並べているからだ。たとえば、ルツ記やエステル記などはユダヤ教ではずっと後ろの方にある。我々の聖書ではそれぞれの物語の時代設定の場所に置かれている。 それではキリスト教は旧約の律法体系を守るべきものとしては無視するのかというとそうではない。キリストの光によってとらえ直すのだ。 たとえば、十戒の中でも重要な安息日の掟は、「神さまは6日間で正解を創造され、7日目はお休みになった。だからあなた方も6日間働いて週の第7日(土曜日)は一切仕事をせず、聖なる日としなさい」という趣旨である。 キリスト教ではセブンスデー・アドベンチスト(SDA)という教派を除いて皆、土曜には礼拝をしていない。(日曜日の礼拝では集まる人を収容しきれないので土曜にも礼拝をする教会はあるが、日曜には礼拝をせず、土曜のみというのはSDAだけである。) イエス・キリストが死者の中から復活し、弟子たちに現れたのが週の第1日=日曜日だったので、イエスを救い主として仰ぐ者たち(クリスチャン)は日曜日に集まり、礼拝をするようになった。 このように、週の一日を一切の世俗のことから離れて聖なる日として、集まり神を礼拝するということは旧約から受け継ぎながら、その根拠は律法の規定からイエス・キリストの復活へとシフトしている。 このようにキリスト教では、旧約の律法をそのまま守るのではなく、イエス・キリストを通して再解釈されるのだ。 それによると、我々がなすべきことは次のように要約される。 「先生、律法の中で、どの掟が最も重要でしょうか。」 イエスは言われた。「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』これが最も重要な第一の掟である。第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』律法全体と預言者は、この二つの掟に基づいている。」(マタイ22:36〜40) 名古屋学院の言葉で言えば『敬神愛人』である。 この二つは実は一つである。神を愛すると言うことは具体的には隣人を愛することなのだ。だから 「神を愛している」と言いながら兄弟を憎む者がいれば、それは偽り者です。目に見える兄弟を愛さない者は、目に見えない神を愛することができません。(Iヨハネ4:20) と言われている。 さて、ある若者がイエスのもとに来た。永遠の命を得るためにはどんな善いことをしたらいいかと尋ねに来た。永遠の命というすばらしいものをいただくためには、さぞかし、徳を積まねばならないことだろうと思ったのではないだろうか。 ところがイエスの答えは「十戒を守りなさい」ということだった。 たぶん、若者は拍子抜けしただろう。「な〜んだ、そんなことか。その程度のことならちゃんと守ってるよ」 ところがイエスはもう一言付け加えた。 「もし完全になりたいのなら、行って持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。」 この「もし完全になりたいのなら」という言葉はくせ者だ。 この若者は、とても敬虔でまじめなユダヤ教徒だったと思う。 礼拝、献げ物、断食…、律法で要求されていることはきちんと定められたとおりに行っているのだと思う。 『まぁまぁ立派な信者』と呼んでいいだろうと思う。でも完全とまではいかない。我々は『まぁまぁ立派な○○』であることをもって良しとしていないだろうか。○○は信者でも市民でも政治家でも入れ替えたらいい。対象によって「完全な○○」も定義が変わると思うが…。 ところがイエスは完全であることを求めている。 「完全になること」は決してオプションではない。 まぁまぁ立派な信者であるこの若者は、全財産を売り払って貧しい人々に施して、スッカラカンになってイエスについて行くことまではできなかった。彼の財産が若い彼自身の才覚によって稼ぎ出したものなのか、あるいは先祖から受け継いだものだったのかはわからないが、「まぁまぁ立派」からその先へ踏み出すことはできなかったのだ。 彼はきっと多額の献金をしていたに違いない。しかしあのやもめのように全財産を献げることまではできなかったのだ(ルカ21:〜4)。 (イエス・キリストの命令は全財産を神殿ないし会堂に献げることではなくて、貧しい人々に施すことだった。宗教団体の懐を潤わせることを命じられたのではないことを強調しておく。全財産を施して貧乏人になったらイエスのところに来いというのだ。) 残念ながら彼はイエスの求めに応えることができず、失意のうちに帰っていった。その後ろ姿を見送りながらイエスは弟子たちに言う。 「はっきり言っておく。金持ちが天の国に入るのは難しい。重ねて言うが、金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。」(マタイ19:23&24) イエスによれば、「まぁまぁ立派な」この青年は天国に入ることはできない。彼が天国に行くのは、「ラクダが針の穴を通るより難しい」。 「そこそこの信仰生活をしていれば、天国でもそこそこの身分になれるんじゃないか?」というのは通用しないのである。 完全であるか、完全でないか、そのどちらかである。 それでは完全とはいかなる完全か? 先ほど「敬神愛人」と言ったように、隣人を愛することが原点である。隣人を愛することにおける完全性は、「善いサマリア人のたとえ」によって示されると思う。 この青年と同じように、どうしたら永遠の命を得られるかと聞きに来た人物がいた。彼は律法の専門家だった。だからイエスは自分で答えずに、「あなたはどう思うか?」と問いを返している。この律法の専門家、さすがに専門家だけあって、立派な答えをした。イエスが金持ちの青年に答えたのと同じことを答えている。 そこでイエスは彼を賞めて「そうだ、その通りだ、実行しなさい」と言った。しかし律法の専門家にとって「実行しなさい」が大変に痛い言葉だった。聖書には詳しいけど、社会の中でその聖書の知識を実行しない人いるような気がする。 教会の中では立派だけど、教会の外の世界に行くと、この世の原理で動いている人ね。 この専門家は「隣人愛を実行しなさい」と言われて、論点をずらそうとした。「『隣人』が未定義なので実行できません」 どこまでが隣人か?つまり、どういう関係までが愛すべき対象か? これは大事なことかもしれない。 近所で不幸があったら、通夜・葬儀に参列すべきかどうか。香典はいくら包むべきか。親戚だったらどうか。「うちのじいちゃんの葬式の時、○○さんはいくらくれたから、○○さんの葬儀はこのくらいでいい」とか、「香典は同じ金額包んだのに香典返しがうちより安っぽいからけしからん」とか、そういうことにとても気を遣う人がいる。それで、愛すべき対象から外したりする。 家族、親戚、向こう三軒両隣、町内会、市民、同胞、外国の人でも同じ宗教の人… と広がっていく関係の中で、どこまでが隣人なのか? そういう問いに対してイエスは、「愛を必要としている人の『隣人となる』」ことを教えられた。 このようにして、「敵を憎み隣人を愛しなさい」という旧約の教えは、「今まで敵であったとしても、愛して隣人となりなさい」へと転換された。 ここに愛における「完全」が見られるのではないだろうか。 そして愛における完全は神のご性質に他ならない。 ヨハネは再三にわたって「神は愛である」と述べる。 今日のもう一つのテキストであるエフェソ5:1は「神に倣う者となりなさい」という。 神に倣うとは何だろうか?これがいにしえの聖人たちであったならあまり違和感を感じないかもしれない。 「パウロに倣う者となりなさい」 伝道に情熱を注いだ生涯だった。 「マザー・テレサに倣う者」 最も貧しい人々に仕えた生涯だった。 しかし、「神に倣う者」と言われても、出所が違うんだから無理! と思うだろう。 よく考えてみるなら、アダムは「神の像(形)に似せて創られた」はず。 この神の像(形)を取り戻すことが「神に倣う者」となることだろう。 それは聖霊によるクローニングによって可能とされるのではないだろうか。 霊から生まれた者は霊であるとはそのようなことだろう。
昨年の8月と9月に天に召された方、 お二人の合同の記念会がありました。 二人とも戦争の続く中で青春時代を過ごし、 特に一人はインパール作戦の生き残りで、 戦争の愚かしさと悲惨さを身をもって体験し 自分はあの戦争で死んだものとして、 戦後を生きてこられた方でした。 讃美歌21 385 花彩る春を 1 花彩る春を この友は生きた、 いのち満たす愛を 歌いつつ。 悩みつまずくとき、この友の歌が 私をつれもどす 主の道へ。 ・ ・ ・ 4 雪かがやく冬を この友は生きた、 いのちあたためつつ やすらかに。 この日、目を閉じれば 思いうかぶのは この友を包んだ 主の光。 これを歌いながら、生前の姿を思い起こすと 涙が出てきて歌えなくなります。 教会での記念礼拝の後、 愛知牧場の一角にある十字が丘復活苑(納骨堂) のそれぞれの場所で祈りを捧げました。
昨日のこと、「地区ニュース」の穴埋め用にと思って、十字架の写真を撮りに行った。 東名高速上り線の東郷パーキングエリアに隣接して愛知牧場がある。 牧場の一郭にキリスト教関連の施設が集まっている。 日本キリスト教団南山(みなみやま)教会 有料老人ホーム「まきば」 特別養護老人ホーム「のぞみ」 愛知国際病院とホスピス アジア保健研修所(AHI) 十字が丘復活苑(納骨堂)など。 ![]() 復活苑の隣にちょっと小高いところがあって、そこに大きな十字架が立っている。 戦後、ここで牧場を始めた尾関誠一翁が、この土地を神の嗣業の地と信じ、不退転の証として1949年に十字架を立てた。 今年、その十字架を新しくした。『信徒の友』6月号に奉献感謝記念式の事が掲載されている。 東郷PAからも見えるはずだ。高さ11メートル。 この写真を数枚撮ってから、AHIへ行った。 9日から国際研修が始まる。 行ったらちょうどこれから研修生の第1陣3名が到着するところだという。 「中部国際空港から藤が丘への高速バスで来るから、バス停まで迎えに行くのでAGIOSさんも行かない?」と言われたので、カメラを持ってAHIの車に同乗した。バス停に着くと、ちょうどバスが来た。アジア人3名が降りてきた。男性が一人、女性が二人。 夜に第2陣が着くとのこと。そして、今日は大勢到着したはずである。 明日から国際研修が始まる。AHIのいちばん忙しい1ヶ月だ。 ![]()
![]() 父は敗戦を予め知っていた。 父は昭和14年3月、招集される前に、外務省警察官として中国に渡った。 中国各地に領事館があり、領事館に付属した警察があったのだ。 最初は上海に赴任した。 それからまもなく台湾の向かい側にある汕頭(すわとう=刺繍で有名)に転任し、終戦まで汕頭にいた。中国にいた6年半の間に警部補まで昇進したようだ。敗戦後日本に戻ると(外務省警察がなくなったので)警視庁に配属されたが、脳血栓で倒れて退職。退職する時に1階級上がるので、警部として退職したらしい。 父は中国人の家に招かれて食事をしたりしたようだ。同僚からは「なぜチャンコロの所でメシを食うのか」などと言われたそうだが、気にしなかったようだ。徴税人たちと食事を共にしたイエスに似ているかも知れない。 だから、中国人からは好かれていたようだ。日本に帰ってくる時は中国人たちが別れを惜しんで見送りに来たそうだ。 中国に渡る前は、工業学校の機械科に学び、東海堂という書籍取次店に勤めていた。東販や日販ができる前のことだ。 美濃部達吉博士の天皇機関説が不敬であるということで、著書が回収された。書店から回収された本は取次に戻ってくる。 父はそれをこっそり読んで、大いに共鳴した。 話は中国に戻る。 警察官として振り出しは外勤巡査。つまり交番のおまわりさんだ。 あるとき、通ってはいけないところを通ろうとした車を停めて迂回させた。乗っていた女(芸者)が「サカさんだよ」と言ったが、父は「サカさんだかヤマさんだか知らないが、ここは通れないんだ」と言って止めた。 サカさんというのは領事だった。新米の父はまだ領事がサカさんと呼ばれていたことを知らなかった。 しかし、領事はそんな父を叱ることはなく、むしろ褒めたそうだ。 内勤の警務係をしていた時期が長かったようだが、刑事をしていたこともある。その頃の写真は目つきが鋭い。 特高もしていた。特高に選ばれた理由は、洋画・洋楽に強かったからだ。戦前に日本に来た洋画は全部見ていたらしい。 中国ではすべて漢字表記になるから『メリー・ウィドウ』は『風流寡婦』と表記されるが、『メリー・ウィドウ』なら取り締まり対象とわかっても『風流寡婦』と書いてあると取り締まり対象かどうかわからない警察官が多い。父は流れてくる音楽を聴けば即座にわかる。 それで特高になった。 さまざまが公演・興行の許可・不許可を判断する。 曲目リストを見て、この曲はOK、この曲はダメと言うのだ。 「ここで演奏する分には構わないよ」 というわけで、父は独占的に洋楽演奏を楽しんだらしい。 終戦直前、父のエージェントが「中国人が爆竹を鳴らしている」という情報をもたらした。父は日本の敗戦を確信して領事に報告した。同僚たちは「日本が負けるはずない」と信じなかったそうだが、領事は「そうだろう」と日本の敗戦を悟っていたようだった。 1〜2日後に8月15日を迎えた。 戦後、近くに教会ができて毎晩ドンチャカドンチャカ賑やかに伝道しているので、病気で暇をもてあましていた父は教会に連れて行ってもらった。そしてイエス・キリストを信じた。 やがて長い髭を蓄えた老牧師が「君は牧師になるんじゃ」と言った。 当時父は体が震えており、ロレツも回らない状態だった。 「こんな体で牧師なんかになれるわけがないでしょう」と言ったら老牧師は 「時計が壊れたらメーカーに持って行けば直せるだろう。君の体は神さまが創ったんだから神さまの所に持って行けば直る」と言った。 左半身は不随だったが、かなり早足で歩き伝道に差し支えはなくなった。言葉も明確に話せるようになった。 神学生の時に、教団の創立者たちが疎開していた檜原村での開拓伝道を命じられた。 朝、雨が降っていると、片手に傘、片手に鞄を持てないので、祈って傘を差さずに出かける。 八丁堀の家から東京駅に着くまでには雨は上がっていたそうだ。 そんな父の賜物を私もいただいたのか、私が保育所と幼稚園に関わっている間は、運動会や遠足などの行事で雨に降られたことはなかった。 父はイエス・キリストがペトロたちを弟子にした時の言葉「わたしについてきなさい。あなたがたを人間をとる漁師にしてあげよう」をもじって次のように言っていた。 「かつては人を捕まえて監獄に送っていたが、今は人を捕まえて天国に送るのが私の仕事だ」
今日は、(ここで息を整えないと長くて言えない) 中京教会で今年度最初の日本基督教団中部教区愛知西地区東海地震対策準備委員会がありました。 (ふう) 今年は前半ずっと限界!的状況だったので、愛知西地区が初めての試みとしてどんな委員会を担当したいかというアンケートを実施したときに「休養 もしくは 閑職」と書いて提出したのですが、 結局は中部教区からは「教区通信編集委員会の招集者」という通知が来て、委員会を招集したら「AGIOSがやれ」ということで前総会期に続いて編集委員長。 愛知西地区からは地区ニュース編集委員会と地震の委員会を担当せよとのことで、地区ニュースは委員長が前期同様N牧師で実際の編集は私になりました。 「教区通信」の原稿と「地区ニュース」の原稿が両方とも私のところにしかも同じ頃に届くので、それぞれ専用のメールアドレスを作りました。 そして今日の、東海地震対策準備委員会は委員の顔ぶれも変更なし、ついでに役割も前期と同じということになった。 委員が4人しかいなくて、一人は教区議長、もう一人は付帯事業(幼稚園や複数の社会福祉施設)をたくさん抱える教会の牧師で超多忙。 残る二人で委員長と書記兼会計を担当するのだが、書記兼会計よりは委員長の方が楽、ということでまた委員長になりました。 あんまりエライ役はないけれど、無役にはなれません。
土曜日に妻の伯父が亡くなって、今日は市営の斎場で葬式と初七日だった。 お寺は真宗大谷派。 やってきたお坊さん二人は坊主頭ではない。 女性二人!だった。 若い人と年配の人、たぶん母親と娘だなと思った。 葬式では若い方の人がメインだった。 彼女はたいへんいい声で読経していた。 しかし、鐘の叩き方がやたらに力強い。 思いっきりひっぱたいている感じ。 初七日の法要は年配の方が行った。 声は娘さんよりもだいぶ小さいが落ち着いた読経だった。 最後に説教があった。故人は9年間毎日お寺の鐘を撞いていたそうで、そのことを取り上げて適切な(キリスト教の言葉で言えば)“あかし”をなさった。 後で本家のお嫁さんに聞いたところによると、このお寺は2代続いて住職が女性なのだそうだ。若い方は年配の方の実の娘で、娘さんは婿を取ったが婿さんは僧侶を継いでいないとか。 感想1 キリスト教でも女性教職を認める教派と認めない教派があるが、女性住職はあまり聞いたことがない。多くの仏教教団では明治以後僧侶の結婚を認めるようになったが、いわゆる尼寺以外の寺では初めて女性住職に接した。 ネットで調べてみたら、親鸞以来僧侶の結婚が教理として認められている浄土真宗の場合であるが、 「ちなみに平成12年9月1日の段階で、本願寺派の女性僧侶は8,824名で、全僧侶が30,635名ですから約30%をしめるのですが、住職は9,158名中231名で約2.5%に過ぎません。」(http://www2.big.or.jp/~yba/QandA/01_04_11.html)とのことだった。 住職というのは教会で言えば主任牧師(主任司祭)のことである。 感想2 妻の実家の高田派のお経とだいぶ雰囲気が違う。 同じ浄土真宗の教団だから、お経の文言は一致しているところが多いのだが、読み方の調子が違う。
![]() 中綴じというのは、紙を二つに折って、その折り目をホッチキスで綴じる。 普通のホッチキスは奥行き4センチ〜8センチ程度。「たてよこ」というホッチキスがあり、針の入っている部分をくるっと90度回すと中綴じができて便利なのだが、ちょっと厚みがあるものだとうまく綴じられない。 ![]() そこで大きめの針を使う中綴じ専用のホッチキスを探した。 国内メーカーのものだと3000円台〜30000円ぐらいまで。 ネット通販で1200円というのを見つけたので注文した。 1日で届いた。 長い!長さ40センチある。綴じ代は31センチまで可。 ということは、長さ62センチの用紙を半分に折って綴じることができる。 A4の用紙を綴じる時はこんな感じだ。 ![]() このままだと使いにくい点もあるので、台座など工夫して自作してみようと思う。 |一覧| |
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