|
|
|
|
| HOME | Diary | Profile | Auction | BBS | Bookmarks | Shopping List |
|
│<< 前のページへ │一覧 │
5月7~8日、東北へ行ってきた。 東海福音フェローシップ地震対策委員会のメンバーと共に、昨年TEFがボランティア活動をした場所を視察し、今後東海からどのような支援ができるかを探るためだ。2泊3日で初日は石巻(エマオ石巻も訪ねた)、2日目は南三陸と気仙沼、3日目は亘理。ただし私は日程の都合で2日目までで帰ってきた。 この詳細はきちんとまとめなければならないが、今日はその中の一コマだけ。 気仙沼第一聖書バプテスト教会を訪ねた。 ![]() ただ、確実に訪ねることができるかどうかはわからなかったので、嶺岸牧師に「行きます」とは言わなかった。しかし嶺岸牧師は外国からのお客さんがあって、石巻・女川方面へ行くとの連絡をくださった。そこは前日私たちが行った地域だ。 そういうわけで外から見ただけだが、去年のあの報道された瓦礫の散乱する中に流木をぶっ違えて立てた十字架の写真と見比べれば、すっかりきれいになったことがわかるだろう。 しかしこの場合「きれいになった」とは全く再建がなされていないという意味でもある。教会はともかくプレハブの建物を建てた。しかし周囲の建物は全く再建の気配はない。建物跡地に草が生えている(植物は人間などよりもはるかに生活再建が早い!)。 その中に純白のスミレがあった。 ![]() こんなに白いスミレは見たことがなかった。 聖書の言葉が思い出された。 見よ、あらゆる国民、種族、民族、言葉の違う民の中から集まった、だれにも数えきれないほどの大群衆が、白い衣を身に着け、手になつめやしの枝を持ち、玉座の前と小羊の前に立って、大声でこう叫んだ。 「救いは、玉座に座っておられるわたしたちの神と、 小羊とのものである。」 すると、長老の一人がわたしに問いかけた。 「この白い衣を着た者たちは、だれか。また、どこから来たのか。」 そこで、わたしが、「わたしの主よ、それはあなたの方がご存じです」と答えると、長老はまた、わたしに言った。 「彼らは大きな苦難を通って来た者で、その衣を小羊の血で洗って白くしたのである。 (ヨハネの黙示録7:9-10, 13-14)
今日は2回目のキリスト教概説でした。 昨年度と今年度は同じ授業にしています。 マルコによる福音書を読んでいきますが、 その前にキリスト教と聖書の表面的な解説をしています。 プレゼンテーションソフトで授業の流れを作り、諸教派の礼拝を映像で見てもらうように用意したのですが、ノートパソコンは持っていったもののデータを持って行くのを忘れてしまいました。 幸い、プレゼンテーションソフトよりもう少し詳しいものをワープロで作って、学内のサーバーに入れておいたので、それをスクリーンに映しました。 文章だけ、かつ文字が小さいので後ろの席の学生たちは見るのが大変だったと思います。 次回からはプレゼン関係も学内のサーバーに置くようにしようと思います。 学生のチャペルレポートを受け取るため、キリスト教センターに行くと、職員の配置換えがあったのか、新しい職員がいました。 彼女は私を知っていると言います。名札を確認すると、教会に来た人ではなさそう。K高校→K大学ということなので、高校の卒業修養会か、あるいは大学のチャペルアワーで私の話を聞いたのだろうと思います。 大学の近くの道端(植えたもの?)にあったツタバウンラン ![]() 大学の近くの駐車場の脇に生えていたマツバウンラン ![]()
教会は何をするところかがわかっていない! ということで、リック・ウォーレンの「健康な教会へのかぎ」を教会で学ぶことにして3年ぐらいになろうか。 ちょうどそれに関連したセミナーが名古屋でも開催され、そのワークショップが、東海聖書神学塾で行われた。 先月のセミナーSession4で学んだ「スモールグループ」に関して。 河野先生がご自分の教会で使っているテキストを紹介してくださった。 また、それぞれの教会の様子を分かち合った。 有益ではあるが、自分の教会でこれを行うのにはどうしたらいいか、と思う。 それにしても、ある先生の教会。「ほとんど伝道らしいことはしていない」というが、「買い物ついでに寄ってみました」というような人が次々と来るそうだ。 帰りは神宮東公園まで歩いてバスで帰ってきた。 神宮東公園での写真。 ![]() ![]() ![]()
イースターおめでとうございます! 今日はイースター、イエス・キリストが墓の中から復活したことを祝う日です。 10:30からはいつも通り、教会で聖餐のある礼拝です。 タイマーをセットして、走って石垣に飛び乗るのですが、ガウン+ストールなので飛び上がりにくかったです。
東海聖化交友会の機関紙に去年から関係する教会を紹介するページを設けています。今年は三重県度会郡大紀町錦にある錦キリスト教会を取り上げることにして、3月19日(月)に訪ねました。 その時のことを出かけ系のブログ「AGIOS別館」に書きました。
東日本大震災追悼と連帯の祈り 日時:2012年3月11日17:00~ 場所:日本基督教団 名古屋中央教会 主催:中部地区キリスト教学校教務教師会 (金城学院中学校・高等学校・大学 中部学院大学・短期大学部・済美高等学校 名古屋学院大学、名古屋中学校・高等学校 名古屋柳城短期大学) プログラム 司式 大藪博康 前奏奏楽 有田知子 招詞 讃美 讃美歌21:575「球根の中には」 聖書 創世記11:1~11 祈り (司式者) メッセージ 「愚かな私たちをも」 石田聖実(日本基督教団尾陽教会牧師) 祈り (石田聖実) 讃美 「天のつどいは」 金城学院大学クワイア 祈りの時間 名古屋中学校 生徒 金城学院高等学校 生徒 主の祈り:一同 讃美 讃美歌21:457「神はわが力」 祝祷 (石田聖実) 応唱 讃美歌21:89 (金城学院大学クワイア) 後奏 報告 ■メッセージ 「愚かな私たちをも」 東日本大震災が発生してちょうど一年を迎えた。 今朝の新聞によると死者15,854人、行方不明者3,155人 そして東京電力福島第一原子力発電所の事故による放射能汚染もあって、避難生活をしている人が34万人余りいる。 どうしてこんなに大きな災害になったのか。 もちろん地震が大きかった。津波も大きかった。 しかしあの地域は昔から大地震や大津波を経験している。 1933年の津波でみんな流され4人しか生き残らなかった集落があった。彼らは「此処より下に家を建てるな」という石碑を建て、約80年間それを守ってきた。今回の津波では一軒も被害に遭った家はない。過去の津波の教訓をしっかり守っていれば、被害は防げた。別の対処をした地区もある。高さ10mの巨大な防潮堤を作ったのだ。しかし、津波は10mをあっさり超えた。防潮堤があることに安心して素早く避難せず亡くなった方も多いという。別の地区は15.5mの防潮堤を作った。村は守られた。当時の村長が15.5mにこだわった。明治三陸地震の津波が15mだったので、15.5mを譲らなかったという。この地区も過去の津波の教訓をしっかり守って被害を防いだ。 部分的にはこのように賢く対処してきた地域もあるが、多くの地域が十分な対策をしなかった。 原発などは最先端の技術が駆使され、万全の備えがあると思い込んでいたが、現実は全くそうではなかった。2重3重の安全策があるはずだが、ちゃんと機能せずかつてない大事故になった。ここには人間の傲慢さがある。 創世記11章のバベルの塔の物語は科学技術の発達によってかつては作ることができなかった巨大な建物を作ることができるようになったことを語る。そして、神の領域である「天まで届く塔のある町を建て、有名になろう」という。バベルの塔の物語はバビロンにあった塔をモデルにしているといわれるが、バビロンとは「神の門」という意味だ。神に取って代わるメジャーな存在になろうとしたのだ。彼らはその技術を持っていると思っていた。科学技術の力はあったのかもしれない。だが、必要なことは科学技術だけではないのだ。彼らは意思の疎通を欠いてしまった。お互いを思いやる心を失って、自分中心で物事を考えるようになり、共同で町を建設することができなくなり、散らばっていた。 総じて見るなら、津波災害も原発事故災害も人間の技術力を過信し自然の力を甘くみて、被害を大きなものにしている。要するに私たちは過去の災害にきちんと学ばず、適当な被害予測を立ててそれを超えるものは想定外として対策から外したのだ。 愚かである。 しかし、この愚かさは誰かのせいにしておけば済むようなものではない。 今、名古屋のどこかで防波堤が壊れたすると津波がなくても、2m以上水没するところがあるという。低地に住む人々の誰が引っ越ししたり、土地をかさ上げしたりしただろうか?私たちもまた愚かである。警告に従わない愚かさを持っている。安全よりも利便性へと私たちの心は傾いていく。それが私たちの現実だ。ここより下には家を建てるなと書いてあっても、ほとんどの地域では守られなかった。そして津波にのまれた。 ルカ13章にシロアムの塔が倒れて、18人が下敷きになって死んだことが書いてある。イエスはその18人は他の人よりも悪い人だったのか、と問う。そうではない、災害に遭って死んだ者も災害に遭わなかった者も等しく愚かである。 その愚かな者に向かってイエスはいう。「あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる」。しかし悔い改めたならどうだろう。神と向きあおうとする者に対しては、どこまでも主は愛をもって臨んでくださる。 この一年ほど「絆」という言葉が使われたことはなかった。バベルの塔の物語は、技術力を過信し、驕りが生まれ、絆が失われた物語だ。彼らは自分達の力を誇示し、神の領域に入り込んで絆を強めようとした。バビロン(神の門)を目指した野望だったがバベル(混乱)をもたらした。 力を誇示することによっては絆は生まれない。むしろ謙遜になること、へりくだって相手を立てることで強められる。 まず、自分達の愚かさを認め、神に向き合おう。 神に向き合うと「オレがオレが」はなくなってくる。 本当に隣人を愛し合い、かつ、師を超えたいのちに生きる者となることができる。 ■祈りの時間 「東日本大震災を受けて祈りを共に」 キリスト教学校教育同盟・日本カトリック学校連合会 共同作成 神さま、地震や津波にあって、 今も苦しんでいる人々をお助け下さい。 家族を失くした人々、 家や仕事を失くして困っている人々、 悲しみや苦しみのために 心の力を失くしている人々に、 勇気と希望をお与えください。 そして、わたしたちも、 この人々のことをいつも思い出し、 助け合う心をもつことができますように。 イエスさまのみ名によって。アーメン この世界を造り、わたしたちを守ってくださる神さま、 わたしたちが自然の中で行き。自然と共に生かされていることに感謝します。 東日本大震災によって苦しむ人々のために、あなたからの助けと励ましを与えて下さい。 そして、わたしたちと自然が共にあなたによって造られたものであることを、忘れることがないようにして下さい。 あなたはどのような時にもわたしたちから離れることなく、喜びや悲しみや苦しみを共にしてくださいます。 神さま、傷ついている人々のために、行動を起こす決意をわたしたちに与えてください。 神さまがわたしたちに何を望んでおられるのか、日々の学びの中から知ることができますように。 主イエス・キリストのみ名によって。アーメン
今日は学校に行って、金曜日に行われた学年末テストの答案を受け取ってきました。 従来は地震による建物の倒壊のみを考えていましたが、東日本大震災では巨大津波の危険に注目が集まりました。 その他、地質図や古地図も用いて液状化の可能性や崖崩れの可能性なども勘案して、各教会ごとにどんな危険があるかの報告書ができました。
先週の土曜(11日)の夜、妻の母が亡くなった。 間質性肺炎で入院して、当初は10日~2週間の入院予定だったのが、思いの外重篤であると知り、長期の入院になりそうだと覚悟した。 ところが消化器に穴が空き、そのため敗血性ショックということで亡くなった。 9日木曜だったと思うが、四日市の病院まで行って帰ってきて間もなく、親族は集まるようにという呼び出しがかかって再び病院に向かった。金曜の朝にも呼び出しがあったら、さいわい私たちが病院に着いた頃にはだいぶ改善していた。金曜日はまだ会話が可能だった。 土曜日はもう会話は不可能だった。呼吸が苦しそうだ。しかし、こちらが言っている事は聞こえており、理解していると思えた。 以前愛北教会を牧していた吉岡先生は一度本当に死にかけた事がある。 その時、周囲の人たち(医師・看護師)は危篤ということでバタバタしていたが、危篤状態に陥っている当人は冷静に話されている事のすべてを理解していたそうだ。 おそらく義母もそういう状態なのだろうと思う。 一度、家に帰る事にした。日曜日の礼拝は休まないから、週報を作る等の物理的作業はやらなければならない。途中、「いつ頃来られるか」という電話が入った。血圧が下がって瞳孔が開きかけているという。まだ死ぬなと祈りつつ、週報を印刷するだけを残して車に急いだ。 病院に着いて、祈祷書の「危篤の時」「臨終の時」「病床に集まっている人々のため」「死に臨んでいる人のための嘆願」を祈り、アーメンというのと同時に脈拍等が0に、そしてピーという警報が鳴った。20:25ごろだったとおもう。逝去直後の祈りを祈った。 医師による死亡確認はその後20:32になった。 義妹によると、母は3度ばかり大きく目を見開いてぎゅーっと口をすぼめたそうだ。彼女はそれを見て「行くぞ−」と言っているように受け取ったという。 私が引導を渡したということになるのだろう。 義妹のもう少し一緒にいたいという希望により、通夜は日曜ではなく月曜の夜、葬儀は火曜となった。 日曜日の礼拝は、ヨハネによる福音書5章のベトザタの池の回廊で38年も病に苦しんでいる人をイエスさまがいやし、後日会ったときに「あなたは良くなった のだ。もう、罪を犯してはいけない」と言われた話で「あなたは良くなった」というタイトルだった。義母が薬石効なく亡くなった翌日の説教題としては神さま からの最高のチャレンジだ。説教は次のように締めくくった。 「良くなったとはどういうことでしょうか。ただ単に病気が治った、手足が動くようになったということではありません。本来の人間性、つまり神のかたちが回 復されたということです。アダムとエバが創造されたときにいただいた神さまの息吹が再び聖霊の息吹として私たちに与えられたと言うことです。アダムとエバ は神のかたちの大事な要素である自由を用いて罪を犯しました。神に背いたのです。イエスさまはその自由を回復し神に従って生きよとおっしゃいます。その自 由は地上を歩く自由に留まりません。神さまの御国を歩く自由です。」 通夜では、住職が和讃「不退のくらゐ」について説教。 不退のくらいとは、現実と仏法の交差するところに立つ事とし、例として、MLキング牧師の「私は山頂に登ってきた」という説教の最後の部分を引用して、私 は山頂に登って神を見てきたのだからもう死も恐くないというこの境地こそが仏法に立つこと、そしてキング牧師は現実の問題に立ち向かった、これこそ不退の くらいに立つことだと説いた。この説教は明らかにクリスチャンである私と私の家族を意識したものだと思う。 後で葬儀屋さんに尋ねると、説教をする僧侶は約2割。この住職の説教はレベルが高く難しいという。私どもからすれば平易な伝道説教と感じるところだが、そ うではないらしい。葬儀屋さんは「キリスト教の葬儀の場合は信者さんの参列が多く、聞き慣れている方が多いから」と言うが、つまり日頃説教を聞き慣れてい ない新来会者には我々の易しい説教ですら難解ということなのだろう。 翌日午前の葬儀には副住職が勤められ、説教なし。初七日も副住職のはずだったが、住職夫人が来られた。終わった後、控え室に挨拶にうかがうと、急に亡くなった方がありこれからそちらに向かうという。「ご親戚だと思いますが…」 そういえば、朝、親戚の一人の方がもう一人の親戚を迎えに行ったら、誰も出て来ないし電話にも出ないと、心配しながら来られた。夕べちゃんと確認をしておいたのに…。それがそうだったのだ。 世間のお付き合いからいえば、父母の代まででよさそうな間柄だったが、母の葬儀に来てくださるつもりだったのに急逝されたという事情なので、こちらから弔問にうかがった。
この時期、毎年湯河原まで行く。 大雨警報に加えて山の中では当たり前だが濃霧が発生する。 この写真は比較的いい方だ。 あとは一気に駆け下りて東名へ!であるが、三島市内を避けて三島インターまでつながっているバイパスへの入口をまた間違えた。右折東名の看板のある信号で右折すると、実はそれは小さな交差点でバイパスに入れない。看板の少し先にある交差点を右折しないといけないのだ。間違えたのは2回目。 東名に入るとどっと眠気が襲ってきた。そこで富士川SAで仮眠。しばらく寝てから外へ出る。雄大な富士山がド-ンと眼前に現れるはずだが、この日は頂上も山麓も雲に覆われていて、中間の一部だけが見えていた。 サービスエリア内に白梅と紅梅が一本ずつあるのだが、どちらも既に花が咲いていた。 よく寝たおかげで後は楽々で家までドライブできた。
2月2日(木)の午前中、車で移動しながらNHKラジオを聞いていた。 午前中はラジオビタミンという番組がある。 ちょうど「ときめきインタビュー」というコーナーで若い女性がゲストだったが、それがクリスチャンのシンガー・ソングライターのMigiwaさん。 不登校になって家にこもっていたが、教会には行けたそうだ。 その時のインタビュー、もう一度ストリーミングで聞けないかとNHKのHPを見たが、残念ながら「ときめきインタビュー」はストリーミングをしていない。 しかしMigiwaさんの公式サイトで聞くことができた。 いい証になっている。リスナーからのお便りでは、19日にお会いするはずの方からのお便りが読まれていた。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||