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10数年も親の介護をひとりで続けると
気づかないのうちにバランスを欠いた気分も、 出はじめているのかもしれません。 たしかに大変だったり、腹立たしかったり、 時には消えたくなったことことなども。 でも、だから時々、やはり少しはメモして おかないと、いずれ忘れてしまう日がくる と、今の自分をいくらか揶揄したりして。 ahaty3's Shopping List
ahaty3の日記 [全13件]
あっと言う間に10日も経って、とまたも言い訳みたいで変なのに、 新聞もテレビも絶ってしまうほどの覚悟ができない。ようやく テレビを観始めた母から高い音声はちょっと…と手渡したイヤホーン、 見えなかった、邪魔だったと引っ張りすぎて壊してしまう。 小ぶりのカーネーションと東北岩谷堂の羊羹ですませるつもり。 実は実はホントのところは、もう毎日が「母の日」だから。これ 以上は、とはいえ10日過ぎには恒例の行事で田舎にも行く。 今度ばかりは中止にしようかと、姉妹で話し合い、母にも歩け ないんじゃ無理だと言って置いたけれど、転倒前にとっておいた 割引チケットは診断書を提出しないと半額取られる。 無理してもコレが最後になるかもしれないから、少し歩けたら 決行とした。母よりも気分転換が必要なのは妹も、あれから毎日 手足バタバタのリハビリ続け、何とか杖にすがれるようになる。 またも恒例の高齢旅行しか…なるようになれ、”後”がないもの。
昨夜から雨。 決して本気でニクンダリ邪魔者扱いしたことはないけど、もう、十数年も 親子コンビで”キミといつまでも”でもないでしょ?といいたい時がある。 合流当初は1年ほど心臓病をわずらい、何とか退院後を引き受けたから、 とりあえず体力をつけるために色々な事を試みたのが功を奏したのか。 もう長くはなさそうだと姉妹で話したこともあったが、持ち直し、 息子の嫁への気遣いもなく、娘婿も亡き後だし、すっかり気楽になった。 田舎の独り暮らしでの不安も失せ、他の子供にも会えてこども返り??
このひと月、ひとり介護の現実はかなり厳しいものだった。 まだ過去形ではないけれど、2匹の猫が癒しにもないほど、東日本大震災 1年の3月10日未明、夜中2時半頃にトイレに起きた母が転倒、激しい悲鳴 で飛び起きた。まだ寒い夜半、頭は打っていないようだが大たい骨骨折か? もう歩けないかも知れないと、思った。 今までだって杖なしでは歩行困難なのに,とにかくトイレへ動かそうと しても介護の私のほうに異常発生。 救急車より、自分が動けなくなったらどうにもならない。夜中に2人で わめきあっても近所迷惑、もうなるようになれと思った。 母は後数年で白寿だから、今何が起っても不思議じゃない。それより、 私の時間と存分に使ってくれたのだから、この際は自分優先ということに。 ふと、最近多い老々介護の悲劇の現実がよぎる。人ごとじゃない。 骨折ではなかったので、でもまだまだキビシイ日常のままなので。
今年はなるべくマメに、活き活き過ごそうと思いながら、思うほどにイキイキも 出来ぬまま寒い寒いと言いつつ2月も半ばが過ぎた。 長生きが良くないような、出来るだけ身を潜めていなければいけないような思い はさせたくないのに、迷想政局のテレビ中継を飽きずに観ている母に、もう横に なったらと促していたところへ今日何度目かの電話が鳴った。 郷里から…近い親戚の87歳と85歳の訃報がついに、90代半ばになった母にたて続 けの訃報は酷だから知らせるなと、もう少し暖かくなって帰省の折にと従兄からの 優しい報告。 でも考えると身辺高齢者多く、大往生だと言えども、何か複雑な時間ではある。
確か暮れのうちから年明けからはもう少しシャキッとしていないと、と ひそかに決意はしていたけれど、思うばかりで1月も下旬に入った。 無理はしないでと言われても自分で宣言していないと、雑用・野暮用だけで 時間が経つ。自己管理できない人を支えながら、自分の有効時間を確保していく のが、とてもきびしくなりつつあるのを、やや不満に思いながら肝に銘ずる。 高齢の母がいるから、寒いと手がしびれ痛くてツライ、と10分くらい低い ヒメイのような声がする。 何度病院に連れて行っても手の痺れと腰の痛みは完治せず、こんなフコウ なことはないとでもいうように、あんたには分からないよ訴える母、私だって 10年前の私じゃないよと言いながら、難病やガンで終日痛みに苦しんでる人も 大勢いる、90歳代まで生きて、落ち着けば本読んだり、サッカー観たりしてる んから、もう少し我慢も要るよ!生きてるんだから。 ”もう、いつ向こうに行ってもいいのに父さんが迎えに来ない”、というので、 「まだ修行が足りないと仏様が思っているか、それとも父さんには、向こうに イイヒトいるのかもよ!」と言ってやった。 そんなこんなで無駄な時間多く、今年もまたマメには生きられそうもない。
こんなことは記憶にないくらい久しぶり、手書きで済む量で十分と数を減らしてから 数年になるも、年末首肩コリ等で年賀状への意欲も湧かず、年が明けた。 もし誰にも何の連絡もせずにいたら、友人や親戚が想像するのはほぼ一緒だと思う。 多分母の体調が好くないとか、90代も半ばで何かあっても不思議でもない状況だから、 もしかするとついに…と思う人もいるに違いない。 このところ母の体調に変化はないが、昨秋以来私の方が変わり始めた。共々に歳を重ね ているのだから10年前の元気さが同じように続くと思うほうに無理があるのに、弟妹は 姉の私に限ってずっと健康だったから病気なんかしない人と思っていたらしい。 首も肩も痛くて年賀状も厳しくなった、でも返事は書かなければと筆を手にした途端に グラグラっと震度4がきた。一昨夜紅白が終わった後に長野の方で震度3があったとか、 一体どうなってるの??! |一覧|Recommend Item
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