武田信玄の主なエネルギーを抽出して解説します。
心の大きさ [1A]〈A-5〉 ですが、(1)は自己中心的で人を支配します。自己中なので思いやりや親切心はありません。自己意識低く、自分の評価は人の評価が頼りなので、対外的によく思われるように振る舞います。(良いかっこしいです。)
Aが付く場合本質的にはもめ事が嫌いで、闘争心は弱いです。
義侠心 [5]〈A-14〉が強く、強気を挫(くじ)き弱気を助ける気概があります。
著名人で義侠心の強い人は、和田アキ子、島田紳助、泉ピン子、中尾彬、美輪明宏、おすぎさんらがいます。
自分の価値観での(変な?)正義感をもっていますので、それに反することがあればムキになり、噛みつきたがります。出しゃばりですが、頼られると一肌脱いでその人のためになろうとします。
統率力 [3]〈B-18〉 信玄はリーダーシップの取れる人でした。
公徳心 [3]〈B-31〉 公徳心は社会生活を送る上で守るべき道徳です。
武田信玄は自己中で、人を支配する人です。頑固オヤジで煮ても焼いても喰えないわがままな人ですが、信玄公たる所以は公徳心を身につけていることです。
いわゆる武士道にもつながりますが、信玄には次の徳目の○印を身につけていました。
仁 [×] 上の立場にありながらおごらず下に居て慈愛にて善事を行うこと。
義 [○] 善悪を分別判断し善に従い悪を退ける順理を尊ぶこと。
礼 [×] 尊と卑を分別し謙虚にて上を敬い下を侮らない心。
智 [×] よく物事を観察して万物の前兆を予知して善悪を見抜き、策略を練ること。
信 [○] 人を欺かず誠実で温厚篤実なこと。
西洋の騎士(ナイト)の十徳で見ても信玄には○印の徳があります。
高潔さ[×(精神が気高く潔いこと)
統率力[○](多くの人をまとめて率いること。)
寛大さ[×](心の広く、ゆるやかなこと。)
誠実さ[○](他人や仕事に対して真面目で真心がこもっていること。)
正直さ[○](素直なこと。偽りのないこと。陰日向のないこと。)
忠誠心[○](真心、まことを尽くす心)
信念[○](おしえや思想などを、堅く信じて動かない心)
勇気[○](物に恐れない気概。いさましい意気。)
礼儀正しさ[○](社会秩序を保つための行動様式を正しく守り行う。)
親切心[×](配慮が行き届き、人情に篤いこと。)
現代は「人の上に立つ人物はかくあるべし」という帝王学を身につけていない政治家や経済人、官僚、教育者、宗教家などのいかに多いことか。
ガキの心のまま自分の評価を高めるために、一所懸命勉強した結果、たまたま高位の役職につけました。
人を指導する立場にいても権力闘争で公徳心や自己抑制などとは縁遠く、自己保身に汲々とした生活だから無理もありませんが。
心の大きさ(3)以上のオトナの人は自然と思いやり・親切心が身に付いているのでいいのですが、いわゆるガキ・コドモ連中は最低でも「義」「信」は身につけてほしいです。
いまの世の中の乱れは指導的立場にいる人々の思慮分別心、公徳心に欠けるのが原因かと思われます。
政治家の不適切発言などは思慮分別のなさがさせることです。公人としての自覚もありません。
政治能力 [5]〈S-1〉 信玄は武人ですが政治家としても優れた能力を発揮しています。
人心掌握能力 [3]〈S-8〉「俺に付いてこい」タイプの武人で、甲斐株式会社のワンマン社長ですが、誠実さや律儀なところなど、人を引きつける魅力のある人でした。
自己抑制心 [3]〈F-87〉 怒りなど自分の感情や欲望を抑える心。自制心があります。
小人は感情的です。信玄も普段は怒りを爆発させるタイプですが、ここぞという時には自制心を働かせて自分の感情を抑える術(すべ)を知っていました。
接待力 [3]〈T-15〉 接待(せったい)は客を歓待すること、もてなすことです。
信玄は接待好きで人をもてなすのが上手であったようです。詩歌(漢詩や和歌)にも長けていて、公家などを京から呼んで存分に自分をアピールしました。
信玄の主立った苦手な部分は、以下の項目です。
経済能力 [1]〈S-2〉 共同生活の基礎をなす財、金銭、生産、消費などを司る能力。
権謀術策意識 [1]〈S-7〉 上手に臨機応変に深く計略、目論見、謀(はかりごと)ができる人。
軍略意識 [1]〈T-11〉 軍略とは国家の大計を誤りなく次の時代へ誘導するために考えだされた知恵のことです。
諜報意識 [1]〈T-13〉 諜報(ちょうほう)は相手の情勢などをひそかにさぐることです。スパイ活動です。
信玄は戦略家ですが、経済のこと、国全体のことなどを考えに入れた軍略は苦手でした。
個々のいくさについては勝利を得ても三国間の戦いなどには別の知恵を必要としていました。
自分の能力不足を補うべく、父親信虎時代からの重臣で、経済能力に優れた馬場信春(心の大きさ1A)を重用したし、同じく重臣の飯富虎昌(心の大きさ1A)の行政能力と内政事務能力を買って側に使えさせています。
また、信玄の代になってからの家来で文治性が強く、行政能力・外交交渉が得意で謀略、戦略に長けていた高坂昌信(弾正)(心の大きさ2B)や、軍略、権謀術策、諜報活動に手腕を発揮した山本勘助(心の大きさ1A)を片腕としていつも側に置いていたようです。
武田信玄は(心の大きさ1A)で自己中心的なものの考え方をする人でしたが、自分や家来、領民の命も危険にさらされる戦国時代を生き抜くためには自己中などとは言ってられません。
戦国時代の多くの武将の心の大きさと公徳心の有無です。
織田信長[1B・○]、柴田勝家[1A・○]、羽柴(豊臣)秀吉[1C・×]、北政所[3A・◎]、淀(よど)[2A・○]、石田三成[2B・○]、前田利家[1A・○]、福島正則[2B・○]、武田勝頼[2B・○]、徳川家康[2A・○]、伊達政宗[2A・○]、真田幸村[1A・×]、毛利輝元[1A・×]
[心の大きさ・公徳心の有無(◎は数値5、○は3、×は1)]
武将連中はいずれも心の大きさ1か2の小人・コドモです。現在も指導的な立場の政治家、官僚、経済人、教育関係、宗教人なども心の大きさ1,2の小人が占めています。
自己中で人を支配し、家では嫌われ者になりがちな小人・コドモ・ガキの人でも人望があるのは公徳心や思慮分別心があり、自己抑制できるからです。
人を支配していても支配下の人達を守る気概を持っていたのが戦国武将でした。現今の指導者は自分のことのみ考える公徳心のない自己抑制できない野卑な人達が多いから、物質は豊かになったが、心がさみしい、わびしい世になっています。