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森信三氏曰く、「『心願』とは、人が内奥深く秘めている最深の『願い』であり、『如何なる方向に向かって、この自己を捧げるべきか』と思い悩んだあげくのはて、ついに自己献身の方向を掴んだ人の心的状態とぃってよい」。
「真剣に問い尋ねれば、献身の方向が見えてくる」。「問い尋ねる姿勢が曖昧だと心が決まらない」。 「献身の方向が見えてくる。そういう人は、それを成し遂げずんばおらずと、寝ても醒めても、それを思い続け、奮闘する。それを『心願』という」(神渡良平氏著「佐藤一斎『言志四録』を読む」参照)。 まさに『心願』を抱くに至るには、その過程はしんどいですね。「有意的な人生のストーリー」を作っていく作業は、自分と真摯に向き合い、その妥協を入れない姿勢がないといけないのだと思います。 十代のときに、無意識的に与えられていたであろう「自分が何ものか」との命題は、何もその時代に限らず、一生を通して突きつけられていく課題なのでしょう。 「更なる菅谷は何ものぞ」 何かをするための準備はいつもこんな感じです。 │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |