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明治、大正生まれの高齢者は心も体も,一本筋が通っていて、実に強いですね。
こういったご高齢の方と話しをしていると 思わず書き留めておきたい程の貴重なお話に触れる事があります。 自身の両親の生い立ちや、思い出話が、まるで小説の世界のように 思い返されるのと同様、 どの方の人生からもノンフィクションの醍醐味溢れるドラマを感じさせられます。 「実る程、頭を垂れる稲穂かな」という句そのもののように、 人間の品位が滲み出ている方もご高齢の方に多いように感じます。 人間の有り様を 「けもの」→「人間」→「神々の末裔」という表現をしている本がありました。 先の頭を垂れる稲穂を「神々の末裔」としての人間に例えるなら 義母は、「人間」の始めの方を生きて来た人です。 これは決して侮蔑的な意味ではなく、 戦争を経験して来た年代の方の中には、働き手を失い、残された子供を必死で育て、 まさに「命」を守ることだけに生きて来た人生もあったということです。 晩年豊かな時代を迎えても義母は、贅沢をしませんでしたし、 趣味というものを全く持っていませんでした。 持つ程の心の余裕もなく年老いたのです。 認知症になってからの義母の自己保身の強さは、 いかに生きにくい世間を頑張って行き抜いて来たかを物語っているようです。 神々の末裔に限りなく近い方々と接することの出来た幸せに感謝しつつ、 一方では「命」を守ることだけに専念して来た、 人間の原点のような義母が愛しくてなりません。 義母は多分もう何も解らないのですが、明治、大正世代の粘り強い体を持っています。 経管栄養で食事をしなくなって久しい乾燥した唇を、 湿らせ、クリームを塗ると、怒ったように大きな声で 「あ り が と う」と言ってくれます。 私も会う度に、 「ありがとう」「感謝しているのよ」「大好きよ」と繰り返しています。 何も解らなくても、耳元で唱歌などを歌うと、目を開けて手を揺らしたりしています。 趣味はなくても、音楽だけは、どこかで、義母の人生に彩りを添えて来たのですね。 言葉がなくても通じるもの。 音楽のありがたさをしみじみと感じています。
さや風さん
ありがとうございます。 美空ひばり等の歌詞くらい知っておけばよかったとカラオケの本で勉強中です。 その点、唱歌はいいですね、自然に口をついて出ます。 「おぼろ月夜」なんて情景が思い浮かび、しみじみ良い歌だなあと思います。(2008.05.29 23:43:33) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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