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赤羽教会のブログにようこそ!
「傷無きは人材にあらず!」と荻生徂徠は言ったそうです。 痛みを知らない人はたとえどのような優れたものを持っていても、 真の人材ではないと彼は言いたかったのでしょうか。 赤羽教会のブログに来られたのもなんかの導きでしょう。 ちょっとのぞいてみてください。 まだ、工事中のところも多いのですが・・・・。 あ、それと赤羽教会のホームページを見たい方はこちらにぞどうぞ。 教会の紹介や説教などいろんなものがあります。 こちらです。⇒ http://home.att.ne.jp/wave/akabane-ch/church/ akaba23の日記 [全88件]
吉川に来ています。委員会や理事会など いろいろありました。 きょうは授業と信徒夜間講座を終えて、 夜には戻ります。 朝、吉川の牧師祈祷会に出席しました。 懐かしい方に会いました。
年会からイースターを飛ばし、一気に5月です♪ 今週の日曜日は、新しく赤羽教会に主任牧師として来て下さった大友先生ご一家の歓迎会をしました。 歓迎会は持ち寄り愛餐会でするのですが、今回は新たな試みとしてビュッフェ形式にしました。持ち寄りは久しぶりで、一体どうなることやら心配もありましたが、ふたを開けてみるとみんながそれぞれに腕によりをかけて作ったお食事や買って来てくれたおかずでテーブルはあっという間に一杯になりました。取り皿も、用意していた40枚が足りなくなり、50人ほどの出席で先生方を歓迎いたしました。 当日になるまでどれだけのお食事が集まるか分からず、少なかったらどうしようという不安もありましたが、イエス様は5つのパンと2匹の魚で五千人を養ったのだから、100人くらいはちょろいもんだろうと示され(?)伝道師も準備をさせていただきました。 しかし!教会についてから自宅から電話があり「荷物がおいたままになってるよー」と・・・。一瞬目の前が暗くなりましたが、急遽、サラダを作りました。SEIYU24時間営業でよかった。 それはともかく、大友先生、ご家族の皆さん、ようこそ赤羽教会に来てくださいました!よろしくお願いします!
6日から8日まで、赤羽教会の所属するホーリネスの群の「年会」がありました。 事務会と呼ばれる総会のようなものと聖会がくっついたようなものです。 今回は「補助書記」というお役をいただきました。もう一人の先生と共に事務会の記録をひたすらパソコンで打ちまくりました。どんなに変換がおかしかろうと、どんなに文が意味をなしていなくても、突き進まなくてはなりません。そしてこれから、その議事録をまとめる作業に入ります。ふー。 そして、この年会は、全国から牧師と信徒の代表が集うので、プチ同窓会にもなります。一度はひとつ屋根の下、同じ釜の飯を食った仲間が、今は全国に散らされ、いや、遣わされています。 いろんな意味で内容の濃い3日間でした。
こんにちは~ 新しい年度に入りましたね。 今年度、赤羽教会は大きな変化を迎えました。 長く牧会してきました牧師夫妻が埼玉に転任となり、新しい先生をお迎えいたしました!(古米)伝道師はまだおります・・・。副牧師も続投いたします♪ただでさえ忙しい年度替りが、さらに慌しく過ぎています。明日は神学校の入学式、今年度は久しぶりに聖書学校から神学生を迎えます。そういう意味でも、いろいろ新しいことが始まりますね。 みんなが期待と不安を抱えながらのスタート、ぜひお祈り下さい!
あけましておめでとうございます。 2009年、赤羽教会に与えられた御言葉は、 「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます」(使徒言行録16:31) です!! 祈祷会では家族や親族のために祈る時間があり、この御言葉はいつも引用されるのですが、教会の年間聖句となったのは、今年が初めてだそうです。 満を持して与えられた御言葉、さらに力を込めて祈り、伝えていきたいものです。 今年は、ブログの更新ももう少しマメにしていきたいと思います。って、早速遅れているのですが・・・。 今年もよろしくお願いします!
ようやく、クリスマス諸行事が終わりました。 13日の子どもクリスマスから始まり、クリスマス礼拝、祝会、イブ礼拝と、おそらく一般的な教会のクリスマスであったと思います。 クリスマス礼拝は深谷師のメッセージ。今年はルカによる福音書からアドベントとクリスマスのメッセージをいただきました。「遅すぎるタイミング」のゼカリヤと「早すぎるタイミング」のマリア。しかし「時が来れば必ず実現する神の言葉」を信じ「神にできないことはない」ことを受け入れるかどうか、という二人の応答から、自分自身の二つの面(信じたい自分と信じることが難しい自分)を見たような気がします。クリスマス礼拝では、貧しい羊飼いたちに最初に現れたイエス様のことを学びました。 そして、赤羽教会はその後の祝会がすごいのです!婦人会の賛美とクイズ(このクイズで盛り上がるところもすごい)、ルデア会(若婦人会)のプロジェクター投影による絵本の朗読、壮年会の劇(クリスマスだけどなぜか「ヤコブ物語」)・・・どれも力が入っています。ユースは普通に賛美をしました♪ なんだか祝会に力が入っているので、イブ礼拝は割と静かに過ごせるのが良いです。 巷のクリスマスは商業主義に、教会のクリスマスは伝道に偏りがちですが、まずわたしたちのために天の御座を棄てて地に降ってきてくださったイエス様を思い礼拝するひとときでありたいものです。 イブ礼拝の後は、有志でキャロリングに行きました。寒がりの伝道師は次の日も早いのでお留守番しました。
そろそろブログを更新しなければ・・・と思いつつ今に至りました。本当はいろいろな出来事があったのですが・・・すみませんm(_ _)m というわけで、久々の更新です。 今日は、会堂子ども祈り会でルカ22:24-30を読みました。 v.28 あなたがたは、わたしが種々の試練に遭った時、絶えずわたしと一緒に踏みとどまってくれた。 最後の晩餐でのお言葉です。 ヘブル4:15にも、「この大祭司は、わたしたちの弱さに同情できない方ではなく、罪を犯されなかったが、あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われたのです。」とある。 イエス様はあらゆる点において、種々の試練に遭われたのか・・・。よく知られているイエスさまの受けられた試練は、荒野の誘惑の箇所だと思うけれど、そのときはまだイエス様は弟子たちを召し出してはいなかった。この時点ではまだユダも裏切っていないし、弟子たちも逃げ去っていない(イエス様は既にそのことが起こることを知っていただろうけれど)。 てことは、わたしたちが知っている以上に、イエス様はいろいろな試練に遭われていたのか・・・。想像できる限りでイエスさまの試練を考えてみた。 律法学者や祭司長たちのねたみ ファリサイ派の人たちの挑戦 大勢の民衆が押し寄せてくる(多忙と期待、プレッシャー) 弟子たちでさえもイエスさまの言いたいことを理解してくれない(孤独) うーむ。わたしが通る試練も、イエス様が先に経験されていたことなのか。 「世があなたがたを憎むなら、あなたがたを憎む前にわたしを憎んでいたことを覚えなさい」(ヨハネ15:18) 今、直面している試練も、わたしが直面する前にイエス様が受けておられる。わたしが試練に遭うとき、イエス様も共に試練を受けてくださっている。わたしは自分で試練を受けているつもりになっているけれど、わたしはただイエスさまの陰にいるだけで、本当はその試練を受けているのはイエス様ご自身なんじゃなかろうか。 「あなたは、わたしが試練に遭った時、絶えずわたしと一緒に踏みとどまってくれた」 そう言っていただける者となりたい。 「神は羽をもってあなたを覆い 翼の下にかばってくださる。 神のまことは大盾、小盾。」 詩編91編4節 |一覧| |